火山地方は大陸の南西の方に突き出た活火山の連なる地域を指す。
その火山はその地域に人が住み始めた頃から既に活動しており、年単位で鎮静化と活発化を繰り返し続けている。活発期においては絶え間なく溶けた岩石を吐き出し続け、この大陸を押し広げていた。
そしてここは、生物にとっては過酷な環境である代わりに、鉱石資源が豊かであることで有名だ。ここからでしか採掘できない燃石炭は優良な燃料として大陸の各地に輸出され、また良質な鉄鉱石も手に入れることができる。麓に存在する火の国はこの鉱石資源によって支えられていると言えよう。
そしてそれは狩人たちにおいても同様だ。むしろ彼らは一般の人々では立ち入れない火口付近にまで自己責任のもと赴くことができるため──
「テハ、これを見てくれ! なかなか珍しい鉱石を手に入れたぜ」
「それは……なんという名称なのですか」
「これは紅蓮石って言うんだ。これは常温でも素手で触れると火傷するくらい高熱なのが特徴でな。燃石炭と違って若干結晶っぽいだろ」
「これは有用な素材ですか」
「ああ。圧力をかけるとさらに高温になるから、その熱で別の鉱石なんかを融かして結合させるのに使ったりするんだ。これが欲しかったんだよな……。ところでテハの方はなんかいいの採れたか?」
手のひらより少し大きい程度の紅蓮石を溶岩獣の皮で包みながら、僕は別の場所で岩を掘っていたテハに尋ねた。
今、僕たちの手に握られているのは剣でも弓でもなく、つるはしだ。鉄とマカライト鉱石の合金でできた上質なものである。もちろん武器は背中に担いでいるが、今の主役はこのつるはしだった。
「先ほど、このようなものを入手しました」
「ん? へえ、ドラグライト鉱石か。それも珍しいぜって、でかっ! 見たことない大きさなんだが!? こ、これが全部ドラグライト鉱石の結晶なのか……? 天然でこんなの採れるもんなんだな……」
テハがよっこらしょという感じで傍に置いていた籠から取り出したのは、竜の卵ほどもあるドラグライト鉱石の結晶だった。僕が今までに見た一番大きなマカライトの結晶よりも大きい。いつの間にこんなものを掘り出していたのだろうか。
テハはやや重そうに両手でその塊を抱えている。当たり前だ。僕なら持ち上げられるかすら怪しい。容姿に見合わぬ身体能力を持つ彼女だからこそできる芸当だろう。
「本機の磁力探知に強く反応していたため、掘り出してみました」
「磁力探知ってそんなこともできるのか……。確かに、磁石は石だし鉄鉱石とか電気をよく通すもんな。あ、とりあえずそれ仕舞っていいぞ。重いだろそれ」
鉱石系の素材集めは、電磁力を器用に扱える彼女にとって相性がいいのかもしれない。そんなことを考えながら、僕はポーチに入れていたクーラードリンクを取り出し、それを一口だけ飲んだ。──そろそろ帰り時だろうか。
僕たちが赴いているのは、ある活火山の一画。この地方の数ある活火山でも、比較的活動が穏やかなもののひとつだ。
タンジアからここに辿り着くまでに約三か月が経過していた。タンジアで立てていた計画通り、途中まで陸路で海岸線沿いに歩いてから、中継地点となる村で船に乗せてもらいこの地方の近場まで移動。そこから竜車でここまでやってきた。
やたらと時間がかかっているのは、寒冷期で海が荒れていて船がなかなか出航できなかったからである。
ここはハンターズギルドの狩猟区でも、火の国管轄の狩場でもない。一応火の国の領地ではあるが、監視の目は届いていないようだった。
ここへと来る前に立ち寄った村の人々の話を聞いてみれば、眼前に見える火山のこちら側の管理はその村へ一任されているのだそうだ。
無論、管理を任せられているとはいっても資源は基本的に火の国のものだそうなのだが。その地を訪れる狩人や旅人のもてなし、現地のモンスター情報の把握などが任務なのだという。
不遇なように思えたが、そうでもないらしい。その村を訪れる狩人は少なくないようで、珍しく本格的な加工屋があったりと、何気に栄えていた。
僕たちはその村で採掘の許可を申請し、いくつかの納品依頼をこなすことを条件に、クエストの形でここ第二火口付近の区画への立ち入りを許されたのだ。
そして、そんなクエスト兼採取ツアーも終盤。
「燃石炭は昨日と一昨日集めた分も含めて依頼されてた小タル五個分はある。リノプロスの甲殻とウロコトルの皮もそれぞれ二十枚集めたし……僕が欲しかった鉱石も必要分手に入った。てなわけで、そろそろ帰ろうか」
「了承しました」
「そのドラグライトの塊はめっちゃ重いだろうが、持って帰ろう。加工に使ってもよし、珍品として売るもよしだしな。……それで悪いんだが、それはテハに運んでもらっていいか? ここから一人で運ぶのは大変だろうが、きついときは手伝うから」
「構いません」
現在、僕たちがいるのは火山の中腹付近。火口から流れ出した溶岩が、岩の隙間を縫って流れ出している。ここで固まる溶岩もあるが、冷え切ってはおらず熱を放ち続けるのでかなり暑い。
それでも、先ほどまで僕たちのいた火口付近よりはましだ。あそこは灼熱の大地だった。吐き出されたばかりの溶岩がゆっくりと川のようにあちこちを流れ、地上付近は常に陽炎が揺らめいていた。
クーラードリンクという身体から積極的に熱を逃がす飲料を飲んでいなければ、半時間も持たなさそうだ。比較的穏やかとはいっても活火山ということを思い知らされる。
溶岩獣ウロコトルはそんな溶岩の多い場所によく生息している。熱されて柔らかくなった大地でないと潜行できないからだ。このモンスターの皮を取るために火口付近を一日近くうろうろしていたのだが、かなり体力を消耗した気がする。
「それじゃあ籠をそりに乗せてっと……よし、じゃあ帰ろう。メラルーとかフロギィに気を付けてな」
「了承しました。多少の段差は砂鉄で埋め立てますので、その際は言ってください」
「ほんと便利だよな。それ……」
一週間後、僕たちはその村を出て、徒歩で北へ続く道を歩んでいた。北は火山地方から離れていく方向、その先にあるのは書士隊風に言うと熱帯雨林である。水没林というハンターズギルドの狩場があることで知られている地域だ。
ここに滞在していた半月ほどで、僕たちの装備にはいろいろと変化があった。例えば、僕があくまで矢の節約のための補助的な武器として持ってきていた片手剣、ハンターナイフが形をそのままに大幅に硬質かつ頑丈な剣に変わった。
その剣はカブレライト鉱石とユニオン鉱石を紅蓮石で融かして作られている。ハンターナイフの上位版といったところだろうか。これでモンスターに近づかれたときもやれることが増えるだろう。
テハの装備、ユクモノシリーズについても各種鎧玉を布地に熔かし込んでいくことで強化が施された。
もともとユクモノシリーズは旅人に適した装備であり、じっちゃんが丁寧に作ってくれたものであること、狩りにおけるテハの被弾率が低いことで何とか持ちこたえていたが、流石に最近は綻びが出てきていた。
やや重くなってはしまったものの、より丈夫になったのでこれからも使い続けるには良い選択だったと言えるだろう。テハも問題ないと言ってたしな。
「それにしても、あれがまさかあそこまでの値打ちになるとは思わなかったよなあ……」
「予想以上に目立ってしまいました」
「それな。あまり大きな噂にならないことを祈るのみだな……」
テハが掘り出して火山から持って帰ってきたドラグライトの塊だが、アイテムの鑑定を行っていた館がちょっとどころでない騒ぎを起こすほどのものだったらしい。値段がつけられないとまで言われたため、扱いに困って村に贈ることにした。
謝礼として武具の加工や道具の補充は無料になったし、上位大型モンスターの討伐報酬に匹敵する金額の金も貰ったので僕としてはもう十分だ。旅をしている間に身の丈を超える大金を受け取るなど、旅の足取りを鈍らせかねない。
テハに至っては必要以上の金に全く執着しないため、無償で譲るなどと言い出して騒ぎが大きくなってしまった。僕も内心目立たないこと優先で同じことを考えていたため、二人揃っての反省点となった。
「アトラはこのまま水没林地方へ進むと言っていましたが、火の国には赴かなくてよいのですか?」
「ん? ああ、詳しく言ってなかったな。火の国はテハが入るには少し厳しいんだ。検問があってな。笠とかフードとかを脱いで顔を見せないといけない。クエスト受注してハンターズギルドを介するときはそうでもないんだが……。ま、ちょっと嫌な予感がしたから避けたってとこだな」
独特な文化を持つ国であり、僕たちにとって価値のある文献も探せばあるのかもしれなかったが……排他的な国だからな。リスクが大きい。それ故にもともと赴く予定はなかった。
「テハに火山を見せるのと、武具の強化が目的だったからな。僕としては満足ってとこだ。そう言えば、テハは火山を見て何か思い出したりしなかったか? 今までとは全然違う景色だったろ」
「……思い出したことは特にありませんでした。ただ……」
「ただ?」
テハがこういう含みのある言い方をするのは珍しいが、最近はこういうことも増えてきた。本人は気付いていないようだが、だんだん人間らしい言葉遣いをするようになってきている。
「本機の記憶にある景色と似ていると感じました。本機の記憶によれば、そこは火山ではなかったはずなのですが」
「……それは、やはり竜と戦争をしてたからじゃないか? 火とか氷を吐き出せる竜が人の街に襲い掛かってたんだろ。古龍も敵に回してたらしいし。空とか大地が火山みたいになってるのが普通……だったのかもな」
「本機は当時その理由を考えていませんでした。よって原因は不明ですが、アトラの言ったとおりであると本機は推測します」
テハはいつものように表情らしきものを浮かべず淡々と話している。語っている内容はかなり深刻なもののように思えるが。
そう言えば、僕と彼女が出会った日、僕が渓流の景色を彼女に見せたときに、彼女は夕焼け空を見ながらこのような色彩は見たことがないと言っていた。当時は不思議に思ったものだが、そういうことだったのかもしれない。
「懐かしいって思ったか?」
「……本機はその言葉を使うべき状況がどのようなものか理解できていませんが、過去の記憶と照らし合わせて共通点を見つけた際のこの感覚を指すのであれば、懐かしかったと言えます」
テハのその返しに僕は虚を突かれた。何気ない問いかけだったし、「本機には実装されていない感性です」とそっけなく返されるとばかり思っていたのだが。このような表現方法を取ったのは初めてだ。
彼女はきれいだとか気持ちいいだとかの感性を持ち合わせていないそうなので、懐かしさなど感じないものだろうと思っていた。……いや、もしかすると
いずれにしても──
「ん。なら良かった。十分な収穫は得たさ。その感覚、きっと懐かしいであってるぜ」
僕はテハに笑いかける。テハは僕を見返してから、大事なものでも覚えようとしているかのように「これが、懐かしい……」と呟いていた。
歩きと竜車での移動を繰り返して一月ほど。僕たちは水没林地方へと足を踏み入れた。この地方も孤島地方と同じく一年中気温が高く、数多くの生き物が生息している。
大きな特徴は、とにかく雨がよく降ることだ。それは水没林という名前通り、土地の一部が水に浸かってしまうほどである。おかげで植物も繫栄していて、樹木やシダ、草花が所狭しと生い茂っている。
そんな広大な熱帯雨林の一画で、僕とテハはある飛竜──ナルガクルガと交戦していた。
森の暗がりに溶け込み、風の騒めきと川の音に紛れ、死角へ回り込んでから一息に迫りくる刃。一瞬前の跳躍音と、半ば勘を頼りに倒れこむようにしてそれを避ける。その一撃の通り道にあった草やシダは刃によって音もなく切り裂かれていた。
「────ッ!」
さらに追撃。人の胴程に太く、その竜の半身に迫ろうかという長さのしなやかな尻尾が鞭のように振るわれる。
これも──避ける。バランスを崩していた身体を無理やり前に打ち出すように跳ねた、その下を豪速で尻尾が通り過ぎていく。弾き飛ばされた小石や枝がばちばちと僕の顔に当たり、傷をつけていく。
あれに当たれば骨折は免れない。どっと冷や汗が噴き出したのを感じながら、僕は転がり込むように草むらへ飛び込んだ。
「ちっ、覚悟してたとはいえ、あちらさんの土俵に立たされるのは生きた心地がしないなっ!」
ナルガクルガは追ってこない、が、既にこちらのことは把握しているだろう。やつをまた見失うのが一番怖い。ここからすぐに離れなければ……と思っていたところで、かの竜が咆哮する。反響音からやつが別の方向を向いていることが分かった。
油断はしない。じぐざぐに走りながら僕は草むらから木々の多く生えている林へと入る。やはり追ってくる気配がない。
そのまま身を屈めて、先ほどナルガクルガがいた場所を起点にしてぐるっと回り込むように走り、ある程度のところで木の陰に隠れて音のする方を覗き込んだ。
テハとナルガクルガが正面からやり合っている。テハは今回剣を宙に展開させていない。それもそのはず、やつの反応速度が早すぎて剣を飛来させても避けられてしまうのだ。草木が生い茂っているため思った以上に剣を自由に動かせないと言うのもあるのかもしれない。
ナルガクルガがその身を大きくしならせて、一瞬のうちに尻尾で周囲を薙ぎ払う。途端にそこには円状の空き地ができた。側転してその大技を避けたテハは一気に肉薄、手に持った双剣でその鱗を次々と切り裂く。
そんな戦いを視界の端目に捉えつつ、僕はあるものを目で探していた。僕が囮になることでナルガクルガの注意をひき、その間にテハが設置したはずのそれは、草木が生い茂り見通しのよくないここでも目立つはず──。
見つけた。僕とテハたちを結んだ直線上、黒光りする鉄枠が見える。即座に弓を展開し、林から出つつ狙撃用の矢を引き絞る。やや遠的となるが問題ない──行け。
左手に持った弓から勢いよく放たれたその矢は、その物体を飛び越えてナルガクルガの肩のあたりに突き立った。小さく呻いたらしいかの竜は、この距離でも明らかに伝わる眼力でぎらりと僕を睨む。見つけた、と。
さっきまでの応酬からか、僕の方が仕留めやすいと判断したらしい。ナルガクルガはその場で暴れてテハを遠ざけると、僕の方へ向いて今にも飛び掛からんとするような独特な構えを取った。獲物を確実に仕留めるべく、引き絞られる躰。その感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
そのとき、拳大の物体がかの竜の目の前に投げ込まれた。
イィンッという甲高い音が森に響き渡る。数十メートルは離れたここからでも明確に聞こえるほどの音量。旅人の護身用としてたまに用いられるモンスターを驚かすための道具、音爆弾だ。
ナルガクルガはこの音を嫌っており、音爆弾を投げると大きく怯む。まして獲物に飛び掛かるために身構えているときなど尚更だ。緊張の糸が切れたかのように身を震わせて、二、三歩後退して首を振る。
この音爆弾のナルガクルガに対する効果は最近になって広まった。個体数はそこまで少なくもないのだが、かなり好戦的で暗がりからの奇襲や夜襲を好むという厄介な性質上、生態調査が遅れていたのだ。
そして、実はこの竜に対して音爆弾は有効だが、使用しない方がよいという見解に落ち着いている。何故かというと──
眩暈を起こしているかのようにふらふらしていたナルガクルガが再び目を開いたとき、その瞳は爛々と赤い光を宿していた。──聴覚を過度に刺激されたことによる興奮状態への移行。これが音爆弾をかの竜に使用したときの代償である。
「テハ、こっちへ!」
ここが狩場であるにも関わらず、僕は大声を出して音爆弾を投げたテハを呼ぶ。あちらにもう僕の居場所は割れているのだから、声の大きさなど気にする必要はない。
テハは言われるまでもないといった感じで既にこちらへ走り出していたが、僕が弓に矢を番えてるのを見てその速度を上げた。彼女が履いているユクモの足袋は、こんな草とぬかるみだらけの地面だろうとしっかりと捉えてくれる。
本来はモンスターに背中を見せて走るなど自殺行為にも等しいが、この場合においてはテハは僕の近くへ素早く辿り着くことが優先される。
再び身構えるナルガクルガ。テハが僕の方へ走っていくのを見て、今度こそ音爆弾のような妨害はないと判断したらしい。気を急いて突進を仕掛けたりしてこない辺りが、この竜の賢さと生態を指示しているような気がする。
テハが弓弦を引く僕の隣まで駆け寄ってふと息をついたその瞬間に、ナルガクルガの身体が弾き出された。先ほどよりも数段速い。もはや姿が霞んで見えるほどの迅さだ。二つの眼光が残影を引いていく。
いつものように僕たちの背後へ回り込むようなことはしない。正面から一息で詰め寄り、僕たちに対応させる間もなくその尻尾を叩きつけるつもりなのだろう。怒り状態にあるからこその攻撃的な選択だ。
実際に、やつが動き出したと思ったときにはこちらとの距離は目測で十メートルを切っていて。
その瞬間、爆炎がかの竜を包み込んだ。
弓の曲射とは比較にならないほどの大爆発。吹き付ける猛烈な熱風がその規模を物語る。
それもそのはず、今僕が射抜いた大樽の中には、火薬草とニトロダケを粉末状にして混合した爆薬がぎっしりと詰まっているのだ。人の家程度なら軽く吹っ飛ばすほどの威力がある。
濛々と立ち込めていた煙が晴れてくると、そこには口から大量の血を流して倒れ伏す竜の姿があった。
警戒しつつ近づいて見れば、開いた目から光が失われている。その胸は大きく拉げ、焼け爛れていた。竜にもあるらしい胸骨格が完全に潰れてしまい、その衝撃が心臓にまで届いて絶命したのだろう。
「……討伐完了、だな」
「はい。ナルガクルガの絶命が確認されました」
「はぁー……強かったな。流石は飛竜種ってところか」
「お疲れさまでした。剥ぎ取りを行いますか」
「ああ。ぱっと見た感じ尻尾と翼辺りの状態はまだよさそうだ。そっちを中心に剝ぎ取ろう」
ベルトから剥ぎ取りナイフを引き抜く。テハもそれに倣う。
剥ぎ取りはとりあえずナルガクルガが討伐されたことを他人に示せる程度で十分だ。僕たちはこの竜の狩猟クエストを請けてここにいる。後で村人かギルドの雇ったアイルーたちが亡骸の回収にやってくるだろう。この竜の素材はそのときに交渉して受け取ればいい。
迅竜ナルガクルガは強かった。上位個体であったかは分からないが、この狩場で邂逅してから討伐に至るまでに丸一日以上かかっている。僕とテハの二人がかりでだ。
自らの不利を感じればその場から一気に離れ、休息をとる。そして追いかけてきた僕たちを迎え撃つ。その賢さに苦戦させられた。大タル爆弾を積んだ荷車を控えさせていたこの辺りにやつが降り立ったことで、ようやく致命の一撃を加えることができたのだ。
その爆発で死に至らせることができたのも、テハがその体毛を焼き切っていたことが大きい。そうでなければ爆風の大部分は受け流されてダメージにならなかっただろう。
危うい場面も何度かあったし、実際に僕は恐らく肋骨のいくつかに罅を入れられた、と思う。ここで交戦する前に、体当たりをもろに受けてしまったのだ。さっきまでは気にしている余裕もなかったが、肺のあたりがぎしぎし痛む。これはまた一週間近くの療養が必要になりそうだな。
テハはテハで何か所か深い切り傷を負った。裸で森に入っても傷つかない頑丈な皮膚をもつ彼女に切り傷を負わせるなど、よほど鋭い攻撃でなければできないことだろう。対竜兵器を名乗る彼女も、その本体がいなければ圧勝できるわけではないのだ。
刃翼と呼ばれるナルガクルガ特有の翼の硬度に苦戦しつつも、僕はそこから黒い鱗の生えた一部分を切り出した。テハは口から牙を剥ぎ取った後、尻尾に生えた棘を摘出するつもりのようだ。地面に膝をついて、流れ出す血を拭いながら黙々と剥ぎ取りナイフを突き立てていく。
そこには何かしらの感情が宿っているのだろうか。弔いだとか、感慨だとか。それとも、それは狩人がモンスターを狩猟したという証明を行うための単なる作業でしかないのだろうか。
どちらでも良いと僕は思った。別に命を汚しているわけではないのだから。竜をこの手で倒した。それより先のことは人間の都合でしかない。狩人が請け負った依頼を達成したという事実だけが明確にそこにある分、後者の方が割り切れていると個人的には思う。
彼女は自らを兵器として定義し、人間の感性をいくつか捨て去っている。それが本来の存在意義とは異なる理由で竜を倒し、その亡骸と向き合ったのなら。
竜と人との戦争に用いられた兵器の一面が最も強く出た、数か月前の出来事を思い出しながら、僕は剥ぎ取りナイフを動かし続ける彼女を眺めていた。──もう数か月前の話になるのか。
あれは、港町タンジアから次の村へ向かう道中のことだ。