黒は夜より出でて夜より黒し   作:紺色メガネ

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No.017 英雄症候群 (sideレオン)

 

 

 B級冒険者レオン。

 本名、レッド・ハクトは病を患っている。

 

 冒険者を志す男子なら殆どの確率でかかる病気であり、そして現実という処方箋により治る病気である。

 

 ──人はそれを『英雄症候群』と呼ぶ。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「はじめまして、トウヤ・ナンバと言います。これから七日間、宜しくお願いします」

 

「うん、よろしく。キューベから話は聞いてるよ。早速で悪いけど、タルクスへ向かおうか」

 

 俺の名前はレオン。本名ではないけど、冒険者の中ではそこそこ知られている方だと自負している。

 そして目の前で軽く頭を下げたのは、勇者召喚に巻き込まれた不運な少年。

 

 一見すると少女にも見える細身の少年だけど、普通ではない点がある。

 髪の色、そして瞳の色だ。吸い込まれそうな程純粋な黒。深い夜の色だ。

 黒というのは、この国では忌避される魔族、そして魔族との混血である夜半(よわ)の特徴。

 

 キューベから異世界人だと聞かされているけど、これ程見事な黒色だと夜半と思われても仕方ないだろうね。

 だからこそ、キューベは俺達に護衛を頼んだろうけど。

 

 キューベから彼の護衛依頼を頼まれたのは一ヶ月程前。何やらポーキンさんに不穏な動きがあるからタルクスまで護衛してくれって話だった。

 

 過去形なのには理由がある。

 護衛依頼なことは変わらないけど、直前で依頼内容に変更があったんだ。

 それは、異世界人トウヤ・ナンバの正体を探ること。

 

 キューベがその条件を追加してきた時には驚いた。前もって聞いていた話だと、かなり優しそうな少年だったんだけどな。

 突然異世界に呼ばれたにも関わらず、力がないと知ると捨てられる、という怒って当然の状況なのに、怒らず、あまつさえ他の勇者の説得までするという。なんて優しい少年なんだと思ったね。

 

 しかし、キューベ曰く……

 監視していた暗部の者を見つけ、

 王都騎士団の演技を見破り、

 加護なしとはいえ騎士団副団長のコーラル姉さんを打ち破り、

 ゴブリンの解体を嬉々として行い、

 根本的に出力の違う勇者達を戦闘面で指導し、

 ポーキンさんが差し向けた闇ギルドの精鋭を殺した。

 ……らしい。

 

 報告を聞く限り、彼が一般人である確率はほぼない。

 他にも魔法の適性が闇に特化しているとのことだ。まさしく夜半。

 彼の正体、それは一体何なのだろうか。

 それを見るために、本来なら馬車を使って三日で行く道のりを、今回は徒歩で七日間かけるのだ。……後でカティーのご機嫌を取らなきゃね。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 異世界人トウヤ・ナンバと旅をしてから一日目の夜。

 彼が寝静まるのを待って、俺達四人は集まっていた。

 

「クランク、彼の様子はどうだい?」

 

「ぐっすりと眠ってるよ。嬢ちゃんの魔法のお陰だな」

 

 普段着込んでいる鎧を外したクランクが報告してくれる。

 クランクに話を振られたエリィは照れながらもはにかんだ。

 

「それで、今日一日、彼を見ていて気付いたことなんかを聞きたい。誰から話す?」

 

「じゃあ、私から良いかしら?」

 

 俺の左側に座っていたカティーが手を挙げた。

 このままカティー、クランク、エリィ、俺の順に話をしていけば良いだろう。

 此方を見る彼女に頷いて話を促す。

 

「火と水の魔法に興味を示していたわ。戦闘での扱いよりも、調理や湯浴びに使えることに関心を(あらわ)にしてたわ」

 

「なるほど……彼が魔法を教えてくれと頼んできたら、受けてくれるかい?」

 

 キューベからの依頼には、彼に冒険者の基礎を教えることも含まれている。基本的な魔法は習得できるなら習得させた方が良い。

 

「そうね、あの子にその素質が有ればだけどね。魔力量で言えば、少し厳しいかも知れないわ」

 

「うん、もし無いようなら無理はしなくていい」

 

 元の素質がない属性を伸ばすには長い年月がかかる。どれだけ才能があったとしても、数ヶ月はかかるだろう。

 今回の護衛期間は七日間。とても足りない。

 

「んじゃ、次は俺か」

 

「よろしく、クランク」

 

 殿として一番後ろに付いていたクランクなら、彼の動きを見ていてくれただろう。

 

「ありゃ素人じゃねぇな。足音がしてかなかったことから、隠密関係の人間だろ」

 

「隠密関係か……その可能性はありそうだね。他にはそれらしい事はあったかい?」

 

「そうだなぁ、確認できたわけじゃねぇが、服の中に暗器を隠してると思う。歩くときに金属の擦れる音がしてたからな」

 

 音がしていたなら、昼間彼の隣を歩いていたカティーが気づいているはずなんだけど。

 そう思ってカティーを見ると、首をふるふると横に振っていた。

 

「注意してなきゃ気付かない程に小さい音か、明日は俺も聞き耳を立ててみるよ」

 

「おう、俺も暗器の確認を急ぐ」

 

 暗器か、彼の防具にそれを隠す余裕はないと思うんだが……。あの隙間にどう入れてるんだろうか。

 

「次は私ですね」

 

「そうだね。よろしく、エリィ」

 

 一先ず疑問を頭の外に追いやり、エリィに向き直る。明日も夜まで歩き通しだ。早く報告会を終わらせて寝ないと、体力が持たないもんね。

 

「魔力量のことなんですけど……」

 

 エリィがおずおずと話し出すと、カティーは興味を持ったようで少し佇まいを直した。

 先ほどカティーから魔力量は少ないと聞いたけど、エリィは違う判断なのかな。

 

「あっ、えと、確かにトウヤさんの魔力量は少ないです。少ないんですけど……何だか、変な感じがしません?」

 

「変って言うと……?」

 

 声を潜めるようにして話すエリィのしゃべり方に、思わず身を乗り出してしまう。

 

「魔力の流れが不自然なんです。何だか、もっと入るのに、蓋をされていて入らない……みたいな」

 

「んん? なんだそりゃ、わかんねぇぞ?」

 

「ごめん、エリィ。俺も分からない」

 

 俺とクランクはあまり魔法を使わないからかな。エリィの説明に今一つ理解が及ばない。

 しかし、カティーなら分かるだろうと彼女の方を向く。

 

「……そうね、確かに。魔力量は少ないけど、それは吸収する量を調節しているような……」

 

「つまり?」

 

「エリィの蓋がされてるって表現が適切だわ。意図的かそうでないかは分からないけど、あの子の魔力量を少なく見せられているってこと」

 

「魔力量を少なく見せている? そんなことが可能なのかよ」

 

 クランクが胡散臭げにカティーに質問をする。クランクの気持ちはわかる。自分の魔力量を調節するなんて、そんなことが可能なのか。

 

「普通なら無理よ。魔法に深く精通しているエルフにも、魔力制御の得意な王宮魔術師にもね」

 

「何だよ、それなら坊主はどうやって……」

 

「でも、魔族なら可能だわ」

 

 言いかけたクランクの言葉を遮ってカティーが発したのは、俺達を驚かすには十分な事実だった。

 

「魔族の中には、魔力探知に引っ掛からないよう、自らの魔力を抑えることのできる種族がいるそうよ。彼がそうなのかは、私には解らないけどね」

 

 その後もトウヤ・ナンバについて話し合ったが、結局結論は出なかった。

 明日以降も彼を見張り、気付いたことを夜に報告することにした。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「じゃあ、今日も私から。今日はエリィと一緒に話すわ」

 

 二日目の夜。昨日と同じように彼が眠りについてから報告会を開始した。

 

「あの子が魔水を作ってる時に魔力の流れを見ていたのだけど、確かに流れが不自然だったわ」

 

「私も確認しました」

 

 今日、エリィの発案でトウヤ・ナンバに回復薬の作り方を教えていた。その際に液状回復薬(ポーション)作成で必要となる魔水を彼が作っている間に、カティーが魔力の流れを確認したのだろう。

 

「あの子、器の大きさと出入口の大きさが全く違うの。器は巨大でも出入口が小さいから魔力量が小さく見えるんだわ」

 

「通常、器の大きさと出入口の大きさは釣り合いが取れるようになるんですけど……」

 

 なるほどね。本来なら器が巨大な分、魔力量も多くなる筈が、魔素を吸収する力が弱いために少なく見えていたのか。

 

「それなら、出入口の大きさを器の大きさに合わせてやりぁ良いのか?」

 

「そうすると、トウヤさんの体が耐えられないと思います。今日も魔力切れまで放出しても、なかなか魔素を吸収しなかったんです。入り口の狭さもありますけど、それ以上に、まだ魔素に体が慣れてないんだと思います。それなのに、いきなり入り口を広げたら、どうなるか……」

 

 エリィは怖い想像でもしたのか、肩を震わせて隣のカティーに抱きついた。

 

「それならよ、どうすりゃ良いんだ? 坊主の体が魔素に慣れるまで待つにしても、後五日しかねぇんだぞ?」

 

「それなら問題ないわ。時間が立てば自然と器に合わせて出入口が広がるし、魔素にも慣れるでしょ」

 

 抱き付いているエリィの頭を優しく撫でながら、カティーが素っ気なく答える。

 

「はぁ、そんなもんか」

 

「えぇ、そんなものよ」

 

 二日目の夜もこれで終わった。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 三日目の夜。いつも通りエリィに睡眠の魔法をかけてもらおうとしていると、突然黒い影が俺達を襲った。

 

「黒は何処だ……」

「奴は何処だ……」

 

「黒に奴、か。彼狙いなのがまるわかりだね」

 

「はっ、隠す気がねぇんだろ」

 

「エリィ、隠れるわよ!」

 

「は、はい!」

 

 エリィとカティーが女性用のテントに入ったのを確認して武器を抜く。あのテントには魔法によって防御結界が張られている。中にカティーもいるし、あの中にいれば安心だろう。

 

 あとは……

 

「クランク! 彼の様子を見てきてくれ!」

 

「おう!」

 

 クランクに彼を守るよう指示を出す。これで一先ずは安心だろう。

 

 ──なんて思ってたんだけどね。

 

 その後、なんと彼は加勢すると言って黒ずくめの男達と戦闘を始めてしまった。

 はじめは彼に怪我でもされないかと心配したが、結局は杞憂に終わった。

 

 襲撃者の半数である五人も倒してしまった。

 しかも生かしてだ。

 

 敵を生かして無力化するには、敵との力量がかなり離れていなくてはならない。

 戦闘中に手加減をするってことだからね。実力が近ければ、そんな余裕はない。

 

 それにしても、あの技。どこかで見たような……。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 次の日、襲ってきたゴブリンの群れを迎え撃つ際に、わざと彼の元にゴブリンを流した。

 彼が突破されれば、後ろのカティーとエリィに危険が及ぶかもしれないが、恐らく大丈夫だろう。実質大丈夫だったし。

 

 しかし彼の戦い方には無駄がないね。

 最初に機動力を潰し、次に視界を封じる。後は急所に鋭い一撃を加えてお仕舞いだ。

 しかも驚くことに左右同時に始末してみせた。その間数秒。

 

 Fランクの魔物であるゴブリンだが、知能は人族の乳飲み子程度にはあると言われている。それ故にだろうか、彼に殺されたゴブリンの顔が恐怖で歪んで見えたのは。

 

 そして、彼の使った技をどこで見たのか思い出した。

 小さい頃、家に招かれた武道家が使っていた技だ。

 確かその武道家は東の大陸から来たと言っていたな。彼の世界にも、同じような流派が存在しているのだろうか。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「迷宮都市タルクスへようこそ!」

 

 若い衛兵が元気良く挨拶してくれる。

 迷宮都市って……まだ迷宮を残すか壊すか決めてないよね?

 

 さて、トウヤ君が衛兵からタルクスの説明をされている間にこれからの動きをお復習(さらい)しよう。

 

 まず、彼をタルクスのギルドマスターに引き合わせる。そこでギルドマスターからキューベの考えを聞かせてもらうことになっている。

 どうしてキューベから聞かせないのかは知らない。キューベにも思惑があってのことなんだろうね。

 

 次に、ギルドでトウヤ君を宣伝する。

 これはキューベに頼まれていないことだ。

 昨日、トウヤ君を俺達のクランに誘ったんだけど断られちゃったからね。少しばかりの異種返しさ。

 

「ねぇ、レオン。ほんとにやるの?」

 

 カティーがトウヤ君に聞こえないよう、小声で声をかけてくる。

 

「あぁ、やるとも。これは彼に必要なことなんだ」

 

「でも……」

 

「止めとけ、そうなったら何言っても聞かねぇよ。良く分かってんだろ? それに、あの坊主なら大丈夫だ」

 

 クランクも彼のことを認めてくれたらしい。普段冷静な判断をしているクランクがこう言ってくれると、自分の判断に自信が持てるよ。

 

「ふぅ……そうね。これはレオンの病気みたいなものだもんね」

 

「え? レオンさん、病気なんですか?」

 

「あはは、まぁ、確かに病気かな」

 

 カティーも上手いことを言うね。

 確かにこれは病気だ。しかも不治の病だろう。

 

「名付けるなら、『英雄症候群』ってところかな」

 

「英雄症候群……? どんな病気なんですか?」

 

 エリィが不安そうな様子で聞いてくる。

 大丈夫だよ、別に死ぬような病気じゃないし。……いや、力がない冒険者がかかると死ぬ危険性が高まるのかな。

 

「英雄に強い憧れを抱き、自分も英雄になりたいって思っちゃう病気よ」

 

「ええ!? それって病気だったんですか!? それなら……小さい子の殆どがかかってることになっちゃいますよ?」

 

「いーや、餓鬼の頃に英雄に憧れんのは良いんだがな、大人になってもそれが続く奴がいるんだ。特に冒険者に多い」

 

「は、はぁ。冒険者さんは英雄に憧れてるんですか」

 

 エリィが分かっているような、分かっていないような声を出す。

 ずっと森で過ごしてきたエリィには馴染みの薄い話しだったかな。

 

「でもね、皆何時かは現実を知るのよ」

 

「自分の力不足に気付いて、自分は英雄に成れないことを知るんだ」

 

「中には現実を知らずに英雄を目指し続ける人もいるけどね」

 

「ま、大概は自分の力を過信して死んじまうんだけどな」

 

 カティーとクランクの息の会った説明に、エリィは顔を青くしてこっちも見た。

 

「レ、レオンさん……死んじゃうんですか?」

 

「大丈夫だよ、エリィ。俺は強いからね」

 

「そうね。それに引き際はわきまえてるわ」

 

「自分の力を過信してる訳でもねぇしな」

 

 俺とクランク、そしてカティーの援護によってエリィは安心してくれたようだ。

 しかし、エリィは首を傾げて俺に質問をしてくる。

 

「あれ? それなら、どうしてトウヤさんの宣伝を? それもレオンさんの病気と関係があるんですか?」

 

「ああ、勿論だよ。英雄には試練が必要だろ?」

 

「……はい?」

 

「英雄ってのは、最初から強い訳じゃないんだ。様々な試練を乗り越え、この度に強くなっていくんだよ。だから、英雄には試練が必要なんだ」

 

 どうやらエリィはまだ理解仕切れないようで、しきりに首を捻っている。

 

「エリィ、分からなくても大丈夫よ。私もあんまり良く分かってないもの」

 

「俺はそこそこ分かるけどな。やっぱ、男だからか?」

 

 そんな話をしている間に、衛兵の話が終わったようだ。

 

 認識阻害の魔法をかけることなくタルクスの町並みの中を歩く彼を見る。

 

 突如異世界に拐われ、

 力がないと知ると捨てられ、

 見た目のせいだけで周りから白い目で見られる。

 彼に非はないというのに。

 

 

 ──なんて不幸な少年だろうか。

 

 

 そして、観察力に優れ、

 戦闘能力は既にDランク冒険者に負けずとも劣らず、

 魔力はこれからの成長に期待が持てる。

 

 

 ──嗚呼、なんて、なんて素晴らしい。

 

 

 

「理想の英雄像だ」

 

 不遇な扱いを受けた少年が、自らの力で成り上がる英雄譚。

 彼はまさにそれの主人公だ。

 

 この国では疎まれる黒髪黒目は深い底なしの闇を思わせ、華奢な体からは高度な戦闘技術が飛び出すのだ。

 少女のようにも見える容姿はそれらの異質さを際立たせ、そして鋭くも力強い表情は彼を青年のようにも見せる。

 

「君はきっと、俺と同じ人種なんだ」

 

 英雄に憧れているかまでは分からないけどね。

 でも、君は英雄に成るべくしてこの世界に来たんだろうな。

 ならば俺の役割は決まってる。

 

 英雄を目指す先輩として、君に試練を送ろう。

 

 俺達に憧れている新人冒険者は沢山いる。彼らが君に挑むだろう。憧れの俺達から期待される君を妬んで。

 そういう若者は沢山いるんだ。

 

「トウヤ君、君に数多の試練が課せられることを祈ってるよ」

 

 彼が英雄になった時、それが今から楽しみだ。

 

 

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