読者さん待望の(?)続編ではなく、全三回の過去編となります。すでに書き終わっておりますので、一週間に一回更新していきますね。最後まで読むといいことがあるかもしれません! ので、見捨てないでいただけると嬉しいです……!
それは「数千年前の物語」──空を焼き地を穢した「大戦」の引き金を引き、龍たちと戦った兵器とその兵器を造り出した青年。
人々の記憶にも記録にも遺らない、それでも"『 』"だけは忘れない物語──
幼いころ、竜機兵を間近で見たときの記憶はまだ鮮明に残っている。
巨大な四角錘の建物から鳴り響く地響き。
身体から蒸気を噴き上げ、奇怪な音を立てながら、見上げるほどの巨躯を四本の足で前へと進める。さらには口から火炎を吐き出してみせるのだ。
それはリオレウスなどの竜とはかけ離れた出で立ちだった。しかし、それまで間近で生きた竜種を見たことがなかった過去の自分は、違和感など覚えもせず、その竜機兵に熱烈な憧れを抱いた。
あれは人が造り出したものだという。そうならば、叶うならあれを造る人になってみたいと思ったのだ。
その想いは純粋で真っ直ぐなものだった。その姿にただ憧れて、それ故に抱いた夢に向かってひたむきに走っていくことができた。
過去を振り返る今、それは愚かな想いであったかと自問してみても、はっきりとした答えは出ない。きっとこれからもその問いに答えることはできないだろう。
ただ、一つだけ言えることがあるとすれば。
このときの自分は、『
「なあ知ってるか? 街にまた
「あー、あの騒ぎはやっぱり龍絡みだったのか。極龍と言えば……襲撃してきたのは三回目か。どれくらい被害が出たんだ?」
「人的被害が数十程度、業者が何人かと竜機兵が二機やられた」
「またか……竜が出ると必ず数体は竜機兵が死ぬな。ったく、使い捨て感覚で竜機兵を投入するなよ」
白衣を着た若い男たちがそんな会話を交わしているのを耳に挟みながら、俺は案内人に連れられて足早に通路を歩いていた。
極龍は討伐に至れたのだろうか。倒せたような話はしていたが、断定はできない。
もしよい状態のままで倒せたとするなら見返りは大きいだろう。極龍の操る純度の高い砂鉄。それを融かして混ぜ合わせた合金は、かなり頑丈かつ展性や延性にも優れることが分かっている。竜機兵の関節部、装甲の素材としては最適だ。
……竜機兵絡みのこととなると思考が止まなくなる。技術者の職業病ともいえるものだろうか。それ故に目的地には体感的にすぐ辿り着くことができた。
白く画一的な通路の果て。山を麓からくり抜くようにして造られた巨大な研究施設の最奥に位置するだろう部屋に俺は案内されていた。
部屋の前にあるのは豪奢な扉……というわけでもなく、今までにあった引き戸のドアと大差ない。厳重なロックが施されているようではあったが、案内人が手際よくそれらを開錠した。
案内はここで終わりのようだ。礼をする案内人に軽く手を振りながら俺は歩みを進めた。実験室らしき部屋の中にはいくつものガラス張りの培養槽が立ち並んでいる。それらはもう見慣れたもので、竜機兵の肉の培養を行っている場所だろうということがそれだけで察せられた。
かなり広い部屋だ。どこに向かえばいいのだろうと辺りを見回していたら、こちらに向かって歩いてくる男を見つけた。
三十路くらいの中肉中背の男だ。さっき話をしていた若い男たちと同じ白衣を身に着けている。顔色はやや悪いが、厳つそうな雰囲気が滲んでいた。
「シキ技師とは君のことか?」
「はい。その通りです」
「そうか。私はヒガタ。国の指示でこの開発室の管理を担っている者だ。君の名はよく耳にする。優れた竜機兵を数多く手掛けているそうだな」
「恐縮です。私はひとりの技術者に過ぎません」
「そうなのかもしれんが、我々は君の実力を高く見ている。故にここに君を呼んだのだ。さて、社交辞令はここまでにして本題に入るとしよう。ついてきたまえ」
そう言って背を向けて歩き出すヒガタという男、その後を追う。言葉遣いから推測するに、彼は恐らく国から派遣された人間なのだろう。厳つそうな顔もそれなら説明がつく。
歩いている最中にきょろきょろと辺りを見回せば、他にもちらほらと人がいるのが分かった。天井にはクレーンのようなものも釣り下がっている。
そんな俺の落ち着かない様子を知ってか知らずか、黙って歩いていた彼が声をかけてきた。
「君は先日の極龍の襲撃を知っているかね?」
「つい先ほど知りました。噂程度のものですが」
「む、情報規制は敷かれていたが、君にも情報が届かなかったというのは問題だな。まあそれは今行う議論ではない。問題なのは近年のこの都市への龍の襲撃の頻度だ」
彼の言うことにはこちらも頷かざるを得なかった。
この都市は人の文明圏の最東端にあたる。最東端とは言っても大陸の中央からやや西寄り程度だが。この都市より東は先住民族こそいれどまだ国の開拓が進んでいない、モンスターたちの領域だ。
それ故に、ここは竜資源のフロントラインだった。未開拓域のモンスターを討伐し、手に入れた素材を首都や西の街に送る。その流れは文明の発展に必要不可欠だった。
これを繰り返すと当然周辺のモンスターの数は減っていく。そうしたらさらに東に新たな都市をつくり、そこをフロントラインとしてここを中継地点とする……。数十年刻みで数百年行われてきたこの歴史に陰りが見え始めたのは、十年ほど前からだった。
「確かに、実感できるほどには増えていますね」
「十年前から続く
「……竜機兵たちが力及ばず、申し訳ないです」
「謝ることはない。もとよりあれらは竜との戦いを想定して造られたもの。龍の操る超常の力に対応できないのも仕方のない話だ」
こういっては何だが、彼はよく分かっているな、とこのとき思った。他の人々からはよく「ワイバーンは難なく倒せるのにどうしてドラゴンには勝てないのか」と尋ねられる。
例えば炎王龍は大樽爆弾に匹敵するかそれ以上の爆発を起こす粉塵を無尽蔵と言ってもいいほどにまき散らしてくるし、滅尽龍は圧倒的なまでの物理攻撃力と驚異的な再生能力を誇る。
そして何よりも、彼らは竜に比べて生命力が抜きんでている。こちらの攻撃が通らないというわけではない。しかし、竜であればとっくに倒されているはずの傷を受けてもなお立つのが龍なのだ。それ故にあちらが倒れるよりも先に竜機兵の方が持たなくなってしまう。単純だが、覆し難い差だった。
「龍が現れると必ず複数の竜機兵が犠牲となる。それでも討伐にまで至れているのは不幸中の幸いと言えるのかもしれんが……このままでは竜機兵の生産が追い付かなくなる。その先にあるのは、この都市の陥落だ」
素材となるモンスターたちの方からこの都市に襲い掛かってくるおかげで、竜機兵を造る素材に困ることはない。しかし、肝心の生産ラインの方が手一杯なのだ。人手を増やし、首都や西の街に送る予定だった分も回しているが、それでも追いつけない。
現状を理解している者は少ないが、この状況があと数年も続けば、彼の言う通りこの都市は手放さなくてはいけなくなってしまうだろう。
「西の他の街へのモンスターの襲撃も少しずつだが増えてきているようだ。そんな中でこの都市が落とされたとなれば人の文明圏は一気に狭まるだろう。仕方がない、で済ませてはいけない問題なのだ」
「…………」
なんだか、人とモンスターが戦争をしているような考え方だ、と思った。
俺は最悪、この都市を手放して人々が避難するようなことになったときに、せめて竜機兵に
それ故にヒガタの言葉に沈黙で返してしまったのだが、彼は気に留めていない様子だった。
「君のような一般人にはやや壮大な話だったのかもしれないな。ただ、これから君に頼もうとしている仕事はそういった前置きがあることを覚えておいてほしい」
「分かりました。ですが、その仕事とは……?」
「ふむ、では前置きはここまでにしよう。言うまでもないがここからの話は国家機密だ。竜機兵生産に深く関わっている君からすれば今更なのだろうがな」
「そうですね。情報統制と国民に公開する書類を黒塗りにするのは慣れているつもりです」
「はは、ここでそう言えるとは君もなかなか肝が据わっている。……さて、我々が問題視している龍の来襲の激化について、このまま手をこまねいているわけにはいかない。『第一世代竜機兵では龍に勝てない』ことを認めざるを得ない今、我々の目標は決まっている」
「──第二世代、竜機兵」
「その通りだ。開発コンセプトは『単身で龍と戦い勝利できる』こと。君に以前、竜機兵が龍に勝つにはどのような兵装が必要か書類で尋ねたことがあったが、覚えているかね?」
……覚えている。もう一年以上前のことで、竜機兵開発に追われてすっかり記憶の片隅に追いやられていたが、あのレポートは彼の元へ届いていたのか。
「シキ君の忌憚のない意見と、風翔龍との戦闘を想定したシミュレーションは我々にとって大きな刺激となった。それ以降、ここでは君の描いた理想を実現させようと日々努力を続けている」
「……そんなことが……。ですが、書類でも書いた通りあれはあくまでも空想の産物です。今の竜機兵に積まれているような頭脳では、とても制御ができません」
「その問題を克服する方法を、我々は見つけ出したのだよ。それをその目で確かめてもらいたい」
彼はそう言ってのけた。
ひょっとして、ここはその第二世代竜機兵を生み出すための施設なのか。もしそうならば、途方もない──本当に大事になってしまっていることを俺は初めて自覚した。
「気負うことはない。君に連絡もせずに計画を進めた責任が我々にはある。これは強制ではなく、君は第一世代竜機兵の開発を続けるという選択も残されている。だが、君がこの計画に参加してくれることを私は期待しているよ」
そう言って彼は立ち止まった。そこは突き当りの壁で、目の前には物々しい扉がある。どうやらこの先にあるのが本命らしい。
通された部屋はさっきまでいた場所と違って暗く小ぢんまりとしていた。ヒガタは入り口に俺を置いて明かりをつけに行った。
「君があの書類で言いたかったことを強引に一言でまとめたらこうなるだろう。『竜機兵が龍に勝つには、龍の持つ超常の力を操れなくてはならない』」
「……その通りです。竜の捕獲業者は龍殺しの武器を使って龍に対抗していますが、あれは竜機兵に使われている素材と相性が悪すぎる」
「ああ、もちろんそれは心得ている。そして我々は龍たちがどうやってあの力を操っているのか分からない。原理が分からないものを使いこなすことは不可能だ」
「ええ」
素材そのものを武器にすることはできる。炎妃龍の粉塵を撒いて火をつければそれだけで強力な炎を生み出せるし、風翔龍の角を加工して剣にすれば強い風を纏わせることができる。
しかしそれはその力を使いこなしているとは言えない。本来の力を操る龍たちの後手に回るのは明白で、結果は第一世代竜機兵と同じになってしまう。
そして、風翔龍の角を第一世代竜機兵の頭に組み込んだところで風の力が操れるようになれるはずがない。竜機兵を造っている人間が、その角がどうやって周囲に風を生み出しているのか分からないのだから。
「それならば、
「……は?」
「今明かりをつける。さあ──我々の成果を見てくれ」
最近発明された『電灯』がぱっと辺りを照らした。目の前にあるのは敷き詰めるように置かれた大量の機械と、たったひとつのガラス張りの培養槽。中に入っているのは────
「…………にん、げん?」
「見た目は人間だが、中身は違うものだ。我々はこれを制御機と呼んでいる」
俺はその制御機というものをまじまじと見つめた。
一見すると人間の少女の裸体そのものだ。整った顔立ちで、目は閉じられている。髪の毛は生えておらず、その姿はまるで胎盤の中にいる赤子をそのまま大きくしたかのようだった。
「人間と中身が違う、とは?」
「言葉通りの意味だ。これは今でこそオリジナルの人間の姿をしているが、これからあらゆる龍の姿に成ることができる。あらゆる龍の特徴を持つことができると言うべきか」
「龍の特徴を……?」
「その通りだ。我々が手を加えれば、その額に龍の角を生やすことができる。口には鋭い牙、皮膚から鱗を生やすこともできるだろう。背中に翼を持たせることすら可能だ」
驚くべき言葉がヒガタの口から次々と放たれる。
そのやり取りはまるで、新しく生み出す竜機兵のデザインを話し合っているときのようだった。
つまり、これは人間の少女の姿をした竜機兵ということか──。
「どうやってこの制御機を創ったのか、気になるかね?」
「……ええ。とても」
「喜んで説明させてもらおう。この制御機は竜機兵の肉の培養技術を用いて育成した。人間の胎児をここにいれて、ある程度成長した段階であらゆる龍の因子を埋め込んだのだ」
言葉が出なかった。
それは、人としてやっていいことだったのか? という言葉が喉から零れけたが、なんとかそれを飲み込んで別の言葉へと変えた。
「そんなことをすれば、たちまち拒絶反応を起こして死んでしまうのでは」
「もちろん、数えきれないほどの失敗があった。前例がないことだったからな。だからこの素体は我々の前に舞い降りた奇跡と言えるだろう」
感慨深そうに彼は呟く。その厳つい顔には苦労の色が滲んでいた。
「これはあらゆる龍の因子を受け入れた。しかも、元の人間の姿を失わないままに。我々が現在保有している龍の因子は全て与えたつもりだが、それでもなお、それらの影響を受けてはいないのだ」
そう言って彼は俺に紙を渡してきた。彼女に与えられた龍の因子のリストらしい。
幻獣、霊獣、老山龍、風翔龍、炎王龍、炎妃龍、霞龍、浮岳龍、天彗龍、滅尽龍、熔山龍、極龍、雷極龍、司銀龍、凍王龍……馴染みのあるものから名前だけしか知らないものまで、その数は二十近くにも及ぶ。その手間を考えるだけでも、この少女に尋常でない熱意が込められているのが分かる。
しかし、まだ俺はその意図を汲めていない。ヒガタはこの少女のことを制御機と呼んだ。つまり、これは直接龍と戦うようなことを想定したのではなく、本体が別にあって────
──そういう、ことか。
「理解したようだね。そう、これは第二世代竜機兵の端末の雛形だ。龍の力を操る竜機兵の頭脳となる役割を持っているのだ」
「あらゆる龍の因子を加えたのは、竜機兵の本体がどの龍の特徴を持っても適応できるようにするため……」
「そうだ。そして、これなら原理が分からずとも龍の力を竜機兵に振るわせることができると我々は予想している。この素体にある龍の特徴を発現させ、それを操る力を感覚的に覚えさせるだけでいい」
なるほど。本当に──理に適っている。
理論をすっ飛ばして本能で能力を把握する。鳥が物理法則など理解せずとも空を飛べているのと同じ考え方か。
そして、ヒガタが俺に依頼したいこともなんとなく察せてきた。
「俺は竜機兵を制御機と本体に分けるという発想はありませんでした。素人質問になってしまうんですが、制御機と本体はどうやって連携するんですか? まさか操縦席を搭載するわけではないでしょう」
「ケーブルで神経系を繋がせる。そして、それこそが君に依頼したいことなのだ」
ヒガタはそう言って今度は分厚いファイルをいくつも持ち出して、目の前にあった机に置いた。
ぱらぱらとめくってみると、第二世代竜機兵第一号機の大まかな設計図と仕様書が書かれている。
「シキ君にはこれを読んで設計に穴がないか確認をしてほしい。第一世代竜機兵の設計図を参考にしてはいるが、如何せんノウハウを持ち合わせていない者ばかりだからな。その上で、この制御機にどのような改造を施すか提案してくれ。第一世代の頭脳を実際に手掛けていた君がいれば百人力だ」
「……間違いなく、今の第一世代竜機兵の開発には関われなくなりますね」
「その点に関してはできる限りの穴埋めをする。君がいなくなったことで第一世代の生産ペースが落ちてしまっては本末転倒だからな」
ヒガタは俺があまり報酬で動くような人間でないことを知っているのだろう。その手の話は振ってこなかった。
俺は腕組みをして考える。決断を先延ばしにすることはできなさそうだ。
第一世代竜機兵の限界は現場で実感している。このままでは生産が追い付かなくなるということも。その憂いを鑑みれば、これはまたとない機会と言える。
しかし、なぜか俺はここで逡巡していた。それは漠然とした不安というか恐れから来ているらしく、あえて言葉にすれば。
俺は、踏み越えてはならない一線を踏み越えようとしているのではないか?
という一言に尽きる。
根拠はない。今この計画を初めて知った俺が、素人なりに抱いた直感のようなものだ。竜機兵の開発になんて関わっている時点で倫理観など捨て去っているようなものだが、自分の感性に嘘をつくことはできない。
「……ひとつ、質問があるのですが」
「何かね? 答えられる範囲で答えよう」
その漠然とした不安に向き合うために、俺はヒガタに質問を投げかけた。
「
ヒガタは一瞬驚いたような顔をしたあと、にやりと笑ってみせた。
「
「……そんなにも機械化を行うことが可能になる布石、ですか」
「うむ。第一世代竜機兵は機械化する部分を減らすことを理想にしているそうだが、その風潮に囚われずにいるとは素晴らしい」
ヒガタは上機嫌を隠さずに称賛してくる。あの質問がよほど気に入ったらしい。
「さて、その布石についてだが、この素体は既に脳の一部と脊髄が機械に置き換わっている」
「なっ……」
「何の確証もない博打のようなものだったがね。乳幼児程度まで成長した段階で、開発中の演算機と導線を目の後ろと後頭部に埋め込んだのだよ。神経伝搬をあえて邪魔するようにね」
「…………」
「すると何が起こったか。なんと、その演算機と導線を拒絶せずに神経系に組み込んだのだ! そしてあろうことか、金属物を摂取すると体内で導線を成長させることまで分かった! この奇跡が君には分かるかね」
「……ええ、かろうじてですが、それが偉業であるということは」
興奮冷め止まぬといった感じで話すヒガタに、俺は言葉を選んでそう答えた。
ヒガタは俺の言葉に大きく頷くと、再び流暢に話し始める。
「機械への適応にあたって、起電力の確保などはいくつかの龍の因子を用いているらしい。詳細は省くが、龍の因子を取り込んだこの素体にしかできなかったということだ。そして、生体に機械を組み込み成長させるという唯一無二の特性のおかげで、我々はこの素体をより取り扱いやすくなった」
「より取り扱いやすくなった、とは」
「
そして返ってきたのは、さっきの龍の因子の話にも匹敵する、いやそれ以上の衝撃の事実だった。
そしてその話を聞いたことで、むしろ冷静さを取り戻している自分がいた。いや、達観したというか、覚悟が決まったと言うべきなのかもしれない。
──
人という種が踏み越えてはならない一線が、この先にあるのかは分からない。誰もそれは分からないだろう。
ならば、この話を聞いてしまった者として、人がその一歩を踏み出す瞬間を見届けなくてはならない。どうせここで引き下がっても計画は続く。ろくなことにならない気がするが、それが責任を負うというものだ。
「その話を聞いて、心を決めました。私も計画に参加しましょう。よろしくお願いします。ヒガタ開発室長」
「そうか……! 決心してくれたか。こちらこそありがとう。第一世代竜機兵のエキスパートが協力してくれることを心から感謝する」
ヒガタは俺に握手を求め、俺はそれに応えた。相変わらずの強面だが、案外誠実な人のようだ。第一世代竜機兵を全く見下していないし、人望もあるのだろう。
ただ、進み過ぎた技術が彼を盲目にしているだけだ。そしてこの計画への参加を決めた自分もそうなることは避けられない。
俺が内心でそんなことを考えているなんて思ってもないのだろう。俺は作り笑いでヒガタの手を握り返すのだった。
第二世代竜機兵の一号機は、極龍の操る磁力を主力兵装として用いるらしい。
この都市に意図的に襲い掛かってきた最初の龍。大きな犠牲を払いながらそれを討伐した後も、別の個体が何度か訪れては撃退、討伐されている。それ故に使える素材や肉が他の龍よりも多いという何とも皮肉な背景があった。
本来、広大な縄張りを持ち出会うことなどほとんどない龍という生物が年に何度も襲ってくるなどあり得ないことなのだが、それが起こってしまっているのが今のこの都市なのだ。
竜機兵本体が極龍の力を用いるのであれば、当然のように制御機に発現させる龍の特性も極龍のものとなる。他の龍の因子の暴走を抑えつつ、人間の姿を保たせたままに極龍の因子を呼び覚ましていく調整は慎重に行われた。
調整の根幹は極龍の心臓の移植手術だ。極龍の心臓は彼女には大きすぎるため、皮膜を切除しての植え付け手術となった。あとは骨髄も移植して龍の血が血液に馴染むようにする。時間が経てば極龍の心臓皮膜が自らの損傷と勘違いして彼女の心臓を上塗りする手筈だ。別個体の心臓は培養して竜機兵本体に搭載する。大きな工房の炉のように複数搭載することになるだろう。
それと並行して、彼女の機械化も行われた。頭部へのケーブル接続コネクタの埋め込み、全身へ導線を張り巡らす手術……機械を取り込んで成長させるという特性のおかげで、驚くほど順調に機械化は進んでいった。
そして、半年後。
竜機兵本体の完成に先駆けて、制御機『テハヌルフ』が誕生した。
「
「ああ。一応その担当だった者はいたのだが、どうもあの機体に怖気ついてしまったようでね」
第二世代竜機兵の肉を作っているあの広大な開発室で、俺はヒガタの話を聞いていた。
第二世代機の開発に携わるようになって以来、ここにはほとんど毎日住み込みで働くようになった。龍の血や肉の培養、龍の素材の選定、フレームの設計……やっていることは竜機兵本体に関わることばかりだ。
第一世代機を手掛けていたころの知識が活かせるのはこっちの方だったから、制御機の方にはあまり関わらないだろうと思っていたが、まさか機会が巡ってくるとは。
先代の「テハヌルフに怖気ついた」というのが気になって、とりあえず顔を合わせてみることにした。
機械化手術後の点検は彼女を目覚めさせずに行ったので、互いに話すのはこれが初めてとなる。ヒガタの話によれば、彼女の中にある
会話が成立しないとか、突然奇行に走るとか、そういうのもないらしかった。ならばどの辺りが怖いのだろうか?
「こう言ってしまっては何だが、私もあの制御機には得体の知れなさを感じる。あれを指導するのは難儀しそうだ」
「ヒガタ室長もですか」
「ああ。ここで話をするよりも実際に会った方が伝わるだろう」
ヒガタがそう言うので、とりあえず会ってみることにした。
目覚めたテハヌルフに培養槽はもう必要ないそうで、俺は別室へと通された。
そこはベッドと机、椅子だけが置かれた殺風景な部屋だった。一面白の塗装がそれを際立てている。
テハヌルフはベッドに横になっていた。どうやら眠っているようだ。目は閉じられて、わずかに胸が上下している。すうすうという寝息が聞こえてきそうだった。
その容姿は、初めて彼女と出会ったときとだいぶ異なっている。
裸ではなく、民間の療養施設で患者が来ているような服を着ている……のは当たり前だが、一番目立つのは耳元から首にかけて生えた黒い鱗だ。一枚一枚が指一本に匹敵するほどに大きく、先端がやや尖っている。
これは彼女から極龍の因子を呼び覚ましたときに生えてきたもので、彼女特有の感覚器官になってるらしい。人にはない器官なので詳しいところは分からない。これから明かしていくことになるだろう。
「201番、起きろ」
ヒガタがテハヌルフに向かってそう声をかけると、彼女はゆっくりと目を開いた。
──深緑の瞳。見たことのない色合いだ。ヒガタ、そして俺に視線を送る。
「201番 起動しました」
「ベッドから降りて立て」
「はい」
彼女は律儀に返事をして、言われたとおりに俺とヒガタの目の前に立った。
「お前の開発に携わった技師を紹介する。彼に自己紹介をしろ」
ヒガタがそう言うと、彼女は俺の方を見た。俺はやや背が高いので、自然と彼女が見上げるようなかたちとなる。
少女はすっと息を吸って、口を開いた。
「本機は第二世代竜機兵制御機 個体番号201番。あなたの名前と敬称 入力を要求します」
──なんというか。
ところどころに間の置かれた、とても独特な話し方だ。声は淡々としている。抑揚はあるのだが、何かしら籠るはずの感情を極限までそぎ落としたような印象を覚えた。
少女の瞳が俺を正面から捉える。俺もそれに向き合った。互いが互いの瞳の奥を覗き込んでいるような、そんな視線のやり取りが交わされる。
「シキ君?」
ヒガタが声をかけてきた。俺はそこではっと我に返る、が、彼女への視線は外さない。
ヒガタには手で応えて、屈んで彼女と目線を合わせた。
「名前はシキ。敬称はいらない」
「入力を確認 しました」
「確認する。俺の名前は何だ」
「シキ」
「正解。俺はお前をテハヌルフ、または201番と呼ぶ」
「了承 しました」
応答は早いな。敬語を話せるとは思わなかったが、つまりそれだけ多彩な言葉遣いができるということだ。今後訓練すれば人と問題なく会話できるくらいにはなるだろう。
あとはこの睨み合いを続けるだけだ。じっと互いの瞳を見続ける。
瞳孔は丸く、人間のそれに近い。しかしそれはかたちだけで、多くの竜や龍がもつ縦長の瞳孔を押し広げてそうしたかのような印象を受けた。さらにその孔の内にはどこまでも透き通った深緑が見える。まるで、望遠鏡のレンズを逆さに覗き込んだかのようだ。
しばらく互いに沈黙が続いた。が、ややあって彼女の睨み合いの気配(?)が薄れたのを見計らって俺の方から視線を外した。どうやらひとまず満足してくれたようだ。
間に入ってはいけない雰囲気を感じ取っていたのだろう。戸惑い半分居心地の悪さ半分といった様子のヒガタにすいませんと謝りを入れる。
「……君は、こういう存在と話したことがあるのかね?」
「いえ。ただ何というか、第一世代竜機兵と雰囲気が似ていると感じました」
「この制御機が?」
「ええ。彼女もまた、小さいながらも竜機兵ということなのでしょう」
まあ、第一世代は会話などできないが。こちらから一方的に動かすだけだ。
会話ができる兵器というのは画期的だ。第一世代に足りなかった戦略の幅が一気に広がるだろう。
俺はとことんまで第二世代竜機兵に付き合うと決めている。ならば、本職の竜機兵本体の開発だけでなく、この少女ともさらに向き合わなくてはならないのかもしれない。
そして俺は、この少女に効率的に龍を倒させるにはどうしたらいいか、人の側に都合のいい兵器にするにはどうしたらいいかが何となく分かる。分かってしまった。
毒を食らわば皿まで、というと聞こえが悪いか。この少女はまさにこの都市の命運を背負っているのだから。
「テハヌルフの指導役、やってみます」
「それが良さそうだ。すまないな。異動続きで迷惑をかける」
「構いません。私自身の意志ですから」
俺は、