「……ん、んん?」
俺は暗がりの中、目を覚ました。風の音がやけに耳に響く。
周りを見渡しても暗くて良く分からない。俺はどうしてここに……? そもそもここはどこだ?
何故だか意識がはっきりしないな。まるで睡眠薬を服用させられた後のような虚脱感がある。前に飲まされたことがあるが、こんな気分になった。
「よう、目が覚めたか」
声のした方に顔を向けると、黒い装備に身を包んだ男が立っていた。男は少し高い位置に腰掛け、俺を
「お前は……?」
俺は、そいつに何だか見覚えがあるような気がしてならない。
……っ! そうだ、意識を失う前に見た顔だ。ヘラヘラとした顔をして、俺のことをバカにした笑みを浮かべていた男だ。
「俺? そうだなぁ……クロとでも呼んでくれれば良い」
黒ずくめの男、クロはそう言って座っていた場所から飛び降りた。いつの間にか右手にナイフを持っている。身に
慌てて逃げようとしたが、体が縛られている。結局、横倒しになるのが精一杯だった。床がやけに冷たく感じる。
「お前には聞きたいことが沢山あるんだよ」
「き、聞きたいこと? 何だよ、俺に答えられることは少ないぞ!」
「少しでもあるなら、それで良いさ。……それに、聞き出す技術なら数多く知ってるしな」
クロは気味の悪い笑みを引っ込め、獲物を見る目付きに変える。獲物は……俺?
「は、はは。冗談だろ? そんな真似できる訳ないよな? お、俺はこの城の……」
「知ってるよ。この城に一ヶ月くらいいたよな? 良く見かけたし、覚えてる」
「分かっていたのなら、口を塞がなかったのは間違いだな!」
クロが口を塞ぎに来る前に、大声で助けを叫ぶ。これで俺の声を聞き付けた城の者が来るはずだ。
「これでお前はおしまいだ! 直ぐに人が来るぞ! お前の言うことなんて誰も信じない! お前は終わりだ!」
俺はクロを嘲笑ってやる。
こいつは馬鹿だ! 縛っただけで安心しやがって!
城の者がこの部屋に突入したら、こいつが疑われて取り押さえられる。俺は助け出され、安全なところに……あれ?
「『いつまでたっても人が来ないぞ。おかしいなぁ~』って顔をしてるな」
「お前……! 何かしたのか!?」
「この部屋全体に消音の魔法をかけただけだぞ」
「この部屋全体だと!? 嘘を言うな! 俺でさえ自分にかけるのがやっとだぞ!」
俺の使える闇魔法の三つの内の一つ。【ミュート】という魔法なら、発生する音を消すことができる。だが、効果範囲は自分一人を
「そうなのか? それじゃあ、俺って案外強いのかな?」
何が可笑しいのか、ナイフを手で
見ているだけで不快になる野郎だ。
「おい、縄をほどけ。今ならまだ許してやるぞ。どうせ殺す度胸が無くて、このまま転がしておいたんだろ?」
睡眠薬を飲まされ、寝むらされたにも関わらず、目を覚ましたということは、クロは俺を殺す度胸が無かったんだ。
だからこうして縛った上で脅しをかけてきた。
「え? さっきも言っただろ? 聞きたいことがあるんだって。何だよ、もう忘れたのか?」
確かにクロは先ほど「お前には聞きたいことが沢山あるんだよ」と言っていた。そしてこうも言っていたのだ。「聞き出す技術なら数多く知ってる」と。あの目付きは人殺しのものだ。クロは本気だろう。
それを察した瞬間に、俺の肌は粟立った。こいつは、やる。
「ひっ! た、助け……」
「嫌だよ? 知ってること全部話してくれれば、苦しめるのは止めといてやるけど。殺すのは決定事項なんだ」
どこから取り出したのか、手に持ったナイフが二本に増えていた。夜の色、真っ黒に染まった凶悪そうなナイフ。
「は、話すよ! 俺が知ってることは全て話す! だから、だから命だけは……」
「無理だって。ここで見逃したら、いつの日か後ろから刺されるかもしれない。そんなことを思いながら生活するのは嫌だろ?」
クロの笑みがさらに深くなる。三日月のような、横に裂けた狂気的な笑みだ。
俺はこの笑顔を知っている。この笑顔とも言えない、言いたくもない笑顔を知っている。
「あ、悪魔……悪魔王! お、おお、お前は悪魔王、ナハト=ガイツュヒ!?」
「はぁ? 何言ってんの、お前」
「お、俺は知っているんだ! お前が俺の故郷に攻めてきた日に見たんだ! その狂った笑みをっ!!」
そうだ、思い出した。こいつはクロなんて名前じゃない。
ポーキンの旦那から暗殺を依頼された、こいつの名前は……『トウヤ・ナンバ』。異世界から来た
その男が今、俺の故郷を焼いた悪魔と同じ顔して嗤ってる。性別も種族も違うのに、脳裏に焼き付いて離れない、あの笑顔だけが同じだ。
「何言ってんだか分からないけど……俺はNo.108改め、難波十夜だ。あんな首だけ悪魔と一緒にするな」
俺の暗殺対象である男は、月明かりを背にヘラヘラ笑った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「何言ってんだか分からないけど……俺はNo.108改め、難波十夜だ。あんな首だけ悪魔と一緒にするな」
いきなり人のことを悪魔だの、悪魔王だのと言ってきた失礼な男に説教をしてやる。悪魔だと言われたことはあるが、あいつと間違われるのは、何故か我慢できない。
それにしてもこの男、急に怯えだしたな。あの睡眠薬、不味い物でも入っていたのかもしれない。
俺が睡眠ガスを吸い、意識を失ったあと、目の前で縮こまっている男がナイフで刺してきたのだ。
直接の経口摂取なら兎も角、薄まった程度の毒には耐性のある俺はあのくらいでは眠らない。そもそも、見え見えの睡眠ガスを食らったりはしないしな。実際は薄目を開けて、横になっただけだ。
男は無用心にナイフを突き立てようとしてきたので、手首を掴んで一回転。投げ飛ばされた男が目を回している間に、ナイフを奪い、男が持っていた縄で縛り上げた。
直ぐに目を覚まされると不味いので、ベッドの横にあった水を飲ませたのだが……それが良くなかったのかな。
その後、もしもの時のために防具を着込み、意識を失った男を背負って『勇者召喚の間』までやって来た。
音を消す魔法【ミュート】で男と俺を包んで、周りにバレないよう移動。重かったが、前に運んだ死体ほどではない。十数分で運び込むことができた。
「さて、聞きたいことってのはな? 誰に依頼されたのか、ってことだけなんだ。それさえ話してくれれば、苦しめるような真似はしない。約束しよう」
「や、約束? 約束してくれるのか?」
「ん? あぁ、約束しようじゃないか。冗談でも嘘でもないぞ」
男は何故か『約束』という言葉に食い付いてきた。
それから男は、自らのクライアント、依頼された理由を話してくれた。
男が最後に言った言葉は──
「あ、悪魔王は、じょ、じょじょ、冗談は言わないんだ。は、はは……い、言ったことを、全て現実にするから!」
──いつしか、首だけ悪魔が俺に言った言葉と同じだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
石造りの塔から出ると、キューベが完全武装で立っていた。腰には細身の刀剣が挿してある。種類は、レイピアかな?
「よう、キューベ。こんなところで奇遇だな」
なるべく気さくに声をかける。キューベがどんな要件でここにいるのかは分からないが、帯刀してることだし、穏やかなことじゃないだろう。
いきなり斬りかかられても対応できるように、少し間合いを調節する。【ミュート】を掛けっぱなしで良かった。体を捩った際に発生する衣擦れの音を消すことができる。
「トウヤ様……貴方は何者ですか?」
「へ?」
キューベの質問に思わず間抜けな声が出てしまった。距離を取ろうとしていたことも忘れて、足を止めてしまう。
何を言っているんだ、こいつは。そんなこと決まっているだろ。俺は……
「髪と目が黒いだけの異世界人だよ」
そりゃあ、俺は勇者じゃないさ。
詩織達とは違って、召喚された訳じゃない。悪魔王を名乗る悪魔に飛ばされただけ。
勇者の力もないし、異世界特有の加護もない。持っているのは、人様に言えないような技術ばかり。
「闇ギルドの者を撃退した挙げ句、拷問もせずに依頼主を聞き出す人が『だけ』と言うのは……信じがたいことですね」
「何だ、見てたのかよ。もしかして最初からか? それなら助けてくれても良かったんじゃないの?」
「いえ、私はつい先ほど着いたところです。見回りをしていたら、トウヤ様が部屋に居りませんでしたので、もしやと思って追って来たのです。窓が開いていたので、そこから足跡を辿って来ました」
なるべく足跡を付けずに来たんだが、キューベには捕捉できたのか。やはりこいつは侮れないな。
「そうか……で? 俺をどうするよ?」
「……どうも致しません。今日は
「良いよ。
依頼した奴は案の定、ポーキンだったし。
ポーキンには腹が立つが、あの程度の刺客を送り込むようなら、まだ許せる。
あいつの黒嫌いは行き過ぎな気もするけど、戦争の傷痕ってなら納得も出来ないこともない。辛いことがあったんだろうな。……多分。
「あ、そうだ。依頼した奴はポーキンだったぞ」
「でしょうね」
「殺しに来たのは、城にいた召し使いの男だった。他にもいるかもな?」
「その可能性は低いと思います。あの男は、勇者召喚がされた後に雇われましたから。しかも、ポーキン殿たっての希望で」
「最初から俺を殺すつもりだったのか。そんな見え見えのことして、ポーキンは大丈夫なのか?」
今回の件は秘匿にするとしても、昨日までいた人間が消えたら一大事だよな。
依頼したポーキンも、使いの者が消えたら焦ると思う。しかも、殺そうとした俺が生きてる訳だし。
「揉み消すのではないかと。……ポーキン殿は何度かやっておりますし」
「ほー、悪どいね」
「貴族は大概、あの方のような者ばかりですよ」
「嫌なこと聞いたな……」
そんな奴らに嫌われてる状態で冒険するのか。これからも面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。
「……では。私は後片付けをしてきます。大方、人が入らないなら放置しといても良いかな? とでも思ったのでしょう?」
「うん、駄目だったか?」
「……駄目に決まってるでしょう。神聖な場所ですよ」
キューベは呆れ顔をして地下に入っていく。
一人残された俺は、城に帰ることにした。明日から一週間ほど旅をするのだ。英気を養っておかなくてはならない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「別れの言葉は言わない! 何故なら、私達は引かれ会う運命だからな!」
「十夜くーん! 元気でねーー!!」
「……またね」
次の日。
朝早い時間だと言うのに、三人は見送りに来てくれた。ノフィリアも来たがったのだが、ナルバスに止められていた。その代わりと言っては何だが、二人からはお土産を沢山貰った。
「おー! またなー!」
一ヶ月を共に過ごした三人に手を振る。
あいつらと過ごした時間は何だかんだ楽しかった。血生臭い生活から抜け出して、清らかな心と触れ合えた。
……最後は血生臭いことになってしまったけどな。
兎も角、これから一週間ほどお世話になる冒険者の元に向かう。キューベが用意してくれた信頼できるパーティーの元へ。
集合場所は南門。目的地はタルクス。旅路は約一週間。
この一週間で冒険者のいろはを教えてもらおう。そう思うと、今から楽しみだな。
『コーラル・ハクト』
年齢:23歳
身長:173㎝
種族:人族
好きなモノ:ナルバス、鍛練、甘い物
嫌いなモノ:弱い男
職業:ルクシアン国騎士団副団長
得意武器:長剣
特技:料理 (下手)
加護:《赤の加護》
ルクシアン四名家の一つ、ハクト家の長女。
女性ながらにルクシアン国騎士団副団長を務める武人。実は団長であるナルバスに気がある。
鍛えるが好きで、日々の鍛練は怠らない。
《赤の加護》による身体能力上昇は、彼女を一騎当千の強者とかす。生粋の戦闘狂であり、強い者を追い求めている。
二つ名は、戦場で笑顔で敵を切り伏せることから、畏怖を込めて『戦姫』と呼ばれる。