霊夢のお兄ちゃんになったよ!   作:グリムヘンゼル

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第50話

ではでは始まりました、デスマーチ。個人経営の居酒屋で団体客を複数対応するような状態を一か月以上続いた。

 

春雪異変を終えて現代的にはゴールデンウィークも過ぎ去るくらいで、桜は完全に散り終わって今では葉桜が新緑を彩っている。今日も今日とて宴会でいろんな人と協力して調理場で料理をしている。

 

「まだミートパイは出来ないのかしら?」

「……まだ。……お願いしていい?」

「無理を言わないでちょうだい。私も色々作らなくちゃいけないのだし、今日の宴会は流石に無理があるわ」

「全くもってその通りです……。あっちは飲み食いするだけでいいので気が楽そうで羨ましい限りです……」

「いや、そうでもないぞ。あちらの光景も異常だ。無理やり酒を飲まされて酩酊しつぶされて、寝るか吐くかの二択の地獄だ……」

「というかなんなんですか、今回の宴会。それぞれが作ったことのない料理を作って提供する、なんて。作り慣れてないから作業に手間取りますし、教えながらするせいで余計に注意していないといけないですし」

「私なんて咲夜たちの料理も白鹿たちの料理も基本的に作ったことのあるものばかりだから創作料理よ?おかしくないかしら?なんで私はこの場で暗中模索しなければならないの?というか私の場合、上司なんていないのだからあっちで安らかに飲んで眠っちゃってよくないかしら?」

「……逃さねえぞ」

「ひい!わかったからそんな死にそうな目でこちらを見ないで!冗談で言っただけだから!というか死にそうな顔してこういう時だけ無駄に早く動くわね!?別に貴方を置いて逃げようなんて思わないから!」

「助かる……」

 

「おーい!お酒持ってきてくれー!」

 

台所の外、宴会場からそんな注文が入る。俺は焼き加減を見るだけでいいから他の人より手はあいているし、俺が行くのが妥当だろう。

 

「……俺が行く」

「頼んだぞ」

 

「ねえ、白鹿のやつ大丈夫なの?目が虚ろというか、いつもの気迫がないというか……」

「そうですね。あの人は霊力とかない只人ですから、例え男性でも私たちより体力が劣るのではないでしょうか?」

「うむ。おそらくもう限界か、限界を超えているのかもしれん。何かの拍子で崩壊するやもしれん」

「それは大変危険な状態なのでは?」

「ははっ、そうだな!寧ろあいつの危険な状態を周知の事実にして、現状を打開したい。本音を言えば、私もこの現状には苛立っているのだ。何故私たちだけ大変な思いをしているのだ、とな」

 

後ろから何か言っているがよく聞こえない。一升瓶を両手に一本ずつ持って気力で歩いていく。

疲労困憊、肉体ではなく精神の方が疲弊しているのが自分で理解できる。パイ生地を作るのは体力が必要だったが、それも連日の宴会に比べればまだまだマシだ。寝ていても宴会で注文を受けて料理している夢しか見なくなって久しい。ノイローゼか鬱になっているのは明白で、それでもここまでやってきたのは、他の人がやっているのに俺だけ投げ出すわけにはいかないという集団脅迫概念とかそういう感じの何かと、他の人は女の人なのに、男の俺が投げ出すわけにはいかないというちっぽけなプライドだ。

だがそれも限界に近い。

 

一歩一歩を踏みしめるように歩いていると、一際大声で笑っている人物がいた。

 

伊吹萃香、頭にねじれたような角の生えた鬼の見た目の女の子。この連日の宴会騒動の原因にして起点ともいえる少女。その少女が俺たちの気苦労も知らず呑気に笑っている。

 

 

プツリと何かが切れる音がした。

 

 

片腕を振り上げて、少女に向かって振り下ろす。がしゃんと音がして少女、伊吹萃香に一升瓶がぶつかり割れて、彼女の頭を酒で濡らしていく。

 

「あ゛あ゛ん?あたしに殴り掛かって来るなんていい度胸じゃないか。せっかく楽しく飲んでたのにさあ、お前のせいで一気に酔いが醒めちゃったじゃないか。いたずらじゃすまないんだよ?死ぬ覚悟はできてるんだろうね?」

 

「―――――――ぇぐっ」

「ん?」

「うっ、えぅ、グズッ…………」

「おいおいおいおい、ちょいと、泣くんじゃないよ。ん?あんたこの前の男じゃないか?というか鬼に喧嘩売っておいて泣くだけとか、男としてどうなんだい?まあ、鬼に喧嘩を売る度胸は認めてやるけど、その後泣くだけなのはいただけないね。何か言ったらどうだい?男の子だろう?」

「……もう、グズッ……無理っ!」

「無理って何だい?あたしに一発かましただけで終いなのかい?」

 

嗚咽が漏れながらも一言無理とだけ告げても彼女には伝わらない。鼻で深呼吸して数秒だけ気持ちを落ち着ける。どうせこの後また泣くにしても、泣くこともできなくなるとしてももうどうでもいい。もしこの後殺されることになっても殺される恐怖よりも、殺されて楽になる方がずっといい。

 

「料理作ることも!宴会の準備をすることも!開催場所を告知することも!食材を準備することも!お酒の手配をすることも!全部全部全部全部!もう疲れたんだよ!こっちは忙しいのに!お前らは馬鹿みたいにはしゃいで!酔いつぶれたやつらの介抱して!食い散らかした飯を片付けて!そのくせ腹は減るから卑しくお前らが残した残飯食って!しかもこんだけやってお前らは感謝の言葉もなく次は3日後!?ふざけるのも大概にしろよ!なんでこっちは気力も体力も限界迎えながらお前らに給仕しなきゃならない!?確かに飯作ってるやつの中には主に仕えてるやつもいるけど、それ以外は無関係だ。そんな奴らの指図を受ける義務なんてこっちにはないんだよ!こっちは仕事じゃなくあくまで善意でやってやってるのに、この惨状はなんだ?お前は俺たちに恨みでもあんのか!?」

「うわぁ、よくもまあそんなこと鬼に向かって言えたね。自分で言うのもなんだけどあんた、鬼に喧嘩を売ってただで済むと思ってないんだろ?」

「死ぬことが救済だってこともあるんだよ、世の中には……。この現状から解放されるっていうのなら死んでもいいって思えるくらいには、俺は死にたい」

 

口からどんどん出てくる本音を一歩引いた目線で見ている冷静な自分がいる。ああ、これは死んだなと思って、そこに恐怖がないといえば嘘になるが、それよりも死の誘惑が魅力的過ぎて抗えない。

 

「それは困るわ」

 

しかし、俺の死を良く思わない輩が出て来た。今の俺にとって伊吹萃香から受ける死こそ救いで、第三者から受ける死の否定は絶望を長びかせるものだ。

 

「あんたは確か、今代の博麗の巫女だったかい?」

「そうよ、こんな終末的な楽園の素敵なこの神社の巫女、博麗霊夢。そこに賽銭箱があるから後でたんまりお賽銭を入れてくれると私としては嬉しいのだけど?」

「気が向いたらね」

「で、あんた。そこの泣いてるやつを殺そうとしているようだけど本当みたいね。そいつは泣き言はよく言うけど泣くことはほとんどないようなやつなんだけど、それを泣かせるってことは相当のことをしたのでしょうね。ああいいわ何もしゃべらなくて。今まで霧がかったように思考がぼやけてたけど今はとってもすっきりしているの。さっきまで飲んでた酒もさっぱり消えたみたいにね。お陰で直感がさえわたって仕方ないわ。連日の宴会騒ぎの騒動もあんたの仕業ね?妖怪なのは確定してるけどあんたは?鬼?あまり聞かないわね?博麗の巫女がただの人間にそこまで入れ込むなんて珍しいと思ってるのかしら?言っておくけど別に恋仲とかじゃないわ。こいつ、白鹿は私を育てた親であり、生きる指針を決める手助けをしてくれる兄であり、苦楽を共にする家族なの。その親であり兄であり家族が死にたがる原因を作った奴がいるんだったら、兄の代わりに相手をとっちめてやるのだって辞さないわ」

「普通兄が妹を守るものじゃないのかい?」

「守ってもらってるわよ。でも人間出来ないことはあるのだからそこを助け合うのが家族でしょ」

 

「私が勝ったら宴会は続ける」

「私が勝ったら宴会はお開き。ついでに白鹿の業務の一端でもやってもらいましょうか。ついでに備蓄も心もとないだろうしそれの確保、お金も稼いでもらおうかしら」

「巫女のくせにがめつい。神職なんだから禁欲しな」

「禁欲でご飯は手に入らないの!」

 

「ついでに紫には後で処刑が待ってるから逃げないことね!処刑法はお兄ちゃんに決めてもらうから」

「よそ見とは余裕だね!」

 

霊夢の言葉に絶望による浮遊感も、泣いたことによる熱も、感情が爆発して怒った熱も冷めて、代わりに羞恥の熱が浮いてくる。

 

宴会に来ている他の人には霊夢と萃香が発する弾幕による被害が出ている中、俺の周囲にはいつの間にか札が張られており、結界が張られ、さらには万が一にでも弾幕が当たらないように霊夢によって、俺の方向に来る弾幕だけ相殺されている。

 

「ふう………」

 

しゃがみこんで両手で顔を覆う。いや、愛され過ぎててつらいわ。

 

 

 

本当にいい子に育ったなあ……。




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