逆手に持ったナイフをゴブリンの頭部に突き立てる。肉を裂く生々しい感触と共に、頭蓋骨という硬い物に当たる感覚が腕に伝わってくる。
何度も味わった感触に浸ることなく、素早く抜いて次なる標的に……
「……あれ?」
突き立てたナイフが抜けない。
手元に戻ってこない武器は早々に諦め、倒れ行くゴブリンの頭部に残す。手が空いたので、腰から新しいナイフを抜く。
これが最後の一本だ。
「もうちょい数買っとけば良かったかなぁ……」
戦闘中だが思わずぼやいてしまった。
投擲用のナイフも切れ味が落ちてきて、まともに使える物は三本しか残っていない。
解体用のナイフも、レッサーラビットの皮を剥いでいる時に何度か引っ掛かることがあった。後で磨いでおこう。
まだ血に濡れてない新品同様のナイフを、遠慮なく目の前のゴブリンに向かって振るう。どんどん駄目になっていく武器に苛立ったか、少し雑に振ってしまった。
「ギャヒャ!」
首を狙ったナイフは、ゴブリンの首の薄皮を切るだけに留まった。
チッ、踏み込みが甘かったか!
首を跳ねるような軌道のナイフをかわすため、ゴブリンは仰け反っている。
その隙を見逃すほど、甘くはない。
ナイフを持っていない方の手を、ゴブリンに向けて伸ばし、手の先に魔力を集中させる。
「我が魔力を糧として世界に火の力を顕現する。【ファイア・ボール】ッ!」
カーティアさんに教えてもらった初級火魔法の中でも、基本中の基本の魔法を放つ。
左手の先に発生した拳大の火球は、至近距離にいたゴブリンの顔面を焼いた。
これが俺が初めて覚えた攻撃魔法だ。
闇魔法を攻撃に使ったことはないし、そもそも攻撃方法が思い付かない。
ゴブリンは突然の火気に顔を庇ったため、首の防御が疎かになっている。その隙を見逃すほど優しくなない。
力強い踏み込みによって、先ほどよりも速く首を捕らえたナイフは、今度は首の骨ごと切断した。骨に思い切りぶつかり、ナイフの刃が欠けた気がする。
首が定位置から落ちたゴブリンは、間抜けな声を残して絶命した。
「ふぅ、これで二十三匹目か」
昼過ぎから開始した依頼も、ゴブリンを狩って回っている内に、日が落ちる時刻になっていた。
周囲のゴブリンを狩り尽くしたら、血の臭いで誘き寄せて、再度狩りを始める。
そんなことを繰り返した結果、連戦に次ぐ連戦で、手持ちの武器が心許なくなってきてしまった。
ゴブリンの血と油で切れ味が悪くなり、骨にぶつかる度に刃が欠ける。
殺し屋をしていた時には、こう何度も振るうことが無かった。そのため武器の扱い方を間違えてしまった。
そもそも刃が厚いと言っても、ナイフの中での話だ。武器全般で言えば、ナイフはすべからく薄くて脆い部類に入るだろう。
その薄く脆い武器を、何度も何度も遠慮なしに振るえば、武器としての性能が落ちるのも道理だ。
現在、武器として扱える物は、投擲用のナイフが三本、近接用のナイフが一本。そして、
ナイフと比べて剣の方が耐久力がある。加えて重さの分、攻撃力も増すだろう。
その逆に、鋭さが無くなり殺傷力が減る。更には、重さによって機動力も死ぬ。
使い慣れているという点で見れば、断然ナイフに軍配が上がる。せめて剣が両刃でなく、片刃であったのなら話も違ってくるのだが。
元の世界の会社の同僚。その男は狂った殺人鬼だったが、刀の使い手としては優れていた。認めるのは誠に遺憾だがな。
そいつに刀の使い方を多少教わったため、片刃の剣なら実践で使えるだろう。望みを言うなら、刀が欲しいところだが、この世界にあるか分からない。
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろうかな」
この世界に来る前であるならば、暗くなってきてからが仕事の時間だったが、こちらの世界では違う。
標的が人から魔物へ。
職業も殺し屋から冒険者に。
冒険者になったのなら、見通しの悪い夜に狩りを行うのは愚かな行為だ。
前と違って、暗視ゴーグルもないしな。周りが見えない状況では、敵の姿を視認することが難しくなるし、手元が狂う可能性がある。
それに、休みなく戦闘を続けたのが原因なのか、集中力が切れてきた気がする。
体感時間で六時間ほどしか戦っていないのにな。城で一ヶ月も腑抜けた生活をしていたせいで、心身共に鈍ってしまったようだ。
「帰ったらトレーニングするか。それから、武器の新調をして……」
何時も通り、メモ帳に記入をしようと思ったが、暗くて手元が良く見えないので止めた。
やはり暗くなる前に引き上げるべきだな。
周囲に散らばるゴブリンの右耳と魔石を回収。死体は集めて火魔法で焼く。
魔物は死体となっても魔力が残る。死してなお残存する魔力には、種族差、個体差があるが、ゴブリンでさえ微弱に残る。
そして、魔力の宿った死体は、新たなる魔物、アンデッドとなる。……らしい。キューベに口を酸っぱくして言われた。
そのため、魔物を倒した後は使える素材を剥ぎ取り、燃やさなければならない。
燃えるゴブリンの死体を眺めていると、ふと太陽教徒達を思い出した。彼らも燃やさなければ魔物と成り果てていたのだろうか。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「あっ、君!」
完全に日が落ちきる前に西門に到着することができたのだが、そこで門番の男性に声をかけられた。
西門を選んだのは最もギルドから近いということもあるが、他の門から入ると、余計な揉め事に巻き込まれるかもしれないからだ。
……西門から入れば無用なトラブルを避けられると思ったんだがなぁ。
「……何でしょうか。ギルドカードに不備がありましたか?」
ギルドカードに内包された魔力と、水晶に手をかざした当人の魔力が異なっていれば、本人でないということだ。
もしかすると先ほどの検査で不備があったのだろうか。
「い、いや、そうじゃないんだ。サラちゃんが心配していてね」
「サラちゃん……? あぁ、受付の人か」
良かった。どうやら心配は杞憂だったようだ。
にしても、何故ギルド署員であるサラさんが俺を心配しているのだろう。しかも、それを門番の男性が知っているということは、ここまで来たということか。……なぜ?
「昼に出て行ったのに夕方になっても帰ってこない。しかし、依頼はゴブリン討伐だけ。もしかしてゴブリン相手に返り討ちにあってるかもー、ってね」
なるほど、ゴブリン相手に不覚を取るような奴だと思われたのか。
知能も射程もないゴブリン相手では、周りを囲まれても不覚を取るようなことはない。
ゴブリン達が自分の命が潰えることに恐怖を抱かなければ、或いは厄介な敵に成りうるのだが。無駄な知能があるから、半端な結果にしかならないのだ。
「凄く心配してたから、早く顔を見せに行ってあげてくれ」
「はい、そうします」
門番の男性に軽い会釈をし、ギルドに向かうことにする。
見上げると、赤く染まった空に夜の帳が落ちる頃だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「トウヤさん!! 心配したんですよ!」
「あはは……すいません」
ギルドに着くなり、見知らぬ冒険者に腕を引かれた。危惧していた揉め事が起こったかと思いきや、行き先はサラさんが受付をしているカウンターだった。
そして、席に着くなりサラさんがどれ程心配していたかを聞かされた。先ほどの台詞も、もう六回目だ。
仕切りを挟んだ隣の冒険者が、うるさそうにこちらを見るので、すいませんと頭を下げる。これをやるのも六回目だ。
頭を左右に下げながら、眼前に座るサラさんを見ると、俯いていた。さっきまでは机を叩かんばかりに前のめりになっていたのに。
「あのぉ……サラ、さん……?」
「……私が安直にゴブリン討伐なんてオススメしたから……トウヤさんが帰らぬ人になっちゃったかと思って……」
「サラさん……」
俯いて悲しげな声を出す彼女に、かける言葉が見つからなかった。今回のことは俺が悪い。
他のF級に負けないようにゴブリンを狩っていたが、時間を費やし過ぎたかな。冒険者を補佐するギルド職員であるサラさんに心配されているようじゃ、冒険者として二流も良いとこだ。
「すいません、初めての依頼で舞い上がってました。他の冒険者に負けないように、ゴブリンを沢山苅ってやろうと……」
「無理しなくていいんです! 他の冒険者さんは他の冒険者さん。トウヤさんはトウヤさんじゃないですか」
確かに、少し焦っていたかもしれないな。
その証拠に道具を忘れて後悔したし、時間も忘れて狩りを続行した。
前の世界で同じようなことをやったら、命を落としていただろう。今後は気を引き閉めよう。
「そうですね、サラさんの言う通りでした。今後は気を付けて依頼をこなします!」
「はい、そうしてください! ……あ、そうそう。ゴブリンは討伐できましたか? 討伐数不問と言っても、一匹は討伐しないと依頼達成とは認められないですからね」
サラさんの言葉に頷き、マジックバックからゴブリンの右耳を通した串を取り出す。
今回討伐した分に加えて、レオンさん達と討伐した物も取り出す。
魔石もギルドに売れるのだが、カーティアさんに聞いたところ、ゴブリン程度の小さい魔石でも使い道があるらしい。ならば、自分で使う分は確保しといた方がいい。
「……え? あ、あの……トウヤ、さん?」
「どうしました?」
「いや、そ、その……数が……ちょっと……」
サラさんは俺が出したゴブリンの右耳つき串を指差している。
そうか、やはり……
「……そう、ですよね。少なすぎますよね。昼頃から始めて、夜までかけたのに、これだけなんて。すいません、次こそは……!」
「え、いや、そうじゃなくて……」
サラさんに言われるまでは、もしかすると良くやれた方なんじゃないかと思った。だが、やはり二十三匹程度じゃ胸を張れないよな。
「えーと、トウヤさん。良く聞いてください」
狼狽えた様子だったサラさんは、何か意を決したようにこちらを見据えた。
これから調子に乗りかけた俺を叱るつもりだろう。「この程度で図に乗るな!」と。
「F級の冒険者さんですと、一日でゴブリン五匹を討伐できれば良い方です。トウヤさん。……三十匹は、F級冒険者としては異常です」
「……えぇ?」
今度はこちらが狼狽える番だった。
五匹討伐できれば良い方? 三十匹が異常?
他の
「『
今日、六時間ほど連続してゴブリンと戦闘を行っていたが、手こずることは一度も無かった。武器にガタが来て苛立ったことくらいか。
魔物との戦闘が主な仕事のはずの冒険者が、ゴブリン相手にその程度の訳あるか?
そうか、解ったぞ。他の冒険者は単独では依頼を受けないんだな。
数人で依頼を受ける以上、一人あたりの報酬は少なくなる。六人でゴブリン三十匹を討伐しても、一人としての成果は五匹。
なるほどな。そういうことだったか。
ならば、俺の成果はF級として通常の部類ということか。
劣っていないことに安心すれば良いのか、秀でていないことに焦りを覚えるべきなのか。
まだ依頼をこなした数が足りないな。明日以降も積極的に依頼を受けに来よう。
「今回の依頼の報酬をお支払しますね。ゴブリンの討伐報酬は一匹銀貨一枚ですので、銀貨三十枚。依頼を達成したので、加えて銀貨三枚。占めて三十三枚です」
取り敢えず、今日のところは報酬を受け取って帰るとしよう。明日は武器の調整など、やることが山積みだ。
サラさんから銀貨の入った小袋を受け取り、マジックバックにしまう。すると、それを見たサラさんが、声をかけてきた。
「トウヤさん、それ、
「そうですけど……良く分かりましたね」
傍目から見ても、小さい袋を大きな袋に入れただけのはずだ。だが、サラさんはほぼ確信した様子だった。
「私、【鑑定】のスキルを持ってるんです」
「サラさん、スキル持ちだったんですか。……あ、そうだ。良かったら、このマジックバックの等級を調べてくれませんか?」
レオンさんから、ギルドには魔道具や魔剣専門の【鑑定】スキル持ちの職員がいると聞いていたが、サラさんがそうだとは思わなかった。スキルや加護は見た目じゃ分からないからな。
「良いですよ! ではでは、失礼して……」
肩から下げていたマジックバックを机の上に置き、サラさんの前に出す。【鑑定】する方法が分からない以上、サラさんの自由に動かせるようにしておいた方が良いだろう。
「……あれぇ? すいません、私じゃ解らないです。私の【鑑定】で解るのはD級の魔道具まで何です。……なので、その魔法の袋はC級以上の代物かと」
「へぇ、それって凄い物なんですか?」
D級、C級と言われても、他に比べる物がないために凄さが伝わってこない。
首を捻って良く分かっていないことを伝えると、心配されていた時とはまた違った剣幕で迫られた。
「凄い物なんです! C級以上の魔道具は
「聞いてはいますけど……知らない単語ばかりで。すいません」
いかにこのマジックバックが凄い物なのかを説明されても、他の要因のことも分からないのだ。
いくら説明されてもピンとこない。
「……ふぅ、わかりました。トウヤさんには、ダンジョンの基本を教えてあげます」
「お手柔らかにお願いします」
その日はギルドが閉まる時間までダンジョンの何たるかを指導してもらった。お掛けでメモ帳のページが埋まった。
その代償に、宿屋に帰るとユーちゃんに酷く心配された。
「トウヤさんがゴブリンに食べられちゃったかと思ったんですから!」
こんな時間まで待っていてくれたユーちゃんに感謝しつつ、申し訳ない気持ちになった。明日は暗くなる前に帰って来れるようにしよう。