「咲夜さん!大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」
くれないさんが倒れているメイドさんに一目散に駆け寄って抱き起す。急いで身体を起されたのにもかかわらず、呻き声すら出さないので、かなり深く昏睡しているようだ。
「大丈夫なのかその人?気絶してるみたいだけど」
「咲夜さんは人間の中でも頑丈な部類に入りますから大丈夫でしょう。でも、このままエントランスに放置しておくのも心配です……。よろしければ、咲夜さんも一緒にお連れしてもよろしいですか?」
美人の涙目の上目使いとか、男性に対して最強の武器を何気なく使ってくるとか、この人あざといわ。これが計算ずくであったとしても、天然であったとしても、侮ることはできない。今後は気を付けておこう。
「別にいいよ、それくらい。よかったら俺が背負おうか?そっちも病み上がりみたいなものだし、大変だろ?」
「いえいえこれくらい余裕ですよ。あまり妖怪を嘗めない方がいいですよ?これくらいの重さなら、人間で言うところで、藁を一房掴み上げるくらいの労力しかありませんから」
ほらこの通り、とメイドさんを軽々と持ち上げて笑顔を見せるくれないさんは確かに無理をしているようには見えない。しかもさらりとお姫様抱っこしてるし、何このおっぱいのついたイケメン、格好良すぎるんですけど。
あと、産まれて初めて生でお姫様抱っこ見たかもしれない。嗚呼、ここにカメラがあったら絶対写真撮ってたのになあ。転売したら絶対売れるのに。
「あ、あとさっきから咲夜さんの下着覗こうとしてるのバレバレですよ?次やったら許しませんからね?」
「分かった。誠心誠意努力するように心がけるように考慮しよう」
「曖昧に表現してますけど、やめる気更々なさそうですね。『しない』の一言すらないんですから」
いやあ、こればかりはどうしようもない男の性だと思うけどな。そんなミニスカートでお姫様抱っこされてたら、見えるか見えないのぎりぎりの境界だから、どうしても視線がそちらにいってしまう。ニュートン先生も、万物には引き寄せる力が存在する、って言ってるんだから、スカートの中身に視線が吸い寄せられるのは自然の摂理といえるだろう。
「それ以上、変態的視線を咲夜さんに向け続けるのなら、その目を潰しますよ?」
「これ以上そのメイドさんに視線を向けません!」
流石に一時の欲望で身を滅ぼすほど愚かな道化には成り下がりたくはない。視線をメイドさんから外す。こういった視線は女性は敏感に感じ取るらしいから、今後一切邪な視線をメイドさんに向けることができなくなりそうだ。リアルメイドって貴重な存在だからもうちょっと見ていたかったんだが、背に腹は代えられない。
「そうだ、俺たちって今どこに行ってるの?キッチンとか食糧庫の近く通るなら少し見ておきたいんだけど」
「図書館ですよ。あそこなら比較的静かで安らげる場所ですから。キッチンには行きませんよ。そういった生活スペースは別の場所にまとまってあるので、行くことはないと思います。そもそもキッチンに行って何をするおつもりですか?」
「主夫たるもの、他の家のキッチンスペースって気になるものじゃない?俺だけ?あと俺のレパートリーが和食に偏ってるから洋食のレシピが知りたい」
よしんばできることなら、ベーコンとかそこらへんを奪取したい。
「そういうことなら咲夜さんが起きてるときに尋ねてみてはいかがでしょう。咲夜さんはこの館の住人全員の食事を作ってますから」
「お前は作れないのか?」
「いやあ、昔は作っていたんですけどね。もう何年も前の事なので憶えているかどうか…………」
肩をすくめて残念そうに言っているが、能ある鷹は爪を隠すというし、もしかしたら料理できるのかもしれない。
「う……うぅん…………」
「咲夜さん、起きたんですね」
「……ここ……は?」
「今は図書館に向かってる途中です。あそこは比較的安全ですし」
「できれば部屋に連れて行ってくれると助かるんだけれど」
「いえ、お嬢様のところまで連れて行く必要があるので。他人を自室になんて招きたくはないでしょう?」
「そうだけど、誰よそれ?」
「どうも、どうやらお邪魔虫みたいな空気の読めない空気みたいな誰かです。できればよろしくしてくれると、台所仕事を担当するしかないような矮小なただの人間な俺は嬉しいんだけど」
今まで無視されてると思ったけど、単に俺の存在感が薄すぎたせいで気付けなかっただけらしい。それはそれで悲しいが、寝起きだからな。周囲にいる人物に気付かなくても道理だろう。若干ため息をつきたくなるが、そこは堪えて、笑顔で話しかけ、右手を差し出す。何事も第一印象は大切だ。
「で?」
「で、とは?」
「貴方は何者かと尋ねてるの。名前も、ここに来ている理由も、私は何も知らないの。それくらい教えてくれてもいいんじゃないかしら?それと美鈴、もう降ろしてもいいわよ、一人で立てるから」
お姫様抱っこから解放されたメイドさんは頬を紅潮させながら、こちらに疑念の眼差しを向けてくる。美人が顔を赤くしながら睨みつけている様は控えめに言っても素晴らしいものだと思います。いやあ役得役得。
「博麗神社の補佐役を務めています、博麗白鹿といいます。以後お見知りおきを。この度はこちらの当主である方に異変終了後についての話し合いをするために伺わせていただきました」
「何ですか急に?そんな丁寧な言葉使い。違和感しか感じないんですが?」
「そうなの?言われてみればそう感じるわね」
「ひでえ……。こちとら仕事でしかたなくこの口調で話してるのに。しかも出会って数時間、メイドさんはまだ少ししか話してないのに」
「これくらいメイドとして基本的な嗜みです。あと私の名前は十六夜咲夜です。この紅魔館でメイド長をお嬢様より任されています」
「私は红美铃です。えっと、ここの言葉だとホンメイリン、の方が言いやすいですかね」
ネイティブな中国語とか初めて聞いたから聞き取れん。流暢すぎてもはや何を言ってるのかわからないレベルだ。今まで口に出して名前呼んでなくてよかったわ。もし、くれないさん、とか呼んでたら大惨事になっただろうな。