昼過ぎ、ギルドで掲示板を睨む冒険者の数も少なくなり始める時刻。そんなちょうど人の空いた時間に、ギルドを訪れることができた。
人が多いということは、それだけ厄介事に巻き込まれる可能性が高くなるということだ。特に俺は、
冒険者としての初仕事ととして、良さげな依頼がないかをチェックする。隣に立った革製の鎧を着た男性冒険者にチラ見されるが、無視を決め込んだ。
下手につついてやぶ蛇にならんとも限らんしな。
「F級で受けられるのは……ゴブリンの討伐、薬草の採取、そして……風呂沸かしか」
一応、一つ上のランクであるE級の依頼も受けることができるが、初陣だし手堅く行きたい。
だからと言って、風呂沸かしの仕事をする気にはなれないが。
「お悩みですか?」
後ろから声を掛けられ体ごと振り返る。
そこに立っていたのは、今朝がたギルド長の部屋まで案内してくれた女性だった。
人の良さそうな笑顔を浮かべる女性職員は、元の世界であったら女子大生くらいだろうか。セミロングと朗らかな笑顔の似合う女性だ。
「えぇ、まぁ、何せ初仕事なもので。ゴブリン討伐は独りだと不安ですし、薬草採取は味気ないと考えてまして」
勿論、風呂沸かしは論外だ。
「F級の方に出ているゴブリンの討伐依頼は、討伐数を不問にしているんですよ。一対一を心がけて戦えば、危なくないんじゃないでしょうか」
討伐数不問? それって、一匹でも良いってことか?
疑わしげな視線を向けたのに気付かれたのか、セミロングの女性職員は、慌てたように両手を顔の前で振った。
「明確に討伐数を指定してしまうと、目標に届かなかった場合に、違約金が発生してしまいますからね。
「なるほど。ギルド側から新人への救済措置でしたか。俺みたいな新人さんとしては、有り難い温情ですね」
五匹討伐と言われて、四匹しか狩れなかったら罰金。その罰金を払えずに、夢の奴隷コース……か。
過去にそんな目に遭った新人冒険者がいたのかね。
「とは言っても、一体は倒さなくては駄目ですよ?」
「分かりました。この依頼受けます」
そうと決まれば早いもの。カウンターに移動し、依頼を受ける手続きを踏む。
受ける依頼の確認をし、依頼の備考などが書かれた用紙に、直筆で名前を記入する。紙媒体の記録として、俺が依頼を受けたことを承認するものだ。
それから、区切りの内側一つ一つに設置された水晶に、手とギルドカードをかざす。検問の際にもやったことだ。本人とギルドカードの魔力の擦り合わせ。
これらを行うことで漸く、冒険者は依頼を請け負うことが出来る。
達成した時には、再度水晶を使い本人確認を行う。本人であることが確認されたら、報酬を受け取ることが出来るという流れだ。
面倒に思うかもしれないが、これらを行うことによって、冒険者の身分、活躍、その他諸々をギルドが守っている。……とのことだ。
「申し遅れました。私、タルクスギルド職員のサラ・エクレルと申します。宜しくお願いしますね」
「こちらこそ。俺はトウヤ・ナンバ、トウヤで結構です。新人ですので、これから宜しくお願いします」
手続きをしている間にギルド職員の大変さを語ってくれた、タルクスギルドの女性職員改め、サラさんと自己紹介しあう。
「では、トウヤさん! E級目指して頑張って下さいね」
さぁて、初仕事だ。張り切って行こう!
腰の剣の具合を確かめるようにカシャンッ、と揺すり、ギルドを後にする。
気分はまさしく冒険者のそれだ。
……あ、そうだ。その前に、
「リトルボアとレッサーラビットって何処に生息してますか?」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
今回の目標であるゴブリンは、何処にでも生息する魔物だけに、タルクス近郊でも良く目撃される。
加えて、リトルボアとレッサーラビットも、タルクス近郊に生息するらしい。
獲物が近くに固まっているなら楽で良い。
補足すると、ゴブリンを始めとした魔物には、脳味噌の位置に魔石が入っている。その魔石の大きさが、その魔物の強さに比例していると言われている。
そして、リトルボアやレッサーラビットの頭には魔石が入っていない。
しかし、
それから、人々が勝手に魔物だ動物だと区別しているが、魔物同士で仲が良い訳ではない。
数多いる鳥類を『鳥』の一言でまとめているのと同じように、同じ魔物だからと言って、共存しているとは限らないのだ。
例えば、
奴らは雑食で、特定の好みを持たない。人族の肉だろうと、動物の肉だろうと、同種の肉だろうと、飢えれば何でも食らう。虫だって木の根だって食べる。
繁殖力が高いだけに、群れが食糧難になることも多々あるらしい。その時には、餓死した群れの仲間の死体を食うことがあるそうだ。
ゴブリンが特別意地汚いという話ではなく、生きとし生ける者は、皆生きるのに必死ということだ。
現に、今目の前で、
「フゴォー!」
「ギャギャア!」
一匹のリトルボアと、その猪を取り囲み、こん棒で殴り付ける四匹のゴブリンがいる。
狩りの最中で出くわしたようだ。
リトルボアは鼻先を振るうようにして牙で応戦するも、ゴブリン達の方が上手だ。狙われたゴブリンがこん棒で牙を抑え込み、死角に回ったゴブリンがこん棒で横っ面を叩く。
ゴブリンの武器がこん棒じゃなければ、結構アッサリと勝負は着いていたかもしれない。
だが、リトルボアもやられっぱなしではない。持ち前の突進力を生かして目の前のゴブリンを突き飛ばした。地面を擦るように転がったゴブリンは起き上がる様子はない。気絶したようだ。
その代わりに後ろから殴られ放題になっているが、耐久力には自信があるのだろう。
三体一となって、戦況はリトルボアに傾き始めた。
ここまで見ているだけだったが、ゴブリン達が及び腰になってしまったからには、参戦しなければなるまい。
ここでゴブリンに逃げられたら、後々討伐するために探すのも面倒になる。リトルボアも単身で相手取るとすると厄介な相手だ。 人間の短距離走世界記録保持者よりも速いと言われる猪と、追い駆けっこをするのは気が滅入る。
小狡いとは思うが、激突する両者を横合いから強襲し、両者とも狩ってしまう腹積もりだ。
剣と盾はマジックバックに仕舞ったし、当のマジックバックは肩から下げてある。
まぁ、戦闘の邪魔になるから足元に置いておこう。周りには誰もいないようだし、盗まれることはないだろ。
両手にそれぞれ投擲用のナイフを持ち、標的に気付かれないように近付く。
慎重に、一歩ずつ。見晴らしの良い草原なので、そこまで近寄るとバレてしまう危険性がある。
ナイフを投げて届く範囲まで来たら、未だに睨み会い激突する両者の脇腹を突く。
そう、これはまさに、
「漁夫の利……かなっ!」
両手から離れた二本のナイフは風を切り、リトルボアの後ろ足と、俺に背を向けていたゴブリンの後頭部に刺さった。
「プギィ!?」
「グギャ……?」
リトルボアは突然訪れた痛みに驚き、ゴブリン二匹は突如崩れ落ちた仲間を見て呆然としている。
痛みに呻くリトルボアを飛び越え、ぼんやりと俺を眺めているゴブリン二匹の首にナイフを捩じ込む。
ナイフで首を地面に縫い付け、息の根が止まるまで押し付ける。
「ギャ……ギャア?」
「グ、ギィ……」
ゴブリン二匹の視線が宙に浮き、抵抗する力が無くなったのを感じとる。
「フゴッ! フゴッ!」
後ろから奇襲でも仕掛けてくるかと踏んでいたのだが、リトルボアは逃げる道を選んだようだ。
ナイフの刺さった足を引き摺りながら、徐々に俺から距離を離していく。
走れば追い付ける速度だが、敢えて歩いて後を追う。別に猪の逃げ惑う姿を見ていたい訳ではなく、魔法を試しておきたいだけだ。
「我が魔力を糧として世界に闇の力を顕現する。敵を妨害する障壁となれ【トラップ】」
リトルボアの進行方向に見えない障壁が作られる。
まぁ、不可視の障壁とは言ったものの、壁と言える規模ではない。
リトルボアの足元、このまま進めば突っ掛かり、躓くであろう場所に出現させる。大きさは側面が掌ほどの長方形。
一瞬しか出せないが、転ばすのには十分だ。
【トラップ】と名付けたこの魔法は、ぶっちゃけ【ステップ】と何ら変わりはない。
仕様方法が違うので、少し形状が異なるくらいか。【トラップ】は板のように、【ステップ】は棒のように形作る。
主な使い道は敵の行動を妨害すること。今回のように、敵の足を引っ張るような使い方をしたいものだ。
「ブゴォ!?」
【トラップ】に足を取られ、リトルボアはつんのめり、見事に転ける。
見えないように薄く出したため、リトルボアからすれば何が起きたか分からないだろう。
「プギィー! プギィー!」
命乞いなのか、必死の形相でこちらに向かって叫ぶリトルボアの首にナイフを突き刺す。
そのまま頸動脈を裂くように切り、血を流させる。血抜き作業も楽じゃない。
「ギギ……ギャア?」
リトルボアに吹っ飛ばされたゴブリンが起きてきたようなので、状況把握を済まされる前にナイフを投擲する。
手から離れたナイフは、ゴブリンの眉間に刺さり、その命を摘み取る。
これでゴブリン四匹、リトルボア一匹の討伐が完した。
「あとは、解体だけだな」
猪の解体方法など知らないので、ある程度血が抜けたのを見計らって、マジックバックに入る大きさに切り取る。
何も敷かず地面に肉を置きっぱにしているため、目の荒い芝生が緑から赤に変わっていく。
リトルボアの血抜き作業中、道具などないために、後ろ足を持って血が出なくなるまで耐えた。血が抜けて徐々に軽くなっていくとはいえ、両の腕だけであの重さを支えるのは苦痛だ。
解体作業についても、地面の下に敷くものがあれば、肉の断面に土が付着しないように気を配る必要も無かったのに。
使うであろう道具を揃えておかなかったことが、今さらながらに悔やまれる。
気持ちばかり逸ってしまって、肝心の準備を疎かにしてしまった。反省しなければいけない。
「リトルボアの解体完了。次はゴブリンに移りますか」
こうして口に出して確認を行うことで、脳内で物事の整理が捗る。……んだと思う。ただの独り言でないことを祈るばかりだ。
ゴブリンの方は慣れたもので、右耳を切り取って串に刺し、頭を割って魔石を取り出す。
……思えば魔石を入れる袋を買っておけば良かったな。マジックバックに入れてしまうと、取り出す時に一つずつ出すことになる。
「えーと、縄と敷物、袋に、それから……」
これから必要になる物をメモ帳に記入しておく。
すると、紙の上をペンが滑る音に紛れて、他の音が聞こえてきた。
「ギャギャー!」
「ギギィアァ!」
「グギャ! グギャギャ!」
ゴブリンの鳴き声、それも複数。
「仲間の仇討ち……? そんな情に厚い魔物だとは聞いてないけどな。……あ」
腹が減れば群れの仲間だろうが食らうことに
そんな血も涙もないゴブリンが、死んだ同族の敵討ちに来たわけではない。
では何故ゴブリン達は俺に向かってくるのか。その理由が分かってしまった。
足元に広がる血溜まりは、先ほど解体したリトルボアのものだ。その臭いが腹を空かせたゴブリンを引き寄せたのだろう。
「次からは、そこんとこも気を付けなきゃだな……」
今日一日で、沢山の課題が見つかった。
久々に心を打ちひしがれて傷付いた分は、こちらに向かってくるゴブリン達で晴らすとしようか。
八つ当たりだ。
こちらに向かってくるゴブリンの数は三匹。そして、その奥に間隔を開けて三匹。合計六匹。
武器はこん棒しか持っておらず、防具とも言えないボロ布をまとっている。
あと数秒で目の前に到達する三匹のゴブリンの内、一番離れているゴブリンに向かってナイフを投げる。
過たず放られたナイフは、ゴブリンの眉間に突き刺さり、意識を刈り取る。他の二匹のゴブリンは、何が起こったのか理解出来ていないようだ。
お互いの顔を見合わせるゴブリン二匹との距離を三歩で詰め、右のゴブリンの喉元にナイフを滑り込ませる。
左のゴブリンは、状況判断よりも俺を倒す方を優先したのか、手に持ったこん棒を振り上げた。
「我が魔力を糧として世界に闇の力を顕現する。敵の妨害する障壁となれ【トラップ】」
ゴブリンがこん棒を振り上げたところで【トラップ】を発動する。
出現させたのは、防御に使うためではない。【トラップ】では、ゴブリンの一撃さえも防げないだろう。
【トラップ】を出現させる場所は、ゴブリンの手首部分。今まさに振り下ろそうとするのを、塞ぐようにして出現させる。
振り切った瞬間のトップスピードは止められないが、動き始める前なら止められる。
「ギギィ!?」
【トラップ】によって止められた手を見上げるゴブリン。あまりに無用心だ。目の前に
腰から抜いたナイフの切っ先をゴブリンの首に捩じ込む。
「グ……ギャア!」
喉元にナイフを刺されたにも関わらず、ゴブリンはなおも反抗してきた。
手を捕まれないよう素早く引き寄せ、今度は目から侵入させる。
目から入ったナイフは、眼球を潰し、ゴブリンの小さな脳味噌を抉った。
残った片目が上を向き、刺さったナイフを支えに、ゴブリンの体から力が抜ける。
「これで三匹」
ゴブリン三匹を仕留め、これで合計七匹討伐することができた。他のF級がどれ程の実力だか知らないが、これくらいじゃ誇れない。
「残り三匹……いや、まだまだ殺るか」
ナイフを軽く振り、付着した血を払う。
「はは……楽しくなってきたな」
つい上がってしまった口角を手で抑え、次なる戦いに備える。
さて、何体狩ろうか?
『サラ・エクレル』
年齢:19歳
身長:162㎝
種族:人族
好きなモノ:スイーツ
嫌いなモノ:辛い食べ物
職業:タルクスギルド職員
得意武器:なし
特技:星占い
加護:なし
若くしてタルクスギルドの、『副ギルドマスター補佐兼鑑定職員』という、偉いんだか偉くないんだか良く分からない役職に就く苦労人。
明るい笑顔と柔らかな物腰で、彼女を専任にしてほしいという男性冒険者が後を絶たない。
しかし一方で、女性冒険者からは妹のように扱われており、彼女に手を出す愚か者は少ない。
貴族程ではないが良家の出で、幼い頃から勉学に励んでいた。両親の反対を押し切り、昔からの夢であるギルド職員になった。
もう一つの夢は何時の日か、S級冒険者の専任職員となること。