今回は別の視点のお話です。
「ふ~ん」って思ってください。
木場祐斗は悪魔である。
自らの欲に従い生き、人間に契約を持ちかけ、蝙蝠の翼を生やす。聖なるものが弱点で、日の光もあまり好まない。
寿命だって、人間と比べるのが馬鹿らしくなるほど長い。生命力や身体能力もケタ違いだ。
そういう、生き物なのである。
だから祐斗は、自分には人間の友人などできないと思っていた。
もともと祐斗は人間だったが、とある理由で悪魔へと転生した。
悪魔の中でも名高い『グレモリー家』の家次期当主、リアス・グレモリーの「騎士」。それが祐斗の立場だった。
悪魔としての生活は思ったよりも文化的で人道的だった。少なくとも祐斗の「人間」としての人生よりも確実に上等なものだった。
人間の社会の中にひっそり紛れ込み、うまく共存することを望む。
それが現在の悪魔の基本姿勢である。
だから、祐斗は特に負い目を感じるようなことは何もしていない。むしろ健全とすらいえる生活を送っている。
それでも、大きな隠し事をしている自分に、友人をつくる資格があるのだろうかと、そう思ってしまうのだ。
祐斗は糞真面目であった。
リアスの勧めに従い駒王学園に進学したが、きっと今まで通り、浅い人付き合いで周りの目を誤魔化すのだろうな、などと考えていた。
そんな祐斗に転機が訪れたのは、入学してすぐに行われた体力測定だった。
悪魔の自分が本気を出しては大騒ぎになる。祐斗はうまく加減をしながら測定を行った。
そして1500メートル走の測定で、祐斗は生涯の友と出会う事になる。
最初の印象は特に強いものではなかった。
クラスにいる少ない男子の一人。その程度の認識だった。
測定は始まり、男子の集団は走りだす。
彼はすぐに集団から特出した。
そのフォームには無理がなく、走り慣れた人間特有の美しさがあった。
祐斗は気付けば、彼の後ろについて走っていた。
速い。
素直に舌を巻いた。よく鍛えている。
……それでも、自分が本気を出して勝てない相手じゃない。
思えば、祐斗が感じていたのは、虚しさだったのかもしれない。
人間としての人生に未練はない。しかし自分が彼らとは違う存在だという認識は、呑みこむには少し苦かった。
そうして、レースは終わった。
ただ一度も、祐斗は彼の前に出る意思を見せなかった。
祐斗は彼をあらためて見た。
平均よりも高い背丈に、痩せているが角ばった筋肉質な体型。さっぱりと切った短髪によく焼けた肌。顔つきは鋭利だが、頬に僅かに散ったそばかすが少し子供っぽくて親しみが持てる。
そんな彼は、測定で本気を出しきったのだろう。荒れた息を吐き出し、額から落ちる汗を受け入れていた。
その姿が祐斗には、ひどく眩しかった。
『やぁ、早いね。やっぱり陸上部にはかなわないよ』
気付けば祐斗は、彼に話しかけていた。
返答は手荒かった。
彼は自然な動作で木場の胸倉を掴んで引き寄せた。
祐斗は反射的に周りの反応をうかがうと、案の定ざわついている。しかし彼はそんなこと眼中にないと言わんばかりに木場だけを睨んでいる。
普段は気だるげな彼の目が、烈火の感情を浮かべて祐斗を射抜く。
祐斗の欺瞞と慢心は、すべて彼に見抜かれていたのだ。
『僕は木場祐斗。同じクラスだし、これからよろしく頼むよ』
『…………遊佐薫だ。話しかけんな』
二人はこうして出会った。
木場祐斗は、遊佐薫と友達になることを望んだ。
それから祐斗は薫に話しかけ続けたが、薫は呆れるほど愛想が悪かった。
自分が嫌われているせいかとも思ったが、見ていると薫は誰に対しても無愛想だった。時には教師にも平気で悪態を吐く。
いつも通りキツイ言葉で追い返された祐斗は苦笑していた。
そして薫の探るような目線に気がついた。
観察されている?
いや違う。
試されているのか?
そこまで考えが至ると、後は早かった。
薫は悪態を吐いた後、いつも相手の事をジッと見つめる。
良い意味でも悪い意味でも、薫は剥き出しの人間なのだ。無愛想なのも口が悪いのも、全部が素の薫だった。
それに耐えられない人間なら、最初から薫は近づけようとしない。
なんとも直球勝負。
呆れるほどのコミュ症具合、というか不器用さだった。
それに気づいた祐斗は、その野生の獣じみた青年をただ受け入れた。
薫はそういう人間なのだと思って接していると、悪態も気にならなくなった。そもそも言葉はキツイが彼の言葉には悪意はないのだ。
そうしていると、いつしか探るような目線は感じなくなり、よく一緒に行動するようになっていた。
懐に入るとよくわかるのだが、薫はやる気なさげに見えて、かなり激しい人間だ。
祐斗は絶対に許せないもの以外はわりと流してしまえるし、激しない性格だが、薫は違う。
薫は大抵のことは許せないし、何やらいつも怒っている。
二人が一緒に出かけた時に、こんな事があった。
レジで支払いにまごつく老人を、後ろに並んでいる中年が責め立てていた。
祐斗はそれを見てただ眉をひそめただけだったが、薫はごく自然な動作で中年を蹴り飛ばした。
その時、祐斗は慌てて薫を取り押さえ、手を引いてその場を走り抜けた。
薫は中年につまらないような、怒っているような、複雑な表情を向けていた。
薫の行動はいつも正しくない。
だけどいつだって、間違ってはいないのだ。
祐斗は薫の友達であり続けた。
朝会が終わり、リアス・グレモリーと支取蒼那、いや、リアスと同じく爵位をもつ上級悪魔「ソーナ・シトリー」は旧校舎のオカルト研究部に集まっていた。
どちらも美しい面差しの少女だったが、今はその表情は険しく歪ませていた。
リアス・グレモリーはここら一帯の土地を管理する悪魔だった。
そのグレモリーの領地で無益な血を撒き散らす無法者がいる。
それは、どこからか流れてきた「はぐれ悪魔」だった。
現在、悪魔の絶対数は劇的に減っている。
先に起こった大戦による傷跡であった。
事態を重く見た悪魔の陣営は、人間を悪魔に転生させることを可能とする「悪魔の駒」というシステムを産み出す。
主となる上級悪魔がチェスの駒に見立てて下僕を持ち、少数精鋭の部隊をつくる意味もあるこの制度。
優秀な「駒」は主のステータスになった。
一時期、悪魔たちは人材発掘に夢中になったが、予想外の弊害もあった。
転生したといっても、悪魔としての生活に馴染めない者や、突然に降って湧いた力に溺れて欲に身を任せるものがいた。
厄介なのは無論、後者だ。
しまいには自らの主から逃げ出すものや、殺してまで自由を求める者まで現れた。
それが「はぐれ悪魔」という存在だった。
はぐれ悪魔は大概が人から離れた醜い姿をしている。
自分を律することもできない心の内が、姿となって表れるのだ。
まさしく怪物というわけだ。
精神的にも変異をとげて、まともな理性も無くなる。そうなると手がつけられない。
このグレモリー領に迷い込んだのも、どうやらそういったはぐれ悪魔のようだった。
「私が独自に調べたところ、被害者は警察の発表の倍はいるでしょう」
ソーナは重い口を開く。
ブチリと、噛みしめ過ぎたリアスの唇が切れる。
その髪と同じ色を持つ液体が口を伝う。
リアスの心中は怒りの業火が燃え盛っていた。そのような被害を出したはぐれ悪魔への怒りは当然ある。被害者の無念を思うとやり切れない。
しかし何よりもリアスの心を占めていたのは、自分への激しい失望だった。
この土地を管理していたのは誰だ?
私だ。このような事件、私が未然に防がなければならなかった。
リアスは誰よりも自分に厳しい少女だった。
貴族たるもの、そうあるべきだ。そう彼女は考える。
「リアス、あまり自分を責める必要はないわ。流れのはぐれ悪魔は天災と一緒です」
「人は、天災も予測してみせるわ。わからないのは悪魔の暴走なんて埒外の事象だけよ」
ソーナはリアスの言い分に口を閉じる。
この友人がどういう性質なのかはよく分かっている。どれだけ言葉を重ねても自分を責めるだろう。
それならば、いまの自分にできることを。
ソーナもまた、聡明な少女だった。
自分が調べたはぐれ悪魔の情報をリアスに伝える。
「はぐれ悪魔の通称は、心臓喰い(ハートイーター)。心臓に病を負って死亡し、悪魔として転生した元『戦車』の女悪魔よ。主の元から逃げ出したみたい」
「心臓喰い?」
「彼女は若い健康な人間の心臓を身体に取り入れることで、自分は強くなれると信仰しているようなの」
「歪んでいるわね」
「ええ。ただ、はぐれ悪魔ってそういうものだから」
「そうね。それが学生ばかりが狙われる理由……」
リアスは呟くと、力の満ちた表情で顔を上げた。
「どちらにせよ、報いは受けさせるわ……!」
その瞳には炎が宿っていた。
放課後、リアスの使い魔が「心臓喰い」を捕捉する。
現場に急行しようとするリアス達だが、思わぬ邪魔が入る。人間界に逗留するリアス等に細かい指示を出す『大公』から、待ったが掛かったのだ。
そのあまりの理由にリアスは激怒した。
リアスの『グレモリー家』、ソーナの『シトリー家』は共に悪魔の名門である、旧72柱に名を連ねている。
その72柱も、先の大戦で半分以上が血筋を断絶させていた。だからこそ残った一族はその希少性から名を高めてもいた。
そして「心臓喰い」の主は72柱が一柱『プールソン家』の嫡男の下僕であった。
そのプールソン家が「心臓喰い」は自分達の家の者で捕まえると言ってきているらしい。ようするに“お気に入り”を壊されたくないのだ。
当然、リアスは突っぱねた。
冥界の辺境に住むプールソン家が人間界へ到着するまでに、いったいどれくらいの時間が掛かるのか。
事態は急を要するのだ。
しかし、ヘタに「心臓喰い」に手を出せば、グレモリーの名に傷がつくかもしれないとまで告げられるとリアスは何も言えない。
家の名は出されると、次期当主でしかないリアスは口を閉ざすしかない。
リアスにとってグレモリーの名前は誇りだが、何よりも重い足枷でもあった。
結局リアスは、殺さずに捕獲することを確約して、「心臓喰い」のもとへ転移した。
それは、痛恨の時間的ロスだった。
転移してきたリアス達を迎えたのは、衝撃の光景だった。
件の「心臓喰いは」その首から血を噴き出し、もがいていた。頸動脈辺りの肉がごっそりと削げている。
これは元人間の転生悪魔に該当することだが、彼らは人間の頃の急所がいまだに残っている場合がある。
「心臓喰い」はその傾向が強いようだ。首元の傷に再生の兆候が見られない。
いったい、誰がと辺りを見回すと「心臓喰い」の足元には血だらけの青年が倒れていた。リアスは、見たことのある子だと思った。
祐斗はすぐに、それが誰かを確信した。
「遊佐くんっ!?」
その声はほとんど悲鳴だった。
遊佐薫。
それは祐斗が高校でつくった、初めての友人だった。
薫の身体は酷く損傷していた。
右腕は肩口近くまで喰い千切られ無残な断面を覗かせている。左手はすべての指を失っていた。
太股の半ばから断ち切られた左足が、遠くに転がっている。
他にも乱暴に千切ったような傷が体中に点在した。
完全に破壊された人体がそこにあった。
祐斗はそれを茫然と眺める。眺めるしかない。
いつか祐斗を射抜いた瞳から、光が、失われていた。
そして、薫の胸にポッカリと空いた穴を見て、「心臓喰い」の腕にぶら下がった友人の心臓を見つけた瞬間、祐斗の意識は焼き切れた。
「……せ」
神器「魔剣創造」。祐斗は瞬時にもっとも手に馴染んだ魔剣を呼び出した。
悪魔の駒による付加能力、「騎士」で一気に加速し、「心臓喰い」に躍りかかる。
「――――――それを返せぇえ!!!」
いまさら心臓を取り返した所でどうにもならない。
しかし友人の心臓(命)を薄汚いはぐれ悪魔が握っていることが許せなかった。
「祐斗、やめなさい!!」
主の制止の声は、祐斗を止める力は持たなかった。
祐斗は、薫の心臓を握る、「心臓喰い」の右腕を手首の辺りから断ち切った。
醜い悲鳴が響く。
期せずして、それは薫が最初に負った傷と同じ位置であった。
祐斗は薫の心臓を取り戻した。
それ以外、用はないと言わんばかりに「心臓喰い」に背を向け、薫の遺体に近寄る。
あれはもう終わった命だ。
薫が撃退したみせたのだ。
命を賭けて、悪魔に打ち勝ったのだ。
だから祐斗には「心臓喰い」にトドメを刺す意思はなかった。
そうして、祐斗の思った通り「心臓喰い」の身体はすぐに灰になり、消えた。
あまりにあっけない最後だった。
祐斗の顔にはいつもの柔和な表情はなく、深い虚無だけが宿っていた。
薫の遺体を抱く。
随分と軽くなってしまった薫の身体。
そっと心臓を返してやる。
「……どうして、どうして君なんだ」
どうして、よりにもよって、僕の友人なのだ。
祐斗は嘆く。
やはり、無理やりにでも家に送ってやるべきだったのか。
薫の異変にもすぐ気付けるように、「願いの魔方陣」だって渡した。あれは持ち主の求めに応じて悪魔を、グレモリー家の悪魔を呼び出す。
薫を、助けられたのだ。
何故だ、何故、機能しなかった。
「……祐斗くん、これ」
黒髪の大和撫子、リアスの眷族で「女王」姫島朱乃が祐斗に話しかける。
その手にはグシャグシャにされた「願いの魔方陣」があった。
「彼は、助けを望まなかったようですね。助けを、拒絶した。願いを求めない者にたいしてわたくし達は、無力です」
朱乃は痛ましい者を見る目を祐斗に向ける。
「……っは、はは、ははははは」
祐斗は笑った。
あまりに、らしい話しだ。
「そう、か。遊佐くんらしいよ」
自分の敵は、自分で倒すと決めたのだろう。
他人が作ったルールは障子紙を破くよりも簡単に破るくせに、自分のルールだけは死んでも守る、
祐斗の親友は、そんな頑固者だった。
「……祐斗、彼を悪魔として転生させるわ」
リアスは覚悟を決めると懐から、「兵士」の駒を一つ取りだす。
「いいえ、遊佐くんは多分、蘇生を望みません」
祐斗にはわかった。薫は自分のやりきったことに満足して逝ったのだろう。
「でしょうね。私は今日初めて遊佐くんと喋ったけど、そんな頑なさを持っている子だったわ。だからこれは悪魔である私のエゴ」
この事件での自分はあまりにお粗末だった。
初動の遅さで事件をここまで大きくしてしまった。
たくさんの命が失われた。
そして今日も、助けられた筈の命を……とりこぼした。
はぐれ悪魔の始末まで人間である彼に押し付けてしまった。
あまりに取り返しのつかない数々の失態。
だから、もうひとつ。
私、リアス・グレモリーは恥を重ねる。
これは自己満足だ。
可能性の残ったこの命だけは、必ず生かしてみせる。
「私は恥知らずにも、望んでもいない人間を無理やり悪魔に仕立て上げる。遊佐薫という存在のすべての責任を私は負う。……良いわね、祐斗?」
力を失っていた祐斗の目に涙があふれる。
「お願いします。僕の、僕の親友を、助けてください……!」
額を地面に擦りつけ、祐斗は嗚咽を上げる。
『我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、遊佐薫よ。今再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔となれ。汝、我が「兵士」として新たな生に…………歓喜せよ!』
紅い魔方陣が薫を包み、傷を癒す。
溶け込むように「兵士」の駒は、薫の胸に消えていった。
「――――――ん」
小さく、それはとても小さい声だったが、死んだ筈の薫が声を発する。
「おはよう、遊佐くん。いや、薫」
目が開く。険のある強い意思を秘めた瞳が祐斗に向けられる。
「……気持ちよく寝てたのに起こしやがって。あとで殴る」
「それは怖いな。手加減してくれ」
祐斗は涙交じりに笑う。
そんな祐斗を見て、薫の反応は、
「つーか、おい木場、てめー顔が近いんだよ」
いつも通りの、小憎たらしい悪態だった。
薫は今にも抱きしめてきそうな祐斗を、鬱陶しそうに押しやるのだった。
いかがでしたか?
どう見ても木場が最有力ヒロイン候補ですね。本当にどうもありが(ry
でも実際どうなんでしょう。
恋愛要素とかいるのかな。
いや、やっぱ萌えより燃えですよね。
特技は炎上です。