黒は夜より出でて夜より黒し   作:紺色メガネ

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一章 殺し屋の少年
No.001 悪魔は冗談を言わない


 

 

 ──深夜、ある高層ビルの屋上。そこに二つの影があった。

 

 一つは小太りの男。酷く焦った様子でもう一つの影から逃げようともがいている。

 もう一つの影は落ち着いた様子で小太りの男を追い詰めている、黒い装束に身を包んだ少年のもの。

 

「わ、私が何をしたというんだ! こ、ここ、こんなことをされる言われは無いぞ!」

 

 小太りの男がつっかえながらも異論を唱える。言いながらも後退り、少年と距離を取ることも忘れていない。しかし、既に膝は崩れ落ちていてまともに距離を取れてはいなかった。

「……さぁ? 俺はあんたを殺してくれって依頼があったから来ただけだ。自分の殺される理由なら、俺のクライアントにでも聞いてくれよ」

 

 それに対し、青年のようにも見える少年は淡々と返答する。その声は冷たく、見た目の年相応には聞こえない。

 

「な、なぁ金はいくら貰っているんだ? 私なら二倍、いや三倍は出すぞ! だから私を……」

 

「見逃してくれって? 悪いんだけど、それはできない相談だな。殺し屋が金でクライアントを裏切ったとあったら廃業しちまう。この業界は信頼が命なんだ。分かるだろ?」

 

 少年の、暗にお前はもう助からないという言葉に、小太りの男はさらに顔を青ざめさせる。

 

「な、なら! 私が君を雇おう! 小飼の殺し屋としてなら、信頼なんぞなくても……」

 

「そうしたら次は同業者と殺し会うことになるんでな。裏切り者は殺される運命だ。そんな面倒な仕事は増やしたくない」

 

 最後の希望ともいえる要求を蹴られた小太りの男は、今にも泣き出しそうな表情をする。

 脂汗と鼻水でぐちゃぐちゃの上に涙まで加わるとなると、とても見ていられないものになるだろう。

 

「こ、殺さないでくれぇ……。何でもするから、何でもぉ……」

 

「そうやって命乞いをした子を一人でも助けてあげたか?」

 

「なっ!? 何故それを……!?」

 

 ぐちゃぐちゃの顔面を驚愕に歪める小太りの男を冷たい目で見下しながら、少年は告げる。右の人差し指を足元、階下に向けながら。

 

「ここの真下の部屋。そこにお前が誘拐した少女達が捕らえられてるよな? 俺の依頼には、その少女達の救出と保護も含まれてるんだけど……全員、死んでたよ」

 

 高層ビルに忍び込んだ少年は、小太りの男の元に向かう前に、少女達がいるであろう部屋に踏み込んでいた。

 高層ビル最上階の一室。そこには少女達の死体しかなかった。ここ最近行方不明となった総勢二十四名、皆殺し。

 少女達の死体は見るも無惨にズタボロで、その上焼かれたのか、体は真っ黒になっていた。怨恨があったとしてもここまで死者を愚弄するような死体を見たことはない。

 

「こんな商売してる俺が言えたもんじゃないけど……お前、クズだな」

 

 少年は小太りの男に絶対零度の視線を浴びせながら、服に忍ばせたナイフを抜く。そして、そのまま流れるような動作で小太りの男の首筋に当てた。後はナイフを横に滑らせるだけで小太りの男の命は散るだろう。

 

「……違うぅ、違うぞぉ、私じゃない。あいつ(・・・)が、あいつ(・・・)がやったんだ! 私じゃないんだ!」

 

 小太りの男は大粒の涙をボロボロと流しながら、文字通り、必死の弁解をする。

 その姿はとても見ていられないものになっていた。

 

「……そうかい。あの世で彼女達に詫びるといいよ」

 

 こんな戯れ言など一秒だって聞いていたくない。少年はナイフを横凪ぎにし、未だに言い訳を続ける醜い男の頸動脈を切り裂いた。

 首から噴水の如く吹き出る返り血を浴びないよう、殺し屋の少年は死体から距離を取る。

 

 黒装束のポケットからスマホを取り出し、番号を押していく。このスマホには電話番号は登録されていない。奪われた時に情報を漏らさないようにだ。

 

「こちらNo.108。仕事完了だ。死体は屋上、保護対象は全滅。……あぁ、分かってる。気に病んだりしない」

 

 少女達の死体には面食らったが、そのくらいで折れるようなメンタルはしていない。

 二年前にも同じようなことはあったし、自身が殺した数は二十四人では足りない。

 

「……慣れたはずだ」

 

 それでも少しは心に(しこり)が残る。もし、自分がもう少し早く突入していたら少女達を救えたのではないか? と。

 

「たられば話はするだけ無駄だな。……はぁ、どうも死体処理班が来るまでの時間は苦手だ」

 

 殺しの後の、一人でいる時間が嫌いで、栓なきことを考えてしまう。その考えが無駄なことだとは知っていても。

 

「それならば、私が暇潰しの相手をしてやろうか?」

 

 突如、後ろから声が聞こえた。

 

 そこには小太りの男の死体しかないはずだというのに。

 

「どうした? 暇潰しの相手が欲しいのだろう? 私が遊んでやると言っているのだ。光栄に思えよ、人間」

 

 即座に振り返り、声の主にナイフを突き付ける。妙な動きがあれば直ぐにでも刺せる構えを取り、再度緊張感を体に走らせる。

 

「動くな! 動けば……は?」

 

 声の主は人間ではなかった。

 

 肌は灰色で人間味のある色ではない。月明かりしか光源の無い状況でも、肌色と灰色を見間違うことは無いだろう。

 それに加え、頭からは二本の角が生えており、背中から生えるコウモリのような翼が月明かりを受けて影を作る。

 髪と瞳の色が黒いことが、酷く場違いのように感じられた。

 

「動けば? 動けばどうするというんだ? えぇ? 人間よ」

 

 死体の上で羽ばたいている人間ではない何かは、少年を挑発するように笑う。

 声の調子からして性別は女だろうか。黒く輝く爬虫類のような瞳のせいで判別が難しくなっている。

 

「あんたは……悪魔、魔物。いや、この場合なら魔族って言うのか?」

 

 目の前の存在は、少年の思い描く悪魔そのものだ。こちらのことをわざわざ人間と呼んでくる辺り、自分は違うと言ってるようなものだろう。

 

「悪魔で正解だ。お前は人間の割には賢いようだな。そして恐ろしく冷静だ」

 

「お誉めに預かり光栄だよ。それで、悪魔が俺に何の用だ? 死神には沢山贈り物したはずなんだけどな」

 

「死神? ……あぁ、魂喰らい(ソウルイーター)のことか。あんな下級の魔物を神呼ばわりとは、この世界の人間達は低俗極まりないな」

 

 悪魔は心底可笑しいとでもいうように腹を抱えて(わら)う。足元の死体には一瞥(いちべつ)も繰れずに。

 

「用と言っても簡単なこと。私が元の世界に帰れるよう手伝って欲しいだけだ」

 

「元の世界? お前は異世界から来たとでも言うのか」

 

 ナイフの切っ先を悪魔に向けながら、少しずつ後退る。

 

 連絡を受けた死体処理班が来るまで五分ほど。彼らは銃火器を持って来るはずだ。それまで時間を稼げれば、一先ず安全圏に入れるだろう。悪魔に銃弾が効けばだが。

 

「忌々しい勇者どもに、封印と称してこちらの世界に飛ばされてな。こちらに来てから、かれこれ十二年になる」

 

 後退っているのに気付いているのかいないのか、悪魔は未だ嗤いながら宙に浮いている。

 

「こちらの世界に来た当初は自暴自棄になったものだが……十年前に帰れる目処がたったんだよ」

 

 月明かりをバックに悪魔が嗤う。艶やかな黒髪がキラキラと光と反射している。絵になる光景だが肝を冷やす。目の前の悪魔が何をしてくるか分からないからだ。

 

「その方法がとても面倒でな。異世界に送る対象の、百倍の量の魔力が必要なんだよ」

 

「魔力? そんなオカルトチックなものが、この世界にあるとでも言うのか」

 

 悪魔の笑みが深くなる。頬が裂けるような狂気的な笑顔。

 

「あるさ、この世界の人間は一人あたりの保有量がとても少なかったがな。おかげで十年もかかってしまった。まぁ、それも今となっては良い思い出だな。どうやったか教えようか? 始めに、この豚に力を与え成り上がらせた。そうして次は、豚の邪魔をする人間を殺して回ったのだよ」

 

 何かを思いだしながら愉悦に浸る悪魔の顔は、いつぞや見た殺人鬼と同じ顔をしていた。

 

「あと二体なんだ。足元の豚と、そして……お前だよ」

 

 豚と呼ばれた男の死体がドス黒く染まり、青白い塊が抜け落ちた。死体から抜け落ちた青白い塊は、ふらふらと天に登っていき悪魔に吸収された。

 

 一方で、少年は先ほどの小太りの男と悪魔の言葉を反芻(はんすう)していた。。

 

「魔力……あと二体……あいつ(・・・)。……っ!? まさか階下の少女達はお前が!?」

 

 少女達の死体は見るも無惨にズタボロだった。まるで人間がやったとは思えないほどに。

 その上死体は黒く染まっていた。目の前の男の死体と同じように。

 

「正解だ。あと少しで帰れると思うと、ついつい遊んでしまってな」

 

「ゲス野郎。いや、女だとしたらゲス女郎(めろう)だな」

 

「私は悪魔だぞ? 悪逆非道なのは当たり前ではないか。……さて、そろそろ死んでもらおうか。私は早く帰りたいんだ」

 

 コウモリの翼をはためかせ、こちらに車と同程度の速度で突っ込んでくる悪魔。

 それを横に飛んでかわし、回転を用いて素早く立ち上がる。

 

「避けるなよ、人間。殺したくなるだろう?」

 

「避けなくても殺すんだろ! この悪魔が!」

 

 爪、蹴り、高速で叩き込まれる連打を避けながら、ナイフで悪魔の肌を切りつけていく。

 

「くそっ、こんなことなら銃持ってくるんだったな」

 

「銃、銃か。あれには辛酸を舐めさせられたものだ。魔力の通わない鉄の筒かと思いきや、鉄球が飛び出してこようとは」

 

 先ほどから手傷を負わせているのだが、悪魔にはまだお喋りをする余裕があるようだ。

 

「そろそろ面倒になってきたな。……我が魔力を糧として世界に火の力を顕現する。我が敵を燃やせ【ファイアーボール】!」

 

 悪魔の右手から拳ほどの大きさを持った火球が表れ、こちらに向かって飛んでくる。当たれば痛いでは済まないだろう。良くて全身火傷、悪くて丸焦げ。

 悪魔の目的が殺すことな以上、良い方に転んでも死は免れない。

 

 少年が距離を取るため後ろに下がろうとすると、足に何かがもつれた。見ると、そこには男の死体。どうやら悪魔と戦う内に立ち位置が逆転していたらしい。

 

 そして戦闘中に余所見をした少年は、火球を避けることができなかった。

 

「ちっ……がぁ!」

 

 少年の黒装束が燃やされ、赤と(だいだい)の閃光が闇夜を淡く染める。

 

「ようやく死んだか。人間にしては動ける小僧だったな」

 

 悪魔は燃えている黒装束に近づき、少年の死体を確認する。

 

「……ふむ。男にしては細身に見えたが、着痩せというやつだったか」

 

 少年の死体はドス黒く染まり、その体型は小太り(・・・)と言って差し支えないものだった。

 

「なわけないだろ」

 

 悪魔の背後に回った少年は、押し当てることなく、頸動脈をナイフで一息に切り裂いた。そのまま勢いを殺すことなく回転を加え、髪に隠れたうなじを切りつける。

 

 前後を切り開かれた悪魔の首は、重力に従って地に落ちる。

 頭をなくした体は崩れ落ち、黒い粒子となって宙に溶けていった。

 

「はぁ、悪魔も頭を落とせば死ぬんだな」

 

「当たり前だろう。悪魔だって生き物だからな」

 

「……死んでないんですが?」

 

 頭だけとなった悪魔は足元に転がりながらも、こちらを見つめてきた。

 

「いいや、もうじき消滅するさ。全盛期なら角の一欠片もあれば再生したものだがな。魔力の薄いこの世界に来て十二年、私と言えどここまでされては消滅は免れまい」

 

 脅威の再生能力を聞かされ苦笑いする少年は、自らの黒装束を確認する。

 

「ここまで燃えちまったら、もう使えないか。それから……あんたも悪かったな」

 

 黒焦げになった小太りの男を足蹴にして少年は呟く。悪かったと口にしながら、その気が一切ないのが伺える。

 

「良い性格をしているな、小僧」

 

「お誉めの言葉どうも。そんで、さっさと消滅してくれ。そろそろ死体処理班が来るころなんだ。……この死体どうすっかな。燃やしましたで通ればいいけど」

 

 少年はもはや悪魔に興味などなく、男の死体が黒焦げなのを、どう言い訳するか考えていた。とてもじゃないが、悪魔が燃やしましたとは言えない。

 

「心配はいらんぞ」

 

 足元に転がしておいた悪魔の首がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。良い悪戯(いたずら)が浮かんだとでも言いたげな表情。

 

「私が消滅したら、私の中に捕らえている魔力が術式に従って起動する。詠唱は既に済ませてあるからな」

 

 少年は悪魔が言っていることが分からないようで、ただただ首を捻った。

 

「つまり、だ。お前を異世界に飛ばしてやると言っているのだ」

 

「は? ……はぁ!?」

 

「誇るといい人間よ! 我が名は悪魔王ナハト=ガイツュヒ! 七つ星の魔王の一角にして、全て悪魔族の頂点に立つ者だ!!」

 

 首だけ自称悪魔王は高笑いをあげながら、黒い粒子となり闇夜に溶けていった。

 

「お、おい、嘘だろ? ……冗談だよな?」

 

 黒い粒子の全てが溶けきると、少年の足元に幾何学的な紋様が浮かび上がった。それはまるでアニメでよく見る召喚陣のようで。

 

『悪魔王は冗談は言わない。言ったことを全て現実にするからだ。私の世界での常識だ、覚えておくといい』

 

 足元の召喚陣が赤く光輝き、どこからか自称悪魔王の声が聞こえてくる。

 召喚陣はどんどん光を増し、今にも何かが発動しそうだ。

 

『私を倒したお前に数多くの困難があるよう祈っているよ。汝に不幸あれ』

 

「ふ、ふざけ……!?」

 

 少年の足元から発せられる光が視界を染め上げ、意識を強制的に落としにかかる。

 

 No.108と呼ばれる殺し屋の少年が、この世界から消えた瞬間だった。

 

『ほぉ、勇者召喚の儀が行われているようだな。面白い。それに便乗させてもらうか』

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「勇者様方! どうかこの世界をお救い下さい!」

 

 次に少年が目を覚ますのと、気品のあるドレスを着た女性がお決まりの台詞を高らかに述べたのは同時だった。

 

 





『No.108』
年齢:不明 (恐らく17~19歳の間)
身長:174㎝
種族:人族
好きなモノ:なし
嫌いなモノ:面倒なこと
職業:殺し屋
得意武器:ナイフ
特技:声真似、演技
加護:なし

 主人公。自称「どこにでも居るような容姿」の少年。
 元は孤児であり、両親の顔も名前さえも知らない。そのことを本人は気にしていない模様。
 幼少期に現在の職場の社長にスカウトされ、殺し屋としての人生を歩むこととなる。
 本人は知らないが、同業者の中では有名な殺し屋。当時の呼び名は、会社の登録番号である108から『煩悩殺し』。
 常に服の中にはナイフが無数に忍ばせてある。ボディーチェックで隠されたナイフを見つけることができず、彼の暗器に騙された者は多い。
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