まだ狩人という生業がなく、人間に竜に倒す術がなかったころ。
人々は何とかして荒ぶる竜を鎮めようと、追い返そうと知恵を絞った。
それで見つけ出されたものの一つが龍殺しの実。それは強大な竜相手に大きな効果を発揮し、その実を嫌がって逃げ出す竜を見て人々は喜んだ。
或いはこやし玉。強烈な匂いで竜を嫌がらせるそれは、今でも狩人が用いる道具として役立てられている。
それらは全て、人間の理では測れない竜という存在に抗するためのものだ。
しかし、人の姿に成った龍が人里に降りたとき。
そんな出来事がもし本当に起こったのなら。
人間の理はその 龍/人 に通じるのだろうか────。
次の日の夕方、集会浴場へ訪れた僕は、ささっと体を洗ってその身を湯船へと滑り込ませた。
「はぁ~。いい湯だわ今日も」
湯船に浸かると自然と吐息が漏れた。もちろん、身体はしっかりと洗っている。痣だらけの左腕も湯船から出して、水に濡らした布でくるんでいる。このような怪我人への対応が見事なのも、狩人の集会場と併設しているからこそと言えるだろうか。
この集会浴場もハンターズギルド支部と同じように年中無休で一日中開店しているのだが、客がいなくなることはそうそうないのだという。今も広い湯船に幾人かが思い思いに散らばり、また幾人かが桶で湯をすくって体を流していた。
湯船に浸かっている連中に知り合いは……いた。僕が相手を認知したタイミングで向こうもこちらに気付いたのか、ざぱざぱと水をかき分けてやってくる。
背の高さは僕と同じくらい。引き締まった筋肉が目立つが、体つきから女性と分かる。髪はやや明るい胡桃色で、短く切り揃えられている。目はややつり目で、丸い。瞳の色は黒だ。
「お疲れ! こんな時間にお風呂に入ってるなんて珍しいね。調子はどう?」
「まあいい感じだな。そっちは?」
「何とも言えないんだよねー。武器を新らしくしたのはいいんだけど、まだその癖に慣れきってなくてさ。あ、そういえばリオレイア狩猟クエストまた受けてたよね。どうだったの?」
「成功した。これがその代償みたいなもんで、まあ見ての通り打撲だな」
「あちゃー、お大事に。でも、リオレイア相手にそれだけで済んだんだからむしろすごいよ。おめでとう!」
手を合わせて嬉しそうな表情を浮かべる彼女の名前をヒオンという。僕と同い年の狩人だ。実力も僕と同じ程度なので、僕とため口でやり取りしている。彼女は数少ない村専属のハンターの一人で、ユクモ村近辺のモンスター討伐をよく任されていた。
それにしても、ギルドの医者と同じようなことを言う。リオレイアの装備を一式全部揃えるくらいやつとは何度も戦っているのだ。いやでも戦い方は身についていくものである。
そのままヒオンとしばらく雑談していたのだが、そこで僕はふと思いついた。
「そうだヒオン、聞きたいことがある」
「なになにどうしたのー?」
「竜を落ち着かせるアイテムって何か知ってたりしないか? 眠らせるんじゃなく、落ち着かせる道具だ」
イメージとしては、怒りなどの興奮状態にある竜を鎮めていつもの状態に戻すかのような。
素材や道具、人が使うには大きすぎるものでなければなんでもいい。できれば効果が長く持続するものであるのが望ましいが、そこは特に気にしないでほしいと付け加えた。
「落ち着かせる、ねえ……ううーん。私はそれを聞いたら落陽草の花くらいしか思いつかないかな。あれが竜を落ち着かせるかはわからないけど、すごい癒しの効果を持つって聞いたことがあるよ。あ、でも、たしかあれってすっごい高級品なんだよね……」
「なるほど。落陽草までは考えたが、そういやあれには花があったな」
落陽草ではピンと来なかったが、花については検討してみる価値がありそうだな。僕がお礼を言うと、彼女は不思議そうに僕に問うてきた。
「ところで、どうしてそんなこと考えてるの?」
「竜車に乗ってるとき、肉食竜なんかと出会って興奮したアプトノスをどうにか落ち着かせられないかと思ってな。この前それで危うく崖から落ちかけたんだ」
そっけなく僕は答える。あの問いを投げかける前からこの返答は用意しておいたのだが、もちろん本音は違う。テハの耳元の感覚器官の暴走を防ぐか、緩和するための方法を模索しているのだ。今日はほぼ一日中このことを考えている。
「ふーん。そういうことなら先に行ってくれればよかったのに。他に何かいい案があるわけじゃないんだけどね……。でも、あれは確かに危ないよね。臆病なアプトノスとかだったら特にさ」
ヒオンは見事にそちらの方に誘導できたらしい。僕は嘘があまり得意な方ではないので少しほっとした。さて、話をしてるうちに十分に身体は温まった。のぼせる前に上がるとしよう。ヒオンはまだゆっくりするつもりのようだ。
「先に上がるぞ。話に付き合ってくれてありがとうな」
「こちらこそ~。生きていればまた会いましょう~」
手をひらひらと降ってそう答えるヒオン。なにかと物騒で、冗談にも取れる軽いノリだが、彼女は時にジンオウガやタマミツネ、僕もリオレイアやリオレウスなどとやり合っているのだ。お互いにいつ死んでもおかしくはない。割と僕たちの身に合った挨拶だ。
「ああ、またな」と返して、僕は脱衣場へと向かった。自室ではテハが待っている。
「よし、風呂に入るぞ。テハ」
「アトラは先ほど浴場へ行っていましたが、風呂に入る意味はあるのですか」
「お前だよおまえ。いくら変なにおいがしないって言ってもな。一度ちゃんと体を洗った方がいい。水はそこまで苦手じゃないだろ」
「肯定します。では、服を脱いできます」
そう言うなり風呂場の近くの部屋の隅で服を脱ぎ始めるテハの所業にも慣れた。羞恥心がないのだから仕方ない。
僕の部屋にある風呂場は本当に申し訳程度のもので、脱衣所はない。外からは見えないようにと言っているので、必然的に彼女が服を着替える場所はあそこになるのだ。
彼女が風呂場に入るのと一緒に僕も風呂へと入る。……流石に服は着たままだ。彼女にやましいことをするつもりは一切ない。……いったい誰に向けて言っているんだか……。
「アトラは服を脱がなくてもよいのですか」
「言ったろ。お前の身体を洗うんだって。ほら。そこの石鹸と垢すりを取ってくれ。あと桶。髪と背中は洗ってやるから前は自分で洗うんだぞ」
「了承しました」
テハが手渡した桶で湯船のお湯を掬い、座椅子に座った彼女の頭からかけ流す。ちなみにこのお湯は朝に近くの井戸から汲んできた水だ。それ故に量はそう多くないが、湯船に浸からなければ惜しみなく使える。
水をかぶって濡れた彼女の髪は、やはりやや変わった光を反射していた。若干紫がかっているように見える。金髪はそのまま金色だが。また、彼女との邂逅時に、彼女と壁を繋いでいた数十もの管の切断跡による凸凹がより強く出てきていた。
石鹸を手で泡立てて、彼女の頭に当てた。そのままごしごしと洗いはじめる。髪そのものと、頭皮を入念に。管の切断面にはあまり触れないように。彼女の髪は長いのでそれなりに時間がかかりそうだ。
テハはじっとしている。目は開いているのか、閉じているのか。後ろで膝立ちしている僕には分からない。
……テハの背中を見て、ふと思ってしまった。
彼女は人間たちと共に生きていくことはできるのだろうかと。
思い出されるのはやはり昨日のあの出来事だ。人通りの多い道路を前に、彼女は耳元を押さえてしゃがみ込んだまま動けなくなってしまった。そして、あの電磁力を操る極龍の力が暴走しかけていた。
テハのもつ古龍の感性は、狩りでは大いに役立つのだろう。気配察知に用いられているのがいい例だ。しかし、それは人間社会においては非常に厄介な障害となってしまう。
その後、彼女に聞いたのだが、大勢の人間を視界に収めるだけでもあの状態に陥りかねないらしい。とにかく彼女は、多数の人間が集まることそのものを受け付けられないのだ。人間に近い容姿を持つ彼女にとって、それは致命的と言える。
彼女は強い。人間のように群れを作らずとも、一人で生きていくことは可能だろう。しかし、彼女が人間に近い姿である限り、人間との接触は避けられないのだ。──今の僕のように。
そんなことを考えながら手を動かしていると、今まで黙っていたテハがおもむろに「アトラ」と声をかけてきた。
「どうした?」
「質問があります」
「おう」
「本機は何故、自己破壊処理を実行することができないのでしょうか」
「────」
それを、今、聞いてくるか。
思わず沈黙してしまう。が、しかし、返事は自然になるように努めた。
「……そうだな。それをはっきりさせたいよな」
なぜ、死ぬことができなくなってしまったのか。それを僕に聞いてくることの意味を、恐らくテハは汲み取れないのだろう。
しかし、僕もそれでいいと思った。質問の内容に驚きはしたが、それが彼女にとって自然なことなのだ。
彼女は何も死にたがっているわけではない。……いや、この言い方だと誤解を生むな。彼女は自らが死ぬべきという判断を、洞窟内での僕との会話で下した。それは自らが不必要になったからという理由に基づくものであり、自らの意志は伴っていない。
だから、彼女にとってそれは純粋な疑問なのだ。
僕は初めて出会ったときのあのやりとり以外、彼女に生死の判断を任せている……そのつもりだ。
つまり、今ここに彼女が生きていることは、彼女が自らが存在すべきと見なしたか。もしくは、彼女がそのような意思を持ったか。或いは、また別の理由か。
そして、僕はそのことから目を逸らすわけにはいかない。少なくとも、テハの最初の自殺をそんな簡単に死ぬなと言って止めたのは僕である。彼女がこの疑問を抱くようになった理由は僕にあるのだ。
たっぷり一分は考えて、僕は言葉を選びつつ慎重に話し出した。
「質問したってことは、テハだけだと答えが出なかったってことだよな。僕の考えはな、お前はいまこの世界を見極めようとしてるんじゃないかってことだ。自らが必要とされているか否か、これも重要ではあるんだが、それとは別でな。
洞窟の外のあの景色、今までに見たことがなかったんだろ? このユクモ村も、そこに住む村人たちも。お前はここで人間の群れが苦手だってことを知ったわけだ。初めてかどうかは別としてな。つまるところ、お前はこの世界を全然知らない。知らないってことを知ったんだ。
だから、人間たちにとってお前の必要性がないだろうことは分かっても、それがこの世界に見切りをつけることに繋がらなくなってるんじゃないか? 知らなかった情報がどんどん流れ込んできてこんがらがってるとも言えるよな」
だから自己破壊できない。生きる必要性もなければ、生きる意志もないが、死ぬ理由に納得ができない。そんな感じのことを僕は伝えようとしたのだが──
「……抽象的です。本機では理解が困難です」
「割と真面目に答えたんだがなあ」
テハが初めて口にした、やや拗ねたような声に自然と笑みが零れる。
まあ僕も、あまり明確な回答ができないことは確かだ。そしてそれは一日二日で答えが出るほど単純な問題でないことは、テハも分かっているはずだが。
そんな話をしているところで、テハの頭を洗い終えた。それなりに丁寧に洗ったので、水で洗い流した後は髪がしっとりとしていた。
続いて背中を洗う。こちらは石鹸と垢すり用の布を使っててっとり早く済ませる。要は彼女にこれらの道具の使い方を知ってもらえればいいのだ。少々荒っぽくなってしまったが、彼女の肌はやはり頑丈であまり赤くもならなかった。
身体の前の部分と体に生えている鱗については彼女に任せて、僕はさっさと風呂場から退散する。──実は、彼女の背中を洗っているとき、その小ささを目の当たりにして戸惑ったのだ。それを気付かれたくなかったので出て行ったが、勘付かれてはいないだろうか。それが少し心配だった。
次の日も、僕はテハの感覚器官をどうにかできないかと考えていたのだが、やはり良い考えは浮かばなかった。
朝方、思い切って彼女の頭から下顎にかけてを布で覆ってみた。その結果、感覚器官の感知がされにくくなり結果として症状が緩和されることが分かったのだが……あれは目立ち過ぎた。もともと鱗が生えているのもあって、横幅がすごいことになる。まるでドスジャギィのエリマキである。よって、これはもしものときの最終手段として保留となった。
「しかし、あれ以上のものなんてあるのかねえ……」
村の大通り、集会浴場へ続く道を歩きながら僕は独りごちる。
ヒオンに言われた落陽草の花についても、道行く行商人に尋ねてみたのだが、彼女の言った通り驚くほどの高さだった。相当な貴重品なのだろう。
つまり、手詰まりということだ。これ以上うだうだと考えても無意味そうだなと考えていたところで、目的地が見えてくる。村の武具加工屋だ。
「おーい、じっちゃん。いるか?」
「あぅあぅ! 誰だ誰だって、おぉ、アトラかぅ! どうだ、クエストの方は上手くいったかぅ?」
「ああ、きっちり狩ってきた」
「あぅ! そりゃあお疲れさん! ここらで雌火竜狩りとくりゃあワレだもんなぅ」
僕の呼びかけに応じて加工屋の奥にある工房から顔を出して、クエストの結果を聞いて快活に笑うこの人物が、この村で最も古くからある武具加工屋の主人だ。僕はじっちゃんという愛称で呼んでいる。
竜人族で、背丈は僕の胸くらいまでしかなく、それなりの老齢(竜人族で老齢ということは、人間の寿命程度はとっくに超えているとみなしていい)だ。しかし、その武器加工技術は未だ衰えることを知らない。今も軽々しく身の丈に近いほどの加工用の槌を担ぐ姿は、頼もしさを感じさせる。
「それ、知り合いのハンターからも言われたんだよな……。僕が思ってる以上に有名なのか、それ」
「なんにも恥ずかしがるこたぁないさぁ。頼もしい限りだなぅ! それで、今日はどんな要件かぅ? いつもの矢の補充かぅ?」
「ああ。今回は運のいいことにほとんどの矢を回収できたんだが、やっぱりいくつかダメになっててな。ストックもなくなってきたんでここらで補充しておきたい。使用済みの矢も持ってきた」
僕は弓使いなので、狩りには良質な矢が欠かせない。それを生産し販売しているのがこの武具屋だ。できる限り使った矢は回収するように努めているのだが、それでも破損したり、回収できなかったりする。先日のリオレイア戦でも、七本程度の矢が折れたりねじ曲がったりして使い物にならなくなってしまった。
矢じりは金属でできているため、熔かして再利用ができる。新しく買う矢も少しだけだが割引されるため、弓使いはよくこうして古い矢筒に使用不可になった矢を入れて保管し、矢を補充するときに持ち込むのだ。
ユクモ村には他にも武具店がたくさんあり、そちらの方が安かったりするのだが、じっちゃんの作る矢は質がとてもよく、ある程度の風には耐えて真っすぐに飛んでいく。また、防具のメンテなどもやや高い分丁寧に行ってくれる。僕は武具に関してはほとんど彼にお世話になっているのだった。
と、そうだ。今日の要件はこれだけではない。
「じっちゃん、矢の補充とは別にもう一つ依頼があるんだが」
「あぅ、どんな要件かぅ?」
僕はそこで、一度軽く咳払いした。じっちゃんが不思議そうに首を傾げたところで、一息に言ってしまう。
「女性用のユクモノシリーズを一揃い、作ってくれないか?」
「ふむぅ? そりゃあそんくらいならすぐに仕立てられるが、いったいどういった事情だぅ?」
「今この村に、知り合いの女の子がハンターになるために来てるんだ。その子に贈り物としてな」
「あぅ! そういうことかぅ! なら任せとき、ばっちり一式作ってやるなぅ」
じっちゃんは気前よくそう言った。ユクモ村は観光で得ている収入も大きいからか、こういった依頼は少なからずあるのかもしれない。
さて、ここからがちょっとした賭けな部分である。僕は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「その代わり、ちょっとオーダーメイドをお願いしたい。というのも、以前その子を見たときの容姿がこんな感じだからなんだが……じっちゃん、こういう姿の人を見たことあるかい?」
僕がそう言いながらじっちゃんに見せたのは、ポーチから取り出した一枚の紙。そこには、テハのありのままの姿が描かれていた。──昨日、僕が描いたものだ。
彼女の姿を他人に見せることについては、それなりの葛藤があった。まるでおとぎ話の登場人物がそのまま出て来たかのように、身体から生えている黒い鱗。それが気味悪がられるかもしれないというのもあるが、一番の理由は、やはり彼女が古龍の力を使う古代の対竜兵器だからというのが大きい。
下手に人に見せるとハンターズギルドや書士隊、龍歴院の耳に入る。それは避けた方がいいという直感は、彼女と一緒にリオレイアを狩ったことでますます強まった。
彼女の容姿と力は、まず間違いなく彼らの観察対象になり得るはずだ。彼女がその道を許容するならそれでもいいのだが、それを選択させるのにはまだ早いと僕は思っている。
その上で、彼女の姿のスケッチを見せることを選んだ理由は、その相手がじっちゃんだからである。
実を言うと、僕にとって彼はユクモ村で一番信用のおける人物だ。人柄がよく、真面目で、噂にあまり流されない。そして、僕がこれから行うオーダーメイドはテハのことを先に知ってもらわないと不審がられるだろう。それらを考慮した結果だ。
じっちゃんはそのスケッチを見て目をぱちくりとさせる。それから続けて僕の方を見て、僕が大真面目な顔をしているのを確認してから興味深そうにそれを見始めた。
「ふむぅ……わっちも見たことのない姿だなぅ。この鱗っぽいもんは、そん子の身体から生えているのかぅ?」
「ああ。生えている。実際に触ったことがあるから間違いない」
僕がそう答えると、じっちゃんはまたふむぅと言ってまたスケッチに目線を戻す。本当に見たことがないようだ。老齢の竜人族であるじっちゃんをもってしても見たことがないということは、テハのような存在は世界に二人といないのかもしれない。
「あぅあぅ、アトラよぅ。わっちは絵だけ見ても信じられそうにないなぅ、しかし事情はわかったなぅ。オーダーメイドはどうするなぅ?」
「──ああ。流石はじっちゃんだ。本当に、助かる」
思わず笑みが浮かぶ。じっちゃんならそう言ってくれるだろうと思っていた。
「まず、胴着についてなんだが、肩を露出させずに、ゆったりとした感じで作ってもらっていいか?」
「了解したなぅ。他に要望はあるなぅ?」
「そうだな。そのスケッチで伝わったかは微妙なんだが、その子のその鱗、先端が尖ってて布地が引っかかるんだ。だから、胴着の内側は尖ったものが当たっても引っかからない程度に滑りやすくしてもらえると助かる。──これくらい、だな」
「わかったなぅ。オーダーメイドやけぇ、ちぃとばかし高くつくが、お金は大丈夫かぅ?」
「最近狩りに出てばっかで金を使ってなかったからな。大丈夫だ。あと、このことは他言無用で頼む」
「あぅ。事情が複雑そうやけぇ、そういうなら黙っておくなぅ」
じっちゃんは神妙な顔をして頷いた。そう言ったのならもう彼は誰にも話さないだろう。世話になりっぱなしである。
そうだ、ついでにテハの感覚器官についても話をしてみるか。容姿については知られているため、もう少し具体的な相談ができるかもしれない。そう思って口を開こうとしたところで、じっちゃんが先に話し出した。
「あとは装飾品だなぅ。そん子が旅人っちゅうんならそのまま開けといてもいいんだが、どうするなぅ?」
「あ、そうか。装飾品か。しまったうっかりしてた。何も考えてなかった」
装飾品はその名の通り、武器や防具に装着してハンターの補助をする道具だ。例えば、耐暑珠を胴に着けると通気性がよくなって暑さに強くなる、設計上強撃瓶が使えない弓に強瓶珠をつけてそれを介せば使えるようにする、などの様々な使い道がある。その他にも……そのほか、にも…………
「────あ」
閃きが脳内を駆けた。逃げられる前にその閃きを捕まえた僕は、思考を一気に加速させてそれをアイデアに仕立て上げる。じっちゃんはまた首を傾げていた。
──うむ、これなら何とかなるんじゃないだろうか。ただの思い付きだが、手ごたえはある。というか、これに賭けるしかないだろう。問題はこんな装飾品を造ることが可能なのかどうか、だ。
全てはじっちゃんの返答次第だ。僕は意を決してじっちゃんに話しかけた。
「じっちゃん、実は今、新しく作ってほしい装飾品を思いついたんだが────」