マテリアル・シンカロン   作:始原菌

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 ▲▼▲

 

 

(………………これ、いわゆる精神が分裂したってやつでは?)

 

 昨日の流星で物理的に頭をやられたか、日頃のあれこれで精神をやられたか、眼前の異常事態からの逃避でインスタントに狂ったか。

 考えても原因がわかるわけもなかった。というか心当たりが多すぎるのがまず何よりもつらい。保健の先生の名医説が急浮上してきた。

 紫苑はまともなままで、頭のなかに本当に誰かが居る――なんて、あるわけがない。

 自分の中には、自分しか居ない。それが普通でまっとうな当たり前。別の誰かが居るという正常より、おかしくなったという異常の方がこの場合では正当になる。

 

【いいえ。貴方に異常は無く、ここに私は正常に在りますよ……ああでも、完全な正常というには少々損傷が大きすぎますか】

 

 声に出していない考え事に、当たり前のように返事がくる。

 会話とも違うこの現象にすこぶる違和感があるが、問題はそこではない。

 

【困惑も疑念も当然でしょう。説明したいのは山々ですが――まずは、目の前の脅威から逃れることを優先すべきかと】

「目の前?」

 

【来ますよ、構えて】

 

 咄嗟に上げた腕、かざした物に激突するのは高速で迫ってきていた巨大な塊。巨大な獣――のような()()

 一瞬でも事前に備えられたからなのか。為す術もなく吹き飛ばされた先程と違い。今度は押されながらも、飛ばされなければ潰されもしない。とはいえ受け止めきれてもおらず、ざりざりと地面を削りながら無理やり後ろに押されている、が。

 

「そうだったよこっちの物理的にヤバイ方も居るんだった! 体の外か頭の中かどっちか一つにしてくれ! もしくはせめて順番に来てくれ! 同時に来ないで欲しい!!」

 

 眼前にある何かの容姿は、一言で表すと巨大な肉塊。

 紫苑の身体より二回り以上は大きい。球というには歪だが、縦や横に長いかといえばそうでもない。表面からは腕や脚のなりそこないのような物が何本か突き出ていて、中には骨のような物体も見える。なのででこぼことした肉の塊と表すのが一番合っている。

 どこからどう見ても、真っ当な生き物ではない。

 いや、違う。()()()()()()()

 

(あれ)

 

 視界の端に何かが映った。元々紫苑が歩いていた場所、今では随分離れてしまった道。その傍に転がっている物は見覚えがある。よく寄るスーパーのビニール袋だ。

 けれどもその状態に覚えがない。放り投げたから潰れたり汚れたりはしていてもおかしくない。だが何故――ぐちゃぐちゃに荒らされているのだろうか。

 

 この何かは、一度紫苑を吹き飛ばしてから直ぐに襲ってこなかった。

 荒らされたビニール袋の中身は夕飯だった。

 昼間、ペットがいなくなったという話を聞かなかったか。

 眼前の塊は、改めてよく見ればじわじわと膨張していないか。

 

 直ぐ目の前にある赤い目の少し下が、開く。中でぐちゃぐちゃに並ぶ白い歯を見て、()()()()()のだと理解した。

 

「こいつ――()()()()のか!」

 

 慌てて離れようと身を捩るも、遅かった。

 頭から丸呑みは避けたが、左側のほとんどを覆うように食らいつかれる。

 

「あ、いっで痛い! でも痛いだけで済んでるすごいな!?」

 

 身体のあちこちに何かめり込んでいる感触。けれども出自不明の衣服は、学校の制服の何倍も丈夫に出来ているらしい。突き立てられた歯は一つも通らない。が、化物は構わずに()()を始めた。

 

【右手の武器を使うべきでは?】

「――!」

 

 指摘されて思い出す。食らいつかれたのは体の左側。右側は外に出ているし、自由に動く。そして紫苑の右腕は――武器を握っている。

 

「こ、ん、の――――!!」

 

 剣道の経験はない。剣術なんて欠片も知らない。考えてみればまともな武器を持つことすら今日が初めてだ。けれども振り上げて、振り下ろす程度はできる。この距離ならば、狙いをつける必要もない。可能な限りの力を込めて、右腕の剣と思しき武器を怪物の身体に叩きつけた。

 

 ”ご ぉ ん ”

 

 身体が回る。視界も回る。生じた音と衝撃に、意識が盛大に振り回される。地面にべちゃりと墜落して、起き上がって、吹き飛ばされた怪物の身体を見て。

 そこでようやく、音も、衝撃も、木々をへし折り地面を削るほどに、怪物の身体を吹き飛ばしたのも――紫苑が自身でやった事だと理解した。

 

「………………」

 

 違和感があった。

 小学生にあるまじき怪力、ではない。さっき防御力がおかしくなっていたのだ。攻撃力がおかしくなっていても、それは同じ異常の延長線上だろう。

 視線の先は身体をべごんとへこませた肉塊がビクビクと脈打っている。正直気持ち悪いが、直ぐに動き出す様子はない。

 なので感じた違和感、抱いた疑問のままに指をそーっと剣の刀身に近付ける。

 

「刃が、付いてない」

 

 突いた指は無傷。試しにその辺の草に当てたらぺしっとなっただけ。

 ひと目で分かるほどしっかりとした作りの剣は、刃を持っていなかった。道理で棒で殴ったみたいな手応えだった訳だ。

 見た目が剣っぽいから剣と呼んでいたが、もしかしてこれは棒状の鈍器だったのではないだろうか。もしくはデラックスペーパーナイフ。

 

「……え? どうしろと? どうすればいいのこれで?」

 

 脈打っていた怪物の身体がぼごんと鳴ってへこみを復元する。何事も無かったかのように起き上がって、こちらに向き直る。赤い目がぎらぎらと光を放ち、半開きの口からはしゅうしゅうと蒸気めいたものが漏れている。

 怒らせただけなのではないか。

 事態、悪化しているのではないか。

 

【戦う必要がありますか?】

「え、」

【先程の攻防で今の貴方の戦力は概ね理解しました。撃破は困難でしょう。けれども()()は十分に可能なはずです】

「だめだ、できない。それはできない、だって――」

 

 唸り声の出来損ないみたいなかすれ声と共に、肉塊が紫苑に飛びかかる。今度は受けない。こちらも飛び出して、右腕のペーパーナイフ(大)をフルスイング。ボールを打ち返すかのように、肉塊を吹き飛ばす。

 推測だが。こいつは食った分だけ大きくなる。最初はもっと小さかったから、動物を襲った。襲って大きくなったら、次はもっと大きな獲物を食いに行くのだろう。

 いや。

 すでに紫苑が食われかけたのだから。

 こいつはもう、人を捕食の対象にしているのだ。

 

「俺が逃げたら、こいつはきっと()()()()! 今度襲われるのは()だ!!」

 

 今の紫苑は、小学生どころか並の大人の何倍もの力を何故か持っている。

 振り回しただけの腕は自身の胴より太い幹を折れる。そんな力を込めて金属の塊を振り回せば、相応の威力を持つ。

 ただ、効いているのか怪しい。殴りつければへこみはするが、直ぐに元通りになってしまう。さっきからずっと同じ事の繰り返しだった。

 異常な変化をした紫苑の身体は、未だにほぼ無傷のまま。

 逆に正常な人なら、とっくに命を落としているという事になる。

 

「きりがない! こういうのってどこに連絡すれば良いんだ!? 保健所は――無理だな! 警察か!? いや自衛隊とか呼ばないと駄目か!?」

【私はこちらの組織に疎いのでなんとも言えませんが。()()()()に対処可能な機関でなければ、意味が無いと思いますよ】

「………………今なんか魔法とか言わなかった?」

 

 逃げるという選択肢はもう絶対に選べない。この化物を放置すれば他の誰かが――紫苑と違って、まともで、まっとうな、普通の人達が困る。

 だったらその『逆』の選択肢を選ぶしかない、選びたい。

 けれども選び方がわからない。

 

【ええ、言いました。もしも貴方が――()()()()というのなら。方法があります】

「本当!?」

 

 本当に、絶妙なタイミングの提案だった。

 

【代わりに一つ()()をしてもらいたいのです】

「約束!? どんな!?」

 

 飛びかかってくる肉塊を叩き落とし続ける。

 紫苑は自分の身体がどうして変化したのか把握していない。だが体力、気力、精神力――使ったものは消費される事くらいは知っている。いつまでもこのまま動き続けられないであろうくらいは、推測できる。

 

【私は理のマテリアル(構築体)。ですが損傷が激しく、駆体の生成どころか貴方を離れて単独で活動する事すら不可能な状況です。けれども欠片同然に成り下がろうとも、()()の目的を諦めるつもりはないのです。故に求めるのは当面の魔力の供給、同じマテリアルの捜索、必要な物資等の捜索や活動を貴方に代替してもらい――】

「ごめん! 真面目な話の最中本当に悪いんだけど、もうちょっとわかりやすくというか短くお願いしますちょっと忙しくて全部聞いてられない!!」

 

 叩きつけたはずのペーパーナイフが空振った。

 

 避けられたのではない。当たるはずだった面の肉が、当たる前に先にへこんだせいだ。振り切ったのを見計らったかのように再度肉が元に戻り――刀身を、埋め込むように包み込む。

 

「やば――」

 

 ぐるぐると振り回し、地面に樹に、何度も何度も叩きつけ、そうしてぽいと放られる。天と地がかき混ぜられるように曖昧になったまま、これまでとは比較にならない勢いで。発射されるように宙を飛ぶ。木々を突き破るように突っ切ってから、今度はそれまでと違う感触に突っ込んだ。

 

【ではそのように。私は今から困っている貴方を助けます】

 

 自然物でなく、人工物。

 周囲の管理のための道具が収めてある小屋の壁を紫苑の身体が突き破る。攻防する内に街の方でなく、山の方に移動していたからだ。

 肉塊が、唸るように鳴く。開かれた口から蒸気と涎が零れ落ち、ぎらぎらと赤く光る目に理性や知性は見られない。きっと自分以外の何かにかぶりついて飲み込む事しか考えていない。それすらも考えているのか怪しい有様。

 ただ何度も殴られた事に大して何かしら思うところはあったのか、この隙に方向転換はしなかった。『獲物』を目指し、小屋の内部目掛けて歪なその身体を猛然と進める。身体の半分以上を口として開きながら、食らいつくように、飛び出して、

 

【私も困っているので、助けてください】

「わかった、()()する」

 

 

 

【Reading of the Material.】

 

 

 

 悲鳴だった。

 鳴き声ではない。唸り声でもない。

 通常の生命から大きく外れた個体が、喜怒哀楽といった感情を残していたかは怪しいものの。身体を削られた事に対して発せられたであろうそれは、きっと悲鳴だったのだ。

 湧き上がる、

 吹き荒れる、

 燃え上がる――()()()()()に焼かれ、肉塊は悲鳴を上げてのたうち回る。

 

【では、()()成立ということで】

 

 ごうごう、ぱちぱちと音がする。

 炎の燃え移った小屋が崩れていく。中は息をするのも苦しいほどの高熱が渦巻いているのに、苦もなく進んでいる人影があった。落ちてきた破片がぶつかる前に燃え尽きる。道を阻む崩れた壁の残骸も、静かに灰になって消えていく。

 それらは当然の必然で、その人影こそがこの災禍の熱源にして発生源だから。

 

【私の魔導を預けます。殲滅者(デストラクター)としての焼滅の力。どうぞ存分に】

 

 黒髪が、茶に。

 黒瞳は、深い蒼に。

 唯一衣服のみが黒のまま。

 だがもう白はない、吹き出る炎と同じ色に変わっている。

 

「…………赤くなった」

 

 周りで渦巻く炎を熱く感じているのに、焼かれる事は決してない。

 むしろ周りで炎が流れているのが当たり前のようにすら思える。まるで最初からそういう生物だったかのように。根底から何もかもが変わってしまったようだった。

 とはいえ本当に別人になった訳ではない。

 だから今やらねばならない事も、忘れてはいない。

 紫苑が踏み出したのを察知して、肉塊は逃げなかった。それどころか改めて飛びかかる。食らいつくために。焼かれて減った分を目の前の肉を喰って戻すために。

 愚策だった。

 逃げるべきだった。

 ()()()()()()()()()()だろうけれども。

 

「なるほど。殴ったくらいじゃ効かなくても、焼けば()()んだな」

 

 一回り小さくなった肉塊に対して、突き出された右腕は拳だった。武器は握っていなかったが、代わりに炎が渦巻いている。

 

 着弾。そうとしか呼べない音がした。

 

 吹き上がるように爆裂した炎が片っ端から肉塊を、文字通りに焼滅させる。へこむどころの話ではなく、腕の形に肉の塊がまるごと欠損する。

 掘り進むように、焼き進めながら腕が肉塊に沈んでいく。沈んだ先から周囲を更に焼き、内側からその身体を削り取るように焼滅させる。

 

「見つけた、これがお前の()()()()()だ」

 

 紫苑が腕を一気に引き抜く。

 けれども炎の大部分は腕に付いてこず、肉塊の内部に留まら――ない。外へ外へと燃え走る、焼いていく、炭に変え、崩していく。

 巨大だったはずの肉塊は呆気ないほど短い時間で燃え尽きた。ほんの僅かの燃えカスも風に吹かれて飛ばされて、消える。

 消える直前の最期に残った炭の輪郭が、ネズミのような形をしていたようにも見えた。始まりはそのくらいの大きさの生き物だったのかもしれない。

 引き抜いた拳を解いて、開く。

 掌の上には青い宝石のようなものがあった。

 

「なんだこれ?」

【私も初めて見る物です。高純度のエネルギー結晶体のようですが】

 

 赤くなってから、肉塊の中央に強い力があるのがぼんやりと感じられた。核と狙って引き抜いてみたが当たりだったらしい。

 小石程度の大きさだが、強い力が籠もっているのが()()()()には判る。恐らくこれを内側に抱えていたから、()()()()は動いていたのだろう。

 

【ともあれ無事勝利できたようで、何よりです】

「うん、ありがとう。本当に助かった、ええと……シュテル・ザ・デストラクターさん、だったよね」

【『シュテル』で構いませんよ、シノミヤ・シオン。しばらくの間、協力関係になるのですから、お互いに遠慮はなしでいきましょう】

「じゃあ俺も『紫苑』で」

 

 事情が変わってしまったのだ。

 もう認めるしか無いだろう。紫宮の頭の中には本当に――自分ではない別の誰か(シュテル)が居る。でなければ、さっきの炎に説明がつかない。

 

(何でシュテルが俺の頭の中に居るのか、俺のこの変化は何なのか、さっきの化物は、その中の石は何なのか……切り抜けただけで何にも解ってないから、解決とはとても言えないか)

 

 問題は山積み。正直どれも小学生の手には余る。

 けれども適切な対応をしてくれそうな機関にも心当たりがない。取り掛かり方をまず考えていかなければならない。が、それにしても情報が足りないのだ。

 

「ところでシュテル、まず一つ急いで教えて欲しい事があるんだけど」

【何でしょう?】

 

 ただ一つ。

 とにかく今直ぐ解決しておかないといけない問題がある。

 改めて見るのは自分の身体。そこに纏っている見慣れない衣服の装飾部分。最初は白かったが、今は赤く変わり――僅かながらちりちりと炎を揺らめかせている。

 

 このまま帰れば、確実に、火事――!

 

「いやこの姿(これ)、どうやれば元に戻るのかなって」

【……………………………………】

 

 

 

「ちょっと」

 

 

 





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