「ここが紅魔館よ」
紅魔館は、その名の通り、真紅の館だった。
屋根と言わず、壁と言わず、すべてが紅に塗りつぶされている。はっきり言って趣味が悪い。
塀と門すらも真っ赤で、目が痛い。…あ。
「門番、やっぱりいるよね…。寝てるけどいいの?」
「美鈴はいつもこうなのよ。ま、好都合だけど」
「?」
「グランお嬢様は、このことについて、当代のスカーレット家当主、すなわちこの屋敷の持ち主で美鈴の雇い主である上姉君に、詳しいことをおっしゃっていません。ただ、下姉君のガス抜きにちょうどいい相手を連れてきた、とだけ」
「ああ、そういうこと…」
下姉君というのは、フランという子のことだろう。
そして、美鈴さんが起きていたら当然上姉君とやらにも、この話が伝わるわけで。
探し人をダシにするなんて~とか、言われるのが嫌なんだろう。
「門は開いてるわ。さあ、行きましょう」
~少女移動中~
大広間を抜けて、階段を下りていくまでの間に、人に会うことはなかった。せっかくこいしちゃんの能力をコピーして使ってみていたというのに…
「紅魔館っていつもこうなの?」
「ん?ああ、違うわ。これの効果よ」
グランはそう言うと、懐からルーンが刻まれた石を取り出した。
「ルーンにはあまり詳しくないけど…厄除けのルーン、かな?」
「ええ。ここの大図書館に住んでる魔女からもらったものよ。これのおかげで、私が望んでいないものは、自然と離れて行ってくれるの。今は、ここの住人や、妖精メイドやメイド長に気づかれないようになってるわね」
「大図書館…」
気になる。すごく。
貴重な蔵書もあるんだろうか…あとで行けるものなら行ってみたい。欲しい資料がなかなか手に入らなくて困ってるんだよな…
…それにしても、この階段、長いな。さっきから30分くらいたってるような。
「グラン、フランってこんなに地下に住んでるの?というか、今どれくらいの位置にいるの?」
「危険だから、封印されてるの。…半分くらい、自分で閉じこもっているようなものだけど。今は、大体この階段の半分くらいね」
「これで半分…」
どれだけ地下にいるんだ。
…しかし、危険なのはわかるけど、封印するのはいかがなものか。
フランの能力は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。しかも本人は、加減できずに乱発してしまうと来た。
だが、それなら、閉じ込めなどせずに、加減の仕方を教えれば済むことではないか。
グランは、フランは気が違ってしまっているから、外になんて出せないと言っていたけど、それが一体いつからそうなのかにもよる。生まれつき狂っている人物など、そうそういない。ひきこもる前からそうだったのなら、医者を呼ぶほかないけれど、閉じ込められてからなら、原因はそれなのではないのか。
自主的に閉じこもっているとも言っているけれど。閉じこもりの原因は、私にはわからないけど…それでも、自主的だからいいというものでもないだろう。
家の中だけ、部屋の中だけでは、わからないものはたくさんある。倫理観だってそう。世界だってそう。自室という小さな空間の中では、学べるものは他者の重要性だけだし、得られるものは孤独だけ。
はるかにましではあるけれど、似たような状況下に置かれていたことのある私には、よくわかる。
暗い中に、独りきり。話しかけても、答えてくれる人はいない。ふと、出ようと思っても、封印されてしまっているから、少しの外出もかなわない。教えてくれる人が居ないから、善悪の区別もつかない。加減だってわからない。
そんな状況、誰だって発狂してしまう。フランは、そんな生活を、495年も続けてきたのだから、狂ってしまうのも無理はない。
フランの状況を分析していたら、つくづく自分は恵まれていたのだと思い知った。
私も、幼少期は、わずかな外出もままならなかったけれど、お姉ちゃんはほぼ毎日来てくれたし、オルタさんたちがいた。それに、時折、本当に時折、外に出ることもできたのだ。
…本当に、悲劇のヒロイン症候群時代の自分は、思い出すのも恥ずかしい。対話ができる人が居て、気遣ってくれる人が目に見える場所にいる。自分の出自を考えれば、それだけで、途方もないほど幸せ者だったというのに。
~少女移動中~
「さあ、ここよ」
着いた場所は、本当に陰気なところだった。地下牢を改造して作った部屋だと言われても、違和感を覚えないほど。
塗装も何もされていない、石造りの壁。床は、石畳がむき出しだ。
扉には、幾重にも封印が施されていたらしい。魔法陣の残滓が残っている。今は、封印は1つだけのようだけど。
「フラン、遊び相手を連れてきたわ。今開けるわね」
「…グラン?帰ってきてたの…?遊び相手って誰?」
「新入りよ。…よし、開いたわ。私たちは上で待っているわね」
「結構。…初めまして、フラン」
部屋の中は、非常に愛らしい空間だった。…ところどころ、ひびが入ったり、えぐれたりしていなければ。
床には、花柄の、かわいらしいカーペットが敷かれている。かんしゃくを起こしたフランが破壊してしまったのか、あちこち破れて、その下の床がえぐれている。
奥の方には、上に棺桶が乗った、これまたかわいらしいデザインの2段ベッドがある。さすがに、あれは被害を受けていないようだ。
そして、部屋のいたるところに、見た目も材質も様々な、人形とぬいぐるみが置かれている。5個中1個くらいの割合で、足が取れていたり、縫い目から綿がはみ出していたり、ひどいのになると首がもげていたりするけれど。
「あなた、だあれ?」
そういうフランは、グランと非常によく似ていた。
金色の髪。鮮血のような緋色の瞳。ロリータファッションというのだろうか、愛らしいデザインの真っ赤なワンピース。グランのものとはデザインが違う、大きなリボンが付いたナイトキャップ。背中から突き出した羽は、宝石のようなものが、いくつも連なった形をしていた。
「私は、ドール。ドール・クラーゲン・オンディール。最近来たばっかりだよ」
フランに近づきながら、私は言った。
「一緒に遊ぼう、フラン。私、君と友達になりに来たんだ」