とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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(12月6日追記)今話は過去における 第1話 起:千年の時を経て/邂逅 から分割された内容です。新規で追加された要素はありません。ご了承ください。


第2話 起:千年の時を経て / 邂逅(後編)

 

「そら。お前の分だ」

 

「……干し肉」

 

「あれっ知ってんのか? じゃあ都合がいいじゃないか。ほら、食ってみろよ」

 

 それから約一時間後、僕と彼女はユクモの木の倒木に腰かけて焚火を囲んでいた。ロープで降りた崖からは相応に離れている。襲撃があった際に背後が崖なのは危ないため、彼女を背負ってここまで歩いてきた。

 今手渡したのは携帯食料である。干し肉を十枚ほど藁の紐に括り付け、それを芭蕉の葉で包んだものだ。握り飯だったりパンだったりと携帯食料の種類は地方によっていろいろと異なるが、大体は日持ちするものが選ばれる。

 どうやら彼女はそれを知っていたようで、じっとそれを見た後に齧りついた。エネルギー不足とはいっても、手と顎を動かす程度の体力はあるらしい。一度咀嚼するとあとは黙々と食べ続けていた。

 そういえば彼女はどれくらい食べるのだろうか。こんなことになるとは思っていなかったので、食糧は一人分だけしか持ってきていない。必要であれば、明日の朝からガーグァやケルビを狩ることになるかもしれないな。

 

「そういえば、味はどうだ? まあ携帯食料だから味付けは控えめだが……」

 

 ふと思いついたことを問いかけてみると、彼女は食べる手を止めて僕の方を見た。まあ嫌な顔一つせず食べていたから不味いとは思っていないはずだが、どうだろうか。

 ちなみに僕は結構好みだ。ユクモ村の人々が作ったものなのだが、簡素な味付けながらも肉の味はしっかりするし、口の中の水分を奪い取る感覚も他の携帯食料品より軽い。狩りの最中でも手軽に食べられるのが特長だ。

 しかし、彼女の返答はそんな僕の思考を淡々と撥ね退けていった。

 

「本機に味覚はありません。よって回答不可能」

 

「……まじかよお前?」

 

 思わず真顔で言ってしまった。

 

「味覚の有無は本機の運用に支障をきたしません」

 

 そう言ってまた食べる作業を再開する。あれは一応僕の一日分だったのだが、もうなくなりそうである。

 いや、それにしても。彼女が本当のことを言っているとすれば、彼女は味のしないものを黙々と食べているのか。どんな苦行かと言いたくなる。

 

「いやだってお前、味覚ないのはきつすぎるだろ……人生の二割か三割くらい損してるぜ……」

 

 本心からの言葉だ。美味しい、不味い、甘い、苦い……そんな感触が失われている、いや備わっていないのか。それが当たり前の彼女にとってはどうということもないだろうが、僕からすれば残念だ。

 流石に嗅覚と食感はあるだろうと思って尋ねてみると、それは正しいようだった。であれば、こんがり肉を食べさせたり、炭酸水を飲ませたりしてみようか──。

 

 

 

 

 

 焚火用の薪を再度調達してきたころには、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 簡易キャンプを設営したいところではあるが、あいにく道具を持ってきていない。夜空の下で野宿ということになりそうだ。

 天気が良くて助かった。これで風雨だったりした日には、寝床を探し当てるまで起きて行動し続けなくてはならない。肉食のモンスターも、少なくとも薪集めをした場所一帯では見かけていない。うまく隠れ潜んでいる可能性もあるが、こればかりはいないことを願うしかないだろう。

 僕がその作業に出ている間、彼女には焚火を見ておくこと以外特に何も言いつけていなかったが、彼女はずっと空を見ていたらしい。空には無数の星が瞬いている。月も出ているが、まだ低い位置にあって森の木に隠れていた。

 

「どうした? 空ばっか見上げて」

 

 そう聞くと、彼女は夜空を見上げたまま言った。

 

「質問。星の配置が過去の記録と異なる理由?」

 

「へえ、そうなんだな。千年も経つと少しは夜空も代り映えするのかね。……いや、単純にお前が夜空を見た場所がここから遠かっただけかもしれんが」

 

 確か、何だったか……ああ、書士隊の図書館に立ち寄った際にそういう本を読んだ気がする。

 星座という概念があるように、星空の配置は絶対不変なものと思われがちだが、実は年単位でほんの少しずつだが動いているらしい。そのため暦も百年単位で何度か細かい修正が加えられたのだとか。

 しかし、確か目に見えて配置が換わるまでには、数千年ではきかない年月がかかるのではなかったか。

 ……まさかな。と思っていると、彼女の方から答えが返ってきた。

 

「そのどちらでもない可能性が高いです。本機の星観測による座標特定は不可能と判断しました」

 

 彼女も僕がさっきまで考えていた内容に匹敵するくらいの知識は持っているようだ。その上でそれらを否定したとなると何が理由なのか気になるところだが、それよりも彼女が後半に言ったことが僕の興味を引いた。

 星観測による座標特定と言えば、今でも探索系のハンターや書士隊、龍歴院の人々が活用している技術だ。あれは千年前にもあったらしい。

 

「そんなこともできたのかお前? というか、記憶が役に立たないなら今の星座早見でも見てみりゃいいじゃないか。今の測量技術は昔に負けてないと思うぞ」

 

 これは書士隊のある隊員の受け売りだ。古代文明の技術はまだ解明されていないものがほとんどであるが、測量と星読みの技術だけはどうやら受け継がれていたらしく、今の方が発達しているかもしれないと。

 僕も基本的な星座と方位特定に役立つ星くらいは覚えているが、おおまかな座標特定までしかできない。まあ、彼女もそれくらいのものだろうか? 本格的にやろうとすると、地図やコンパスが必要になってくるはずだ。

 

「…………」

 

 彼女は僕の提案には答えず、そのまま星を見続けていた。

 まあいいさ。いろいろと考えることもあるだろう。

 明日の朝も早い。雑談はそこそこに、さっさと寝ないといけないな。

 

「ふあー、僕は少し寝るぞ。見張りと火の番はできるか? なに、モンスターが出たら僕を起こすだけでいい」

 

 接近戦は苦手とする弓だが、矢を振り回せば牽制くらいはできる。モンスターからの襲撃を受けても、戦闘準備さえできれば、矢の残りは十分にあるのだ、迎撃は可能だろう。

 

「了承しました」

 

「四時間後くらいに起こしてくれ。そしたら見張りを交替しよう」

 

「了承しました」

 

「じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 お、とそこで思った。今の返しは人間味があったな。

 幸いなことに気温はちょうどいい感じだ。腹を冷やさないことにだけ注意すればよさそうだったので、毛皮を腹に敷いて、朽ち木を枕に僕は身体を横たえる。──疲れはそれなりにあったようで、睡魔はすぐにやってきた。

 それもそうだろう──間違いなく、今までの人生で最も衝撃的な日だった。まるでおとぎ話の中に自分がいるかのようだ。薄く目を開けてみれば、半人半竜の少女が僕の外套を羽織ったまま、焚火をじっと見つめている。

 しかし……そうだな。やや冷静というか、それなりに落ち着いていられるのは、彼女と言葉を交わしているところが大きいのかもしれない。

 なんというか、彼女とのやり取りは気疲れしない……自殺云々の話は置いておくとしてだ。何を言っても淡白な反応しか返ってこないが、それが意外に僕を落ち着けているのかもしれないな。

 やはり、彼女には自殺してほしくない。今はまだ迷っている段階にあるはずだ。明日の朝にまた尋ねてみるつもりだが、これまでのやり取りで、心境が変わってくれていたらいいのだが────。

 

 

 

 

 

 山の向こう側の空がだんだんと白け始めてきたころに、少女は目を覚ました。少し身じろぎした後にぱちりと目を開く。

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

 彼女にも睡眠は必要なようで、深夜に見張りを交替したあとに彼女は眠りについた。寝顔は穏やかで、あどけない雰囲気があった。顔から黒い鱗が生えていなければ、村娘と間違えられそうだ。

 渓流は早朝特有の静謐な雰囲気を纏っており、僅かに霧もかかっている。狩りを始めるにはいい時間帯だがしかし、僕は彼女に尋ねなくてはならないことがある。

 

「さてと、結論は出たか?」

 

 身を起こした彼女を見ながら僕は問うた。昨日からの出来事にひとまずの決着をつけなくてはならない。

 

「肯定します」

 

 少女はこくりと頷いた。見張りをしている最中にでも考えていたのだろうか。昨日までと違って迷いの色はない。淡々とした口調で言葉を続ける。

 

「──本機は自己破壊処理がやはり推奨されます。しかし……」

 

「現在、自己破壊処理を実行不可能な状態です。原因不明。自己破壊機構に損傷は見られないため、頭脳系統のエラーと判断しました」

 

「難しいな。つまり自殺できなくなったってことか?」

 

「肯定します」

 

 ……だそうだ。つまり、彼女は昨日の選択を覆し、この世界で生き続ける選択肢を取ったということだ。

 やや消去法的な理由ではある。自殺しない、したくないというわけではなく、できないから仕方なくといった感じだ。

しかし、今までに彼女が「したい」という要望をしたことがあっただろうか。その我欲のようなものが欠けていた場合、どうやっても理性的な結論に基づいて彼女は行動してしまう。「死にたい」より「死ぬべき」の効力の方が、彼女にとっては強いのだ。

 昨日の時点でそれに気付いていたため、この問いは割と分の悪い賭けだと思っていたが……

 

「……ふっ」

 

 思わず吹き出してしまった僕の顔を、彼女は不思議そうに見つめている。

 

「ああ、すまんすまん。なるほどな。そいつは僥倖だ。なに、ここまできて自殺されるのも後味悪いなと思ってたところだ。僕はその方がいいんじゃないかと思うぜ」

 

 そう言って、僕は倒木に座ったままぐぐっと伸びをした。さっきのは本心からの言葉だ。なんだかんだで緊張というか、無意識に気にしていたようである。

 そうとくれば、他にも話しておかなければならないことがあるな。しかし、先ほどよりも心持ちは大分明るい。

 

「さて、ひとまずお前が生きる方に舵を切ると決めたとこでだ。提案があるんだが聞いてくれるか?」

 

「ご自由にお申し付けください」

 

「いやなに、そんなに大したことでもない。ただ、しばらくの間、少なくとも一週間くらいか。僕と同伴してくれないかと思ってな」

 

 一応、確認のためだ。この狩りそのものはあと二日ほどで終わると踏んでいるが、彼女がその先生きていくための道具くらいは手渡してやりたい。そのための一週間である。

 また、彼女の容姿はぱっと見人間だが、少し話せば違和感が生じるくらい人間離れもしている。箱入り娘……とはまた違うが、本人が置かれている状況は似たようなものだ。そのあたりも教えておきたい。

 

「了承しました」

 

 僕の提案に対し、何の疑いもなく即答する彼女に対して、僕は苦笑いを浮かべた。

 

「理由を尋ねない辺りがまたなあ……まあいいや。話が早い。なら早速ついてきてもらおうか。まずはその身なりからどうにかしなきゃな。お前、羞恥心ってやつを教えてもらわなかったのか?」

 

 彼女は今、全裸である。眠る前に外套をかけ布団にするために脱いだのか、本当に衣ひとつ身にまとっていない。人間がそんな状態で森の中で寝ようものなら、次の日の朝には十か所かそれ以上の虫刺されが体のあちこちでできているだろう。彼女はそういうのとは無縁なようだ。

 昨日からそうだが、彼女は僕に裸を見られても全く動じることがない。おかげで僕も変な感情をあまり抱かずに彼女と向き合っていられるわけだが……

 

「本機には不要な感性であるため実装されていません」

 

「感性は取っ換え引っ換えできるもんなのかね……? まあ、これから生きていくために必要なことだ。服を着ないで外に出るのはよくないことだ。覚えておくといい」

 

 ため息をついて、地面に放っておかれている外套の土や草を払って彼女に羽織らせる。「分かりました」と言いながら彼女は外套のボタンを留めた。どちらかと言えば、羞恥心を覚えさせるというよりは、その必要性を説いていく方がいい気がするな。

 

 よし、それでは狩りの準備を始めるとしようか。焚火の火を入念に消し、弓の弦を張る。弓は背中に担いでいるときには折り畳み、攻撃の際に展開する割と複雑な機構になっているため、その際に弦が絡まないように気を付けて準備しなくてはいけない。

 ……ん? 大事なことを忘れている気がする。弓弦の留め具を弄りながら少しばかり考え込んでいると、やっと思い出した。

 

「そうだ、このごたごたですっかり忘れてた。名前だ。名前。お互いに自己紹介すらしてないじゃないか」

 

 昨日の夜、見張りを交替した直後くらいにそのことに気付いて、もし彼女の決断が僕にとって望ましいものであれば、自己紹介をしようと思っていたのだ。

 こういうときは話題を振った方、つまり僕から名乗るのが礼儀というものだ。

 

「僕の名前はアトラだ。お前は?」

 

「本機の個体番号は201番です」

 

「んーそうじゃなくてな。お前、人の兵器だったんだろ? 愛称みたいなのつけられてなかったか?」

 

 番号で呼ぶくらいなら、まだお前の方がいい気がする。しかし、自分で言っていてなんだが、バリスタのひとつひとつには愛称なんてついていないよな。彼女も似たようなものなのだろうか。だとすれば番号をもじって呼ぶか……などと考えていると、記憶を探っていたらしい彼女が呟くように言った。

 

「……技術者からはテハヌルフと呼ばれていました」

 

 テハヌルフ。内心で反芻する。何らかの兵器の愛称と考えれば、確かにそんな気がする。しかし、番号で呼ぶよりもよっぽど名前らしい。テハヌルフ、覚えたぞ。

 

「ちと長いな。テハヌルフ……テハって呼ぶが、いいか?」

 

「了承しました」

 

 話してる間に弓弦を張る作業も終え、矢筒もしっかり背中に担いだ。火が完全に消えていることをもう一度確認したあと、僕は歩き出す。

 

「それじゃあ行くか。まずは狩りの方をとっとと終わらせなきゃな。ついてきてくれ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

「それじゃあ行くか。まずは狩りの方をとっとと終わらせなきゃな。ついてきてくれ」

 

 そう言って青年は弓を背中に担ぎながら歩き出した。

 「はい」と、対竜兵器の少女は答えて彼の背中を追おうとして、ふと立ち止まった。

 

 昨日の夜の光景を回顧する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

 

 彼はそのとき、あまりにも無防備だった。ナイフを持って忍び寄っても、僅かに反応する程度で起きることはなかった。

 あのままナイフを突きおろしていたら、容易く彼の喉を掻っ切ることができただろう。そうしたら、恐らく彼は死んだだろう。しかし、少女はすんでのところで踏みとどまった。そのナイフが彼を傷つけることはなく、少女は見張りに戻った。

 

 

 なぜ、あのようなことをしたのだろうか。少女は自分の行動の理由が分からない。しかしあのとき、自らの行動を阻止したのは間違いなく自分だ。その理由も分からない。目覚めてから、分からないことばかりだ。

あのとき、自らの内にいる何かを()()()ような感覚があった。自分でない何かがいる。そのことは気に留めておかなければならなかった。

 

 現に今も、彼の背中を見て、ナイフを()()()()突き刺してしまおうという衝動が芽生えている。そうしたら彼は動けなくなる。彼は今油断している。今だ。と。

 彼女は、その自分でない自分を抹消した。目を閉じて、目の前の自分の首元をナイフで一閃するイメージを浮かべれば、それだけでその衝動は消え去った。

 

 そして、少女は何事もなかったかのように彼の後を追う。

 この衝動は何なのか、どうして彼を殺さないのか、自殺ができなくなった理由と合わせて、考えていかなければならない──。

 


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