Fate/First Rebellion   作:Alu.

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一章 〜前夜祭〜 (6話)

バスの窓に降り付ける雨越しに、すれ違う車や建物をぼんやりと眺めながら圭子は女の言葉を反芻した。

(聖杯戦争…陰陽師がマスター…)

バスの中は圭子を除いて誰もいない。駅で乗ってきた老婆は二つ前のバス停で降りていった。

「圭子ちゃん?」

後ろの席から声が聞こえた。

「サーヴァントの真名はさっさと当てといて、自己紹介をほっぽり出して先に他人に名乗るとはどういう了見なんですかねー」

キャスターが不貞腐れたように言った。実体化しているようだが、恐らく一般人には見聞き出来ないような魔術を自身に施しているのだろう。故に圭子は黙って窓の外を眺めていた。

「随分とお悩みなようで。」

ため息とともに立ち上がる気配がした。

「これからどうするおつもりですか?―猶予を貰ったのは賢い判断だったとは思うけど、具体的にどーするの?」

無理やりでも話がしたいらしい。わざわざ私の前の席にやってきた。

「…明日秋葉原に行く。三浦に全部話してくる。」

陰陽師がどうこうと言う話のレベルではない。

魔術協会の確認がない聖杯が立川にあるかもしれないという事実は速急に伝えなければならない。女は―本坂田は"終わってから"と言っていたが、はっきり言って地獄を生き残れる保証などどこにもない。ほかの魔術師に聖杯が渡れば、説得して破壊することも不可能ではない。だが、もし仮に、陰陽師の手に聖杯が渡ればどんな使い方をされるか。想像するだけで恐ろしい。

「正しい判断だね。」上の指示を仰ぐのは末端の人間の基本だ。と、何やら満足そうである。

「あなたはどう思うのよ。…この街で聖杯戦争が起きている事実に関して。」

女曰く、開戦から四日は経っているとの事だ。アサシン、ライダー、バーサーカー陣営は既に退場し、マスターは街から離脱しているらしい。これを踏まえるとセイバーを除く残り三陣営の中に陰陽師がいる可能性が高い。

「んー、陰陽師云々は別として、聖杯の方は秋葉原に任せた方がいいんじゃないかな?君は陰陽師を片付ける事に集中するべきだと思うよ。」

私も同意見だ。

「けど、陰陽師の情報が一切無いに等しい状況で、聖杯戦争のど真ん中に入り込むのは魔術師としては自殺行為に等しいと思う…情報収集と安全の確保を考えて、セイバー達と協力するのは悪い考えじゃないと思うね。」

「そうなると、あなたは本坂田達の前には出てこれなくなるけど。」

目の前のこいつは、あくまでサーヴァント。秋葉原にある擬似聖杯が今回の聖杯戦争の引き金であるとしたら、こいつは本坂田の敵になる。また、こいつの召喚とは別の聖杯が起因して起きた聖杯戦争だったとしても、私ならサーヴァントを殺しうる存在を仲間にしたいとは思わない。

 

それに、私達が本坂田を裏切らないとも限らない。

 

「僕はそれでも構わないよ。むしろ僕は非戦闘員だからね。対サーヴァント戦になったらお陀仏よ。」

驚きだった。というか、ファウストらしくない答えに疑問を覚えた。

「…意外ね。」

私は再び窓の外を眺めた。丁度、本坂田と出会った路地を過ぎたところだった。

「そうかな?僕は非常に論理的な結論を導き出したと思っているから非常に気分が良いんだけど、僕の答えのどこが君の予想を外したんだい?」

「深い意味は無いわ。…好奇心の申子みたいな男の答えには思えなかったから。ついね。」

ファウストは、なるほどね。と呟いてさらに続けた。

「今の世では"ファウスト的"という言葉があるみたいだね。」

キャスターはそこで言葉を切った。

「君が言いたいことは分かるよ。―『この男はヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが書いた"ファウスト"に登場する主人公の男には見えない。もしかしたら実在していたファウスト博士なのか?』ってね。…君の知るファウストは随分と野心家なようだ。―悪魔にそそのかされて、ただ好奇心に身を任せてメフィストと契約した男―君の中の簡単なファウスト像はこういうヤツだろう?」

「誰だってそう思うわよ。」

目線を変えずに言った。

「そうだろうね。まぁ、それは正しい判断だと言えるし、仕方がない事だとも言える。…僕という存在は不変であるのに対し、"僕という存在の解釈"は個人に委ねられる。過去にゲーテが解釈し、文字に残したようにね。」

意味がわからない。

「不思議そうな顔はやめてくれ。…まぁ、簡単に言うと、誰かのオリジナルである人格は、後世に伝わるその人物の人格と必ずしも一致するわけではない。僕という人格も、ゲーテ氏の大作の主人公のものとイコールではないし、史実通りであるとされる僕の性格ともイコールではないって事さ。」

もっと意味がわからない。

「じゃあどっちなのよ。」

「どちらだって良いだろう?物語の主人公だとしても、あれは主にゲーテの解釈であって、本物の僕ではない。史実の僕だとしても、それは歴史に残した、あるいは伝えてきた者の解釈でしかない。」

「貴様ァー」令呪をちらつかせる。

「悪かった。ふざけすぎた。…まぁ、こういう事だよ―『ファウストという男が過去に実在した。ゲーテはその男をモデルに"ファウスト"という作品を残した。作品の主人公はファウストであり、過去に実在していた男もまたファウストである。』―要するに、僕はオリジナルであり、戯作の主人公でもある。って事さ。」

キャスターの話を、逸話であり史実である人間人格の構成を理解するには至らないが、つまりこの男は―

「多重人格って認識で良いのかしら?」

「客観的に見たらね。…まぁでも、それは僕だけに限らないことだよ。実在していた"英雄"と呼ばれる者には少なからず伝説や逸話がある。大概が後から生まれたモノだとしても、喚び出した時代の人間からしたらそれは、その英雄を構成する要素にカウントされる。君たちはそれを当たり前の事だと思うだろうし、僕達サーヴァントも、その逸話を元にした宝具を持つことだってある。」

その変かなり曖昧だからね。と、肩を竦めて言った。

「じゃあ、メフィストフェレスは召喚出来るのかしら?」

「もちろんだとも。」

キャスターは腕を組んで深く頷き、君は驚くと思うよ。と、肩を震わせながら言った。

「…続きは戻ってからにしよう。今度は君の話を聞かせておくれ。」

ふとバスの前方のモニターを見ると、仮宿の最寄りのバス停の名前が表示されていた。

 

「コーヒーおかわりお願いできる?」

本坂田は去っていった圭子の残り香を感じながら、空になったカップを弄んでいる。

あいよ。と、奥から手塚のくぐもった声が聞こえてきた。

店内は相変わらずの静けさで、本坂田の呼吸音と時折地面に打ち付けられるヒールの音だけがこの喫茶店のBGMだ。

しばらくぼうっとしていると、手塚がコーヒーと看板を持って奥からやってきた。

「あら、もう店仕舞いかしら?」

手塚はコーヒーを本坂田の前に置いて言った。

「おうよ。いくら待ってもお客様はやってこねぇからな。」

言うなり『本日閉店』と書かれた看板をドアの前に置いて―というより投げて、先程まで保科圭子が座っていた椅子に腰掛けた。

「あの子は…誘拐でもしたのか?」

手塚の辞書にオブラートという言葉は存在しない。

「話聞いてたでしょ?…時計塔の子よ。」

「へぇ、男に興味が無いって言ってたけど、まさか歳下がお好みとはね。」

「…手塚さん、熱々のコーヒーはお好き?」

カップの縁に指をかけ、ニッコリと―

「俺ぁ、ホットミルク派だ…と、冗談は抜きにして、組織嫌いのあんたらしくないじゃねぇか。」

もちろんこの男は悪びれる様子も無く一々確信を突いてくる。

「あの子は一人よ。使える人間がどんな組織に属してようと、一人でいるなら利用するわ。」

喫茶店の店主のセリフじゃないわよ。それ、とも付け加えておく。

「逃げられたように見えたけど?」

「一日時間を欲しいって言われたわ…少し、混乱したのかしら…陰陽師が聖杯戦争に参加しているとは考えないでしょうからね…」

窓の外を見ると、雨脚が弱まり雲間から光が漏れ込んでいる。空模様とは反対に、本坂田の心はどんよりとした暗い色に侵食されている。

「彼女がどこへ行ったか気になるかい?」

気にならない―と言うのは少し無理があるか…けれど

「陰陽師相手を専門とする人間なんか、あの子の代わりを探している間に聖杯戦争は終わってしまうわ…だけど、あの子に出会ったのはただの偶然よ。私は偶然の支配なんてしたくない。それに―」

―去るもの拒むべからず。である。将来的な地位や権力を投げ捨てて家を出た私が圭子を止める資格はない。

「…まぁいいわ。あんたのトーストがあの子の胃を掴んだって信じてる。」

視線をカップに戻してそう言った。

「あそ。…とは言っても、お嬢ちゃんの狙いなんか一つしかないと思うんだが…」

手塚はちらりと本坂田の目を見てすぐに逸らした。

「俺だったら話が分かる人間に報告にでも行くけどな。彼女が時計塔の人間なら…まぁ、そういう事だ。明後日にはどうせ分かることだろう?」

本坂田からの返事はない。

…言い過ぎたか。それなりの仲とは言え、この話は少し気をつけなければ。

「…で、準備しろって何をだ」

軽く机の足をつついてこちらに気づかせる。

「あれ?私メールしなかったかしら?…爆弾を用意しておいてって」

首をかしげながら携帯を開いて送信メールを確認すると

『仕事を依頼します。用意しておいてください。』

と、手塚宛のメールが一件存在した。確かに、私は肝心の部分を抜かしていた。

「あらごめんなさい。私結界見つけて慌てていたのかしら。」

ふふっと笑う口元は、少し歪な形をしている。

「明日の朝までに…五メートル四方の結界を壊せる爆弾って用意できるかしら?」

傍から見れば奇妙な事この上ないが、この二人の間では日常的な会話である。

手塚はこの場所で喫茶店を開きながら、訪れる魔術師達に物資の提供や会合の場を用意する、いわゆる何でも屋的な仕事をしている。

本来、魔術師は魔術協会や時計塔を経由して情報や物資を仕入れているが、本坂田のような魔術協会にいられないはぐれ者達がここを利用している。

「その程度ならすぐに用意するよ。けど、結界くらい自分でどうにか出来ないのか?」

どんなに高精度な結界でも、動きを止めることくらいは出来るって聞いたけど。と、手塚は言った。

「魔術師が作った結界なら、そうね。」

と、一言で手塚も理解したらしい。

「なるほどね…陰陽師の結界は魔術師のとは何が違うんだ?」

「根本は同じはずよ。恐らく奴らの言う霊気やら妖気も、マナやオドと大差ないわ。違うのは…なんて言うのかしら、"あり方"の差かしら。陰陽道はそもそも自然に逆らわないもの、自然の中で発展してきた…日本的な文化の側面の具現化であって、魔術は自然への対抗、西洋的思考ね。だから魔術が陰陽師に挑むのは理にかなっているのよ。けど、奴らからすると、奴らの視点になると私たちの存在は自然ではないの。だから私たちの行為全て、奴らは受け付けない…って所かしら。あくまで私の仮説だし、その辺を知るのは奴らだけよ。」

魔術協会なら、また新しい情報を持っているかもしれないし、対抗手段を知っている可能性もあるが、今更どうすることも出来ない。

「なら俺が爆弾用意したところで無駄なんじゃないのか?」

確かに。と考え込むが、他に手段は思いつきそうにないし、騒ぎになる程度でも陰陽師にとってはあまり良いことではないだろう。それに、

「魔術師が爆発物を使うなんて、考えていないでしょう。そもそも、それなりの爆破力に耐えられる結界なら、あんな規模では済まないわよ。」

耐えられるとしたらサーヴァントの宝具くらいだろう。

「そういうもんか…サーヴァントで試したのか?」

首肯。

「結果は…って聞くまでもないのか…」

再び首肯。

「あれは多分、魔力のマの字が付くもの全て跳ね返す類のものよ。」

サーヴァントの攻撃は全て魔力で編まれたものだ。サーヴァントが地面にどれだけ大きな穴を開けようとも、根本的には地面に魔力をぶつけるのと同じことだ。

「流石に宝具レベルの攻撃なら通りそうだけどね…白昼堂々とやるわけにはいかないけど。」

手塚はぶつぶつと腕を組みながら呟いている。

「まぁ、何とかするから明日の朝また来てくれ。」

彼なりに用意の目処がたったようだ。いつも思うのだが、彼の物資補給ルートはどうなっているのだろうか。

「ありがとう。ところで、アーチャーのサーヴァントとそのマスターの情報って無いかしら?」

レシートを手に取り、会計の合図を出した。

「残念だけど、現在残っている陣営に関して出せる情報は無いよ。」

それはそうだろう。情報があったら既に倒している。レジへ移動しながら今回の聖杯戦争に関する情報を新たにしようかと思ったのだが、大したものは無さそうだ。

二人分のコーヒーとトーストの代金を支払い店を出た。

雑居ビルの二階には残念な事に手塚の喫茶店以外何も無い。だからと言ってその上や下に何かあるわけでも無く、都会の喧騒から置いてゆかれた時代遅れの魔術師たちの溜まり場でしかない、三浦から逃げた負け犬の如き私が住み着くには居心地が良すぎる空間だ。

少し歩くと階段の踊り場に人の気配を感じた。

普段なら同業者か、どこからか迷い込んだ子供がやってくるくらいである。

しかし、その気配は仲間と呼べる者が少ない本坂田にとって、今最も信頼を置いている者から発せられたものである。歩みが自然と早くなった。

「何か見つかりましたか?セイバー。」

身体全身を黒い甲冑で纏った大男が、チラつく蛍光灯の明かりを反射させこちらに向きかえり、頭を振った。

「アーチャーやその他サーヴァント、及びマスターと思しき者の気配を捉えるに至らなかった事をお詫び致します。ついては、新たな指示を待つ所存でございます。」

そう言って深く頭を下げた。

「謝らなくて良いのですよ。…貴方がサーヴァントの気配を察知できないのは、今回の聖杯に原因があるようなので。」

手塚の話だと、他のマスター達も同様の理由で困っていたと言っていた。

また、それが空間的な障害ではなく、根本的な、基礎の部分から壊れているのが原因である可能性が高いとも。

恐らく今回の聖杯は陰陽師が顕現させた欠陥聖杯だ。本来聖杯がサーヴァントに与える様々な力が発現していない所を見ると、そうであると信じざるを得ない。願望機としての能力を持つのかでさえ、危ういところだ。

「収穫が無いのであれば帰りましょう。明日は早くから出かけますよ。」

ビルを出ると既に雨は止んでいた。

人気のないビル街の裏路地には湿り気と夏の残り香染み付いている。ありもしないような幻想が克明に浮かび上がるような。あるいはもう忘れてしまった夏の記憶を呼び起こす鍵が落ちているような錯覚を覚え、何かに導かれるかのようにふと空を見上げると、一面の曇天に一瞬青空が見えた気がした。




投稿が遅れました。
久々に書いた故に人称やその他細かいミスや矛盾が発生してる可能性がありますが、確認して直す気も無いので(おい)見なかったことにしてください。

(仕様なのかしらんけど、段落って付けられないのこれ?)
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