黒は夜より出でて夜より黒し   作:紺色メガネ

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閑話 十三年前
EX.001 壊れた少年の過去


 

 

 在るところに、父一人母一人子一人のありふれた家族がいました。

 

 ある時、母親と父親は自らの息子である少年にこう言いました。

 

「いい、■■、貴方はお兄ちゃんになるのよ」

「■■、妹を守れるような立派な兄さんになるんだぞ」

 

 自分に妹が産まれる。

 

 その事を嬉しく思った少年は、にっこりと太陽のような笑顔で頷きました。

 

「うん! お父さん、お母さん! 僕は妹を守れるような立派なお兄ちゃんになるよ!」

 

 少年は幸せでした。

 

 優しいお父さんとお母さんに囲まれて、日々を過ごすこの日常が。

 

 暖かな太陽の光が差し込む、この暖かい家庭が。

 

 自分に妹ができることが。

 

 自分が兄になることが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、幸せは唐突に別れを告げてきました。

 

 

 

 

 

 母親が不運にも交通事故にあったのです。

 

 幸い母親の容体は無事でしたが、お腹の子供、産まれてくるはずだった妹の命は失われてしまいました。

 

 母親は泣き崩れ、父親は慟哭しました。

 

 しかし、少年は泣くことができませんでした。

 

 幼い少年には、余りにも大きなショックで、まともに受け止めることができなかったのです。

 

 ですが、周囲はそんな少年を見て陰口を叩きました。

 

「妹が死んだのに涙も流さない」

「六歳なのに、子供らしくない」

「両親があんなに悲しんでいるのに」

「兄があんなんじゃ、死んだ妹も浮かばれない」

 

 酷い言い掛かりでした。

 

 少年の心は泣いていたのですから。

 

 それが表面に表れていないだけで、張り裂けそうなほどに悲しんでいました。

 

 両親があんなに悲しんでいるからこそ、自分は泣いてはいけないと、心の何処かでブレーキを掛けたのかもしれません。

 

 妹が産まれることを待ち望んだのは、兄になるはずだった少年も同じです。

 

 しかし、不幸なことに、娘を失った両親の悲しみと怒りは少年に向きました。

 

「■■! どうして貴方は泣いてないの!? 悲しくないの!?」

「■■……。何でお前は悲しんでいなんだ? それでも俺達の息子なのか!?」

 

 涙も流さず、ただじっと行く末を見るような少年のことを自分達の息子だと思えなくなってのことでした。

 

 

 

 

 

 その日から、少年に対する両親の態度は激変しました。

 

 

 

 

 

 ことあるごとに殴り、ある時は何も無くとも殴りました。

 

 一日のご飯は、学校の給食のみ。お腹が空いたと言えば、新聞紙を食べさせられ、ガソリンを飲まされる日々でした。

 

 もともと与えられていた部屋は没収され、寝床は物置小屋の中。夜になると暗くて寒い地獄のような場所でした。

 

 一番の不幸は、少年がそれらの虐待に耐えられたことでしょう。

 

「お父さんとお母さんは妹を失ったショックでこうなってるだけだ。何時か、元の優しいお父さんとお母さんに戻るはずだ」

 

 少年はそう信じて疑いませんでした。

 

 

 

 

 

 ですが、現実は何処までも非情でした。

 

 

 

 

 

 次第に、娘が死んだ悲しみに耐えきれなかった両親は新興宗教(カルト)にすがりました。

 

 カルト教団からすれば、悲しみに溺れた両親は良い鴨でしかなかったでしょう。

 

 少年の家に怪しげな男達が入り込むようになったのも、あっという間のことでした。

 

 

 

 

 

 更に不幸は重なります。

 

 

 

 

 

 両親の熱狂的なまでの妹を求める姿に、教団側が縁を切ろうと手を引いてきたのです。

 

 それだけなら不幸とも言えませんが、あろうことか、教団は最悪の提案をしてきたのです。

 

『十人の子供とあなた達の息子を生け贄に捧げるのです。さすれば、あなた達の娘は再び、貴女の体に宿るでしょう』

 

 虚言でした。

 

 少年の両親が如何に狂っていると言っても、この条件を飲むはずがないと思ったのです。

 

 

 

 

 

 しかし、少年の両親の心は予想よりも壊れていました。

 

 

 

 

 

 最悪の提案を名案だと勘違いした両親は、無関係の近所の子供達を拉致って殺し、そして自分達の息子も手にかけようとしました。

 

 

 

 

 

 無情にも、少年の不幸は上塗りされます。

 

 

 

 

 

 少年は人を殺す才能があったのです。

 

 向かってくる母親の手から刃物を奪い、心臓に突き刺しました。

 

 獣染みた叫び声を上げる父親の首に、刃物を捩じ込みました。

 

 

 

 

 それだけで全てが、少年の全てが終わりました。

 

 

 

 

 通報を受けた警察が駆け込んで来る頃には、少年の両親は息絶えていました。

 

 自分を産み、そして殺そうとした両親の亡骸を抱きながら、少年は唇を噛み締めました。

 

 思い切り泣きたかった。

 しかし、泣いたらいけないとも思った。

 

 明確な理由があった訳ではありません。

 

 ただ、泣いてしまったら、自分が不幸なのだと認めることになると思ったからか。

 妹を失い、両親を殺し、涙すら流せない自分が悲しんではいけないと思い悩むからか。

 

 少年は、悲しむのが先か、泣くのが先か。

 

 そんなことすら分からなくなってしまいました。

 

 

 何てことない話。

 彼の心は、とうの昔に壊れていたというだけでした。

 

 

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