Fate/First Rebellion   作:Alu.

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一章〜召喚〜 2/2 (3話)

揺れる蝋燭を前に、男がひとり、筆を手に取り足を組み座っている。残暑いみじく、額の玉汗はとめどなく流れ落ち、夏の夜の疎ましさに拍車をかけている。

男は涼しい顔で和紙に筆を走らせていた。時刻は丑の刻を少し回った頃で、隣家の灯もとっくに消え、人はみな夢路を行く鼠となっている。

昨日同様に夢狩を行いたい気分ではあったが、既に儀式は始まっている。中断は許されない。―もとより、昨日までの夢狩で魔力は充分に備わっている。

男は筆を置き、術式を施した和紙を手に取り呪文を唱える。

すると和紙が中空に浮かび上がり、形を変え、式神となって男の前に現れた。

「告げる。汝は邪馬台国の女王卑弥呼なり。我が力を以て汝を現界せしめん。」

式神の手足が徐々に変化する。

「汝の力を以て、この地に聖杯を顕現させよ。」

式神が―卑弥呼と呼ばれたそれが、自らの意思を以て答えた。

「我が名は卑弥呼。邪馬台国の王である。…我が身を使役するとは…なかなかの才を持っておるようだ。」

本来なら、式神に自由意志など無い。主の命令に従う道具にすぎない物に意思を持たせうるのは、相当に格の高い陰陽師のみである。

「女王卑弥呼よ、取引だ。」

男は式神の言葉を無視し、さらに続けた。

「私は聖杯を―そして魔術師の消滅を望んでいる。お前には聖杯を作り出してもらう。魔力と時間は好きなだけくれてやる。…全ての事が済み次第、お前を受肉させてやろう。」

「取引に能わず―そこまで簡単な事を余に望むか。」

式神は男に背を向け言った。

「余の力を以てすれば、明日の朝にでも完成していよう。―それと…其方、名をなんと申す。」

男は式神の能力を甘く見ていた。―明日には完成する?馬鹿な。聖杯の一晩で完成するだと?

「…私の名は嵐山篤紀。お前がどう呼ぼうと構わない。それと、今の言葉、信じて良いのだな。」

「ああ。其方とて理解していよう。…其方の集めた魔力と、其方が持つ魔術師への憎悪―聖杯とは単なる魔力の貯蔵庫だ。要素となる二つが既に備わっているのならば、必ずや魔術師を滅ぼすに相応しい、邪悪な聖杯が即座に出来よう。」

式神の口元が歪む―楽しくて堪らない。男にはそう見えた。

「ならば、早速取り掛かれ。完成次第、聖杯が選んだ魔術師共がサーヴァントを召喚するだろう。お前もキャスターとして参加するんだ。」

男はそう言って部屋を出た。空には中天を少し過ぎた月が男を見下ろしている。

男は三十年待った。三十年間、一人でこの屈辱を背負ってきた。

父親が魔術師だと知った時から。両親を、初めて人を殺した時から―男は一人だった。

男の目は常に虚無だった。この身は陰陽師の跡継ぎであると誇りに思っていた十三の夜に、男の目から光が消えた。

それでも男は自分を陰陽師だと信じて生きてきた。

そんな男の目に光が、恥辱を洗い流す一筋の光が宿った。

 

聖杯―万能の願望器。

 

聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を手に入れること。

 

男にとって、それは生まれて初めて抱いた希望だった。

 

―必ず、手に入れねばならない。

男は渇望した。そして、再び絶望を抱いた。

 

そう。聖杯戦争は終わったのだ。

 

冬木での聖杯戦争は終わりを告げた。二度とその地に聖杯が顕れる事は無い。

 

―ならば創れば良い。

 

それから男は狂ったように魔力を集めた。

市内の一般人から少しずつ、気づかれないように毎日―夢狩と名付けた行為で眠った人間から生気を吸い上げるのは、始めた当初は少し抵抗があったが、次第に魔術師への憎悪で男の倫理観はズレていった。

一体どれほどの魔力が必要なのか、男には皆目見当がつかなかった。

徐々に溢れてきた魔力は、魔術協会の目に留まりだし、何度か魔術師が市内に派遣された。

餌に誘われるが如く敷地に入り込む魔術師たちを、一人ずつ殺していくのは非常に気持ちがよかった。復讐の時が近づいている。と、死に際の、恐怖に震える顔を見るのが堪らなく嬉しかった。

 

そして今夜、星詠が遂に復讐の始まりを告げた。

式神の言葉通りならば、明日から本格的に行動を開始できる。

男の目には、勝利を確信した強い意志が宿っている。

「私は陰陽師だ!魔術とか言う古臭い神秘など、足元にも及ばない!全て焼き払ってやる!」

男の高笑いが空に向かって伸びて行き、結界に弾かれ消えた。

 

街は今夜も静かである。地獄へのカウントダウンが始まった事に気付いた者は、一人もいない。

 

 

「…ねぇ、キャスター」

圭子はベッドに倒れ込み、絞り出すように声を出した。

「頭痛とか体がだるいのを何とかする魔術ってないの?」

キャスターを―圭子の前に座っている男を召喚した事で、体に相当の負担をかけた圭子は過去に類を見ないほどの頭痛で動くことが出来なくなっていた。部屋に戻って来れたのが不思議なほどだ。

「ふむ…子守唄を歌ってやる事なら出来るな。」

と言って咳払いを始めたキャスター。圭子が召喚したそれの見た目は二十代の冴えない男なのだが、服装が聖職者のそれに酷似しており、顔に似合わず威厳がある。

「やらなくていい。…机の上に頭痛薬があるからそれ取って。あと水も。」

サーヴァントに命令する事か、と思うが仕方がない。

「現代は色々と便利になっているようだね。こんなもので頭痛が治るとは信じられないよ。」本当に治るの?と、薬を渡しながら聞いてくるが、答える余裕が無い。

「悪いわね。話は全部明日する。襲われる事は無いと思うけど、なんかあったらよろしく。」

圭子はそう言って、またベッドに深く頭を押し付けた。

時刻は午前三時にほど近く、過重な魔力行使が無くとも圭子の身体は限界に達していた。

「…明日からよろしく。キャスター」

圭子は最後にそう言って、泥のように眠った。―眠っている間にキャスターが治癒魔術を施していた事に気づかないくらい、圭子の眠りは深かった。

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