モンスターが怖いから私はガンナー   作:友夏 柚子葉

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私にとっての相棒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────チーちゃんがボクを求めてる気がする!!!!』

 

 

 

 

 寝起きの朦朧とした意識の中で、明確に野生の勘がそう告げる。

 

 目を覚まして視界に入ってきた物は光。真っ白な太陽の光。太陽の位置は丁度真上。体表はそこまで熱くはならない。所々白く、全体的に黒か灰か分からない体。シマウマの様に縦縞じゃなくて良かったと安堵したのは言うまでもない。

 彼女が竜の姿になってから随分と経った。しかし竜とはいえ、ティガレックス骨格で翼のない彼女は空を自由には飛べない。故に移動手段は徒歩と跳躍、高台からの滑空のみ。

 

 彼女が今求めているモノは、彼女と同じくこの世界に来ていて欲しい、居るかもしれない1人の少女。この世界の大きさがどれ程の物かは知らないが、居るかどうかもわからないたった一人の少女を探す行為は、小説の中のご都合主義の様なものが起こらない限りは無理な話だ。もっとも…彼女が人の言葉を扱えたならば話は別だったかもしれないが。

 

 今日も今日とて世界を駆け回り、愛しの友達を探している。彼女が宿った竜の名前は<迅竜>。その動きはまるで疾風迅雷…なんてことはよく言ったものだ。頭の中身はウスノロのトコロテンのきな粉味が詰まっているのだが。

 

 彼女は水辺に移動して給水をする。現在居るのはゲームで言う未知の樹海。『ミネラルウォーターなんてどれもラーメンにしちゃえば変わらなーい!』などと昔は言ってた彼女だが、野生の中で生きていくことになってから水の違いが分かるようになっていた。

 

『んーー…なんだろ。渓流の水の方がもっと舌触りが良かったような…でもこっちもこっちなかなかに澄み渡ってて…霧にしやすそうかな?』

 

 

 水分補給をした後、彼女は決まって体から霧を噴射させる。しかし今日のそれは少々濁っていた。原因は明白。前回戦ったゴアマガラの鱗粉が霧を噴射させる細かな穴に入り込んだのだ。いくら真空刃や尾棘といった遠距離攻撃ができるとは言え、そのダメージは微々たるもの。

 ナルガクルガの本質は素早い跳躍によって獲物や敵の死角に入り込み、その鋭い牙や翼のブレードでズタズタにすること。そして逆立った尾棘で威力を高めたその長い尻尾での叩きつけ。ゴアマガラの様な迂闊に近付いてはいけない敵は相性が悪い。

 

 

『まだ色抜けないなぁ…青い果実見つけたら食べてるけど、あれってホントにウチケシの実なのかな?』

 

 

 どう願っても引く気配が無かったゴアマガラに、彼女は仕方なく無理を承知で接近戦に挑んだ。その結果霧を噴出させる汗腺に詰まった鱗粉。

 ウチケシの実を摂取すれば狂竜症の進行を遅延できるが、食べている実がそれかどうかがわからない。ましてやゲーム画面のように発症までのゲージが可視化出来ているわけでもない。

 

 

『そもそもボクが狂竜ウイルス克服したら極限化するのかな?それともアレになるのかな?あれ…あれだよあれ。アレ?あれの名前ってなんて言ってたっけ?名前あったような気がするけど特に興味なかったから覚えてなくて…、あれだよ?ハンターが感染してモンスター攻撃し続けたら克服して会心率上がるあれ。抗竜石じゃなくて撃龍槍じゃなくて…えーと…えー……うん?うん。アレ?………まぁあれだよね。

 実際140ラーラー周回するするだけになったら「狂竜症なったーなんかHPバー違和感ー」か「やった会心率上がったよFuuuuuuuu!!!」のどっちかだけだし、そもそもウチケシ飲んでる暇あったら攻撃してるから持ってこないよね!』

 

 

 どれだけ悩もうとも、所詮彼女の体はモンスター。結果はウイルスに負けて新たなゴアマガラとなるか、克服して極限化するかのどちらかにしかならない。

今後襲ってくるかも知れない、生理前後にインフルエンザにかかったかのような体調不良以上のものに襲われ、意識が朦朧とし、自我を失い、暴れるに暴れ回る。

 

……そこから力尽きるか極限化するかは運と彼女の精神力次第だ。

 

 

『折角モンスターハンターの世界に、それもモンスターの姿で遊んでるのに、まさかゴアと会って寿命削られるなんて…やだなぁ』

 

 

 そう悲観する彼女だが、実際の所は狂竜ウイルスに蝕まれていない。先程も言ったが、ただただ汗腺に鱗粉が詰まってるだけで、彼女の強力な免疫能力によってウイルスは無力化されている。つまりゴアマガラの苗床にも極限化にもなることは無い。

 

 

(ぐぅぅ〜〜……)

 

 

『はぁぁぁあ〜…。ビョーキになるし、お腹は空いたし…。ゴアの尻尾の1本ぐらい貰いたかったのに…角なんて爪楊枝にしかならないよ。あんな凶暴に吠えたからみんな逃げちゃってここら辺にはボク一人だけ……水でお腹満たそ』

 

 

 余りにも空腹。周りには紫色で変な模様のキノコや、苔が生えたり蔓が絡んだ木しかない。もしも彼女がナルガクルガなどではなく、ドボルベルクであったならばこんな事態にはならなかった。しかしそんな事を言っていてもナルガクルガの体である以上どうしようもならない。空腹に気を取られるのを避ける為に湖畔の水で胃を満たす事だけが現在唯一の最善策。

 

 

『目に入るのはどいつもこいつもガリガリボーンなランポスだけ。群れたら面倒臭いし、食べるところ少ないから消費カロリーに見合わない邪魔者。火でも吹けたらガーグァの半身焼きとかゆで卵とか出来るのに……あ!そうだレウス!!ガーグァ見つけたら捕まえて王様(笑)に焼いてもらお!た・ま・GO!!た・ま・GO!!!』

 

 

 雲一つ無い晴天のような陽気な歌声が樹海に響き渡る。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────Zzz」

 

「─────Zzzzzz」

 

「─────Zz…ヒャン!?」

 

 

 真っ白な月光が風で靡いたカーテンの隙間から射し込んでくる。思わず雷狼竜が遠吠えをしてしまう様な、金火竜が子守りを棄てて月光浴に身を投じてしまう様な月夜。ウチは謎の悪寒に襲われ目が覚める。周りを見渡せば頭上のハンモックで真由香がスースーニャゥ…と息を立てながら寝ていた。そんな姿を見たら嫌な悪寒なんて一瞬忘れられて幸せな気分になる。

 しかしそれは文字通り一瞬だけだった。安堵をすれば再び上下左右前後全方位から見つめられている様な感覚に襲われ、体の内から外からモヤモヤが母親の子宮の中に居るように包み込んでくる。……もう一度寝直すには時間が掛かりそう。

 

 ため息をつきたくなったけど、真由香をそれで起こしてしまっては悪いと思い、ため息を飲み込んだ。だけどこのままではため息を溜める袋がはち切れてオオナズチもビックリな吐息が漏れる事になる。それだけは避けたい。

 

 ───そうだ。夜風に当たろう。瞳を閉じれば響き渡る月人達の夜想曲(ノクターン)。哀にて俯けば白銀の砂浜。涙を流さぬ様天を見上げれば宝石の海。こんなに素晴らしいロケーションなら、ウチのこのモヤモヤも晴らしてくれるはず。

 波打ち際を歩いたり、砂浜座って絵を書いたり、寝そべって星を数えたり、また立ち上がって今度は膝まで浸かる部分まで進んでみたり…。ウチが思いつく限りの1人での海の楽しみ方を堪能した。

 

 ……だけれどもそれが間違いだったと気付いた。昔の哲学者…サルトルとかキルケゴールとかハイデガー辺りが残した言葉を思い出す。

 

『疲れているときは反省をしたり、振り返ったり、ましてや日記など書くべきではない』

 

 まさにそれだった。このモヤモヤを抱えた状態で、こんな素敵な海を楽しむというのはまさに『疲れ切った夜に日記を書く事』そのもの。書いてる途中は変な気が舞い上がり、好調になった気になれる。だけど筆を置けば、そんな麻薬が見せる幻が泡沫(うたかた)となる。

 

 あぁまただ。半日も経たない内に昼間と同じくまたウチの顔はぐちゃぐちゃに濡れる。胸が締め付けられる。

 生まれて初めての初恋、勇気を振り絞って告白し、フラれ、直後目の前で、世界一嫌いな女に世界一大好きな彼を奪い取られる。そんな気持ちに陥る。

 

 今日の昼間。ババコンガフルコース中に突然泣き出してしまったウチに戸惑うキャラバンのみんなと筆頭達。訳を話せるはずもなく、祖母の形見の花瓶を割った子供のように、涙が枯れるまで哀を叫んだ。

 

 

「あら、ガノトトスにイタズラでもされたのかしら」

「わっ!?あ…真由香…。ビックリした……じゃなくてっ!

 ………別に。綺麗な魚が浅瀬にいたから近づいたら高い波に遊ばれただけ。もしそうなら今頃砂浜には珊瑚の絵と、ギルドカードの勲章に『幼女のお頭』が追加されてるね」

「ディアブロスに踏み潰された熱帯イチゴなんて勲章にするほど欠片も残らないわよ。それとハタチが何を言ってるのかしら」

 

 ディアブロスの踏み潰された熱帯イチゴ…収穫され忘れて熟しすぎて、アスファルトに叩きつけられた柘榴(ザクロ)の様な感じなのかな。

 急に後ろから真由香に話しかけられた。砂浜の上なのに足音ひとつ聞こえなかったのは猫だからかな?いつからそこに居たのかわかんないけど、誰も起きてないと思ったから油断しててホントにびっくりした。その後ちょっとクールに皮肉っぽく返してみたけど格好はつかないよね…。

 

 

「何がチーを悲しくさせてるかなんて私の知った領分じゃないけど、変な声上げて、ため息我慢して、こっちジーって見詰めたあと不安な顔して海辺に出ないで貰えるかしら?入水自殺するかと思ったじゃない」

「最初から起きてたんだ…あ、もしかしてウチが起こしちゃった?」

「別に。たまたまチーが起きる前に月光が顔に当たって起こされたのよ」

 

 

 ……ダウト。真由香のハンモック絶対朝日の光も月の光も当たらないポジションに変更してたじゃん。きっとウチのアレで起こしちゃったんだろう。でも今回はイレギュラーな光が顔に当たって起きたってことにしておく。

 

 

「………自殺なんかしないよ。する勇気もないし、まだやり残した事沢山あるもの。生きる希望をウチはまだ失ってない。だからまだ死ねない。…なんてね?そんな事よりも真由香もウチの膝おいで。一緒に夜の海風に当たってセンチメンタルになろうよ」

「結構よ。今そんな状態になったら私が自分の爪で喉笛引っ掻きたくなるわ」

「真由香にはもう生きる希望は無いの?………あ…違う。間違えた。そのそうじゃなくて…」

 

 

 ふと零れた失言を取り消そうとアタフタしながら誤魔化しているけれども、そんな事は叶わず、零れた失言はカラカラの砂浜に落ちた雫のように取り戻せない位置に行ってしまった。

 

 

「───あの子は本当に強くて勇敢だったわ。お師匠に負けず劣らずね。団長と加工屋とあの人は昔ながらの(トリオ)で、そこに私たち筆頭がよく絡んでいたの」

 

 次に真由香がなんて言うか、ウチを軽蔑するような目で見るか、罵倒が飛んでくるか、地雷の上に爆雷針を落としてしまったような…本当にデリカシーが無かった。迂闊だった。……だけど開いた口から出てきたのは楽しそうに語るかつての仲間たちの話だった。

 

 

「ホントに今も昔も変わらないの。団長の天啓か気まぐれか病気か…どれかわかんないけど、いっつも団長が2人を振り回してたの。バルバレって言う砂漠を移動する巨大な街に居た時もそう。『そろそろシェフと商人が欲しいなぁ!おまえさんもそう思うだろう?そうかそうか!そうだよな!よし1人ぐらいフリーな奴が居るだろう探してキャラバンに引き込むぞ!!』なんて…ふたりとも相変わらずヤレヤレって顔をして両手を上げながらも縦に首を振ってたわ」

 

 

「それに私達のリーダーと団長は前世の恋人だったかの様な不思議な(運命)で繋がれてるの。……いや違うわね。あれはストーカーを疑うレベルだわ。私達が任務に出掛けて、クエストに出てる間に偶然後から来るのよ?それも──な任務の時に限って」

 

 

「お師匠から離れたのも団長の一存だったわね。団長が私をスカウトしたの。団長と加工屋とあの子…それと私達筆頭メンバーが飲み比べて全員潰れた時、あの人がオトモが欲しいーなんて口を滑らしたのがきっかけね。やっぱり帰りを待つ二人がいても狩りの間は寂しかったのかしら」

 

 

「1番面白かったのはリオレウスからペイントボールの香りが消えて、付け直そうと投げたらそれがトドメになって、あの子の上に堕ちてきて潰された事かしら?金冠サイズで抜け出すのもやっとだったわね」

 

 

 傍から見たら真由香がウチに思い出話を振舞ってくれているように聞こえるけれど、聞いているウチからしたらその真逆だった。真由香の瞳には光なんて灯っていなくて、まるで独り言のように…後悔の懺悔の様に、傍若無人の如く頭の中で再生されている映像の音声を口にしているスピーカーそのものだった。

 

 

「────あ、あっ!…あ……」

「結局いっつも3杯飲んだら…どうしたのチー?」

「な、なんでも…ううん!なんでもないよ」

「そう。それで話の続きだけど、リーダーなんて下戸だから少し飲んだだけでダウンするのよ。ホント情けないんだから…」

 

 このままじゃダメ。早く話を逸らさないと。……そう思ったけど、なんて話を切り替えれば良かったかわかんなかった。

 延々と止まらない自分語り(思い出話)。嫌じゃないけどどうすればいいかわかんない。どう接したら良いかわかんない。ただただ相槌を打つ他ウチができることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………あ、日記の事言ったのってサルトルでもキルケゴールでもハイデガーでもなかった。ニーチェだった。あるよね、テスト終わった瞬間出てこなかった漢字が出てくるの。あれと同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 この世の大陸のほぼ中央に位置する巨大都市〈ドンドルマ〉。貿易都市であり、要塞都市であり、古龍観測所本部がある研究都市でもある。

 ドンドルマ付近での守り神たる雄火竜リオレウス・雌火竜リオレイア。その両方へ自然への感謝と敬意を表し、都市の公共施設では赤色の屋根、一般住宅には緑色の屋根と統一されている。

 

 そんなドンドルマの古龍観測所が何やら騒がしくなっている。その原因は、この地上からそれなりに上空にある観測所の気球より通達された1本の文だった。

 

『ゴルドラ地方ヨリ通達。新種古龍ノ兆シ。突発的ナ霧ノ発生ニ警戒セヨ。山1ツ斬ラレタリ』

 

 

 滅多に喧騒鳴り止まない観測所が唖然と静まり返る。

 研究員達は一斉に呆けた声を出し、ショートした頭の回路の修復を開始する。しかし修復し終わっても出てきた声は変わらず『は行あ段』の間抜けた音だった。

 漸くまともな思考回路を取り戻した1人が他の者の頭の修理を開始した。

 

『ゴルドラ地方はどの方角だ!?』

『ド、ドンドルマ中心より東南東です!』

『双眼鏡で何が見える!?』

 

 バタバタといつも以上の騒がしさと焦りを取り戻した観測所。高台から全方位を監視している者に見るべき方角を伝え、双眼鏡に目を通させた。

 すると驚くべき報告が帰ってくる。

 

 

『山1つ消えてます。氷鏡の様な綺麗な断面が見えます。傾斜およそ35°。断面と同じ高度に山頂があります』

 

 

 監視員は一体何を言っているのだろうか。指示を行った者が言葉を信じられず、自らの眼で真実を見た。そして先程の言葉を信じる他無かった。

 モンスター。それも古龍となれば有り得ない事が有り得ない事態を引き起こせてもなんら不思議ではない。現に『生ける災厄』などと呼ばれるモンスターも複数体確認され、それらが相見える事が有るならば世界がいくつあっても足りない。そんな明確な予測結果も出されている。

 

『霧…霞龍か?!』

『霞龍は精々消えるだけです!浮岳龍の再来ではないのでしょうか!?』

『それは無いのぉ…ワタシは浮岳龍の捕食痕を見たことが、あの様な綺麗な断面では無かったわい』

『土が…土すらもあんな…なんて斬れ味なんでしょう!!』

 

 過去のデータより、どのモンスターの仕業かを考察するも、過去との参照では答えに辿り着く事は出来ない。それを察した観測所内は、対応を文の通り新種の古龍とした。

 問題は3点。どの様な姿か。どの様な手段で山を斬ったか。今どこに居るのか。

 しかしいずれも分からない。しかし何一つ手掛かりもなく八方塞がりという訳でも無い。やるべき事は沢山ある。切り崩された山に調査隊を派遣する事、机上で空論を論議する事、そしてギルドを通して周辺地域のハンターに通知させる事。新たな天災が生まれた今、何よりも求められるのは行動力。元凶に辿り着けるかは分からないけれども、何もしないという選択肢は有り得ない事だった。

 

 

 

 








ノーハンティングライフなお話をいつまで書くつもりなのでしょうか。


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