日頃のご愛顧ありがとうございます。
みなさん、今後ともご贔屓に。
いやぁそれにしても、今回はまた難産でした。
難産クオリティーな本編をお楽しみください。
姫島朱乃は、遊佐薫を警戒している。
突然の理不尽によって命を奪われたことは同情しよう。
人として懸命に生き抜いた果てに、悪魔としての生を強要されたことも、見方によっては彼の生きざまを侮辱したに等しいことなのかもしれない。
だからある程度、彼がリアスに対して多少の反感を抱くことは予想できていた。
しかしまさか、あれほど怒り吼え猛るとは思わなかった。
薫は悪魔として転生した次の日、呼び出された部室でその激情を発露させた。
見たこともないような感情の放流に、息を呑んだことを朱乃は覚えている。
リアスに向けられる圧倒的な拒絶。
お前を認めないという絶対の否認。
友人として、眷族としてリアスの傍に寄り添ってきた朱乃にとって、それは許しがたい侮辱の数々だった。
この男は手に負えない。
放逐するか、処分した方が良い。
朱乃の一番冷静な部分がそう判断を下していた。
この“遊佐薫”は普通ではない。
ありていに言えば異常だ。
リアスにとって、マイナスにしかならないだろう。
始末するとなれば自分がやらねばなるまい。リアスは良くも悪くも眷族に対して情愛深い。数日間の仲とはいえ、手にかけるには負担が多いだろう。
朱乃は冷たい覚悟を決めていた。
しかし、朱乃の予想に反してリアスは薫を受け入れた。
薫が発する反感も否認も、致命的な歪さや危うさも、全てまとめて抱きしめた。
リアスは、王として器をもって“遊佐薫”という劇物を受け入れて見せた。
やや根拠のない、ある種“甘さ”とも言えるリアスの情愛深さに、しっかりとした芯のようなものが通った気がした。
自らの王がまた一つ強くなった。
明確な成長である。
それは喜ばしいことの筈だ。
しかし朱乃は、手放しに喜ぶことができなかった。
遊佐薫は、その圧倒的なまでの意思力、人格、個性、によって周囲を問答無用に引き摺り回す。
朱乃は遊佐薫を表現しようとすると幼い頃に見た、嵐で氾濫した河川を思いだす。荒れ狂う濁流はさだめた進路を迷うことなく突き進み、障害の全てを薙ぎ払う。
そんなものが引き起こす変化をただ受け入れて良いものか?
朱乃の懸念はそういったものだった。
リアスのことは信頼している。
しかし、遊佐薫を御しきれるかと言えば、話しは別だ。けして楽観視はできない。
リアスは薫を自らの眷族として情を傾け始めた。祐斗にいたっては薫が人間だった頃から友情を育んでいたらしい。
ならば、自分だけでも薫を見極め続けなければ。
悪魔として着実に力をつけていく薫を見ながら、その朱乃の思いは強くなっていった。
そして、日常に異変が起きた。
人間だった薫を死に追いやったはぐれ悪魔。心臓喰い(ハート・イーター)の主が、オカルト研究部を訪ねてきたのだ。
現在、部室にはグレモリー家の者でない悪魔が存在していた。
ヴェイトリックス・プールソンはソファにゆったりと腰掛けている。
見かけは二十代半ば程の優男だ。
深緑色の髪の毛を撫でつけている。
充分に整った顔には優しげな微笑を張り付けて、物腰も穏やかだ。
しかし、目だけが違った。
笑みの形に歪んだ瞼の奥には、まるで発情期のケダモノのようにギラギラとした瞳が光っている。
何もこの状況に興奮しているわけではない。
旧72柱の一角に名を連ねる純潔の悪魔。プールソン家次期当主である彼の、抑えきれない獣性が瞳から漏れだしているというだけのこと。
朱乃はツンと鼻にくる臭いに眉をひそめた。
香水で隠しているが、染み込んだそれは消せていない。
血と、生臭い獣の臭い。
それがなんとも気に障るのだ。
朱乃は気を紛らわすように薫に意識を向けた。
薫は部室の壁に寄りかかり、あくびを漏らしている。
不機嫌そうに眉に皺を寄せてはいるが、それはあくまでいつも通りだ。
朱乃はてっきり、我を忘れた薫がヴェイトリックスに飛びかかっていくものと予想していた。
すぐに鎮圧できるように用意もあった。
止めねばなるまい。
ヴェイトリックス・プールソンはその名に恥じぬ力を持った上級悪魔だ。今の薫が突っ掛かれば命はないだろう。
しかし薫は、部室に入ってきた当初こそ動揺を見せていたが、すぐに平静を取り戻した。
以降は口を開くことなくただ黙ってことの成り行きを見守っている。
しかし、その沈黙が何よりも怖い。
いつ爆発するかわからない爆弾と、同じ部屋にいる趣味は朱乃にはない。見れば祐斗も薫に意識を向けているようだった。
「―――それで、いったい何の用かしら?」
ヴェイトリックスの対面に座っていたリアスは口を開いた。
「いやいや、そう構えないでくれよ。今日はお詫びにきたのさ。うちの眷族が迷惑をかけたね」
よくも抜けぬけと。
リアスは心中で毒づいた。
「そう思うなら、眷族の管理くらいしっかりすることね」
「そう言われると汗顔の極みだね。まぁアレはヤンチャな所が可愛くてさ。少し甘やかし過ぎたかな」
ヴェイトリックスは薫に目を向けた。
獰猛な獣の瞳。
「しかし、信じられないなぁ。ただの人間がうちの心臓喰いを打ち破るなんて」
どうせそんなことだろうと思っていた。
それがこの場での本題だった。
ようするにこの男は、その結果が気に入らないのだ。
「あなたも“大公”から説明を受けたでしょう。あなたの眷族に致命傷を与えたのは、あくまで人間の青年よ。それ以上でも以下でもないわ」
ヴェイトリックスは、心臓喰いの殺傷を大公を通じて禁止していた。しかし結果的に心臓喰いは消滅した。
薫が、その命を引き換えにそれを成し遂げたのだ。
「もちろん、理解しているさ。しかし納得はしていない。これは気持ちの問題だがね。……それでどうだろう?ひとつ提案したいのだが」
「何かしら?」
「彼、遊佐薫くんと僕の兵士をトレードしないか?」
それは予想もしてなかった言葉。
「お断りよ……!」
間髪言わずにリアスは返した。
冗談ではない。
悪魔の駒にはトレードというシステムが存在している。
互いの王が同意し、同じ駒同士なら下僕を交換できるのだ。
無論、いまやリアスにとって薫は大切な眷族であり、家族だ。
どんな理由があろうと手放す気はない。
ましてやヴェイトリックスがまともな理由を持っている筈がない。もしトレード なんてしたら薫はいったいどんな仕打ちを受けるのだろうか。
考えたくもなかった。
「つれないこと言うなよぉ。運命的じゃあないか。心臓喰いを殺しつつも、最後の得物として殺された青年が悪魔として転生したんだ。彼は言うなれば、心臓喰いの忘れ形見のようなものさ。私が所有権を主張してもバチ当たるまい?」
「ふざけないで。あなたの理屈なんて知らないし、興味も無いわ」
「交渉のテーブルにくらい着いてくれよ。俺の兵士は優秀だよ?しかも面白い神器を持っている。たかが元人間とは比べ物にならない逸材だ」
このままでは埒が明かない。
リアスは鼻を鳴らして、挑発的な笑みを浮かべた。
「あなたご自慢の心臓喰いはその“たかが人間”に殺されたのよ?どうせあなたの兵士ものその辺の犬にも劣る力しか持ってないのでしょう。嫌よ、そんな外れクジ。掴まされてたまるものですか」
ヒクリ、とヴェイトリックスの頬が歪んだ。身体から魔力の波動が溢れだし、朱乃と祐斗は臨戦態勢に入る。
リアスは叩きつけられる殺気を悠々と流して紅茶を口にしていた。
「……下手に出てりゃ良い気になりやがってっ、この売女がよ……!」
「おかえりはあちらよ豚野郎。さっきから家畜臭いわ、失せなさい」
朱乃は吹き出しそうになった。
こ、これは悪い影響だ。
確実に、薫の口の悪さが伝染している!
朱乃がキッと薫を睨むが、目線は合わなかった。
疑問が浮かぶ。
薫は何を見ているのか。
視線を追うと、ヴェイトリックスの後ろに控えている燕尾服の翁にたどり着いた。おそらく眷族だろう。妙に存在感が薄い。
思えばその男もこの場で一切口を開いていなかった。
結局、その場はお流れとなった。
お互いに殺気立ってしまい、交渉どころではない。というよりも殺気だっていなくても交渉になどならないのだ。
リアスは薫を手放すつもりはない。
そしてヴェイトリックスもまた、薫を諦めないだろう。
ヴェイトリックスとかいう野郎が帰った後、部長は宣言通りに俺の通信簿の提出を求めてきた。
以外に思われるかもしれないが、俺の成績はさほど悪くない。自宅学習はあまりしないが授業を真面目に受けていれば割となんとかなる。
だから、別に通信簿なんざ見られても何とも思わない。
思わないのだが、
これはなんというか、こそばゆい。
思えば、園長先生に通信簿を渡す時も妙に緊張していた気がする。
なんだこの沈黙。
なんで俺はドキドキしてんの?気持ち悪っ!
あぁ、そう言えばガキの頃は母親に褒めて欲しくて、勉強を頑張ってたりしてたわ俺。
だから学期末とかはいつもドキドキしていた。
不安と、微かな期待を抱えて恐る恐る通信簿を開いたものだった。
思ったよりも良ければ自慢げに母親に渡して、悪ければ顔色をうかがいながら渡した。結局あの人は、どんな成績でも俺を叱ることはなかった。
いつだって、微笑んで頭を撫でてくれた。
……それは、今は意味のないゴミクズみたいな記憶だった。
帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
駅前には夏休みに入り、浮かれ切った脳みそアッパラパーの学生がたむろしている。
公然といちゃつくカップルだっている。
良いね、うん。青春だ。
そして、俺の隣には祐斗が歩いていた。
まじで空気読め。
なんだお前、何なんだお前は?
護衛のつもりかぶっ飛ばすぞテメー。
「アホか、過保護過ぎる」
「今の君の立場は微妙なんだよ。わかってくれ」
ため息が漏れる。
今日は碌な日じゃない。
なんだか、自分の中では過去にしたことばかり思い出す。
「でも、以外だったね」
「あ?なにがよ」
「ヴェイトリックス・プールソン。君を……殺した悪魔の主だ。薫の仇と言ってもいい。正直、全力で突っかかると思ってた」
「ハッ!俺の仇は心臓喰いだけだ。その仇も人間だった俺が取った。今更どうこう言うつもりはないね。……それに」
「それに?」
「今の俺じゃヴェイトリックスはおろか、あの付き人にすらかなわねぇよ」
「……意外な意見だ。例えかなわなくても挑みかかると思ってた。部長には向かっていったじゃないか」
「俺はリアス部長と殺し合いがしたかったわけじゃない。俺の意思を伝えて、喧嘩をしたかったんだ」
「じゃあ、心臓喰いと戦った時は?人間だった君は、悪魔という怪物と戦った。絶望的な戦力差だ。助けを求めようとは思わなかったのかい?」
「馬鹿こけ。アレこそが命を賭ける価値のある戦いだ。あの糞女は、俺を単なる捕食対象としか見ていなかった。死んでも吠え面かかせてやるって覚悟を決めたね」
実際、死ぬことになったしな。
俺の言葉に、祐斗は足を止めた。
「どうして君は、それだけで命を賭けられる?」
「意地だ。これがなきゃ俺はただのボンクラになる。……むしろそれ以外の理由で、いつ命を賭けるんだ?」
「普通は冗談以外で、命がけなんて口にしないものなんだよ」
「はぁん、つまんねぇ現実を生きてんだな祐斗は。お前にはないのかよ?命を賭けても譲れないもの」
祐斗は黙り込んだ。
そしてめずらしく、強い感情が浮かべた。。
「…………そう、だね。あるよ、うん、僕にもあった」
横目で、祐斗の様子をうかがうと、硬く握られた拳が震えていた。
そうだ、これは、
「――――――復讐だ」
それは明確な怒りの感情。
確かに、祐斗はそう言った。
無駄な装飾のない生の感情。
俺は自然と笑いが込み上げた。
「クハッ!良いじゃん復讐。それをやらなきゃテメェの人生始められないならするべきだ。部長とかグダグダ言うかもしんねぇけどよ、好きに突き進みな。復讐によって得られる物も、復讐によって失う物も、全部が全部、復讐を終えてみないとわからねぇもんだ。そうだろう?」
祐斗は何やら驚いたような顔で俺を見ていた。
間抜け面め。
学校のファンが泣くぞ?
「……ッハ、ハハ、アハハハハ!」
そして急に笑い出した。
祐斗の情緒が不安定過ぎてやばい。
つーか前から思ってたけど、こいつの対人能力って外交ばっか上手くて、ちょっと踏みこむとすぐにグダグダになる傾向がある。
ある意味、俺とは別の方向のコミュ障だ。
俺はいつまでもヒーヒー笑っているボケナスに蹴りくれてやり、家に帰った。
「ちょっと、待ってよ、アハハッ」
「うるせぇ、挙動不審者がっ!付いてくんなっ」
ホンット、疲れる一日だった。
そして、襲撃は突然だった。
ヴェイトリックスの部室訪問から数日。
軍人でもあるまいし、いつまでも緊張感を保っていられるほど状況に慣れていない。
俺はその時、自宅で夏休みの宿題をしていた。
大した難易度でもないくせに、物量だけはいっぱしの問題集にイラついて、頭を掻き毟った瞬間、
我が家であるボロアパートが吹き飛んだ。
俺は咄嗟に魔力を行使して障壁を創った。
お構いなしに野外へ吹き飛ばされる。
衝撃を殺しきれず、酷く体を打ちつけた。
「グッ、やってくれんじゃねぇか――――――」
俺は歯を食いしばり、
空に見上げる。
「――――――――――――姫島先輩よぉっ!!」
リアス・グレモリーの眷族。
姫島朱乃が、翼を生やしてそこにいた。
……リアスの煽り能力ェ
コメントでいくつか寄せられたのですが、
薫の戦闘スタイルが注目されているようです。
このプールソン編で、ある程度の形は発表します。
お楽しみに!
あ、それとそろそろ皆大好き子猫ちゃんも登場するかも。
ロリコンジャナイヨ!