とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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(12月6日追記)今話は過去における 第6話 承:血溜まりに佇んで から分割された内容です。新規で追加された要素はありません。ご了承ください。


第9話 繋:血溜まりに佇んで(後編)

 

「これは……」

 

 流水が永い年月をかけて岩盤をくりぬいてできたトンネルを抜けて、途端に広がった光景を見て僕は言葉を失った。

 そこは、高い崖が挟み込むようにしてできたやや細い通路だった。崖には無数の穴や岩棚が存在し、一目見て小型鳥竜種が住処に選びやすい場所だと分かる。

 

 そんな狩人でも侵入することを戸惑うような通路は今、一面真っ赤に染め上げられていた。

 

 それと共にむせ返るような血肉の臭いが鼻孔を突き抜けていく。トンネルを通っていた最中から漂ってはきていたものの、それとこことでは比較にならない。

 見上げれば岩棚も同じような惨状となっていて、ぽたぽたと血が滴り落ちていた。

 

「ここで一体何が……。……いや、違うだろ。こうなる予感はあったはずだ」

 

 見慣れない人が見れば卒倒しかねないだろう、その血の池に立ち尽くしながら僕は目を背けようとする自分を戒めた。ぎり、と歯を噛み締める。

 そうだ。今言った通り、これはいつか起こってしまうのではないかと僕が心の片隅で思い描いていた光景そのものだ。だからこそ、僕は気を動転させずにここに立つことができていた。

 

 竦んでいた脚を叱咤し、僕はその通路を歩み始めた。ぱちゃぱちゃと水たまりを歩いているような音が木霊する。

 ブーツはすぐに赤色に染まった。この血が流れてからほとんど時間が経っていないのだろう。そうでなければこうも赤い液状のままにはならない。流れ出した血は時が経てば赤黒くなり固まるものだ。

 よく見れば、いや、これは単に僕の注意力が著しく低下していただけのようだ。至るところにこの血溜まりを生み出したであろう生き物の死骸や肉の破片、臓物が転がっている。

 その何れもが血に塗れてもとの生物が何であったか判別させにくくなっているが、その中にあったひときわ大きな亡骸、その首に巻かれたぼろぼろのエリマキを見て、これらがドスジャギイの率いるジャギィたちのものであることを悟った。

 岩棚からも血が滴っていることから、ここは彼らの棲み処であり、そしてこの殺戮──こう言いざるを得なかった──はそれらを壊滅させるまで行われたのだろう。戦ったものも、逃げたものも、雄も雌も幼体も容赦せず、等しく。それは徹底されていた。

 

 異常。そうとしか言えない。これがモンスターの仕業であったとするならば、そのモンスターは特級の危険度指定をハンターズギルドから受けて、ランク5ハンターを複数派遣などの処置がとられるはずだ。

 しかし、これがモンスターによるものだとは言い難い。これは自然に生きるものとしての一線を超えている。あの悪名高い凶暴竜ならば似たようなことをしでかすかもしれないが、かの竜は自らが喰らうためにモンスターを殺すのだ。このような血溜まりにジャギィたちの亡骸という餌が大量に転がっている状況はかの竜の在り方と矛盾する。

 

 つまり、これはそんな一線を超えることのできる意志を持っているか、()()()()()()()()()()()()かのどちらかによる存在の仕業であり。

 少なくともこの狩り場において、そんな存在は僕と彼女しかいない。

 

「テハ……!」

 

 僕は辺りを見回した。返事は返ってこない。彼女は既にここにはいないのだろう。もしかすると壁に空いた穴の中にいるのかもしれないが、可能性は低い。後回しにして、僕は前後に伸びる崖に挟まれた細い道を見た。どっちだ。

 ──前の方、血の池が途切れた先から赤い足跡のようなものが点々と続いているのが見えた。それはすぐに薄れて消えてしまっていたが、今この段階においては一番の手がかりだ。

 僕はそちらに向けて走り出した。ぬかるんだ血とたまに踏む亡骸で足が滑るが、バランスを崩して手をついてでも、走る。

 一刻も早くテハと合流するのだ。そうしなければ──

 

 

 

 僕たちが近隣の小さな集落から請けたクエストは、ドスジャギィ率いる二つのジャギィの群れの縄張り争いに、どこからかフロギィの群れまでもが迷い込んできたことによる三つ巴の争いを収束させることだ。フロギィの群れにはドスフロギィもいるらしく、集落の人間たちでは手が付けられなくなってしまったらしい。

 場所は孤島地方の傍にあたるが、ハンターズギルドの管轄する狩場としては指定されていない。そのためマップの正確性も不十分であり、それぞれの群れの拠点がどこにあるか分からなかった僕とテハは二手に分かれてフィールド探索から行うことにした。

 

 その結果が()()である。

 

「間に合わなかった、か……」

 

 僕はそう呟いて、目の前の光景を見つめた。

 そこには、ただ一つを除いて、先ほど僕が遭遇したジャギィの群れの末路とほぼ変わらない惨状が広がっていた。

 気化性の毒を己の武器とする赤褐色の狗竜、ドスフロギィと、その配下のフロギィたちの無数の亡骸が散らばり、新たな血の海を作り出している。立ち込める匂いは、先ほどよりも生々しく、濃い。

 

 場所は先ほどの通路をずっと進んでいった先、左右に挟み込む崖の幅が少し広くなった程度で、岩棚や穴がいくつも存在しているのは変わらない。

 鳥竜種にとってここは住処にするには絶好の場所なのだろう。もともとジャギィたちの群れがあの辺りを棲み処にしていたのに、こうしてフロギィがやってきて棲みついてしまったことで争いが激化した、そんなところだろうか。

 

 しかし、その二つの群れは、一人の少女の手によって潰されてしまった。

 

 そう、さっきのジャギィの棲み処ではいなかったもの。目の前で静かに佇む少女、テハだ。

 血の池にひとり立っているテハの姿はどことなく()()()()()があった。普段通りの彼女がそこにいる。

 

「テハ」

 

「アトラ。東の森の探索は終えたのですか」

 

「ああ」

 

「分かりました。しばらくお待ちください。あと少しで終わります」

 

 テハはそう言って、空中に十本程度の砂鉄の短剣を生成した。砂鉄の靄が集うことで形を得たそれは、少しの間をおいて彼女が手を差し出した方向に一斉に打ち出される。

 それはこの通路のさらに奥、終端に向けて飛んでいって、そこにあった卵とそれを守るべく立ち塞がっていた数匹のフロギィを次々と刺し貫き、切り裂いてからまるで何もなかったかのように消え去った。

 

 残っていたフロギィはその数匹だけだったのだろう。その場には静寂が訪れた。

 

「ドスフロギィの討伐とフロギィの群れの掃討完了。先ほどジャギィの群れも同様に掃討したため、該当地域に残っているのはジャギィの群れひとつとなります」

 

「ああ。さっき見てきた」

 

「それでは、その残った群れの掃討に向かいます。アトラはその群れの手がかりを見つけましたか?」

 

 テハはいつも通り、淡々と事務的なことを述べていく。いつもと異なるのは周りの環境。血溜まりに浸された足袋は赤く染め上げられ、返り血が髪を濡らしてぽたぽたと滴り落ちている。致命傷を負ったもののまだ息はあるのだろうフロギィの呻き声が時折聞こえてくる。

 それらを一切気にすることなく、視線を真っすぐ僕へと向けて、テハは話しかけてくる。僕はしばらく返事を返すことができなかった。

 

 やはり、テハは────

 

 しばらくしても答えない僕を不思議に思ったのだろう。テハが首を傾げる。自らの言ったことに何か不備があっただろうか。そんな風に考えたのかもしれない。

 テハが再び話し出す前に、僕は口を開いた。

 

「……あー、ちょっとぼうっとしてた。すまん」

 

「構いません」

 

「それで、最後の群れについてだが、さっき森の中で見かけた。そんときは観察するだけにしてたんだが……その群れ、放っておこうと思う」

 

「……それはなぜですか?」

 

「質問を返すようで悪いが、逆に放っておいたらどうなると思う?」

 

「依頼が達成不可能に……。いえ、訂正します。本機が二つの群れを崩したことで、アトラが発見した群れと争う相手はいなくなりました。三つの群れの争いの収束という点において、依頼は達成されていると言えます」

 

「そういうことだ。だから戦う必要はない……っても、お前は納得いかないか」

 

 テハは表情が乏しいなんて言葉では言い表せないほどにいつも無表情だが、最近になってその雰囲気というか内に潜む感情のようなものが何となく、本当に何となくだが伝わるようになった。

 僕の言っていることに納得がいかないときや、意思疎通がうまくできなかったときは、不満というか残念がっている気がする。

 

「んー、たぶんな。依頼してきた集落の人たちは群れ同士の争いをどうにかしてほしくても、三つの群れを全部潰すまではやらなくてもいいって考えてると思うんだよ」

 

 この惨劇は僕のミスだ。二手に分かれたときに、その目的をひとまずは調査のみと明確にしなかったこと。そして、彼女が今までに見せてきた兆候を把握しきれていなかったこと。

 テハはこれまでにも、似たようなことをしていたことがあった。例えば、旅の途中でジャギィやファンゴと出くわしたとき。彼女は彼らを例外なく殺した。追い払うだけで十分だった状況でも、それが決まり事であるかのようにきっちりと殺していた。

 さらに、採取依頼や大型モンスターの討伐のために狩場に向かったときも、アプトノスやケルビ、ガーグァなどの比較的大人しい草食モンスターを除いて、その手の届く範囲で小型モンスターを狩っていた。

 それらは僕にとっては疑問に感じるところではあったが、取り立てて彼女を問いただすことはできないでいた。むやみに殺すなと安易に指摘してしまっては、テハは命令としてそれを受け取ってしまう。

 命令はこの旅において彼女を縛る楔になりかねない。それを僕は恐れていた。

 

「もし、三つの群れを全部潰したとしたら、ここを縄張りにする肉食モンスターがいなくなるだろ? ……いや、その前に、縄張りって言葉をお前は知ってるのか?」

 

「いいえ。アトラが何度かその言葉を使ったことは記憶していますが、その意味は分かっていません」

 

 

「ふむ。それなら……テハにとってモンスターとは()()人間の街や村に襲い掛かるもの、そんな認識だったりするか?」

 

 

「はい。本機の記憶ではそうでしたので」

 

 

 これが、僕とテハという兵器の見ている世界の違い。そして、過去にあった人と竜の戦争の歪みだ。

 

 遥かな過去に確かにあった人と竜の戦争──テハは竜大戦と言っていた──において、竜は種族を超えて徒党を組んで人間に牙をむいたのだという。言うだけならばあり得そうにも思えるが、本来はそんなことは起こりえない、不可能なはずなのだ。

 人間たちですら、大都市や国の垣根を超えて団結することは極めて難しいというのに。

 それが現実になってしまったというのなら、それは()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 その何かとは、世界の理だとか、人と自然の関係性だとか、そういう概念的なものになってくる。そこが狂いでもしない限り、竜大戦は()()()()()()()()()()

 

 その不可能が可能になってしまっていた只中に造り出されたのが彼女とその本体である竜機兵であるとするならば……その考え方がどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 

 ──人とモンスターは敵同士で、モンスターを殺すことは義務だと。

 

「依頼されたからには、肉食モンスターのジャギィとフロギィは全滅させておかないと、集落に被害が出る。だから残ったジャギィの群れも例外なく潰す。そんな感じか」

 

「はい」

 

 きっぱりとそう答えるテハ。情けないことに、僕はその思想を今ここで初めて把握した。今までは何となくの予感で済ませてしまっていた。二手に分かれたときに、ここまでの思想の違いがあったことに気付けなかったならば、こうなることはもはや必然だったのだ。

 千年前ならば、その思想は間違っていなかったのかもしれない。しかし、人間と竜の戦争が終結し、それぞれが互いに栄えている今、テハの考え方はこの世界と相容れることができないのだ。

 

 そのことをテハに伝えなければならない。とは言っても、テハ相手にならそれは容易なことだ。この惨状は何だ、お前は間違っていると怒鳴り散らしてしまえばいい。

 テハはそれだけで今後このようなことはしなくなるだろう。理由が分からなくとも、間違ったことをしたのだと判断し、むやみにモンスターを殺すことはしなくなるだろう。

 だから──

 

 

「困ったことに、人間と竜を取り巻く状況って結構変わっちまったんだよ。たぶんより面倒くさいほうにな」

 

 

 ──だから、笑う。

 

 自ら血溜まりに足を運んで、血だらけの彼女の頭に手を置いて笑う。

 この異常な状況下でうまく笑みを浮かべられるかが心配だったが、思いの外自然に笑うことができた。苦笑いの類ではあるが。

 

 まずは彼女を信じて語りかけないことには、始まりから道を違えてしまう。

 

「人間と竜の戦争は終わった。どちらもそこまで寿命は長くないから、昔のことなんて忘れてしまった。そして今は、竜は人間ばかり殺さずに、人間は竜の存在を否定せずに、互いに好き勝手生きている……今の状況はそんな感じだ」

 

 テハはされるがまま、頭に僕の手を置かれたままで、上目遣いに僕を見た。

 

「では、竜は人間を殺さなくなったのですか」

 

「いや、そこは相変わらずだ。モンスターは気まぐれに人間を殺すし、村に襲い掛かったりもする。けど、逆にモンスター同士で争っててその場にいる人間には目もくれなかったり、飛竜が空を飛んでて僕らみたいな人間を見かけた程度じゃ、襲い掛からないこともあるんだ。テハはこの違い、分かるか?」

 

「……竜が、人間を殺す以外の目的を見つけた?」

 

「どうしてそう思った?」

 

「……この旅で、人を優先して襲う竜を見たことがなかったからです。これは、以前からの疑問でした。ハンターのいない村や集落が、竜が近寄りにくい場所には立っているものの、隠れることもなく存続していることです。それが、本機がそう答えた理由に繋がります」

 

 ほらな。僕は自らに語り聞かせるようにそう呟いた。──テハは自分自身でここまで辿りつける。

 旅をしている間に見たもの、疑問になっていたものを引っ張り出して、その推論に導いてくれたことが無性に嬉しかった。

 

「ああ。お前がそこまで分かってるなら、かなり説明がしやすい。さっき僕が言ったことに明確な答えなんてないかもしれないが、たぶんテハは正しいことを言っていると僕は思うぜ。

 さて、縄張りってのはな、人に興味をあまり持たなくなった竜やら獣やらが自らの支配地として勝手に定めてる区域だ。彼らは基本的にその縄張りの中で食料を探すし、寝床も作る。外敵が入り込んだら追い出すか殺す。ジャギィたちが争ってたのは、この縄張りを取り合うためだと思ってくれたらいい」

 

 今と昔の人間と竜の関係が違うこと。僕が旅の間に伝えたかったことの一つだ。何を当たり前のことをと思われることかもしれないが、テハにとってそれは当たり前ではなく、大きな意味を持っている。

 

「縄張りがなくなった土地はその後の支配者の予測が効かなくなり、しかし餌となる草食モンスターは増える。その結果、豊富な餌を求めてリオレウスなんかの強力な竜が現れるかもしれない。どうなるかは本当にわかないけどな。でもそんなもしもを不安がるよりかは……」

 

「ジャギィの群れを一つ残して、縄張りを広げさせ、土地の支配権を維持させた方がいい?」

 

 テハは僕の言葉を引き継いで、そう答えた。

 

「そういうことだ。だから群れを一つ放置しておく選択をした。……テハが答えまで言ってくれるなんてな。嬉しいこともあるもんだ」

 

 僕はそう言ってテハの頭をわしゃわしゃと撫でる。テハはやはりされるがままで、今は黄色のみの髪紐がひらひら揺れる。例外なく血痕まみれだが、洗えば元通りに戻るだろう。

 むせ返るような死の匂いが立ち込める血の池の真ん中で、返り血に濡れながらも静かに立つ少女とそんな少女の髪を笑顔でわしゃわしゃする青年ハンター。第三者から見ればまず正気の沙汰には見えないだろうな。

 

「テハは他に質問したいことがあったりしないか?」

 

「いいえ。現状ではアトラの判断が最善に近いと判断しました。異論はありません」

 

「ん。なら、そこのドスフロギィの素材を剥ぎ取ろうか。狩りの報告しなくちゃいけないからな」

 

「はい。ドスフロギィの素材を剥ぎ取る際はどこが有用ですか」

 

「そうだな……嘴か爪だな。どっちかきれいに残ってる方を剥ぎ取ろう。それと、さっきのジャギィの群れを潰した跡も含めて、消臭玉で匂い消ししていかないとなあ……ポーチの調合分含めて足りるかね」

 

 その場での話は終わり、僕とテハはそれぞれの手に剥ぎ取りナイフを持って歩き出した。

 剥ぎ取りと消臭までが済んだら一度ベースキャンプまで戻り、次の日も念のためこの辺りを見て回ってから、森にいたジャギィたちの群れをここまで誘導するとしよう。その頃には大量のフロギィやジャギィの亡骸も微生物に分解されているはずだ。

 

「そういえばこの血溜まり、どんな倒し方したらこんなになるんだ? まるでいっぺんに群れ全部のモンスターを切り裂いたみたいだ」

 

「逃げられる可能性があったため、出血死を優先させました。ジャギィもフロギィも群れの長が弱ると率先して守ろうとするようです。その生態を用いて群れの長を瀕死まで追い込み、砂鉄の剣を空中展開して駆け付けた配下を掃討するという流れを繰り返した結果となります」

 

「……狩りというか、殺しに関しては僕より何枚も上手だよな。お前は……」

 

「本機は対竜兵器ですので」

 

「確かにな。本職には敵わないってことか──」

 

 

 

 ────回想はここで終わる。

 ナルガクルガの剥ぎ取りを終えた僕たちは、乱入してくるモンスターがいないことを確認するため、それと僕がベースキャンプに戻る前に休憩を挟んでおきたかったというのもあり、しばらくその場に留まっていた。

 僕はナルガクルガの亡骸に身を寄せて座り込み、テハは尻尾に腰を下ろしている。特に話すこともなく、時間と生き物の鳴き声だけが共有されていた。

 ナルガクルガと決着をつけたここは、実は一方が高い崖となっている。あそこから飛び降りるならパラシュートが必要になるであろう高さだ。そのため、ここからは地平線まで広がる森と空がよく見える。ナルガクルガの斬撃と大タル爆弾の爆風によって周囲の草木は軒並み吹き飛ばされてしまって、視界を遮るものもあまりない。

 

「…………」

 

 ナルガクルガの亡骸に腰掛けてその遠くの景色をじっと見つめるテハに、あのとき血溜まりにひとり佇んでいた姿が少し重なって見えた。

 

 あの出来事で、テハの操る能力の恐るべき殲滅能力と戦闘技術の高さをあらためて思い知らされた。そして、竜大戦という戦争の歪みの一片を痛烈に味わされた。

 

 ただ、あれは同時にテハという兵器の可能性を表すものでもあった。

 

 恐らくテハは、命の重さという概念を理解できない。モンスターの群れを一つ壊滅させることを惨いことだとか可哀そうだとか思うことができない。それが人間と兵器の埋められないであろう差だ。

 そしてそんな思想は、僕は必要ないと思っている。そんなもの、人間の勝手だ。自然に生きるモンスターはそんなこと考えもしない。彼らは自然の理に則って、本能に生きても生態系がそれなりにうまく維持されるようになっている。

 

 命の重さとか、そういう考え方はとても人間らしいものだ。人と竜の戦争のあと、人間がここまで栄えた理由の一つにまで数えられるかもしれない。

 ただ、それがないからといってこの世界の摂理から外れた存在になるかと言えば、そうではない。それは、あのときテハが彼女自身の言葉で証明してくれた。

 

 何もきっかけがなければ、彼女は本当に生態系を崩すような存在になってしまっていたかもしれない。一帯のジャギィとフロギィを全て殺して、肉食モンスターが一匹もいないような環境にしてから、問題は解決したと集落の人々に報告に行くような、摂理に反した殺しを行い続けるのかもしれない。

 何故ならばそれは、対竜兵器としては正しい在り方だから。千年前の理想であるからだ。

 逆に言えば、きっかえさえあれば。自らの行う行動とそれが及ぼす影響を考えることができるようになれば、彼女は理性的に適切な判断を下すことができる。

 人間のように予感などが働かない分、これからも間違えて、学ぶことは多いかもしれない。しかし、それらを積み重ねればきっと自然の摂理に自らを組み込んでいけるはずだ。そこに人間の感性は必要ない。

 

 

 過去と今は違うと理解し、今を学んでいけること。

 

 

 それが、テハの持つ可能性──彼女がこれから先を生きていけるという道筋を繋いでくれるかもしれない。

 

 

 願わくば、そうあってほしい。

 


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