ハイスクールD×D  神器なき戦い   作:坂下ジョゼフ

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 お待たせしました。
 まこと申しわけない。まさか投稿がこんなに遅れるとわ。
 夏休みとはなんだったのか(キリッ
 そんなわけで10話です。
 時間が空いてしまったので、何話か読み返して読んで頂けると楽しめるかと。
 長いですが、最後まで読んで頂けると幸いです。



第10話「ギャンブルは下準備が大切」

 

 

 

 

「あなたはリアスにとって害悪です」

 

 宙に静止した朱乃先輩は、はっきりと口にした。

 凍てつくような冷たい視線が、俺を見下ろす。

 俺はニヤつく口角を隠しもせずに、嘲笑を返す。

 

「だったらどうするよ?」

 

「わたくしも考えましたわ。リアスは情に厚いから、あなたの死は少々刺激が強過ぎる……」

 

 朱乃先輩の手に魔力が集まり、すぐにそれは雷へと変質した。

 そういやこの人、『雷の巫女』とかいう痛い二つ名を持ってるんだっけ?

 争いの気配に血が熱くなるのを感じた。

 

 姫島先輩が、俺に対して敵意に近い感情を抱いていたことは知っていた。

 いつかは争うことになると思っていた。もっともそれが今だと思っていなかったが。

 

 故に、

 悪くない気分だ。

 否応がなくテンションが高まる。

 

「だからこそ、プールソン様の提案は、まさに天啓でしたわ」

 

「ハァ?」

 

 待て待て。

 何言ってんだこいつ?

 

「わかりませんか?あなたがリアスの下僕でなくなれば良い」

 

「……ハァ?」

 

 そういやあのヴェイトリックスの糞野郎そんなこと言ってたね。

 確か駒同士が同じなら、下僕をトレードできるとか、なんかそんなの。論外過ぎてそこらの会話は聞いてすらいなかったわ。

 それよりも、糞野郎の後ろに控えていた執事に、俺は意識を割いていた。

 

「あぁ……うん。で、それがなんスか?」

 

 俺は頭をボリボリと掻いた。

 なんと言いますか、どっちらけだ。

 

「まぁ、貴方のことですから突っぱねるでしょう?だから四肢を引き千切りリボンをつけて、プールソン家に宅配してあげますわ」

 

 朱乃先輩(笑)はそういって、電を俺に飛ばした。

 俺はそれを棒立ちで喰らった。

 目の中に火花が散り、なすすべもなく倒れ伏す。毎度おなじみ、俺の身体からは焼き肉のような香ばしいニオイがする。勘弁してくれ。

 無論、ダメージはあった。

 が、致命的にではない。

 俺は身体についた煤を払いながら、立ち上がった。

 

 こりゃ決まりだわ。

 

 俺は魔力練り上げて圧縮する。

 

「――――――もういいや。しらけた」

 

 俺は目の前のオモシロ野郎に一気に肉薄し、魔力弾を叩きつける。

 当然のように防がれたが、そんなことはどうでも良い。

 

 はっきり言おう。

 こいつだけは必ず吠え面かかすと、そう決めた。

 

「あら、つれない、」

 

「うっせぇボケッ!喋んな殺すぞ!!」

 

 言葉を遮り吼える。

 無性に苛立つ。

 身体を完全な戦闘態勢へと整え、俺は握りかためた拳を振り切る。

 

 そうして戦闘が始まった。

 まじでクソッタレな、何の価値も無い闘争だ。

 モチベが上がらないこと山の如しである。

 

 

 

 

 

 

 いつかの放課後のことだ。

 俺の放課後は、基本的に自己の鍛錬に振り当てている。

 その日も、祐斗との模擬戦を終えて姫島先輩の魔力運用のレクチャーを受けていた。

 身体は疲労していたが、力の入らない弛緩した身体には魔力が良く行き届いた。その感覚がどこか心地よく、気が付いたら俺はまどろんでいた。

 部室には西日が差しこみ茜色に染まっていた。

 何やら書き物をしている部長のペンの音。その手伝いをしているのか、書類をめくる祐斗。校庭からは運動部の掛け声が微かに聞こえ、姫島先輩の聞きやすい講義が耳をくすぐる。

 なんだか妙に穏やかな日のことだった。

 

「あらあら、お眠ですか?薫くん」

 

「んあ?……悪い。寝てたわ」

 

「かまいませんわ。疲れが溜まっているのかもしれませんね。……それにしても」

 

 ふふっ、姫島先輩は悪戯っぽく笑った。

 

「あなたは、子供のように無邪気に寝るのですね」

 

「……うるせぇよ」

 

 悪態を吐くも、姫島先輩は笑みを深めるだけだった。

 

「少しは、私たちに気を許してくれている、と考えても良いですか?」

 

「あ?」

 

「寝顔を見せるって、そういうことでしょう?」

 

「別に。それこそ、ただ疲れてただけさ」

 

「つれないですね」

 

 そう言って、姫島先輩は口をとがらせた。

 俺は鼻をならした。

 先輩は何かに迷うように顔を伏せた。

 しかしすぐに、真剣な目でまっすぐに俺を見つめた。

 

「……あなたは、リアスにとって害悪です」

 

「あぁ、かもな」

 

「だから―――――――――」

 

 だから、と続く言葉が俺にはとても温かく感じたのだ。

 その日のことはよく憶えている。

 

 

 

 

 

 

 ぶち破ったコンクリート塀に埋もれながら、俺は目を覚ました。

 

「やば、いま一瞬意識トンでたわ」

 

 頭を振って、立ち上がる。

 相変わらず、姫島マンは空を飛びながら俺を見降ろしていた。

 

「よぉ!随分結果を急ぐじゃねぇか!」

 

 戦況は一方的だった。

 俺は距離を詰められず、僅かな反撃と引き換えボロクソにされている。

 しかし、だ。

 違和感はある。強い違和感だ。

 やつは、妙に勝負を急いでいる。

 

「楽しもうぜ?つか楽しめよコラ!サディストなんだろうがよ、部長に黙って上手く襲撃したんだろ?何か早く帰りたい理由でもあんのか?」

 

「あまり嬲っては可哀想でしょう?」

 

「俺の知ってる姫島先輩とは思えない台詞だぜ。発言に統一性もない。俺の手足をバラして献上するんだろ?結局最後はいたぶるんじゃねぇか」

 

 返答は雷となって降り注ぐ。

 しかしそれは俺には当たらず、不自然に逸れた。

 

「っ!?」

 

「なぁに驚いてんだ?前にした模擬戦でも俺はこの手を使ったぜ。ムカつくことにすぐに対策されて黒焦げにされたがよ」

 

 再び雷が落ち散る。

 

「だから、無駄だって」

 

 さきほどと同じように雷は逸れる。

 別に難しいことじゃない。魔力を銅線のように伸ばし避雷針に見立てているだけだ。電気はすべて地面に逃げている。

 

 これで確信は得られた。

 

 あいつと違って、俺は結果を急ぐ必要が無い。

 なんなら、このままこうやって突っ立っておこうか。

 

「てめぇよ、器用なのは認めっけど。慣れないことはするもんじゃないぜ?」

 

「あら、どういう意味でしょう?」

 

 あぁ、もう駄目だ。

 付き合いきれねぇ。

 

 

 

「てめぇ、姫島先輩じゃねぇだろ?」

 

 

 

 見上げるた先にいる、

 姫島朱乃の、姿をしているどっかのボケナスへ告げる。

 

「風上に浮かんでんじゃねぇ、クセェんだよ。血と獣のニオイで鼻が曲がりそうなんだ。憶えがあるぜこいつには。なんせ俺を殺した糞女も同じニオイをさせていた!」

 

 そいつは黙ったまま動かない。

 

「本物の姫島先輩の電撃はなぁ!まじで身体の末端が炭化する洒落にならねぇもんなんだよ!それが何だテメェの雷は?静電気かなんかですかボケェ!痛くも痒くもねぇんだよアホがっ!!」

 

 根拠はまだまだある。

 だけど、決定的なのは、

 

『だから、その時が来てしまったら、私があなたを殺します。私の全力を持って』

 

 いつか俺を射抜いた言葉を思い出す。

 

「それにあの人はなぁ、俺のことをまっすぐ見てくれるんだよ!俺ことが気に入らねぇって、堂々と睨んでくるんだよ!堂々と挑んでくれるんだよ!!お前みたいな陰険な目はしてねぇんだよっ!!!」

 

 俺は言いきり、こみ上げた血痰を吐きだす。

 呼吸が荒い。

 俺は、俺の思った以上に激昂していた。

 なぜ、俺はこんなに怒っているんだ?

 

「これは勘だがよ。てめぇ部室で、プールソンの野郎と一緒にいたジジイだろ?わかるんだよ。てめぇの目はそっくりだ。一目みてピンと来たね。俺の知ってる最高のクズ野郎とそっくりだ。人を貶めて、その顔を眺めて悦に浸るゲスの目だ……!」

 

 

 

「――――――――――まったく、面白くない獲物だなぁぁあ」

 

 

 

 声が、ガラリと変わる。

 しゃがれた、翁の声を姫島先輩が吐き出す。

 控えめに言っても、くそきめぇ。

 

「我が主、ヴェイトリックス・プールソン様の意に添わない糞餓鬼がよ。もういい。ここで死ねよ」

 

 高い、硝子の割れるような音が響く。

 姫島先輩をかたどっていた何かは割れて、燕尾服の翁が現れる。

 予感的中である。

 まぁ、こういう勘は外したことがないのだが。

 そしてこの能力は、

 

「神器か」

 

「ムカつくほど察しの良い餓鬼なぁ。そうだ、うちの『兵士』が持ってたもんでよ。ブッ殺して持ってきたんよ」

 

「そいつはまた、過激ですこと」

 

「しょせん人間からの転生悪魔だ。どうでもええよ。まぁ能力は面白いし役に立つ。こいつは姿だけでなく魔力の気配なんかも偽装してくれる。だから察知されずにグレモリーの領地に入り込めた」

 

 心臓喰いの事件以来、この町の侵入者に対する警戒はかなり強い。シトリーとかいう悪魔と共同で結界が貼られている。

 しかしその結界も、張った本人に化けられては作動しないようだ。

 神器ってもんは、本当になんでもありだ。争いのバランスを壊してしまう。

 まさしくバランス・ブレイクである。

 

「俺はよ。最初からてめぇを警戒してたぜ。ヴェイトリックスのボンボンみたいな自己中なクズは行動の先が見える。欲望ばっか丸出しでよ、結局たいして頭が回らねぇんだ。けどお前は違う。陰険で、姑息で、陰謀大好き、だろ?」

 

「姫島とかいう小娘がお前を警戒しているのはすぐにわかった。利用できると思ったがね。……お前、仲間に襲撃されたらもう少し動揺しろよ。なぁに嬉しそうに口角上げてんだ人でなし」

 

「ッハ!ご期待に添えなくて悪かったよ。グレモリーの眷族はな、お互い殺す勢いでぶつかって結束を深めるんだ、覚えときな」

 

 脳内で粘着女がギャーギャー文句言ってるが知らん。黙ってろ役立たず。

 

「それで、種の割れた茶番だが。まだ続けるのか?」

 

「ホッホ、むしろこれからが本番だよ。これで心おきなく自分の戦い方を使える」

 

「随分、時間かけちまってるが良いのか?これだけ馬鹿騒ぎすればグレモリーの連中も気づくんじゃね?」

「まぁ一応ジャミングもかけているし。その辺は賭けですねぇ。お若いの、ギャンブルは好きかい?」

 

「あぁ、好きだね。特に勝つと決まってるギャンブルはな」

 

「フイたな糞餓鬼」

 

「ホラじゃねぇよ糞爺」

 

「ゴアヒ・ウコバク、『女王』だ」

 

「遊佐薫だ、『兵士』だ」

 

 そして、お互い一気に接近する。

 第二ラウンド―――――――――開始。

 

 

 

 ゴアヒと名乗った糞ジジイは中距離を主体とした戦いが得意なようだ。

 特徴的なのは、

 

「ゲェエアア」

 

 ゴアヒは勢いよく液体を吐きだす。

 放射状に広がるそれを、なんとか避けるが一部が手にかかる。

 

 気味の悪い音を立てて、腕の肉を溶けた。

 苦痛の声を噛み殺す。

 こいつはっ、

 

「酸か!?」

 

「ご名答!」

 

 こいつは溶解液のような物を吐きだしてくる。

 まじてめぇの体内どうなってんの?気持ち悪過ぎる。

 ていうか相手は『女王』だってさ。いや予想はしてたけどさ。

 相変わらず俺の人生ハードモードである。

 

「ヒヒヒ」

 

 糞ジジイの全身が、頭から水を被ったように濡れだす。

 したたる雫が地面を焦がした。

 俺は心底げんなりした。

 

「ガマの油かよ、ゲテモノにも程がある。頼むから死んでくれ」

 

「私に敵対するなら、殺すと宣言したまえよ」

 

「大きなお世話だ!」

 

 生成した魔力流を叩きつける。

 簡単に弾かれる。

 

「ショボイ力だ。こんなんじゃどうにもならないぞぉ?」

 

 言われてしまった。

 決定力不足はこの場では死活問題だ。

 仕方がない、と覚悟を決める。

 俺は魔力で身体を強化して、一気に飛びかかった。

 

「馬鹿がっ!溶かしてくれる!」

 

 糞ジジイは腕を振り下ろすと大量の酸がこちらに飛んでくる。

 

「っぐぅおおお!」

 

 脱いだ上着を酸にぶつけて直撃は避ける。

 

「無駄だ!素手で私に触れられるわけがっ、」

 

「フラグ乙!」

 

 俺は叫び、歯を食いしばる。

 酸に包まれた自分に無手で攻撃するはずがないという、意識の間隙。

 俺は渾身の右で糞ジジイの顎を突き上げた。

 

「ッゴ!」

 

ジジイの眼球がブルリと揺れ、一瞬だけ意識を奪う。

それで充分だ。

 俺は一歩下がり、身体を捻る。

 振るった右腕を引き、左腕を突きだす。

 右足で踏ん張り、

 左足を、

 

「くたっ―――」

 

 振り切る!

 

「―――ばれぇっ!」

 

 死にさらせと振るった渾身のハイキック。

 弧をえがいた俺の足刀は糞ジジイの顎を横合いからぶち抜く。

 ゴキッ!と景気の良い音。

 

 もらった……!

 

 骨を砕く感触。

 

「ひぇめぇ!くひょ餓鬼がぁ!」

 

 ゴアヒはしぶとく腕を振る。

 酸が飛び散るが、俺はすでにバックステップで距離を取っている。

 

「ハァ?なんだって?」

 

 俺は聞こえなーいとジェスチャー付きで嘲笑う。

 正直、かなりすっきりした。

 

 ただ、

 代償はそれなりだ。

 

 振るった拳は肉が溶け切り、骨を露出させていた。

 左足も同様の有様だ。

 

 それに気付いたのか、糞ジジイは下卑た笑みを浮かべる。

 口にたまった血を吐きだすと、顎の骨を手の平で矯正した。

 

「そん、な傷で、戦えん、のかよぉお」

 

「今の二発は、まぁ俺の我がままっつーか、意地だ。正直勝ち負けにあんま関係ねぇよ」

 

「……なんだと?」

 

「どうしょうもねぇ戦況に置かれるのは、俺の人生でもそう珍しいことじゃねぇ。ちょっと前は、はぐれ悪魔に襲われたし……六年前にだって絶望しか感じない戦いを強いられた」

 

 俺はおもむろに翼を広げる。

 蝙蝠にも似た悪魔の翼。

 見てくれはちょっとアレだが、まぁ俺には上等な代物だ。

 きっと俺を高みへと導いてくれる。 

 

「そんな時、俺はどうしたと思う?どうやって勝利をもぎ取った思う?」

 

「てめぇ、どうす、る、つもりだぁあ」

 

 喋りにくそうだなぁ。クゥソジジィー。

 けど、俺の我がままの効果はそれだけじゃねぇ。

 

「決まってんだろ、それはっ」

 

 俺は翼を羽ばたかせて、一気にっ、空へっ!

 

「逃げるんだよぉ間抜けがぁあああああああああああ!」

 

 いざさらばボケジジイ。一生地面に這いつくばってろアホウがぁ!

 

 空へ昇る一瞬、ジジイのポカーンとした顔が目に入った。

 圧・倒・的・快・感!

 出し抜いてやったぜヒャッホー。

 俺は空を全力で駆ける。

 

「ま、待てっ、糞餓鬼!」

 

 ゴアヒは翼を広げて俺を追おうとするが、その飛行はフラフラと頼りない。

 ボケが。俺がいったい何のために顎を砕いたと思ってる。

 悪魔だって、あくまで生物だ(悪魔だけにな)。脳を揺らせば平衡感覚くらいは狂う。

 

「……ハハッ。これで距離は稼いだ」

 

 だが、

 今だ俺の『勝ち』は遠かった。

 だが、必ずたどり着く。

 どんなにその歩みが遅くとも、けして足を止めないのが俺の戦いだ。

 

 

 

 空中戦はそう長く続かなかった。

 経験の差というべきか、俺はすぐにゴアヒに追いつかれた。

 戦いとも言えない攻防が続き、俺の身体はあちこちが焼け爛れている。

 俺は必死に距離をとって、奴と向き合う。

 

「ホント、よくやったほうだよ糞餓鬼」

 

 もうだいぶ顎の調子は良いようだ。

 悪魔の回復力はホントにチートである。まぁ、例外は色々あるらしいがな。

 

 自分の優勢に気を良くしたのか、何やら話しかけてきた。

 間が抜けてるぜ糞ジジイ。

 俺の目的だってすでに達成しているんだぜ。

 

「どうしたよ?仲間の所にでも飛ぶつもりだったんじゃないのか?」

 

「何言ってんのお前?つーか俺、あいつらの家なんざ知らねぇし」

 

「だったら時間稼ぎか?無駄だぜぇ。賭けとは言ったがよ、私のジャミングは完璧だ。お前は希望を持ってるだろうが、仲間は来ねぇよ!私が勝負を急いでいたのは、汚らわしい人間界の空気が不快だったからだ」

 

「そいつはごくろうなことで。つーかテメェごときを相手にするのに、あいつらの助けなんて借りるかよ」

 

 いつ来るかもわからねぇ助けなんざ、最初からあてにしていない。

 

「なぁ、おい。テメェよぉ。テメェの勝利条件はなんだ?」

 

 今度はこちらから聞いてやる。

 

「そうさね。お前を殺すことかな?より残酷に」

 

 馬鹿が。

 お話にならない。

 

「それじゃ足りねぇよド低能。テメェは自分の勝利に必要な絶対条件を自覚してない」

 

 何年生きてるか知らねぇけど、現状をちゃんと把握できるようになってから出直してこい。

 

 ゴアヒは苛立ったように眉を寄せる。

 

「本当に、本当に気に障る餓鬼だ。もう良い、死ねよ」

 

「死なねぇ。俺の勝ちだ」

 

 向かってくるゴアヒに一気に突っ込む。

 

「馬鹿がっ!」

 

「馬鹿はテメェだ!」

 

 これまでの戦いで分からなかったか?

 俺の最終コマンドは、基本的に『捨て身タックル』だ!

 

 噴きかけられる酸をまともに受ける。

 最低限、腕でガードする。目に入らなきゃそれでいい。

 

「グゥウアアアエアアアァアアアアアア!」

 

 吼えて猛り狂え。

 これは痛みを受けた悲鳴ではない。

 反撃への咆哮だ。

 条件はそろった。

 いくら奇をてらおうが、いくら策を練ろうが、最後に頼りになるのは、人間だった頃から変わらない。

 いつものアレ。

 気合いと根性と、愛すべき……やせ我慢!

 

 ゴアヒが驚愕したように目を見開く。

 本当に、間が抜けてるぜ、ジジイ。

 

「ぁ、つ、つか、掴まへぇたぁ」

 

 溶けかけた唇を歪め、

 ニタリと笑う。

 ゴアヒの首を鷲掴みにする。当然、体表の酸に焼かれるが、まぁ知らん。

 自分の翼をジジイの翼に絡ませる。

 

 

 

「よぉお、糞ジジイィ。ギャンブルは好きか?」

 

 

 

 そして、揚力を失った俺たちは、地面へと堕ちて行く。

 

 

 

「クソォガキガアァアアァアアァアアアアアアアアアアアア!」

 

「堕チィロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 

 ゴヒアの叫びと俺の叫びが重なる。

 もはや言葉にすらなってないかもしれない。

 脳内麻薬が異常に分泌されているのがわかる。

 負ける気が、しなかった。

 

 空中でグルグルと俺たちは回転する。

 地面はみるみる内に近づいてきていた。

 

 さぁ、どっちが先に地面に付くかなぁ?

 どっちが下敷きになる?

 下敷きにならなかったとしても、その衝撃に耐えられるかな?

 

「ナァアアメルナァアアアアアアアア!」

 

 地面に追突する寸前――――――――――。

 

 地面に叩きつけられたのは、

 

―――――――――地面に魔方陣が浮かび上がる。

 

 ゴアヒだ!

 

 俺は歯を食いしばる。

 しかし、予想した衝撃はない。

 ゴアヒの術なのだろう。

 突如出現した魔方陣が位置エネルギーを殺しきった。

 

 俺たちは地面を転がる。

 そしてすぐに体勢を立て直したのも、ゴアヒだった。

 

「ざまぁああみろおお!!あんな方法でっ!この私を殺そうだなどと、甘いんだよぉおお!」

 

 俺に覆いかぶさり叫ぶ糞ジジイ。もはや体面も糞も無い必死さだ。

 つーか、すげぇ酸が垂れてきている。地味にきつい。

 

「まだ、ギャンブルは終わってねぇよ早漏」

 

 俺の頭を叩き割ろうと拳を振り上げるゴアヒ。

 しかしその動きはぴたりと止まる。

 俺がポケットから抜いたナイフを、奴の眼球に突きつけているからだ。

 

「良い子だ。ただのナイフと思うなよ。魔力で強化くらいはしてるぜ?」

 

「だから、なんだ?目を抉られようが、その後でお前の頭蓋を割ってやる!」

 

「いいや、できないね。さっき聞いたよな?テメェの勝利条件はなんだって」

 

「お前を殺すっ、それだけだ!」

 

「それじゃあ足りねぇっつってんだろボケがっ!正しくは『損失なく、俺を殺す』それがテメェの条件だ!」

 

 ゴアヒが息を呑む。

 

「俺は悪魔の身体がどれくらいの強度で、どれくらいの再生力を持つかをちゃんと調べたぜ!ただ一つ気になってよ。悪魔の力は完全に損失した部分も再生してくれるのか?」

 

 少し前の事だ。

 俺はそのことが知りたくて、自分の目を抉ろうとした。

 結果的に近くにいた部長に殺す勢いで殴られて止められてしまったが。しかし答えも教えてくれた。

 

「答えは『否』だとよぉ!個人差はあるが、肉体の欠損は悪魔にとっても重い話しらしいなぁ!どうだよ?テメェは悪魔の中でも強い再生力とか待ってたりすんのかよ?目玉の一つくらいへっちゃらですかぁ?」

 

「き、貴様……!」

 

「あ~あ、情けない。つい数か月前に人間から転生したばかりの下級悪魔に、目玉を奪われたどのツラ下げて主に会うんだろ?俺だったら割腹自殺するね!」

 

「な、舐めるなよ貴様!貴様などっ」

 

「お前の負けだよ。俺の勝利条件はテメェを打ち倒すことじゃない。『生き残る』ことだ。その為ならどんな犠牲も、賭けにだって平気で乗る」

 

「いいやまだだ!私が犠牲を覚悟すれば!」

 

「無理だね!落下死をまぬがれて一番の興奮状態だったあの瞬間でもっ、お前は振り上げた拳を止めてしまった!目を抉られるのは割に合わないと判断してしまったからだっ!」

 

 ゴアヒの荒い息が辺りを覆う。

 しかし、覚悟を決めるように、意識して深呼吸を始めた。

 冷静になる為に。

 俺に呑まれている状況を打開する為に。

 

 させるかよ、阿呆が。

 良いことを教えてやるよ

 

「それとな、お前さ。ここがどこだか分かってる?」

 

「……は?」

 

「この俺様がよ。何も考えずに空を飛びまわったと思ってんのか?」

 

 そうだ。

 俺は仲間に助けを乞うために、時間稼ぐために飛んだのではない。

 すべては勝ち目を引くためだ。

 

 

 

「ここ、教会の敷地内だぜ?」

 

 

 

 ゴアヒが息を呑むのがわかった。

 

「よぉ、さっきから息苦しかったろ?平静でいられなかったろ?理由は簡単。ここは神の土地だ。俺たち悪魔の侵入は許されていない。ほら目を横に向けてみろよ」

 

 そこには、朽ちてはいるが立派な教会があり、その頂には月夜に照らされた十字架が光っていた。

 いつぞや行くに行けなかった教会に、俺はたどり着いた!

 

「ひっ!?」

 

「わかったかよ?ほら早く決めろよ。馬鹿みたいに悩んでいる今この瞬間にもっ!天使の射る『光の槍』が飛んでくるかもなぁ!!幸い、俺の場合は、お前は覆いかぶさってくれてるから、無事だったりして。いや仲良く一緒に串刺しかな?まぁそこらへんはホラ、神にでも祈っておくよ」

 

「き、貴様は、狂っている!」

 

「安くみんじゃねぇ!そんな簡単に狂ってたまるか!必死で耐えてる。必死で考えてる。必死に生きているんだ!!さぁ選べ!俺を殺すして片目を失うかっ?それともこの場はケツまくって逃げるかっ?好きにしろ!ただし時間はねぇぞ。神様が俺たちを見下ろしている!!」

 

 俺の叫びが残響を残して辺りに響いた。

 辺りを痛いほどの静寂を支配する。

 

 やがて、

 

 ゴアヒは俺の上から退いて、フラフラと去っていった。

 

 身体中の力が抜け、

 肺の中身を全て吐きだすようなため息が漏れる。

 

「……俺の、俺の勝ちだ」

 

 小さな呟き。

 それでも満足できなくて俺は叫んだ。

 

「俺のっ!勝ちだぁあああ!」

 

 爆笑である。

 腹を抱えて大笑いをした。

 身体中痛い。

 身体中の肉が溶けているんだ当たり前である。

 それでも俺は生きている。

 生きている!

 種も仕掛けもあるギャンブルに俺は勝った!

 

 この教会が閉鎖され、神の監視領域からも外れていることを俺は知っていた。

 すこし前の休日に、俺が教会に関わったのをキッカケにリアス部長が調べた上げていたのだ。

 つまり、この教会には光の槍が降って来ないという確信が、俺には最初からあった。

 貧乏性だからよ。俺は、勝てる賭けしかしねぇんだよ。

 

 ざまぁみろと、一通り笑って俺は携帯を取り出す。

 今だけは買ってよかったと思う。

 さすがにこのままぶっ倒れていたら衰弱死しそうだ。

 教会の聖なる波動が洒落にならなくてヤバイ。

 小さい液晶にある『粘着女』の名前を選択する。

 なんとなく助けを呼ぶのは癪ではある。

 いや、これは助けではない。今夜の報告だ。

 報告をするためには、身体が万全でなければならない。

 だから治療は必要だ、うん。

 俺はグダグダと理論武装して、通話ボタンを押した。

 

 全く、ホントに……長い夜だった。

 

 ――――――プルルルルルル、ガチャ

 

『はい、リアスグレモリーです』

 

「あ、部長?俺で、」

 

『申しわけありません。ただいま所用により電話に出ることができません。発信音の後にお名前とご用件を、』

 

 まごうことなく、留守電である。本当にどうもありがとうございました。

 

「てっめぇえええええええええええええ!」

 

 危うく携帯を叩き壊しそうになった俺は悪くない。

 

「ほんっとに、ほんっっとに!使えねぇ女だなテメェはよぉ!!」

 

 俺は叫んだ。

 粘着女、肝心な時に使えない。マジで死すべし。

 

 

 

 

 





 文字荒れが半端ない。
 そんなわけで姫島先輩暴走論はミスリードでした、すいません。
 けれど本物の朱乃さんも主張は過激ですね。ブッ殺す宣言はすでにされているのが薫クオリティー。

 戦いでも普通に力で圧倒しないあたり、オリ主失格な薫くん。
 まぁ前哨戦はこんな感じです。
 七話の教会での馬鹿話が、かけひきの肝になったわけですね。

 しかし、やたら長くなったな、このバトル。
 子猫登場は次回かな?
 ではお楽しみに。




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