とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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第7話 繋:狩人と少女の旅路

 

 二人の旅が始まった。

 旅の始まりは長月、紅葉の美しいユクモ村から。渓流地方の豊かな水が集う大河に沿って、僕たちは丸鳥が引く車に乗って海を目指す。

 季節は冬……すなわち寒冷期に差し掛かりつつあったが、僕たちが向かっているのは常夏の孤島地方だ。大小合わせて百近くもの島々が散在しているその地方は、一年を通して温暖な気候が続く。

 

「あの辺り一帯もハンターズギルドが管轄してるんだが、その規模はユクモ村のそれより大きくてな。タンジアっていう大きな港街があって、そこにギルドの支部がある」

 

「アトラはその街に向かう予定なのですか」

 

「とりあえずな。集会場に出向く予定は今のところないんだが、あそこには書士隊……じゃないな。古龍観測隊の出張所があったはずだ。そこで過去の文献でも漁れないかと思ってる」

 

 村を出てから一日目の夜。テハの作った砂鉄の物かけ棒に吊るした雷光虫ランプの下で地図を広げながら、僕たちは行き先について話し合う。

 テハは旅の内容についてほとんど話さないまま連れてきてしまった。まずはこれをしっかり伝えなければならない。

 

「この旅の目的はな、テハ。僕とお前のこれからの見定めをすることだ。僕はこのまま旅人になるか、どこかに身を落ち着けるかどうか。お前は死ねない理由探しと人間との関係探りだな」

 

「了承しました。具体的な活動案はありますか」

 

「ああ。つっても僕個人の意見だがな。僕自身の問題に関しては旅しながら自分でじっくりと考えていくとするさ。お前については、お前からも僕に意見してほしい。ただ、旅に連れて来たなりの責任は果たすつもりだ。

 ──これからタンジアまで行く過程でいくつか村に立ち寄る予定だ。そこで食糧を買ったり、依頼を請けたりする。道中で狩ったモンスターの素材を売ったりもするな。そうしないと路銀なんてすぐに尽きる。

 タンジアを出てまた別の地方に向かうときもきっとそうするだろう。交渉は僕がやるから、テハはそれを見てほしい。余裕がありそうなら、買い物とかをしてもらう予定だ。買い物の経験はあるか?」

 

「本機の記録にありません。買い物は対竜兵器の正しい使用用途ではないと進言します」

 

「まあその通りなんだけどな。ただ、お前がその姿をしている限りどうしても無理があるんだよ。人間との経済的な関りを断つことはな。」

 

 どこか人のいない僻地に一人で生きていくというのなら話は別だが。彼女はそれが恐らくできてしまう。しかし、そうするならそうするなりの理由が必要だろう。

 例えば人と関りを持ちたくなくなった、とか。それを知るためにも、緩やかでもいい、人間と接してほしいのだ。

 このとき、旅人という点が有利に働く。テハは良くも悪くも印象に残りやすい。その独特な話し方や、価値観、容姿のためだ。ある場所に留まっていた場合、そこに住む人々と接する機会がどうしても増えてしまう。違和感は蓄積され、不審がられてしまうかもしれない。

 しかし、旅人ならば、基本的に出会う人々はそのとき限りの関係だ。ぼろが出たなら、その場で取り繕ってさっさと去ってしまえばいい。テハが人間との接し方を探るにはちょうどいいと僕は思っていた。

 

「それと、お前が死ねない理由探しについては、正直この旅でその一端を掴めるかも分からん。でも、お前は結構気になっているんだよな」

 

「肯定します。本機は自己破壊処理が任意発動不可になっている原因を特定する必要があります」

 

 テハは明確に頷いてそう言った。もう何度も言っているが、テハは死にたくてそんなことを言っているわけではない。自分という兵器の必要性がないとみなしているだけに過ぎない。

 出会ってすぐのころはその判断が自己破壊処理とやらの実行に直結したわけだが、今はどうするか分からない──これからの僕の努力次第では、このまま生き続ける選択をしてくれるかもしれない。

 だからこそ、僕は目を逸らさずに向き合う道を。テハが死ぬことから目を逸らせるように。

 

「それに僕が付き合っていいのなら、僕がやるべきことは、テハ、お前について知ることだと思う。過去の文献を漁ろうと提案したのはそれが理由だ。

 お前が生きていた時代について調べて、過去にお前がどういう存在だったのかを知れたら、少しぐらいは気の利いたアドバイスができるかもしれない──おせっかいの域に片足突っ込んでるけどな。そこまでしなくていいってんなら遠慮なく言ってくれ」

 

 そんな僕の提案に対して、今度はテハは頷かなかった。少しの間思案して、やや顔を俯かせる。

 

「いいえ。過去の文献の閲覧は有効な手段であると推測します。──現在、本機は過去の記録、すなわち記憶の大規模な欠落が発生しています。過去の出来事について調べることで、記憶が回復する可能性があります。よって過去の文献の捜索は必要です」

 

「ふむ。例えば……お前があの洞窟で埋まってた理由とかか?」

 

「肯定します」

 

 テハが口にしたのは、今まで僕が知らなかった情報。ただ、今までの彼女を見てきてほとんど察していたことでもあった。

 やはり彼女は多くの過去の記憶を失っているらしい。例として僕が以前から気になっていたことを挙げれば、彼女は肯定を返した。僕は、彼女があそこにいたのには相応の理由があると予想しているのだが。それについては現状分からず仕舞いになったわけだ。

 まあ、もし過去の記憶を失っていなかったとすれば、彼女は今頃死ねない理由に悩んでなどいないだろう。何らかの解答を出しているはずだ。そして、僕と同じ考えに彼女も至ったはず。だからこそ、過去について調べる必要があると彼女は判断したのだろう。

 

「分かった。あと、それを認めてくれるならひとつお願いしたい。時間のあるときに、お前が話せる限りのことでいい。お前自身のことについて教えてほしい。僕はお前が対竜兵器だってことしかまだ知らないからな……ま、さっきのアドバイスと同じ流れだ」

 

「了承。本機に関する質問はいつでもお申し付けください」

 

「よし。じゃあ、特に旅の方針の変更はなしってことで」

 

 広げた地図をくるくると巻いて鞄にしまい込みながら、僕は焚火の支度を始める。ランタンは地図などに火が燃え移る心配がないのでこういうときも重宝するが、燃料の油は節約しておきたい。

 ここからやや離れた場所では、引き車を引くガーグァと御者のアイルーが寝息を立てている。ユクモから渓流地方の離れにある村に物資を運んでいる最中らしく、僕と彼女はそれに乗せてもらっているのだ。運賃は安く、その代わり彼らの護衛を僕たちは請け負っていた。

 

「……ああ、最後にひとつ」

 

 彩鳥というモンスターから得られる素材である火打石をポーチから引っ張り出す、その手を止めて、僕はテハの方を向いて笑った。

 

「お前の死ねない理由探しな。生きてる理由探しってことにしようぜ。意味合いは若干変わるかもしれないけどな」

 

「……はあ」

 

 テハはきょとんとしながら、今まで聞いたことのない曖昧な返事を返した。意味が分からないが、それくらいなら、といった感じか。

 死ねない理由ではなく、()()()()()()()()()。今ここに生きている理由。前者よりかは建設的なのではなかろうか。いわゆる気分の問題というやつだ。ただ、それなりに重要なことだと僕は思っている。

 

 焚き火用の薪は既に用意している。しばらくすると、ぱちぱちという音と共に火が生まれ出て僕たちと木々を照らした。

 旅の最初の夜が更けていく。

 

 

 

 

 

 タンジアに着いたのは、ユクモ村を出てから二月ほどが経った頃だった。

 実は飛行船を使えば三日と経たずに辿りつけるのだが、あれに乗れる人は限られている。孤島地方の緊急性の高い依頼を請け負ったハンターや龍歴院、書士隊所属のハンターがそれにあたる。従って陸路を使う人々もそう減っていないのが現状だ。

 道中にあるいくつかの村に立ち寄り、時には一週間ほど滞在していた僕たちはさらに時間がかかっている。あの辺りは渓流地方と孤島地方の狭間に当たり、ハンターズギルドの管轄からも外れている地域だ。岩場の多い渓谷が目立ち、あまり得られるものも多くないが、そこでは基本的にハンターランクを気にせず村の依頼などを請けてモンスターと戦うことができる。

 路銀はそういった村で依頼をこなしたり、モンスターの素材を売ることなどで稼いだ。落陽草や大地の結晶などの、狩場以外ではあまり採れない採集素材もそこそこ高く売れる。

 食費や宿泊費、道具の補充、装備などの整備費などを差し引いて、ややお金を貯めていける程度なので、順調かはともかくとしてまあやっていけていると言えるだろう。

 

 タンジアの街の港付近にハンターズギルドの支部はある。港の大きな酒場を間借りしているらしいそこは、朝方でもそれなりの賑わいを見せていた。

 僕と共にそこへと出向いたテハは、ギルドの受付嬢に道中で狩ったモンスターの報告を行っていた。その耳元にはしっかり三色の髪紐が添えられている。彼女にとって人が集まる場所では必須の道具だ。

 

「ドスジャギィを二頭討伐、アオアシラとリオレウスをそれぞれ一体討伐……大型モンスターの狩猟報告は以上ですね。村の証明印の鑑定は受領後に行われます。ご依頼されたハンターランクの昇格審査の結果が出るまでには二日から三日かかりますが、よろしいですか?」

 

「はい」

 

「それでは、もう街で何度も言われたことかと思いますが……ようこそタンジアへ! 私たちタンジアハンターズギルドは貴方たちを歓迎します!」

 

 そう言ってにっこり笑う金髪の受付嬢。容姿はともかくとして、雰囲気はコノハに似ているだろうか。対して、テハは首を傾げて彼女に質問を投げかける。

 

「ハンターズギルドが歓迎?」

 

「ええ、とても! リオレウスを狩れるハンターさんがいらっしゃるのはちょっと珍しいですからね。ですが、ええとそちらにいらっしゃる貴方は……アトラさんですね。テハヌルフさんは駆け出しのハンターさんのようですので、リオレウスはアトラさんの単独討伐ということでよろしいですか?」

 

「いや。テハヌルフは同行してる。正直な話、僕だけではリオレウスの討伐は難しいかもしれないな」

 

 僕がそう答えると、受付嬢はやや驚いた顔をした。テハのハンターランクは1なので、僕が彼女をリオレウス討伐に同行させるとは思わなかった、と、そんなところだろうか。真偽を尋ねられる前に、僕は話を続ける。

 

「だからという話ではないのかもしれないが、テハにハンターランクの昇格を勧めたのは僕だ。彼女の実力はランクに見合ってない。僕と同じ3くらいあると僕は見てる。その点も含めて審議を願いたい」

 

 本音を言うと彼女はランク4は余裕、もしかすると5に届きうるくらいなのではないかと僕は思っている。

 実はリオレウスと戦っていたとき、よりうまく立ち回っていたのは彼女の方だ。まるでリオレウスの動きを読んでいるかの如く立ち回り、痛烈な斬撃を何度も与えていた。

 更に重ねて彼女の持つ力……電磁力のフル活用である。火球と砂鉄の剣が飛び交い、その空中での圧倒的な機動力を以て飛来する剣を撃墜するリオレウス(あれは間違いなく上位個体だった)とその裏をかいて地に落とさんとするテハの()()()に、僕はくらいついていくのに精いっぱいだった。

 結局、その戦いを制したのはテハだった。彼女のおかげで閃光玉を戦線離脱のためでなく狩猟に用いることができたのが大きい。僕が一度火球の余波を受けて全治一週間程度の捻挫を負ったのに対し、彼女は特に大きな怪我もなく狩猟を終えた。あのリオレウス相手にだ。

 安定して飛竜種などの危険度の高いモンスターを狩れるようになってランク4、それらの上位個体や複数体同時狩猟などをこなせるようになってランク5は得られる。

 つまり、周りの目を気にせず電磁力を使える環境なら、彼女の実力はランク5、都市や街の切り札クラスに届き得る。

 

「うーん。にわかには信じがたい話ではありますが、一応私から進言しておきますね。ただ、そのお話が通らなかったとしてもハンターランク2への昇格はほぼ確実かと思われます」

 

「それだけで十分さ」

 

「はい。ここでの『私』の目的はハンターランクを2に上げることです」

 

「なるほど。でしたら事は穏便に進むかと思います! ……ところで、審査結果が出るまでの二日間はどう過ごされる予定ですか? 実は、先ほど急ぎの依頼が発注されたばかりでして、できればそちらの依頼を請けていただきたいなーなんて……」

 

 申し訳なさそうだが、ちゃっかりしている。僕は苦笑しながら答えた。

 

「内容は?」

 

「ラングロトラの討伐ですね。どこからかこの孤島地方に迷い込んできたらしく、やっぱり環境が合わないのか気性が荒くなっているようです」

 

「あいつか……テハヌルフは同行できるか?」

 

「ええと……はい。可能です。ラングロトラそのものは危険度のそこまで高いモンスターではありませんので。流石にランク1のハンターさんでは厳しいですが、そこはアトラさんの言葉を信じて。多少の無理は私からギルドマスターに通しておきますのでっ!」

 

 そのとき、テハが僕の方へと振り向いて言った。

 

「ラングロトラとはどのようなモンスターですか」

 

「この前倒したアオアシラと体格は同じだ。姿とか色は全然違うけどな。アオアシラよりは手強いが、リオレイアやリオレウスには及ばない。あいつの厄介なところは生息地が火山とかの環境が過酷なところだからなんだが、今回はそれを気にしなくていい感じだな」

 

 そう答えると、彼女は「では討伐可能です」とさらりと言ってのけた。リオレウスのときもそんな感じだったな。受付嬢は彼女の言葉を聞いて再び驚いた表情を浮かべ、それからすぐに笑顔になった。僕もまた苦笑いするしかない。

 

「分かった。そのクエストを請けよう」

 

「やったー! ありがとうございます! 朝から急ぎの依頼がすぐに受注されるなんて大助かりです!」

 

 受付嬢は喜びながら契約書にペンでさらさらと書き込みを行い、手のひら大のスタンプを押す。やはりちゃっかりしている。が、悪い気はそうしない。上手く誘導された感じだが、実はこちらにとってもある理由で都合がいいのだ。それはこれから話していこう。

 

「ああ、その代わりと言ってはなんだが────」

 

 

 

 

 

「結局、めぼしい資料は見つけられず仕舞い、か。タンジア程の街であれば手掛かりの一つでも見つけられたと思ったんだがな」

 

 そうぼやきながら、僕は夕陽に暮れるタンジアの街を歩いていた。中心部にある港からは大分離れた町の端の方にある宿へと向けて歩く。

 街の方はまだ活気に満ちている。一日中とは言わないものの、その喧騒は夜も続くのだろう。

 港の方に目を向ければ、今もいくつかの船が入港したり出向したりしているのが見える。タンジアは平野ではなく急峻な斜面に沿って築かれた街であるため、少し登れば一番低い位置にある港がよく見えるのだ。

 

「古代文明や古い伝承に関する内容の文献はいくつか存在しました。しかし、本機が記憶している戦争について記載している資料はありませんでした。秘匿されている可能性があります」

 

 テハは今、ユクモノ笠の代わりにローブを身に纏っている。単に二人とも防具を身に着けていないためその代わりとしているだけなのだが、どうやらこれだと彼女は僕の付き人として見なされるようだ。おかげで彼女について詮索されることがいつもより少なくなるという意外な効果を発揮している。

 テハの推測は大胆なものだが、今は僕もそれを疑いざるを得ない。彼女と出会って、人と竜の戦争について知った時から抱いていた疑念は深まりつつある。僕は低く唸った。

 

 突然依頼されたラングロトラの狩猟を無事に終えて、僕たちはさっきまでタンジアの街唯一の研究機関、古龍観測所の資料館を訪れていた。

 街にやってきた直後に緊急の依頼を請け負った見返りとして、あの金髪の受付嬢──キャシーというらしい──に紹介状を書いてもらったのだ。

 古龍観測所はその名前の示す通り、古龍という超常の存在を研究している機関だ。また、世界各地に存在している古代の遺跡の調査も行っている。それ故にハンターズギルドとは切っても切れない関係があり、ギルドからの紹介状は効力を発揮できる。

 現在のモンスターの生態や未開地域の調査などを主目的とする書士隊に対し、古龍観測所はより歴史を重視する傾向にある。テハのこと、ひいては過去にあったという人と竜の戦争についての資料も存在するのではないかと思ったが──思ったような成果は得られなかった。

 

「過去の歴史の秘匿か……あり得るような気がしてきたが、そうなると調べ物は一気に厳しくなってくるな」

 

 歴史の秘匿、改ざんは一見不可能に思われるが、国家レベルで行えば可能だ。まして戦争となれば人々は大いに混乱しただろう。過去の出来事をなかったことにしようと思えばできたのかもしれなかった。

 テハの言葉が偽りでないことはテハの在り方が示している。龍の力を人の形に押し込めて兵器として運用するなど、正直言って正気の沙汰ではない。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は出てこない発想だろう。

 

 彼女の人間に対する態度は、旅を始めてから徐々にだが柔らかくなってきている。彼女がそれをどう思っているかはともかく、成果は出てきていると言えるだろう。

 対して彼女の過去についての調査は早くも壁にぶつかってしまったようだ。しかし、他の良い方法が思いつくわけでもいない。地道に独自の調査を続けていくしかないだろう。

 そんなことを考えながら宿に向けて二人で歩いていた──のだが、思わぬ収穫は宿に戻ってから得られることとなった。

 

 

 

「……は? マジかそれ?」

 

 近場で買った弁当を食べる手を止めて、僕は呆然としながら聞き返す。対してテハはこれが僕を驚かせるとは思ってもいなかったという風に淡々と、しかし明確に答えた。

 

「肯定。──制御機である本機に接続される竜機兵本体の全長は約40メートル、全高約15メートルです」

 

「……規格外の大きさだな」

 

 かろうじてそう言うことしかできない。それ程に信じがたいことを彼女は言ったのだ。

 

 事は宿に辿り着いて一息ついたところから始まる。

 古龍観測所の資料室で孤島地方の古代遺跡──なんと海中に沈んでいるらしい──に関する資料を読んだからか、僕はふと彼女と出会ったときのことを思い出した。

 そういえば彼女は頭から延びる管で壁に繋げられていたが、あの壁の向こうには千年近くにわたり彼女を生かしたまま眠らせ続けた何か……遺跡のようなものがあるのではないかと。

 

 それを深く考えもせずに彼女に尋ねてみたところ、壁には竜機兵と呼ばれる巨大な兵器が埋まっており、彼女はそれを制御──操縦する役割を担っている()()()()()()()というとんでもない答えが返ってきたというわけである。

 

「全長40メートル全高15メートル……現存する竜種の中じゃそんな大きさの個体なんて皆無なんじゃないか?」

 

 頭の中でモンスター図鑑を引っ張り出しながら唸る。大きいことで有名なガノトトスなど目ではない。全長40メートルというのはそれくらいに大きい。

 砂の海に棲む超巨大古龍ジエン・モーランの全長が約100メートルだったはずなので、それよりかは小さいが、あれは例外、古龍種である。人間の兵器でそれ程の大きさのものとすれば……それこそジエン・モーランとの戦いで出撃する撃龍船くらいのものではなかろうか。

 撃龍船は遠目に見たことしかないが、それでも迫力が伝わってくるほどに大きく感じたことを覚えている。あれよりか一回り近く大きいとなると……なかなかイメージができないほどだ。

 そして、そんな兵器の操縦者であるという彼女が古龍種ルコディオラの能力である電磁力を使えるということは、つまり。

 

「制御機のみでの戦闘能力は本来の十分の一以下となります。扱う電磁力も同様です」

 

「やっぱりか。凄まじいな……」

 

 僕の思考を読んだかのようにそんなことを言う彼女に、僕はただ呟きを返す。

 凄まじいと、本心からそう思う。もしあの砂鉄を駆使した技の数々の苛烈さや物量が十倍された場合、ドスジャギィやアオアシラなどの中型モンスター程度なら一瞬で倒せるのではなかろうか。大型モンスターですらも軽くあしらってしまえるかもしれない。()()()()なようにすら思える。

 

 ──もしそうならば、候補はある存在へと絞られていく。

 

 

「なあ、ならその本体込みでお前が戦うことを想定されてた種族ってのは────古龍種か」

 

 

「肯定。本機はドラゴンの討伐を目標に造り出されました」

 

 

 ──なるほどな。古代文明が滅びた理由がよく分かった。そしてテハが生み出された理由もだいたい予想がついた。

 古龍種を明確に敵に回してしまったからだ。

 

 古龍種は総じて超常の力を使役し、普通の竜とは比べ物にならないほどの生命力と強大さを持つ。一匹の龍は街一つを滅ぼし得ると噂されるほどだ。歴史ではそういう事例は実際に何回かあったらしい。

 そんな規格外どころか理の埒外にいると言っても過言ではない存在と()()()()に入るなど、自殺行為も甚だしい。いくら高度な文明を持っていたとはいえ、それに気付かなかったのだろうか。

 

 とにかく、テハはそんな古龍と戦うために生み出された。彼女は対竜兵器でかつ、対龍兵器だった。古龍の力を彼女が使えるのは、そのためとみて間違いないだろう。

 

「…………」

 

 テハが人と竜の戦争の最中に生み出されたことは知っている。彼女はまさに当時の人類の希望だったのではなかろうか。

 ただ、()()()()を聞くのは憚られた。そして何となくだがほぼ確信している。()()()()()()()()()()()()()()

 

 古龍を倒すために造られたらしいテハが、実際に古龍と戦った結果どうなったのか。それを今のテハに聞くのはよくないような気がして──僕も大概小心者だが、彼女は自分自身でそれを思い出すべきだろうとも思った──僕は別の話題を振った。

 

「ん。僕もいろいろと勘違いしてところがあったみたいだ。教えてくれてありがとな。テハ」

 

「構いません。本機に関する質問には可能な限り答えることを本機は約束していますので」

 

「そう言ってもらえると助かる。……この街でやるべきことは終わったな。あと一日か二日残って、街から出ようと思ってるんだが、どうだ? 流石に何日もここにいたらお前もきついだろ」

 

「『きつい』という状態かは判断しかねます。しかし、ある一定数以上に人間が多くなると音声でなく視覚情報からアトラの危険視している状況に陥りやすくなることが判明しました」

 

「げ、お前まさか耐えてたのか。すまん。気付いてやれなかった。そういうときには遠慮なく言ってくれよ。目を瞑らせてお前を背負って歩くくらいならできるからな。……ちっ、流石に油断が過ぎたか……」

 

 クエストから帰ってきて古龍観測所へ出向くために一度宿に戻っていたとき、かなり人通りの多い道を歩いた。きっとそのときだろう。

 やはり視覚から伝わる人間の多さ、活気は髪飾りの制龍珠を以てしても防ぎきれないらしい。防音珠も完全に音を遮断するものではないため、龍の感性は僅かながらも刺激され続けているはずだ。やらかしたな。

 予定通り、できるだけ早くここから出た方がよさそうだ。工房での矢の補充と受付嬢キャシーへの挨拶だけ済ませれば最低限問題ないだろう。テハの防具もできれば強化したかったのだが、やめておいた方がよさそうだ。

 

「次の行き先は先日アトラが話していた通りですか」

 

「ああ。次の行き先は火山地方。こっから北西に進んでいったとこだな。結構な距離があって時間もかかるが、ぎりぎり寒冷期が終わる前くらいには辿り着くはずだ」

 

 実は火山地方はここからだと船で行くのが一般的で、直接の陸路はあまり発達していないのだが、船には常に人間がいる。

 とりあえず街を出て海岸沿いに進んで、一度テハの龍の感性に休んでもらったところで、中継地点となる村から船に乗り込むのが無難なのではないかと僕は思っている。

 

「火山の近郊にも人間は住んでいる?」

 

「ああ。火の国っていう自治国家があってな。あそこはけっこう排他的な国だから立ち寄ろうとは思っていないんだが……人間の街はあるぞ」

 

 そんな話をしながらすっかり冷めてしまった弁当を食べ終えると、外はもう夜になっていた。暗いかといえばそうでもなく、街の中心部の明かりが人の街特有の明るい夜景を作り出している。

 宿屋の窓がまっすぐ港の方を向いているのはなかなか粋な計らいだな──などと思いながら窓の外を眺めていると、ふと海の向こうで大きな炎が煌々とした光を放っているのを見かけた。

 

「あの火は黒龍祓いの灯台ですか?」

 

「ん、たぶんな。一日中ずっと灯しっぱなしの炎なんてあの灯台くらいしかない。それをほぼ年中やってんだから恐れ入る」

 

 しれっと僕の隣に立って話しかけてくるテハに少々驚いた。最近たまにこういう行動をとるようになったのだ。それまでは会話も動作も受動的かつどこか規則的だったのだが、ここにきてそれが変化しつつある。

 僕としても、そして彼女にとっても好ましい変化なのではなかろうか。髪飾りを揺らすテハの横顔を見て思った。

 

「遥かな太古にここを襲撃してきた『黒龍』の災いを祓うために建てられた灯台……今じゃ猟師や貿易船なんかの目印として、本来の意味とは別に重宝されてるらしいがな」

 

 昼にもあれをテハと共に見たのだが、青空の下でもあれは目立っている。あれだけの灯台を今の技術で建てるのは相当難しそうだ。本来の理由的にも、タンジアの風物詩としても、守り抜かなければならない火なのだろう。

 ただ、テハは違った感想を持ったようだった。

 

「あの黒龍祓いの灯台を起点として、小型の灯台が沖の方に向けて配置されています。古龍観測所で閲覧した資料によれば、あの海域は厄海と呼ばれており、水深の低い海と小さな島々が広がっているようです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……できればそんな状況にならないことを祈るのみだがな」

 

 テハと共に灯台の炎をみながら僕はしみじみと呟いた。さっきは収穫無しだなんて言ったが、そうでもなかったのかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。実際に見たことはないらしいが、知識として記憶していると。

 その存在がほとんど伝説のそれと化しているらしいこの街では、笑い話としてしか受け取られないだろう。古龍観測所にもそれについて語られた伝記があるのみで、資料らしきものは一切なかった。

 しかし、僕にとっては彼女が知っているということが何よりの証拠だった。

 

「ま、ハンターズギルドには伝えなくてもいいだろ……言い伝えがある以上、何かしらの備えはしてあるはずだしな」

 

 伝記には、人々に倒されて海底深くに沈んだその龍は、不死の心臓により蘇るという記述があった。そんな馬鹿なと僕はそのとき思ったのだが、テハはそれを全く疑っていないようだ。

 仮に僕たちがそれを騒ぎ立てたところで、無駄に目立つだけだ。むしろ用心深いハンターズギルドに目をつけられてしまうだろう。かの古龍が蘇ると言ってもそれが何時になるかは分からないしな。

 

「…………」

 

 テハは黙って灯台の炎を見つめている。何か思うことでもあるのだろうか。

 ふと悪戯心が沸いてその黒髪を手で梳かしてみると「……?」と不思議そうにこちらを見てきた。「何でもない」と笑って僕は窓から離れる。

 

 この穏やかともいえる旅路は、薄氷の上にあるのかもしれない。

 不意に、そんな予感を覚えた。

 

 





以下、小説内に組み込めなかったため追記



 タンジアの商店通りにて

「喉乾いてきた……。なあテハ、なんか飲み物買わないか?」
「はい。アトラが買ってくださるのでしたら」
「……先手打つようになってきたなお前。まあいっか、じゃあそこの店に寄ろうぜ」

「タンジア名物と言えばタンジアビールなんだが、昼から飲むわけにはいかないからな……。葡萄水にしておくか。テハは何か飲みたいものあるか?」
「私には味覚がありませんのでどれも同じかと」
「悲しいこと言うなよお前……いや待て。いいもの見つけた。なんでもいいってんならこれなんかどうだ?」

「カラの実コップはどこでも同じなんだな……ほい、テハのだ」
「いただきます。レモネード、でしたか」
「ああ。飲む前にコップの内側見てみ?」
「……空気の粒が出てきています。これは飲み水なのでしょうか」
「歴とした飲み物だな。とりあえず飲んでみ。あ、酒じゃないが一気に飲まない方がいいぞ」
「分かりました。それでは」

「──!? ……!!?」
「ふっ、はは! あははは!」
「……アトラ、これは……」
「ふふ、すまんすまん。予想してた通りの反応だったからついな。それ、炭酸って言うんだ。飲み心地が全然違うだろ?」
「炭酸……はい。このような水は私の記憶にありませんでした」
「やっぱりな。ビールもこんな感じなんだぜ。ま、そんなに悪くはなかったんじゃないか?」
「……回答できません。しかし、飲めないわけではありません」
「それでいいさ。さーて、久しぶりに驚いたお前の顔が見れたし、次は何食べさせてみようか、俄然やる気が出て来たぞ!」
「……アトラの推奨品に対する警戒度を引き上げます」
「えーご無体な。良心と悪戯心で言ってんのに」
「当然の結果です」

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