黒は夜より出でて夜より黒し   作:紺色メガネ

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No.010 約束しようじゃないか

 

 

「……ん、んん?」

 

 俺は暗がりの中、目を覚ました。風の音がやけに耳に響く。

 周りを見渡しても暗くて良く分からない。俺はどうしてここに……? そもそもここはどこだ?

 何故だか意識がはっきりしないな。まるで睡眠薬を服用させられた後のような虚脱感がある。前に飲まされたことがあるが、こんな気分になった。

 

「よう、目が覚めたか」

 

 声のした方に顔を向けると、黒い装備に身を包んだ男が立っていた。男は少し高い位置に腰掛け、俺を見下(みお)ろして、いや、見下(みくだ)している。

 

「お前は……?」

 

 俺は、そいつに何だか見覚えがあるような気がしてならない。

 ……っ! そうだ、意識を失う前に見た顔だ。ヘラヘラとした顔をして、俺のことをバカにした笑みを浮かべていた男だ。

 

「俺? そうだなぁ……クロとでも呼んでくれれば良い」

 

 黒ずくめの男、クロはそう言って座っていた場所から飛び降りた。いつの間にか右手にナイフを持っている。身に(まと)った装備と同じ、黒一色のナイフ。

 慌てて逃げようとしたが、体が縛られている。結局、横倒しになるのが精一杯だった。床がやけに冷たく感じる。

 

「お前には聞きたいことが沢山あるんだよ」

 

「き、聞きたいこと? 何だよ、俺に答えられることは少ないぞ!」

 

「少しでもあるなら、それで良いさ。……それに、聞き出す技術なら数多く知ってるしな」

 

 クロは気味の悪い笑みを引っ込め、獲物を見る目付きに変える。獲物は……俺?

 

「は、はは。冗談だろ? そんな真似できる訳ないよな? お、俺はこの城の……」

 

「知ってるよ。この城に一ヶ月くらいいたよな? 良く見かけたし、覚えてる」

 

「分かっていたのなら、口を塞がなかったのは間違いだな!」

 

 クロが口を塞ぎに来る前に、大声で助けを叫ぶ。これで俺の声を聞き付けた城の者が来るはずだ。

 

「これでお前はおしまいだ! 直ぐに人が来るぞ! お前の言うことなんて誰も信じない! お前は終わりだ!」

 

 俺はクロを嘲笑ってやる。

 こいつは馬鹿だ! 縛っただけで安心しやがって!

 城の者がこの部屋に突入したら、こいつが疑われて取り押さえられる。俺は助け出され、安全なところに……あれ?

 

「『いつまでたっても人が来ないぞ。おかしいなぁ~』って顔をしてるな」

 

「お前……! 何かしたのか!?」

 

「この部屋全体に消音の魔法をかけただけだぞ」

 

「この部屋全体だと!? 嘘を言うな! 俺でさえ自分にかけるのがやっとだぞ!」

 

 俺の使える闇魔法の三つの内の一つ。【ミュート】という魔法なら、発生する音を消すことができる。だが、効果範囲は自分一人を(おお)う程度。部屋全体にかけるなんて聞いたこともない。

 

「そうなのか? それじゃあ、俺って案外強いのかな?」

 

 何が可笑しいのか、ナイフを手で(もてあそ)びながらクロはけらけらと笑い出す。

 見ているだけで不快になる野郎だ。

 

「おい、縄をほどけ。今ならまだ許してやるぞ。どうせ殺す度胸が無くて、このまま転がしておいたんだろ?」

 

 睡眠薬を飲まされ、寝むらされたにも関わらず、目を覚ましたということは、クロは俺を殺す度胸が無かったんだ。

 だからこうして縛った上で脅しをかけてきた。

 

「え? さっきも言っただろ? 聞きたいことがあるんだって。何だよ、もう忘れたのか?」

 

 確かにクロは先ほど「お前には聞きたいことが沢山あるんだよ」と言っていた。そしてこうも言っていたのだ。「聞き出す技術なら数多く知ってる」と。あの目付きは人殺しのものだ。クロは本気だろう。

 それを察した瞬間に、俺の肌は粟立った。こいつは、やる。

 

「ひっ! た、助け……」

 

「嫌だよ? 知ってること全部話してくれれば、苦しめるのは止めといてやるけど。殺すのは決定事項なんだ」

 

 どこから取り出したのか、手に持ったナイフが二本に増えていた。夜の色、真っ黒に染まった凶悪そうなナイフ。

 

「は、話すよ! 俺が知ってることは全て話す! だから、だから命だけは……」

 

「無理だって。ここで見逃したら、いつの日か後ろから刺されるかもしれない。そんなことを思いながら生活するのは嫌だろ?」

 

 クロの笑みがさらに深くなる。三日月のような、横に裂けた狂気的な笑みだ。

 俺はこの笑顔を知っている。この笑顔とも言えない、言いたくもない笑顔を知っている。

 

「あ、悪魔……悪魔王! お、おお、お前は悪魔王、ナハト=ガイツュヒ!?」

 

「はぁ? 何言ってんの、お前」

 

「お、俺は知っているんだ! お前が俺の故郷に攻めてきた日に見たんだ! その狂った笑みをっ!!」

 

 そうだ、思い出した。こいつはクロなんて名前じゃない。

 ポーキンの旦那から暗殺を依頼された、こいつの名前は……『トウヤ・ナンバ』。異世界から来た夜半(よわ)擬きの男だ。

 その男が今、俺の故郷を焼いた悪魔と同じ顔して嗤ってる。性別も種族も違うのに、脳裏に焼き付いて離れない、あの笑顔だけが同じだ。

 

「何言ってんだか分からないけど……俺はNo.108改め、難波十夜だ。あんな首だけ悪魔と一緒にするな」

 

 俺の暗殺対象である男は、月明かりを背にヘラヘラ笑った。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「何言ってんだか分からないけど……俺はNo.108改め、難波十夜だ。あんな首だけ悪魔と一緒にするな」

 

 いきなり人のことを悪魔だの、悪魔王だのと言ってきた失礼な男に説教をしてやる。悪魔だと言われたことはあるが、あいつと間違われるのは、何故か我慢できない。

 それにしてもこの男、急に怯えだしたな。あの睡眠薬、不味い物でも入っていたのかもしれない。

 

 俺が睡眠ガスを吸い、意識を失ったあと、目の前で縮こまっている男がナイフで刺してきたのだ。

 直接の経口摂取なら兎も角、薄まった程度の毒には耐性のある俺はあのくらいでは眠らない。そもそも、見え見えの睡眠ガスを食らったりはしないしな。実際は薄目を開けて、横になっただけだ。

 男は無用心にナイフを突き立てようとしてきたので、手首を掴んで一回転。投げ飛ばされた男が目を回している間に、ナイフを奪い、男が持っていた縄で縛り上げた。

 直ぐに目を覚まされると不味いので、ベッドの横にあった水を飲ませたのだが……それが良くなかったのかな。

 

 その後、もしもの時のために防具を着込み、意識を失った男を背負って『勇者召喚の間』までやって来た。

 音を消す魔法【ミュート】で男と俺を包んで、周りにバレないよう移動。重かったが、前に運んだ死体ほどではない。十数分で運び込むことができた。

 

「さて、聞きたいことってのはな? 誰に依頼されたのか、ってことだけなんだ。それさえ話してくれれば、苦しめるような真似はしない。約束しよう」

 

「や、約束? 約束してくれるのか?」

 

「ん? あぁ、約束しようじゃないか。冗談でも嘘でもないぞ」

 

 男は何故か『約束』という言葉に食い付いてきた。

 それから男は、自らのクライアント、依頼された理由を話してくれた。

 

 男が最後に言った言葉は──

 

「あ、悪魔王は、じょ、じょじょ、冗談は言わないんだ。は、はは……い、言ったことを、全て現実にするから!」

 

 ──いつしか、首だけ悪魔が俺に言った言葉と同じだった。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 石造りの塔から出ると、キューベが完全武装で立っていた。腰には細身の刀剣が挿してある。種類は、レイピアかな?

 

「よう、キューベ。こんなところで奇遇だな」

 

 なるべく気さくに声をかける。キューベがどんな要件でここにいるのかは分からないが、帯刀してることだし、穏やかなことじゃないだろう。

 いきなり斬りかかられても対応できるように、少し間合いを調節する。【ミュート】を掛けっぱなしで良かった。体を捩った際に発生する衣擦れの音を消すことができる。

 

「トウヤ様……貴方は何者ですか?」

 

「へ?」

 

 キューベの質問に思わず間抜けな声が出てしまった。距離を取ろうとしていたことも忘れて、足を止めてしまう。

 何を言っているんだ、こいつは。そんなこと決まっているだろ。俺は……

 

「髪と目が黒いだけの異世界人だよ」

 

 そりゃあ、俺は勇者じゃないさ。

 詩織達とは違って、召喚された訳じゃない。悪魔王を名乗る悪魔に飛ばされただけ。

 勇者の力もないし、異世界特有の加護もない。持っているのは、人様に言えないような技術ばかり。

 

「闇ギルドの者を撃退した挙げ句、拷問もせずに依頼主を聞き出す人が『だけ』と言うのは……信じがたいことですね」

 

「何だ、見てたのかよ。もしかして最初からか? それなら助けてくれても良かったんじゃないの?」

 

「いえ、私はつい先ほど着いたところです。見回りをしていたら、トウヤ様が部屋に居りませんでしたので、もしやと思って追って来たのです。窓が開いていたので、そこから足跡を辿って来ました」

 

 なるべく足跡を付けずに来たんだが、キューベには捕捉できたのか。やはりこいつは侮れないな。

 

「そうか……で? 俺をどうするよ?」

 

「……どうも致しません。今日は何も無かった(・・・・・・)。そういうことに致しましょう。トウヤ様も、それで宜しいですね?」

 

「良いよ。(むし)ろ、そうしてくれると助かる」

 

 依頼した奴は案の定、ポーキンだったし。

 ポーキンには腹が立つが、あの程度の刺客を送り込むようなら、まだ許せる。

 あいつの黒嫌いは行き過ぎな気もするけど、戦争の傷痕ってなら納得も出来ないこともない。辛いことがあったんだろうな。……多分。

 

「あ、そうだ。依頼した奴はポーキンだったぞ」

 

「でしょうね」

 

「殺しに来たのは、城にいた召し使いの男だった。他にもいるかもな?」

 

「その可能性は低いと思います。あの男は、勇者召喚がされた後に雇われましたから。しかも、ポーキン殿たっての希望で」

 

「最初から俺を殺すつもりだったのか。そんな見え見えのことして、ポーキンは大丈夫なのか?」

 

 今回の件は秘匿にするとしても、昨日までいた人間が消えたら一大事だよな。

 依頼したポーキンも、使いの者が消えたら焦ると思う。しかも、殺そうとした俺が生きてる訳だし。

 

「揉み消すのではないかと。……ポーキン殿は何度かやっておりますし」

 

「ほー、悪どいね」

 

「貴族は大概、あの方のような者ばかりですよ」

 

「嫌なこと聞いたな……」

 

 そんな奴らに嫌われてる状態で冒険するのか。これからも面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。

 

「……では。私は後片付けをしてきます。大方、人が入らないなら放置しといても良いかな? とでも思ったのでしょう?」

 

「うん、駄目だったか?」

 

「……駄目に決まってるでしょう。神聖な場所ですよ」

 

 キューベは呆れ顔をして地下に入っていく。

 一人残された俺は、城に帰ることにした。明日から一週間ほど旅をするのだ。英気を養っておかなくてはならない。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「別れの言葉は言わない! 何故なら、私達は引かれ会う運命だからな!」

 

「十夜くーん! 元気でねーー!!」

 

「……またね」

 

 次の日。

 朝早い時間だと言うのに、三人は見送りに来てくれた。ノフィリアも来たがったのだが、ナルバスに止められていた。その代わりと言っては何だが、二人からはお土産を沢山貰った。

 

「おー! またなー!」

 

 一ヶ月を共に過ごした三人に手を振る。

 あいつらと過ごした時間は何だかんだ楽しかった。血生臭い生活から抜け出して、清らかな心と触れ合えた。

 ……最後は血生臭いことになってしまったけどな。

 

 兎も角、これから一週間ほどお世話になる冒険者の元に向かう。キューベが用意してくれた信頼できるパーティーの元へ。

 集合場所は南門。目的地はタルクス。旅路は約一週間。

 この一週間で冒険者のいろはを教えてもらおう。そう思うと、今から楽しみだな。

 

 





『コーラル・ハクト』
年齢:23歳
身長:173㎝
種族:人族
好きなモノ:ナルバス、鍛練、甘い物
嫌いなモノ:弱い男
職業:ルクシアン国騎士団副団長
得意武器:長剣
特技:料理 (下手)
加護:《赤の加護》

 ルクシアン四名家の一つ、ハクト家の長女。
 女性ながらにルクシアン国騎士団副団長を務める武人。実は団長であるナルバスに気がある。
 鍛えるが好きで、日々の鍛練は怠らない。
 《赤の加護》による身体能力上昇は、彼女を一騎当千の強者とかす。生粋の戦闘狂であり、強い者を追い求めている。
 二つ名は、戦場で笑顔で敵を切り伏せることから、畏怖を込めて『戦姫』と呼ばれる。
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