黒は夜より出でて夜より黒し   作:紺色メガネ

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No.019 仔犬の尻尾亭

 

 

 バルドさんに教えてもらった宿屋を探すこと数分。目的の宿屋、『仔犬の尻尾亭』は無事に見つかった。

 ギルドから、それほど遠くなく、近くに風呂屋もある。良い塩梅の宿屋ではなかろうか。

 

 この世界で家に風呂が付いているのは、王族か貴族、一部の大富豪だけらしい。

 ならば一般市民の風呂事情はどうなっているのか……それが風呂屋だ。

 街に三軒ある風呂屋は、水魔法で水を張り、火魔法でお湯を沸かす。カーティアさんの異世界料理と同じく、魔法によって成り立つ風呂だ。

 店主が魔法使いである他、駆け出し魔法使いも手伝うらしい。バイトのようなものだと判断した。

 

「いらっしゃい。仔犬の尻尾亭へようこそ」

 

 風呂への思いを馳せながら、宿屋の扉を開くと、笑顔の柔らかな女性が迎えてくれた。彼女が店主だろうか。

 

「泊まりたいんですが……部屋は空いてますか?」

 

 バルドさんは大丈夫だと言ってくれたが、もしこの店の人に断られたら、大人しく野宿をしよう。

 そんな悲壮な考えを打ち消すように、店主と思わしき女性は、にこりと微笑んだ。

 

「ええ、二階端の部屋が空いてますよ。何泊致しますか?」

 

「取り敢えず十日ほどお願い出来ますか」

 

「承りました。朝夕二食付きで一泊、銀貨六枚です」

 

 昼食だけ別料金なのか。まぁ、冒険者相手ならそうかもな。

 冒険者は依頼を受ける関係上、昼時は街にいないことが多い。街外で携帯食料を食べるか、早めに依頼をこなして豪華な昼飯を食べるかの二択だ。

 キューベから、ギルドから支給される携帯食料は不味いから、自分で料理を作れるように。と言われたっけな。

 

 金貨を一枚出して、銀貨のお釣りを貰う。銀貨六十枚ならばピッタリ出せるが、今のうちに持ち金を崩しておきたい。

 微笑む女性から部屋の鍵を貰い、二階に上がる。

 

「お昼、良かったら一階の食堂をご利用下さい。うちのご飯は、タルクスで一番美味しいって評判なんですよ」

 

「へぇ、それは楽しみですね。是非頂きます」

 

 昼までには階下に降りられるよう準備しようと考えつつ、階段を上がっていく。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 二階端の部屋は、角部屋ということもあってか、陽当たりの良い部屋だった。

 一人用にしては十分な広さを誇るベッドが、暖かな光を浴びて白く耀いて見える。

 

「さて、と。準備しますか」

 

 備え付けの机に装備品を置いていく。

 昼飯を食べたら、ギルドに戻って依頼を受けるつもりだ。その為に、ここで着替えてしまおう。

 

 五着の替えがある普段着の上から、籠手、脛当て、腰具、胸当てを装着する。ローブは部屋の外に出る時で良いだろ。

 投擲用のナイフを各所に隠し、腰具の裏に厚手のナイフを差し込む。腰具の横にあるポーチのような収納箱に、普通の液状回復薬(ポーション)と黒い液体の入ったビンを入れておく。

 

「後は……」

 

 護身用、という訳ではないが、腰に属性付与(エンチャント)可能な贈り物の剣を下げておく。それから、籠手の上から装着するこのできる、無駄に高性能な丸盾を腕に付ける。

 これらは戦闘で使うことはないし、街の外に出たら外す。所謂、カモフラージュと言うやつだ。

 

「……少しくらい練習するか」

 

 装備したは良いものの、未だ使い物にならない、武器()防具()を見やる。

 レオンさんからも「折角の属性付与可能武器(エンチャント・ウェポン)を使わないのは勿体ない」とまで言われてしまったしな。

 

「ふっ……!」

 

 剣の柄を握り締め、魔水を作る要領で魔力を込める。体内の魔力が手のひらに集まり、剣に流れようとする。

 しかし、一向に武器に属性が付与される感覚が来ない。……はぁ、失敗か。

 

「……いや、もう一回!」

 

 その後、昼時になるまで剣を握って唸っていたが、剣が魔力を(まと)うことはなかった。

 何かコツのようなものがあるんだろうか。次にレオンさん達に会うことができたら聞いてみようかな。

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「お、あんたが新しいお客さんか。昼飯食ってくんだろ? 今持ってくから、適当な席に着いて待ってな」

 

 一階に降りてきた俺を迎えたのは、微笑みの似合う女性ではなく、『犬面人』の男性だった。

 

 成人男性の頭部に犬の頭が乗っている。

 そんなショッキングで世にも奇妙な犬面人は流暢に言葉を話し、手にはお盆を持って、他の客の注文を取っている。

 

「……亜人差別しない宿屋って、そういうことか」

 

 今もせっせと働く犬顔の男性は、この世界に存在する亜人と呼ばれる種族の一人、『獣人族』だ。

 イメージとしては、獣らしい部分は耳と尻尾だけだと思っていたのだか、どうやら違うらしい。

 

「お客さん、どうしました?」

 

「あぁ、いや。何でもな……」

 

 少しだけ放心していた所に、可愛らしい声がかけられる。声の方を向くと、思い描いていたイメージ通りの獣人の少女が、不思議そうにこちらを見ていた。

 垂れぎみの犬耳、ふさふさで柔らかそうな尻尾。その耳と尻尾以外は、可愛らしい少女のものだ。

 本来なら有り得ないその外見は、コスプレのように見えることもなく、自然とそこに存在していた。

 

「あのぉ……」

 

「あ、悪い。獣人族ってのを見たことがなくてさ。不快に思ったのなら、ごめんな」

 

 観察するような目で見て、怯えさせてしまっただろうか。

 犬耳少女には謝ることにして、観察するなら犬面男性の方にしようと向き直る。

 

「いえいえ! ボーっとしていたので、大丈夫かなぁ、って思っただけです!」

 

 犬耳少女は両手と尻尾をぶんぶんと振って否定する。

 頭の上の犬耳も忙しなく動き、頭の上に乗っているだけではないことが証明された。

 

 犬耳少女にエスコートしてもらい、空いている席に着く。

 店の制服らしきスカートの裾を揺らしながら接客する彼女を見守ること数分、先程の犬面の男性が料理を運んできた。

 

「今日の昼飯(ランチ)はリトルボアのシチューと、グリーンカウのチーズ。パンは好きなだけ取りな」

 

  そう言って出されたのは肉の入ったシチューと、たっぷりのパン。青々しいサラダに、チーズとチーズナイフ。

 とろみのあるシチューから肉をすくい、一口。噛み締めると、確りとした歯ごたえと共に、肉汁が暴れ出てくる。

 熱々のパンにチーズを豪快に乗せ、少し溶けてきたところで、口一杯に頬張る。

 

「美味い……!」

 

 思わず出た感想すらも、言っている時間が惜しい。腹の虫の催促する声に従うようにして、料理を胃に掻き込んだ。

 

「ふぅ……」

 

 口から満足感のこもった息が漏れる。

 この後、運動をすることを考慮せずに食べてしまった。本来なら、飢餓を感じなくなる程度に済ませるつもりだったのに、今では満腹になってしまった。

 

「お粗末様です! お客さん、うちの店は初めてですよね? お父さんの料理はどうでした!?」

 

「あ、あぁ……美味かった。今まで食べたどんな料理よりも、美味かったよ」

 

 この言葉はお世辞ではない。本気で過去最高の料理だと思った。

 城で食べた豪華な料理よりも、カーティアさんの作ったカレー擬きよりも、美味かった。

 そもそも、城の料理もカーティアさんの料理も、元の世界よりも数段美味く感じるのだ。

 もしかすると、この世界の料理はどれもこれも美味しいのかもしれない。

 

「やった、やった! お父さーん! お客さん、美味しかったってー!」

 

「おいおい、他のお客さんもいるんだ。大きな声を出したら迷惑だろ?」

 

 そんな苦言を呈する声に他の客は、何時ものことだと言うように、笑顔で対応する。犬耳少女の活発さは、既に周知の事実のようだ。

 

 そして……犬耳少女が「お父さん」と呼ぶ男性は、先ほど料理を運んできた犬面の男性だった。

 

「に、似てねぇ……」

 

 またもや思わず口から感想が漏れる。

 違うのは、今度はその言葉を拾う人がいたところだ。

 

「ユーシュの顔は母さん似だからな。だが、耳と尻尾は俺似だ」

 

「ユーシュ?」

 

「あ、私です!」

 

 犬耳少女はユーシュと言うらしい。

 

 ユーシュと呼ばれた少女を良く見ると、その顔にどこか見覚えがあった。店に入ってきた時に対応してくれた、微笑む顔の似合う女性だ。

 そして、確かに耳と尻尾は犬面の男性と同じ毛並みと毛色だ。

 

「どうした、惚けた顔をして。獣人族を見るのが初めてって訳でもあるまい?」

 

「お父さん、お父さん。このお客さん、見たことないって、さっき言ってたよ」

 

「本当かよ……。見たところ冒険者だろ? ……あぁ、駆け出しってことか。兄ちゃん、細いもんな」

 

 細さと力は比例しない。

 幼子ですら暗殺者に仕立てる業界に所属する俺だからこそ知っている。

 

「駆け出しってのは正解です。右も左も分からない新人なんで、獣人族のことを教えて貰えると嬉しいですね」

 

 そのことを、わざわざ目の前の親子に伝える必要もないと判断して、情報収集に移る。

 この腹の具合で依頼に出ても、胃の中身をぶちまけるのが落ちだ。

 ここで一時間ほど時間を潰して、腹ごなしが終わってからギルドに行くことにしよう。

 

「俺はまだ料理を作るから無理だ。……ユーシュ、新人さんに教えるついでに、昼飯食っちまえ」

 

「はーい! お客さん、私が色々教えてあげますよ!」

 

「うん、お願いします」

 

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「獣人族っていうのは、親子で人と獣の度合いが違うなんて良くあることなんですよー。そもそも獣人族全体がそんな感じなんです」

 

 ユーちゃんが耳と尻尾だけに対して、親父さんは直立歩行する犬って感じだ。人と獣の幅が広いっていうか、最早別種族な感じがする。

 

「なるほど……じゃあ、ユーちゃんは鼻が良かったりする?」

「はい! 献立を外したことはありませんよ!」

 

「それじゃあ……動くものを追っかけたくなったりは?」

「あー、ついつい追っちゃうことはありますかね」

 

「それから……穴を掘ってみたくなったりしない?」

「う……庭を穴ぼこだらけにして怒られてたのは、小さい頃ですよー」

 

 獣の度合いに関係なく、その動物特有の技能は備え持ってると考えて良さそうだな。加えて習性もか?

 椅子の横に置いておいた魔法の袋(マジックバック)から、メモ帳を取り出して記入する。

 

「何書いてるんですか? ……んー? 読めない」

 

「俺の国特有の文字でね。読める人は限られてるよ」

 

 覗き込んできたユーちゃんをあしらいながら、記入を続ける。

 読める人が限られてると言ったが、俺以外には三人しか読めない。異なる日本から来た勇者な三人しか。

 

「ずいぶんうちの娘と仲良くなったようだな」

 

「あ、お父さん。もう良いの?」

 

「一先ずな。作った分が無くなったら、また作る」

 

 ユーちゃんとの獣人族談義も終わりに近づいてきたところで、仕事を終えた親父さんが、俺達が座っている席に近づいてきた。

 周りを見ると、ほぼ埋まっていた席も、(ほとん)どが空いている。そんなに長い時間、話し込んでいたということだろう。

 

 最初はユーシュさん、お客さんと呼んでいたが、話している間に、ユーちゃん、トウヤさんと呼び会うようになった。

 そして親父さんもちょくちょく話に出てくるので、親しみを込めて親父さんと呼ぶことにした。

 

「食休みも済みましたし、そろそろギルドに行ってきます」

 

 ユーちゃんと親父さんに「ご馳走さま」と告げて、店の外に出るため扉に向かう。

 手摺を掴んだところで、振り替える。

 

「あ、そうだ。情報をもらった分、何か必要な物があれば取ってきますよ」

 

「それなら、そうだな……リトルボアとレッサーラビットの肉を頼む」

 

「承りました」

 

 背中越しにユーちゃんの見送りの声を聞きながら、歩いて数分のギルドへ向かう。

 

 リトルボアとレッサーラビットの見た目も生息地も分からないが、ギルドに行けば何とかなるだろう。

 

 





『ユーシュ・ユグノア』
年齢:14歳
身長:154㎝
種族:獣人族
好きなモノ:お父さん、お母さん
嫌いなモノ:辛い食べ物
職業:仔犬の尻尾亭看板娘
得意武器:なし
特技:家事全般……のお手伝い
加護:なし

 迷宮都市タルクスの冒険者区画に店を構える、仔犬の尻尾亭の看板娘。
 獣人族と人族のハーフだが、獣人族の血を色濃く受け継ぎ、立派な犬耳と犬尻尾が生えている。
 昼時まで両親のお店を手伝い、午後は東区画の教会へ勉強をしに行く。
 学校に通い始めた当初は、獣人族故に周りから敬遠されていたが、母親譲りの笑顔と父親譲りの可愛らしい耳と尻尾のお陰で、今では皆と仲良し。
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