とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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第3話 承:空を飛び交う矢と刃

 

 

 

 その光景は、僕の目には極めて異様に映った。

 

 少女──テハヌルフに応対しているモンスターは、陸の女王リオレイア。

 その咆哮により木々はざわめき、吐き出す炎で地面の至るところが焦げ付き、さらに血が飛び散っている。間違いなく、そこは戦いの場だった。

 

 しかしあれは、ハンターの狩りではない。竜同士の争いでもない。

 あえて言えばそうだ。彼女が言っていた通りなのだろう。──竜と、竜を斃す兵器の戦いだった。

 

 

 

 

 

 野宿の道具を撤収し、僕はようやく本来の目的を達成するために行動し始めた。

 そもそも彼女と出会ったのは偶然の出来事であり、僕がここまで来た理由は、あるクエストを受注したからである。

 

「リオレイアの討伐は本機のみで可能です。命令を承りました」

 

「別に命令してるわけじゃないし、僕も参加するけどな……」

 

 獣道らしき道を、草や枝をかき分けながら進む。相手は飛竜種なので、空から一方的にこちらが見えるのを避けたいのだ。

 この辺りの地理は、あの洞窟の出口から見下ろしたときにある程度掴んでいるため、飛竜種であればどの辺りにいるかも目星がつく。

 朝のうちに地図で当たりをつけたポイントを僕たちは巡っていた。今二つ回って成果なし、これから三番目のポイントである。

 

「というかお前、その姿で戦えるんだな」

 

 持ち込んできた予備の服と外套を着せているとはいえ、それらはおおよそモンスターの攻撃に耐えられるものではない。そしてそれらを除けば彼女は全裸だ。

 ただ、僕も履物まではすぐに用意できず、彼女は裸足なのだが、今見ても汚れてはいるが傷ついているようには見えない。森の中を歩いているにも関わらずだ。皮膚はかなり丈夫なようである。

 

「戦闘は可能です。本機は近距離攻撃型です」

 

「剣士ってことか。ということは、武器はそのナイフか?」

 

 僕は彼女が手に持つ片手剣程度の大きさの真っ黒なナイフを見て言った。

 彼女の髪(?)の切断にも用いたナイフだ。使ってみた感じだと、切れ味は申し分なさそうだった。頑丈かどうかは分からないが。彼女はそのナイフ以外に武器になりそうなものを持っていなかった。

 

「はい。これは本機の制御下に置かれています」

 

 ぱっと見楯無し片手剣といったところか。攻撃にも防御にもかなりのハンデがあるが、自信はあるらしい。どんな風に立ち回るんだろうな。

 

「分かった。僕は見ればわかると思うが弓使いだ。近接攻撃はお前に任せる」

 

「了承しました」

 

「くれぐれも無茶はするなよ。何年も動いていないなら体が鈍っているはずだ。まずいとおもったらすぐに撤退してくれ。お前が動けなくなると面倒だしな」

 

「了承しました」

 

 愛想がない返しだが、伝わりはしただろう。今までのやり取りで、こちらの要求には答えてくれるのがありがたい。

 彼女を前線に出すのはどうかとも思ったが、あの場に残しておくわけにもいかないし、飛竜種との戦闘となれば連れ添っていて守りきれる保証はない。

 発見した時点で近場に隠れさせて僕だけで戦うのが一番なのだろうが……まあ、本人が戦えると言っているのを否定してまでそうするつもりはない。

 それに、好奇心があるのも否定できない。身体から硬い竜鱗を生やし、頑丈な皮膚を持つ彼女が実際に戦うところを見たいというのも確かだ。

 

「……さて、そろそろ手がかりくらいは見つかってほしいが……」

 

 ジャギィやケルビ、ガーグァはところどころで見かけたのだが、さて、三番目のポイントはどうか。

 少し歩くと、ちょうど僕たちが見下ろすかたちで、下の方にはやや幅の広い川が流れている。川底もはっきりと見えることから、水深はかなり浅そうだ。斜面には樹木も生えており、あれを伝っていけば降りることも可能か。

 そして何より──

 

「いるな」

 

「討伐対象を発見しました」

 

 その言葉を交わしたときには、既に僕も彼女もリオレイアに逆探知されないように顔を引っ込めていた。

 僕は何も指示していないので、自らの判断で身を隠したのだろう。現金なものだが、その行為だけで彼女の狩猟経験について信頼が持ててくるものだ。

 リオレイアは僕たちに横顔を見せるかたちで川に立っており、水を飲んでいた。距離は約40メートルといったところか。

 こちらの声が届くことはないだろうが、水を飲み終わればすぐに飛び去ってしまうだろう。じっくりと作戦会議をしている時間はない。

 

「テハ。お前はこの坂、リオレイアに悟られずに二分で下れそうか?」

 

「可能です」

 

「そうか。なら僕はここからもう少し近づいて狙撃する。そのあとすぐにまた身を隠してもう一度狙撃を狙うから、僕が初撃を放ったタイミングでリオレイアを攻撃して気を引き付けてほしい」

 

「了承しました」

 

「坂を下ったら少し上流側に移動して、そうだな……あの一つだけ大きな岩の傍まで辿りついたら合図してくれ。そしたら僕が矢を放つ」

 

「了承しました」

 

 これは彼女がいてくれるからこそ提案できる作戦だ。僕一人ではそうもいかない。

 

「失敗したら臨機応変に動いてくれ。サポートはできる限りする。時間がない。行ってくれ」

 

 返事は不要と判断したのか、彼女は僕がそう言うや否や駆けだした。……む、足音が聞こえない。裸足なので、柔らかく地面を踏みしめられるのが大きいのだろう。それを考慮しても忍び足は僕以上に上手いかもしれない。

 木々に紛れた彼女の姿は、すぐに見えなくなった。……本当になんの戸惑いもなく全裸で行動するんだな……。

 さて、僕は僕で狙撃の準備をしなくては。せめて30メートルくらいまで近づきたい。木々の合間を縫っての狙撃になるな。幸いなことに辺りに生えている木はそこそこ大きなものばかりなので、地面に近いところに枝は生えていない。

 慎重に坂を少しばかり下り、体勢が安定しそうな地面を見繕う。さっき目星はつけていたので、これはすぐに見つかった。感づかれては……いないな。しかし、リオレイアは水を飲み終わったのか顔を上げて辺りを見回している。テハが見つからなければいいが。

 

 背中に担いでいた弓を静かに展開し、矢筒から狙撃用の矢を取り出す。矢じりがかなり重く、長距離でも威力が減衰しにくい代わりに、素早く取り扱うことはできない。

 今はこの狙撃用の矢を五本と、狩猟用の矢を三十本、特別製の矢を五本持ってきている。飛竜種を狩るにはぎりぎりの本数なので、ひとつひとつの射撃が大切だ。

 弓弦に矢を番えれば、狙撃準備は完了だ。ここまで大体二分ないくらいか。テハに指示した方を見てみれば、既に彼女はそこに辿り着いて手を振っていた。早いな。まああの走る速度なら道理か。僕も合図を送り返し、弓を弾き絞る。

 

 まずいな。リオレイアのやつ、飛び立とうとしている。しかし、焦って早打ちするのは悪手だ。飛んだ瞬間を射止めるくらいの心持でやる。こっちを向いて飛ぶなと祈りながら、ぎりぎりと弓弦を引っ張った。

 ──よし、撃てる。

 リオレイアが翼を大きく広げ、ばさりと空中に浮かび上がった。その瞬間、僕は矢を放つ。

 

 火竜……特にリオレイアは地上から空に飛び立つとき、一度ホバリングしてから徐々に上昇していくことが多く、一息に空に飛び立つことは珍しい。つまり、飛び立ってからすぐのリオレイアは()だ。

 矢は鋭い風切り音を立てながら木々の隙間を駆け抜けていき……やつの翼の付け根辺りに突き刺さった。その時には僕はもう木の陰に飛び込んでいた。

 直後にリオレイアの悲鳴じみた鳴き声が聞こえた……が、地面に墜落はしなかったらしい。空中で態勢を立て直したようだ。

 ひょっとしたらこのまま飛び去るか……? と思ったが、またそのすぐあとにやつの咆哮が響き渡った。テハが出たな。リオレイアに認識されないままテハの追撃が加えられればと思ったが、飛び立つ可能性があったならば、むしろ果敢に出てもらった方がいい。

 

 リオレイアは地面に降り立ったようで、その巨体に見合う地響きが聞こえる。そっと顔だけ出して様子を伺ってみると、翼の根元から大量の血を流しつつも、テハに向かって突進を仕掛けるリオレイアの姿があった。

 突進の速度はかなり早い。しかし、彼女は避け切ったようだ。あの様子を見るに、しばらくは飛ばないな。あの矢には返しがついていないのでそのうちに抜ける。そうしたら飛ぶかもしれない。

 リオレイアの突進を避けたテハは深追いせず、川の真ん中あたりまで移動し剣を構えている。どうやらあそこで立ち回りたいらしい。僕も追撃の準備を────いや、待て。

 

 彼女のナイフは、()()()()()()()()()()

 

 テハは、()()()剣を構えていた。その大きさは彼女自身の身長にも匹敵するか。

 刀身は黒い。まるであのナイフが伸びてあの形状になったかのようだ。

 ハンターの武器には変形を駆使することで、まるで異なった形状になるものが存在する。スラッシュアックスやチャージアックスがそれに該当する。しかし、彼女の武器の形状の変化はそのどれでもない。

 

 ……今考えるべきことではないな。狩りの流れだけを見極めなければ。ここは動いている相手を狙撃するにはやや障害物が多すぎる。二撃目で正体を晒すくらいの心づもりで、テハたちの様子を見つつ川岸ぎりぎりのところまで近づこう。

 

 すでにリオレイアは彼女の方へと向き直っている。しかし、やつは彼女に近づかず、その口内に赤い炎を宿らせた。首をもたげ、豪速で火球(ブレス)が放たれる。

 川の水しぶきを蒸発させながら迫るそれを、彼女はまた冷静に避けた。続いて彼女を追いかけて二撃目、三撃目が放たれるが、彼女はその何れも避け切った。川岸に追い詰められないように左右に避けているが、足を川に突っ込ませながらよくあんな動きができるものだ。

 

 そして彼女は倒れこみ気味に回避した勢いのままに身体を回転させ……遠心力を乗せてその剣を投擲した。

 放り投げられた剣は弧を描いてリオレイアの頭に向かい──やつはそれを避けた。そして彼女に得物がなくなったことを悟ったのか猛然と駆け出し、彼女のいた場所でその長い尻尾を振るう。

 あれは避けられないな。尻尾にぶつかった彼女はしかし、僕がいる方とは反対方向に打ち飛ばされつつも、地面に転がることなく受け身を取った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 剣は先ほどまで向こうの川底に突き立っていたはずだが。

 なにやら僕の常識では推し量れない現象が起こっていることは間違いない。しかし、テハのおかげでリオレイアは今かなり狙いやすい場所にいる。そこからどう動こうと射貫ける位置だ。

 ぼさっと狩猟風景を見ているわけではない。弓にはすでに狙撃用の矢が番えられ、弓弦は引き絞られている。さらに今回は弓の胴の部分に薬液の入った瓶を取り付けていた。強撃瓶だ。

 

 行け。

 発射の瞬間に瓶の留め具が外れて矢じりに薬液を塗布する。バシューッという音と共に火花を散らしながら矢は飛んでいき……リオレイアの首元に突き刺さった直後に小規模の爆発を引き起こす。

 首元の甲殻がぼろぼろと剥がれ落ち、先端は内側の肉に到達したらしい。また多量の血が噴き出した。

 当たり所が少し良くなかったが、効果はあったようだ。リオレイアは苦悶の呻き声をあげるとともに、僕の方を睨む。流石にばれたな。

 あれは一撃目に使うには音が大きすぎて簡単に気付かれてしまうが、こうやって誰かが戦っているときの不意打ちには最適だ。よし、僕も出るとするか。木の陰から飛び出して川岸に立つ。

 

 リオレイアは僕を認識したことで、標的をテハから僕に切り替えたらしい。想定内のことだ。僕は弓を展開したままやつを睨み据える。さあ、どう来る。

 リオレイアはその場でばさりと飛び上がった。そして飛びながら僕の方へとその人の胴ほどもある足を繰り出してくる。その足で僕を捕まえて空中に連れ去る腹積もりか。

 多少大げさに避けるくらいがちょうどいい。僕はおもいきり横っ飛びし、川に身体から突っ込みながらもその爪を回避する。翼が巻き起こした風に水がまき上げられ、僕は水びだしになる。気にしない。さて、次。

 

 やつの翼の根元に突き刺さっていた矢は抜け落ちていた。首元の矢はそもそも当たった瞬間の爆発で抜けている。後でそれらを回収しなければ。

 そうこう考えているうちにリオレイアは追撃を仕掛けてきた。ブレスかと思ったが、炎の量が先ほどよりもずっと多い。──後方退避。

 リオレイアが吐き出したのは先ほどの火球よりも小さな火種のようなもの。しかし、それは先ほどまで僕がいた地面に着弾したと同時に、凄まじい爆発を引き起こした。拡散ブレスだ。

 やや回避が間に合わず、僕は熱風に晒された。ここで焦って息を吸い込むとたちまち喉と肺が焼かれる。更に距離を取って……はじめにテハが立っていた辺りで一呼吸置いた。多少肌に火傷はしたが、狩りには全く問題ない。

 

 ある程度距離が開いたな。僕は矢筒から狩猟用の矢を取り出して番え、引き絞る。近的は弓使いの基本だ。

 リオレイアは拡散ブレスの熱量で濛々と立ち昇る水蒸気をかき分け、僕に突進を仕掛けようとしていた。僕は構わずその場に居座って矢を射る。

 空気を切り裂いて飛んで行った矢はやつの顔面に突き刺さった。かなり痛かったのか、リオレイアは突進を中断して頭を振った──後ろで血しぶきが上がる。テハだな。がら空きだったやつの後ろ手にうまく回り込んだらしい。

 

 ここで本格的に命の危険を感じだしたのか、リオレイアが怒りの咆哮を上げる。その音量と波動に川の水は波打ち、森の木々は震撼した。リオレイアの口からはちらちらと炎が漏れ出ている。ここからが本番だな。

 

 

 

 

 

 一緒に戦えば戦うほどに、テハという存在が人間ではなく、古代の技術で作られた兵器であるという話が真実味を帯びてくる。

 リオレイア相手に僕たちは有利な戦いを進めていた。主なダメージソースは僕が担うだろうと思っていたのだが、その考えは全く通用していなかった。僕と彼女で半々といったところか。

 

 リオレイアの嚙みつきをフェイント気味に避けたテハは、そのままやつの懐に潜り込んで手に持った黒く長大な剣でその脚を切り裂いた。振りぬかれた剣は、即座に切り返されて二撃目に繋がる。その動きは慣性というものを完全に無視していた。まるで、何らかの見えない力が剣にはたらいているかのようだ。

 リオレイアは足元にいるテハを煩わしく思ったのだろう。僕がその翼膜に何本も矢を当てているにも拘らず、その場で翼をはためかせて彼女を吹き飛ばそうとした。

 しかし彼女は咄嗟に身を伏せてこれを凌ぐ。そして手に持った()()()()()を、リオレイアの腹の下に突き刺した後に、その場から離脱した。

 

「どうなってんだ、あれ……」

 

 手品か何かでも見せられている気分だ。

 テハがこの戦いの最中に武器を手放した回数は、もう十回を超えただろう。それらはしばらくすると跡形もなく消え去って、気づいた時には彼女の手には新たな武器が握られている。その形状は多彩なもので、ナイフだったり、長剣だったり、彼女よりも大きな大剣だったり、鋭い突剣だったりした。

 

 まるで、彼女がその都度武器を創り出しているかのようだ。こんな現象、おとぎ話にだって聞いたことがない。今だって彼女の手には二本のナイフが逆手に握られている。唯一共通している点を挙げれば、それらは全て真っ黒なことくらいか。

 ともかく、彼女の離脱は正しい判断だったな。リオレイアはその場で身構えて、ハンターたちの間で最も恐れられている技を繰り出そうとしている。──サマーソルトだ。

 いったいどういう原理で、あの巨体があんなに勢いよく一回転するのか。その太い尻尾が川底に打ち付けられ、そのまま強引に擦過。自身は上空に浮かび上がりつつ、重心を軸にして蹴り上げるようにその体を翻させる。

 空気が掻き乱されて風が水を吹き飛ばし、尻尾が通った川底はごっそりと削り取られ、一時的にそこには一切の水がなくなった。凄まじい一撃だ。

 そしてこの攻撃の恐ろしいところはもうひとつ、リオレイア自身の負担がそう重くないことだ。この後、やつは平然と追撃してくる。油断は禁物だ。

 

 リオレイアは空中でホバリングしたまま僕の方を向いた。標的はこちらか。森の中に逃げ込んでしまおうかと思ったが、今のリオレイアはお構いなしに突貫して火球を打ち込んできそうだ。

 森に直接あんなものを放られると、火事になって逆に追い詰められかねない。切羽詰まってはいないので、正面から向き合うとするか。

 

「さて、来い」

 

 弓をしまいつつ、僕は空飛ぶリオレイアと向き直った。前後左右、どこにどんな攻撃が来て、どう避けるか。直感の勝負だ。

 

 リオレイアが動いた。翼を器用に動かし、瞬く間に距離を詰めて僕の背後へと回り込む。

 ──やられた。やつの方が一枚上手だったな。これは僕の機動力ではどうにもならない。()()()()()()()

 武器が破損させられることだけは避けなければ。僕はとっさに身を翻して後ろに跳んだ。その右斜め正面から、先ほどと変わらぬ速度で尻尾が振り上げられる。空中サマーソルトというやつだ。

 身体への直撃は避けたが、左手に尻尾が打ち付けられた。跳ね上げられた左手に引っ張られるかたちで吹き飛ばされる。

 

「つぁ、……ちッ」

 

 何とか受け身は取れたが……いや、不幸中の幸いだな。尻尾の棘は腕の防具に突き刺さっているものの、貫通はぎりぎりしなかったようだ。脱臼もしていない。ただ、かなりひどい鞭打ち状態になってしまったようで、左手はひりひりとした痛みを発したまま痺れて、しばらく使えそうにない。

 

 リオレイアはまだ追撃の余裕があるようだ。さて、次こそは避けてみせると左手を庇いながら身構えていると、やつは全く見当違いの方へと飛んで行った。──テハに標的を切り替えたな。

 僕のときとほとんど同じ動きでやつはテハの背後に回り込む。そして即座にサマーソルトが繰り出された。

 テハにあれが当たった場合、惜しいが撤退だな。また数時間後に持ち越しだ。そう思ってポーチからこやし玉を取り出そうとしたのだが、僕はそこで驚くべき光景を目にすることになる。

 

 テハは今のサマーソルトを避け切っていた。それそのものは別に驚くべきことでもなく、僕よりうまく回避行動を取ったんだなと思うだけのことであるが、リオレイアの斜め正面に立った彼女は不思議な構えを取った。

 左手を前に、右手を後ろに出して、腰を低くしてリオレイアを見据えている。その手には何も握られていない。無手だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……流石にそれはどうかと思うぞ」

 

 リオレイアの毒が実は打ち込まれていて、そのせいで幻覚を見ているのではないかと半ば本気で思った。

 見たままを述べれば、その二本の長剣はリオレイアに剣先を向けている。リオレイアはそれらを警戒しているのか、その場でホバリングしたままテハを睨んでいる。そんな均衡は数秒間続いた。

 

 先に動いたのはテハだ。後ろに引いていた手を勢いよく前へと突き出す。すると、彼女の右手に浮いていた剣が一本、まるでそれそのものが矢になったかのように()()された。

 打ち出される速度は速かったが、リオレイアはこれを余裕をもって避ける。上空へと退避したのだ。リオレイアに当たらなかった剣は弧を描いて飛んでいき、やがて地面に突き立った。リオレイアはこれを好機と見たらしい。テハに向け、急降下を開始した。そのまま着地し、彼女を踏み潰す算段だろう。

 しかし、テハはあくまでその場を動かず、左手を突き出したまま、右手でバランスを取ってぐるりとその場で一回転した。まるで重いものでも振り回しているかのように。

 

 実際、それは正しい見解だったのだろう。

 直後、リオレイアの翼に()()から剣が飛来し、翼膜を深々と切り裂いた。今まさにテハに向けて急降下していたリオレイアはたまったものではない。空中でバランスを崩し、テハを飛び越して地上に落下する。凄まじい地響きが響き渡った。

 今リオレイアの翼を切り裂いた剣は、彼女の左手で浮いていた剣だ。彼女が回り始めると同時に、まるで見えない糸に引っ張られているかのように楕円の軌道を描きながら速度を上げ、上空のリオレイアの翼に剣先を向けて的確に貫いたのだ。

 

 テハに視線を集中させていたのが仇になったか。予想外の方向から手痛い攻撃を受けて墜落したリオレイアはなかなか起き上がることができない。落下の衝撃は僕から見ても凄まじいもので、それに巻き込まれた川はもはや原形を留めていないほどだ。足の骨が折れたか、脳震盪でも起こしたのかもしれない。

 

 見ていて痛々しいが、それでも追撃を仕掛けるのが狩人だ。先ほどと同様に、僕はリオレイアとテハヌルフの戦いをただ見ていただけではない。するべきことはしっかりやっている。肩から腕に、防具の中から流し込まれた回復薬はむち打ちの症状を和らげていた。

 弓は……持てるな。しかし、まともに弓弦を引き絞れそうにない。だがあの矢なら打てる。僕は矢筒から狙撃用でも狩猟用でもない矢を取り出した。ベルトに提げた握り拳くらいの大きさの袋も一緒に取り出して、その栓を抜いて矢じりの後ろに取り付けられたフックに引っ掛ける。

 矢を番えて、弓を遠的のときよりも高く……上空へと向ける。テハは尻尾の付け根辺りを二本のナイフで切り刻んでいた。悪いが、テハには離れてもらわなくては。

 

「──曲射する! テハ、離れろ!」

 

 大声でそう言ったあとにちらりとテハの方を見たが、言葉は届いていたらしい。その場から離脱していた。

 すぐに視線を戻して標準を狭めていく。思うように力が入らず、右手の結弦を引く力に負けてかたかたと震える左手。相当ぎりぎりだが、行ける。

 空へ向けて矢を放った。矢に尻尾が生えたかのように袋が追随する。ふらふらとした軌道で飛んで行ったそれは、しかし何とかバランスを崩さず放物線運動を描いて、その場から動けず仕舞いのリオレイアの翼に突き刺さる──と同時に、強撃瓶をつけたときとは比較にならないほどの爆発が発生した。曲射成功。

 

 リオレイアの翼膜はそれまでの僕の射撃とテハの斬撃、そして止めの今の曲射によってぼろぼろになっていた。あれではまともに飛ぶことすらできまい。

 リオレイアは今の一撃が相当きつかったのか、びくりと起き上がり、そして弱弱しく咆哮したあとにその翼を広げた。飛び去る気だな。

 ポーチからペイントボールを取り出して、栓を抜いて飛び立つ直前のリオレイアに向けて駆け寄りつつ投擲する。それはリオレイアの尻尾に当たり、独特の臭気と派手な色の液体をまき散らした。

 リオレイアはそんなこともお構いなしに一息に飛び立つ。しかしその羽ばたきはさっきよりもせわしない。翼膜が酷く破けているからだろう。そしてよろよろとした飛行で飛び去って行った。

 

「……ふう」

 

 一息つくと、テハが両手にナイフを持ったまま駆け寄ってきた。

 

「リオレイアの戦線離脱を確認しました。追跡しますか?」

 

「ああ。少し休憩を挟んだらすぐに追いかけるぞ。怪我はないか?」

 

「本機に戦闘に支障が発生するレベルの損傷はありません」

 

 そういうテハは息が上がっている様子もない。スタミナは僕以上にあるな。これ以降の戦闘では彼女の攻撃力に頼るところが大きいかもしれない。

 

「それはよかった。ただ、僕の方がヘマして左手をやっちまった。応急処置するからそれまで待っててくれないか」

 

「了承しました」

 

 テハが頷いたのを見て、僕は川岸の手ごろな岩に座った。

 辺り一帯はひどいありさまだ。土はえぐれ、何本か木が倒され、さらにそれは踏み潰されてバキバキに砕けている。川の水は泥の色に濁り、しばらく戻らないだろう。ペイントボールの匂いと土の匂い、それと焼かれて炭化した木々や地面の匂いが混ざってえらいことになっていた。

 僕は腕の防具を外し、肌を晒した。……青あざになっている部分の方が多いくらいだ。これは数日間は痛みが消えないだろうな。ただ、リオレイアのサマーソルトに当たってこれだけですんでいると思えば安いものだ。リオレイアのソロ狩猟では大体これよりもひどい怪我をするのでまだましな方とも言える。

 応急処置と言っても、消毒して軟膏型の回復薬を塗って包帯で巻くだけだ。そう時間はかからない。ポーチから小瓶程度の大きさの軟膏型の回復薬と包帯を取り出しながら、僕はテハヌルフに声をかけた。

 

「なあ、テハ。お前のさっきの戦い方についていくつか質問があるんだが、聞いてもいいか?」

 

「はい。回答可能です」

 

「じゃあひとつ、お前、何の力を使ってる?」

 

 単刀直入に聞く。

 戦闘中も頭の片隅で考えていたが、少なくともあれは生身の人間でどうこうできる領域を軽く凌駕している。

 任意に手から様々な形状の武器を創造し、または消し去り、挙句の果てに剣を浮かすのだ。なにか別の理が彼女にはたらいているとしか考えられない。

 テハは顔に生えた鱗をぴくぴくと動かしながら、しかし表情を変えずに淡々と答えた。

 

 

「本機は電磁力を使用しています」

 

 

 ……電磁力。聞きなれない言葉だが、電気と磁力を組み合わせた言葉だろうか。言い切ったということは、あの現象はその電磁力とやらですべて実現可能ということか。

 

「そう、なのか。いや、聞き覚えのない言葉だったもんでな。それが古代文明の発明でお前たちが使えるようになった力のひとつなんだな」

 

 そしてそれは今に受け継がれていないと。そう思ったのだが、しかし。

 

「違います」

 

 きっぱりと否定されてしまった。古代文明の技術ではないということか? では一体どうやってその電磁力とやらを────まて、まさか。

 僕がその予想に至ったのと、彼女がまた口を開いたタイミングは全く同じだった。

 

「お前、竜の能力を使っているのか」「本機は極龍の能力を使用しています」

 

「……」

 

「……」

 

「……もう一度頼む」

 

「本機は極龍の能力を使用しています」

 

 声のトーンを変えずに彼女は繰り返す。まるでそれが当たり前のことであるかのようだ。

 僕は彼女の言葉を脳内で反芻する。ごくりゅう……これも、書士隊の図書館で本を漁っていたときに名前を見たことがある。確かスケッチはなかったはずだ。別名は……ルコディオラ、だったはず。

 あまり注意して読んでいなかったので生態の記述までは覚えていないが、重大なことはそれとは別なところにある。

 

 確かあのモンスターは古龍種ではなかったか。

 

 僕の記憶が正しければ、そして僕と彼女との間に見当違いが起こっていなければ、彼女は古龍の能力を駆使していると言っているに等しい。

 それはあまりにも衝撃的で──僕を納得させるに足るものでもある。

 彼女が扱う力が古龍のものならば、あのようなことができてもおかしくない。()()()()()()()()()()()()()()()

 論理的ではないのかもしれないが、そもそも人の理が通用しないのが古龍種なのだ。彼らが使う力は現代技術では解明できない。つまり、よくわからない力を使っていたとしても、解析の不可能な別の理がはたらいていると受け入れるしかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は僕が黙ってしまったので、じっとその場に佇んでいる。返答待ちといったところだろうか。

 軟膏を塗った患部に包帯を巻きつけつつ、僕は苦笑しながら言った。

 

「ああ、すまん。あまりに驚いたもんで、つい無言になってた」

 

「構いません」

 

「んんと、じゃあさっきの話題の続きなんだが、極龍ってのは別名がルコディオラって名前の古龍種で間違いないか?」

 

「……別名がルコディオラであるという点については肯定します。しかし、古龍種が種族を指すものであると推測すると、その種族名は本機の記録にありません」

 

 彼女の今の返答で、見当違いになっていないこともほぼ確実になった。しかし、同時に興味深いことも聞いた。古代文明には古龍種という枠組みは存在しないらしい。

 

「古龍種は種族名だな。それが違うなら、その極龍はどんな枠組みにいたんだ?」

 

「ドラゴンという種族名です。ワイバーンと区別するためにそう呼ばれました」

 

 ドラゴンはあるいくつかの特定の古龍種を指すときに用いられる言葉だが、それはひょっとすると古代文明の名残だったのかもしれない。ワイバーンは普通に通用する。飛竜種の別名だ。

 

「ふむ、つまりテハが剣を浮かせたりできるのは電磁力を使えるからで、それはドラゴンである極龍の能力で、古代文明の技術というわけではないということか」

 

「はい」

 

 なるほど。いや、全然理解は追いついてないが、少なくとも剣が浮くことに理屈があることが分かっただけでもよしとしよう。

 ちょうど、包帯も巻き終わった。腕の防具を再び装着して立ち上がる。十分ほど休憩できたのでもう十分だ。その辺に転がっている矢を回収してからリオレイアを追うとしよう。

 まだまだ聞きたいことはある。例えば、彼女の身体がやたら頑丈で、所々鱗が生えているのはその極龍の力を使えることと何か関係があるのか、とかだ。しかし、それらは今聞くべきことではない。

 

 あ、でもこれは聞いておいた方がいいかもな。

 

「テハ、リオレイアを追いかける前にもうひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「構いません」

 

「さっきの戦いで、テハの武器が消えてなくなったり、さっき見たときとは全然違う形の武器を持ってたりしただろ。あれもその電磁力とやらでどうにかしてるのは何となく予想できるんだが、あれ、どうやってるのか見せてもらっていいか?」

 

 剣が浮いていたインパクトに隠れていたが、あれも相当不思議な現象だ。何が起こっているのかすら把握できないという点ではこちらの方が勝る。あれの仕組みさえ知れれば、さしあたって狩猟中に気になることはなくなる。

 テハはそれを聞いてしばらく考えていたが、やがて僕に向けて両手を差し出した。その手にはナイフが一本ずつ、逆手に握られている。

 

「アトラ。これを何の武器に変えてほしいですか」

 

 僕に要望を聞いて、その武器へと持ち換える過程を見せようということだろうか。僕は少し考えてから答えた。

 

「なら、さっきリオレイアに向けて投げてた長剣で」

 

「了承しました」

 

 そう彼女が言うや否や、彼女が手に持っていた二本のナイフがまるで砂のように細かな粒になって、その形を崩してしまった。さっきまでリオレイアの硬く厚い皮を切り裂いていたナイフが、だ。

 

「なっ……」

 

「本機が制御下においているのは特定の武器ではなく、この砂鉄です」

 

 声を失う僕に対して、彼女は淡々と説明を続ける。手の平には先ほどナイフだったものの残滓、黒い砂の山が出来ていた。大半は地面に落ちてしまったが、彼女は気にしていないようだ。

 

「本機は極龍の電磁力を使用し、この砂鉄を強制的に押し固めることで武器を創り出しています」

 

 そう言いつつ、彼女は手を動かし、なにか太刀のような長物の武器を持つ構えを取った。

 そこに、黒い靄のようなものが纏わりつく。それらは地面や空中から次々とやってきては集められ、その色を濃くしながら収束していった。

 そして、十秒ほど経っただろうか、その手には先ほど投げたものとほぼ変わらない大きさの長剣が握られていた。

 

「アトラが望んだ武器の形はこれでよかったでしょうか」

 

「あ、ああ……」

 

 やや言葉に詰まりつつも、僕は目の前の現象と彼女の説明を繋げようとしていた。

 砂鉄は僕でも知っている。鉄鋼の原材料にもなる素材だ。磁石に近づけるとくっついてくる。ここ渓流でも採ることができるらしい。

あれに特定のかたちを持たせるならば、一度あれをどろどろになるまで溶かす必要があったはずだ。しかし、そうしてできたものはもうもとの砂鉄に戻ることはない。

 彼女がやっていることは確実にそれではない。その過程をすっ飛ばしていると言うべきか。

 

「磁石にくっつく性質を使って、砂鉄同士をくっつけて形を創っているのか……?」

 

「肯定します」

 

「それなら、その砂鉄は普段どこにしまわれてるんだ? ナイフから大剣ができあがるなんて、中身が空洞でもない限り信じられないんだが」

 

 僕は続けて質問した。テハがリオレイアに突き刺したままにした剣がいつの間にか消えてたり、テハが武器をどうやって創り出しているのかは分かった。

 しかし、さっきナイフを崩して長剣を創り出したときもそうだったが、彼女の砂鉄の扱いはとても()なように思える。なくなったりしないのだろうか。その砂鉄は。

 

「普段は本機の身体に付着させているか、本機の周囲に漂わせています」

 

 彼女はそう言って、ふくらはぎと太ももを僕に見せた。──朝くらいまではなかったはずの部位に黒い鱗が生えている。いやちがうな。これが……

 

「これは本機がリオレイアの探索中に集めた砂鉄です。渓流は砂鉄が多いようです」

 

「そんなことしてたんだな。全く気が付かなかった。あ、もう見せなくていいぞ。あんまり人に見せちゃいけない部分が見えてるからな」

 

 そう言って彼女を諭す。ぶっちゃけると思い切り見えてはいけない部分が見えていた。はやくこいつに服を着せなければという焦りが芽生え始めた。僕の心労的によろしくない。

 まあそれはいいとして、彼女が探索中に砂鉄を集めていたというのは驚きだった。恐らくそれは音もなく静かに行われていたのだろう。

 それと今、彼女がいくつかは砂鉄を自分の周囲に漂わせていると言ったことについて、やや怖い予感がしてそれを話そうとしたのだが……

 

「本機の周囲に展開させている砂鉄は基本的に地面付近にあります。吸い込むことはありません」

 

 僕の言わんとしていることを察したのだろうか。彼女に先に言われてしまった。

 

「そ、そうか。ああいわれるとどうしても気になってな。時間を取らせてしまってすまない。矢を回収してからリオレイアを追いかけよう」

 

「はい」

 

 僕は立て掛けていた弓と矢筒を背負って、狩猟に用いた矢を回収して回った。これらは例え折れていたとしても回収した方がいい。今回のように比較的余裕がある場合には特にだ。そうでないと、乱入などのハプニングが起こったときに矢がなくなっていて応戦できないなんてことが起こりかねない。

 そのために、僕が用いる矢には返しがついていない。刺さった後に抜けて、回収されることを前提としている。僕のような大弓使いと呼ばれるハンターの半分くらいがそうしているらしい。

 テハにも回収を手伝ってもらって、大半の矢を数分で回収することができた。まあ、狩猟中に拾って矢筒に戻したりもしていたしな。僕が当て損ねて遠くに飛んで行った矢まで、テハが浮かせて持ってきたときには心底驚いたが、そういえば矢じりは基本鉄製だった。

 

 

 さて、リオレイアが飛び去ってから二十分程か。まあそう遠くへは行っていまい。どこかでガーグァやケルビを喰らって体力を回復しようとしているだろう。

 この追撃で恐らく決着がつくはずだ。いや、ぜひとも終わらせたい。僕はそう意気込んで、地図とペイントボールの臭気を頼りにリオレイアの追跡を開始した。

 

 

 


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