マテリアル・シンカロン   作:始原菌

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 ▲▼▲

 

 週末。土日。

 一週間の内で学生が最も自由に動き回れる期間。

 そんな訳で土曜日にやや遠目の場所に出かけたはいいが、相も変わらずマテリアルの方は空振りである。

 ただしジュエルシードには出くわした。地味にやたら紫苑側の発見率というか遭遇率が高い。放っておく訳にもいかないので追いかけねばならないのだが、見つけた時間が悪かった。

 

「どうせ出てくるなら夕方の内に出てきてほしかった……」

 

 陽も暮れきった夜。もう切り上げて帰ろうか――というタイミングでの遭遇である。おまけに猫か何かが発動させたのか、恐ろしく素早いのだからたちが悪い。

 夜通し追いかけ続けて走り続けて。何とか捕まえて封印した頃には夜が明けていた。朝日に疲れ目を焼かれつつも、帰り道を走破。日曜の昼下がりになってようやく見知った街へと帰ってきた。

 帰ってきた、のであるが。

 見知った街は、何だかやや見知らぬ様子になっていたというか。

 

「環境破壊、というか……」

 

 その単語はニュースだとか、授業の時に度々聞いている。

 人の生活や文明が自然に与える害が云々。日頃から自然に配慮した生活を心がけましょうで締められるそれ。ただ、今この場面においては全くの逆で。

 

「環境が破壊している、というか…………」

 

 巨大な樹木が、道路や建物を突き破って生えまくっていた。人工物が大自然に全力で蹂躙されている光景がここに在る。

 これが科学の敗北というやつなのだろうか。

 確かに人の街は自然を切り開いて築かれる。けれども海鳴市はまだ緑が多い方だ。ここまでされる謂れはないのではないか。いやこういった考え方こそが人間の奢りで、だからこそ植物達の怒りを買った可能性が……?

 

「って、んなこと考えてる場合じゃないな!」

 

 眼前の地面を無数のヒビが走り抜ける。

 巨大な樹木は今この瞬間も成長を続けていた。より遠く、広くへと根が巡っていく。新たに伸びた一本がが地中から突き出て、紫苑目掛けて振り下ろされた。

 

「炎着ッ!」

 

 けれども、何にも当たること無く燃え尽きる。

 巻き上がった炎は根だけでなく、降り注ぐ建物や道路の残骸や破片も焼き尽くしていく。

 街中という位置があまり良くない。紫苑の炎は、範囲指定というか規模の調整と言うか――とにかく『雑』なのだ。その分破壊力はあるのだが。

 

『――苑、紫苑! 聞こえる!?』

『今聞こえるようになった。これもしかしてジュエルシード案件?』

『うん、さっき発動を感じた。今なのはとそっちに向かってる』

『何か規模がいつもよりでかい気がするんだけど』

『詳しい説明は後でするけど――多分『人間』が発動させてる。直ぐに広域の結界を張るから、それまではくれぐれも大火力は控えて!』

『早めにお願い』

 

 ユーノとの念話の間に身体能力強化(フィジカルエクステンド)を起動させ、跳ぶ。身体能力とともに自身の位置も引き上げていく。背の低い建物から順に飛び移っていき、周囲が見渡せる程度の高さまで。

 

「うわ。思ったより広いな」

 

 見渡す限り、緑多い街どころか緑多すぎる街と化している。地面を這う根だけでない。あちこちに太く高い幹がそびえ、伸びた枝や茂る葉がビルや建物を突き破っていた。

 ふいに、空気の肌触りが変わる――おそらくユーノが結界を展開したのだろう。結界魔法は指定範囲の空間を切り取って隔離するものであるらしい。事実、魔法の使えない町の人間はその姿を消している。また結界内での破壊状況は、解除時に反映されない。極端な話、結界が維持されている間は街を更地にしても問題ないのである。

 

「これで、遠慮なく焼ける訳だけど――」

 

 だん、と強めに地を蹴って手近な枝へと飛び移る。着地はせずに、殴りつけた。無論拳の先端から腕にかけては赤い炎が巻き付いている。

 接触した箇所は物理的な破壊力を叩き込まれて砕け散る。周囲も燃え移った炎が奔って広範囲を焼いていく。家一軒に匹敵する大質量が、瞬く間に炭の塊になり下がって、風に吹かれて散っていく。

 

「切りがないか。大本潰さないと駄目だこれ」

 

 が、同じだけの質量が別の場所で生え続けている。炎の範囲と威力を可能な限り引き上げて、腕を振るい続けたとしても。全ての樹を燃やす前に紫苑の魔力か体力が尽きるだろう。

 ならばどうするかは至極単純で、これ以上生えなくすればいいのだ。

 この樹木は発動したジュエルシードの放つ魔力によって生成されている。封印さえしてしまえば少なくともこれ以上は生えてこなくなる。今までのケースから推測するに、封印に伴ってすでに生えてしまった樹が消える可能性もある。

 

「んー…………んん、あれこれ駄目じゃないか」

 

 それにも問題がある。広がりに広がったコンクリートジャングル(緑)の中から、石一粒をピンポイントで見つけなければいけない事だ。

 炎着状態ならば紫苑は探査魔法を使える。使えるのだが、精度が悪い。

 範囲の狭さもそうなのだが、ぼんやりとこの辺に『何かある』くらいしかわからないのだ。大きさや形はまるで拾えない。

 だからこの場で使っても『周り全部なんか変』とかいうすこぶるふわっとした事しかわからない。というかそんなことは見れば判る。

 

「となると。片端から削っていって、再生の規模と速度に差があるかを割り出せれば――」

 

 恐らくだが中核に近づくほど再生が確実で速く、離れるほど後回しで遅くなるはず。

 必要なのは威力でなく範囲と数だ。調整が効かないなりに、普段右腕に集中させている炎を左腕にも炎を灯す。一度だけぐるりと首を巡らせて周囲を把握。範囲を絞るために最低限削る必要のある箇所を割り出す。後は順に燃やしていけばいい。

 

『ユーノ。こっちは核探すためにあちこち燃やして回るしか無いんだけど。そっちの魔法で探せたりする?』

『あ、いや、今なのはが――』

 

『大丈夫』

 

 紫苑は、このジュエルシードにまつわる経緯を一切知らない。

 だから何故そうなったかは、推測もできない。それでも高町なのはの声が、真剣そのものだという事は判った。

 

()()()()()()。ここからでも届く、届かせる――レイジングハートが、届けてくれる!』

 

 横向きの『柱』だった。

 事実はどうあれ、少なくともそう見えた。桜色の魔力が、柱と見紛うほどに束ねられた魔力の塊が。紫苑の上空を一瞬で通り過ぎ、そして。

 

 辛うじてそう認識した時には、おおよそ全てが終わっていた。

 

 周囲に好き放題に伸びていた樹木が光になって解ける様に消えていく。周辺の魔力反応も規模がどんどん小さくなっていく。それらが意味する事は一つ。ジュエルシードの()()()()()()のだ。

 

「…………嘘ぉ」

 

 光が伸びてきた方向に視線を向ければ、杖を構える高町なのはの姿が見える。

 魔法を使って身体能力を引き上げているから、見える。肉眼ではただの点にしか映らない程の距離がある。そこから撃って、当てた事になる。

 

【やはり。砲撃型でしたか】

「わかるの、シュテル」

 

 樹木の消滅に伴って、建物の幾つかも支えを失って崩れていく。驚くのを後に回して足場として成立する場所に飛び移る。その最中にシュテルの意識が浮上してきた。

 

【砲撃魔法に封印術式を乗せて放ったのでしょう。特異な才能が必要とまでは言いませんが、素人が咄嗟で扱える物でないのは確かです】

「でも練習してたとか聞いた覚えもないんだよな。飛行とか防御はユーノが教えてるって言ってたけど」

【ええ、ですから。この場で覚えた――()()()()()のでしょう。感覚だけで、即時にあれだけの砲撃を組み上げられる。タカマチ・ナノハの才を少し低く見積もりすぎていたのかもしれません】

「シュテルって、何かやけに高町さんのこと気にしてるね」

【………………そうですね。そうかもしれません。貴方に言われて気が付きました。引っかかってはいたのです。実際に急成長を目の当たりにして――いいえ。成長が早い、というより。本人の気分次第でああも伸びしろが変わるのは……】

 

 ――そう遠くない内に()()()()()()()()

 

 結局シュテルはその続きを形にしなかった。故に紫苑にその先は拾えない。それでも明らかに言葉を途中で止めたシュテルに対し、小さな違和感を抱く。

 

「…………シュテル?」

【頃合いかもしれませんね。少し急かもしれませんが、遅れてタイミングを逃すよりかはいいでしょう】

 

 疑問に返答はなかった。

 淡々と、結論付けた意思だけが一方的に紡がれて、そして。

 

 

 ▲▼▲

 

 

「この辺でいい?」

【はい】

 

 場所は紫宮家の近く。山へと繋がる林の中。

 すでに陽は大分傾き、次にやってくる夜の徴候が出始めた時間帯になっている。

 ユーノ達との合流を後回しにして、炎着状態も解除せずに。こんな所までやってきたのにはもちろん理由がある。まあシュテルの提示した『一旦街や人から離れてほしい』という条件に適した場所が、ここだったというだけの話なのだが。

 ともかくこの周囲には『人気がない』。

 多少何か起こったところで、騒ぎにはならない場所だ。

 

【シノミヤ・シオン】

「うん」

 

 普段と様子が明らかに違うと判ったからこそ。

 何も聞き返さずに、紫苑はシュテルの意思の続きを待った。

 

【貴方に問います。私との『契約』を果たすと頷いた事、相違ありませんか?】

「え? うん。でもどうしたの急に」

【では――遠慮なく』

「待って、今確かにシュテル、声、」

 

()()()()()()

 

 ごう、と炎が渦巻いた。紫苑の変化した衣服、赤く染まった装飾部分から赤い炎が吹き出ている。見た目は炎を使う時と同一。けれども今回は意味合いが異なる。

 放出しているのではなく、()()()()()()

 髪の色が茶から黒に変わる。瞳の色が蒼から黒に変わる。赤く変化していた装飾は色を忘れたかのように白へと変化していく。

 まだ炎は止まらない。どころかごうごうと勢いを増していく。何かに向かって放たれるのではない。近隣の草木や地面を焼くのでもない。

 炎の渦、その中心に赤く輝く一点の光。まるで炎で肉付けしていくかのように、炎が光を包んでいく。小さな星のようであった光は炎に覆われ見えなくなった。

 代わりに炎の内に影が――()()が、表れている。

 

「まあ、こんなものでしょう」

 

 渦巻く炎は何かを焼いていないだけで、何も焼けないわけではない。むしろあらゆるものに食らいつき、焼滅させる業火の類だ。

 けれども()()は焼かれない。焦げることすらありえない。炎の隙間より垣間見えるのは()()だった。最もそぐわぬ色が、存在を証明するかのように炎を払って外の世界へあらわれる。つま先、脚、胴、腕――茶の髪に蒼い瞳の、顔。()()()()()()()()()が、あらわれる。

 

「高町、さん……じゃない、同じ『形』……?」

「その通りです。先日手に入れた彼女のデータを基に、駆体を構成しました」

 

 見覚えがある姿だった。

 眼前に立つものは、高町なのはと『同一』の形をしている。

 

「それ肖像権とか大丈夫なの?」

「そこは私の管轄外ですので」

 

 同じなのは『形』だけ。

 魔法を知らぬ人間からすれば、髪や瞳や頭のリボンの色彩以外は驚くほどに瓜二つ。けれども人によっては、雰囲気や表情等の無数の些細な違いに気付くだろう。少しでも魔法を扱える人間ならば、魔力の波長で完全に別物だと気付く。

 ()()は『高町なのは』ではなく。

 形を得た『シュテル・ザ・デストラクター』であるのだから。

 

「待って、ちょっと、待って。何が、なんだ、か、あれ――」

 

 紫苑の言葉がぶつ切りなのは、混乱しているからではない。

 無論混乱はしているのだが、もっと単純な理由がある。

 これで、精一杯なのだ。

 文章未満の単語を幾つか呟くのが難しいほどに、今の紫苑は()()している。気力、体力、魔力――その()()からして、普通に振る舞うのが困難なほどに減ってしまっている。

 ろくに喋れない人間が、立っていられる訳もなく。紫苑の意思に反して、体は勝手に膝を折る。何とか首を持ち上げても、霞がかった視界ではもはや朧気な画しか拾えない。

 

「無理をしない方が懸命ですよ、シオン。魔力を始め、可能な限りのリソースを頂きました。妨害されても面倒なので。しばらく動けないでしょうが、貴方の頑丈さならすぐに回復するでしょう」

 

 逆に。炎を纏って立つシュテルは何事もなく立っている。

 どころか更に、『完成』していく。

 周囲の炎がシュテルの身体に向かい、四肢に着く。燃焼と反対の現象である筈の生成が行われ、瞬く間に衣服上の物質が形成された。

 次いで傍らで揺らめいていた一際大きな炎塊に、シュテルは無造作に右手を突き込み――内に在った()を握る。弾けるように炎が散って、魔導師の杖が姿を表した。

 バリアジャケットもデバイスも、デザインは高町なのは(オリジナル)と完全に同一。ただし白と青を主体としていた色彩が、紫と赤を主体としたものに変わっている。

 

「駆体が戻った以上、貴方の助力はもう必要ありません。元よりこれは私の使命。この機会に、お互いそれぞれ相応しい場所に戻るとしましょう」

 

 紡ぐ言葉に嫌悪は無い。

 見下ろす瞳に好意はない。

 ただ単純に何もない――無関心が一番ふさわしい。

 

「ああ、それと。()()は少し借りていくと、ユーノ・スクライアにお伝え下さい。駆体が完全に安定するまでの保険ですので、問題がなければ使いません。ご心配なく、いずれ返しに伺いますよ」

 

 掲げた指先には青い石が握られている。昨夜回収したジュエルシードの一つ、紫苑がポケットに入れていたはずの一つ。かつてシュテルはジュエルシードを()()使わないと言った。だから拘らないとも言った。

 その言葉に一切の嘘はない。

 だが実際に使えるようになった後に、利用しないとは()()()()()()

 シュテルの一方的な提案に、承諾も拒否も返ってこなかった。それをこの場で唯一行える紫苑は、完全に地に伏せて動かない。返事どころか言葉が届いているかどうかすら定かではなかった。

 

「では、これで。二度と会わぬ事を願います」

 

 シュテルが自力で行動不可能だったからこそ、協力関係が成立していた。

 紫苑が活動し、代わりにシュテルが炎熱で補助を行う。そういう契約であったはず。

 こうしてシュテルが活動できる駆体を手に入れた現状。紫苑がシュテルにもたらせる利は無い。何よりも、紫苑がシュテルに()()()()()()()()()()。ならば次に会うとすれば――それは利害の不一致による衝突でしかあり得ない。

 そう判断したから、シュテルはそう言い残した。

 意識のないであろう相手にわざわざ言い残したのは、妨害が増える面倒を無意識に嫌ったのか。それとも多少なりとも関わった相手と争う事をほんの僅かでも嫌ったのか。

 真偽は、もう誰にもわからない。

 当のシュテルが、その思考を瑣末事と切って捨ててしまったから。

 

 意識を失って倒れ伏す一人を置いて。

 マテリアルは一基(ひとり)征く。

 

 

 

 






好感度がちょっとでも足りないとすっからかん以下にされてそのまま反省会に直行するやつ。
あとこの時点でのシュテルの外観は無印なのはの完コピ(髪型も同じ)です。

次回から追撃戦。
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