「ね ん が ん の小間使いとして登用されたぞ」
喜んで小躍りをしている、ホンゴウカズトと名乗る男を、
冷めた目で見つめる馬休と、ねっとりとした視線で見つめる馬鉄
今日も涼州は平和であった。
さて、涼州である。
そもそも涼州とは、ローマやモンゴルなどへ繋がる交通の要所である。
様々な品や人が溢れかえる多民族文化の州である
為政者から見れば実に美味しい土地ではあるが、
実際に攻め取った華琳は、様々な民族と利権が複雑に絡み合い、
言葉すらまともに通じない種族が数多いるこの涼州に手を焼き、ついには丸投げをしてしまった。
それが馬鉄と馬休の二人であった。
時を少し巻き戻すと、三国が魏によって統一されるも馬一族は蜀に残った。
蜀は敗戦国。戦争が終わったからといって、はいそうですか。と帰るわけにはいかなかった。
だが、涼州は馬家の故郷であり、馬一族の面々も内心はやきもきしていた。
そして魏の視点からも、それは問題があった
馬家は涼州一の豪族であり、多民族と数多利権は複雑に絡み合う地における顔役でもある。
これらをまとめるのに馬家の助力は不可欠である
かくして、話し合いの結果、馬休、馬鉄の二人が涼州に戻ることとなった。
地を治めるのではなく、地になる実りのみを頂くものとする
それが魏における涼州へのスタンスであった。
要は上前をはねるだけの簡単なお仕事である。
馬家の復帰により、落ち着きを取り戻した涼州ではあるが、
馬騰、馬超、馬岱はいない。
馬鉄、馬休の二人が涼州の顔役として回しているのが現状であり、
簡単にいえば二人共、猫の手を借りたいほど忙しいのである。
先日、馬鉄が友達とお酒を飲んで楽しんだのも、実に三ヶ月ぶりの休みである。
それだって、半日ほどの休みであったがゆえに、明け方の草原を馬で疾駆していたのである。
そんな大変な毎日である。だからこそ、妹思いの馬休は、頑張る馬鉄へのご褒美と割り切り
拾ってきた男を小間使いとしてなら雇うことを認めた
このホンゴウカズトと名乗る男は、変態な馬の骨ではあるが、小間使い程度ならば問題はない
多少のことも目をつぶろう。最悪、姉には及ばないが自慢の槍で追い払えばいい
そう、悪意を持って蒼に取り行った輩ならば――
「小間使いだヒャッフーーーーーーーーー」
両手を上げてバンザイをする男
小間使いになれた程度でここまで喜ぶとは、なんと器の小さい男なのだろう
馬休は毒気を抜かれてしまった。
だが、一刀にとってはこれほど嬉しいものはない
彼の魏での生活はキツイの一言である
警備隊の隊長、アイドル達のマネージャー、農業指導、肉屋、そして武官、文官の真似事と
彼の仕事は多岐に渡る。また自己研鑚の一環で、
武においては夏侯惇、夏侯淵、張遼に角界的な意味で可愛がられ
知においては荀彧、程昱、郭嘉に揉まれに揉まれた
そして全ての採点官は覇王曹操である。
その重厚たるや日本の社畜サラリーマンも驚きの重圧である。
クビと言われたら本当に胴体と首が泣き別れる職場にいたのだ。
エリート教育といえば聞こえは良いが、簡単にいえば鬼も逃げ出すシゴキでしかない。
ボロボロになりながらも、責任を背負に背負ってひたすらに駆け抜けた一刀
そんな彼にとり、小間使いとは一種の楽園に見えた
責任なんてない。物理的に飛ぶことも、竹簡の山と格闘することもない
なにより責任がない
ああ、素晴らしい。なんと素晴らしい響きなのだろう
一刀はまさに天にも登る気持ちであった
そして、どこまでも北郷一刀は日本人であった
それが彼の最初の失敗でもあった
小間使いとしての日々は気楽であった
お茶を入れて、部屋の掃除をして、馬の世話をして、出来上がった竹簡を運ぶ
そんな簡単な仕事であり、
「ああ、楽だ・・・・・・気楽だ」と瞳を閉じて天を向いたりもした
だが、そんなお気楽な状態でも、馬休や馬鉄が目まぐるしく働いているのが、よく目に留まる。
自分と同じ年ぐらいの少女が、目まぐるしく働く中、
そんなこと知ったことか、俺は羽を伸ばすぞ、と出来るほど、一刀のツラの皮は厚くなかった。
徹夜で竹簡を完成させた馬休。
一刀を呼び、これを後で来る商人に渡して、と竹簡を渡す。
徹夜明けの疲労から馬休の手元が狂い、竹簡を落としてしまう。
「ああ、ごめんなさい、すぐ拾うわ」
「いいえ、馬休さんは徹夜明けで疲れていますでしょ。俺が拾って・・・・・・ん?」
「どうしたの?」
「馬休さん、ちょっと、待ってください・・・・・・ここと、ここと、ああここもだ、馬休さん、数字がおかしいですよ」
「えっ!? ちょっと待って、いくらなんでも・・・・・・あっ・・・・・・本当だ」
「ははは、疲れていたんですかね。良ければやっておきますよ」
「ありが・・・・・・指摘してくれたことは感謝します。でも貴方の役職は小間使いです。分を弁えてください」
感謝の言葉を伝えようとし、思いとどまる。
まだこの、器の小さな、変態馬の骨男を見極めてはいない
簡単に心を許してしまうことなど出来るはずがない。
心が痛むが、これも涼州の為、馬家の為
そう思い、必要以上に、きつい視線で睨みつける馬休
だが、そんな馬休の暴言など、桂花の罵倒の比べたら、草野球とプロ野球ぐらいの差である。
「その通りですね。分をわきまえずに、申し訳ありませんでした」
一刀にとっては、微笑ましい程度のことであった。
だが、悪気なく笑顔で切り返し頭を下げる一刀に、馬休はさらに心を痛めるのであった
「鶸ちゃん・・・・・・あざといなぁ」
柱の陰から静かに覗く馬鉄がいたとかいないとか
第二話 気楽な小間使い