覚り妖怪と骸骨さん   作:でりゃ

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ニグンside


第9話

陽光聖典隊長のニグンは50名近い隊員達を率い、王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフの暗殺作戦に来ていた。

 

陽光聖典とは、亜人を含む異形種殲滅が主な任務の、法国特殊部隊のひとつである。その隊員達は、皆一流の魔法詠唱者(マジックキャスター)で構成されている。

 

作戦は、帝国兵に偽装させた兵士に辺境の村を襲撃させて、王国からガゼフに救援命令を下させる。法国と繋がる貴族を介し、国宝装備を剥ぎ取る。そして弱体化したところで誘き寄せた後、呼び出した天使達と隊員で処分するという計画であった。

 

理由も正当なものだ。

王に直接仕えるガゼフが死ねば王派閥と貴族派閥のパワーバランスは崩れ、貴族派閥が勝利するだろう。そして、ガゼフの死と内乱により王国の力は下がる。その後はあの欲深い帝国に呑まれるなり、法国が直接吸収するなりすればいい。

それでまたひとつ人間達は結束できる。

他の国はまだ気付いていないが、他種族に比べ非力で脆弱な人類は常に滅亡の危機に曝されている。今はお互いに争っている場合じゃない。

 

死ぬことで結果的に人類の為になれるガゼフには感謝して欲しいくらいだ

 

 

そして今、奴をついに追い詰めた。

その戦闘も、ようやく終わりを告げようとしていた。

 

隊員達が次々と呼び出す炎の上位天使が、ガゼフとその部下を取り囲み攻撃を加え続けた。さすがにガゼフは一人で何体もの天使を斬り倒したが部下はそうもいかない。倒してもすぐ再召喚される物量に部下がまず一人また一人と倒れ、疲労したガゼフも遂に天使の一撃を受け、膝をついた。

 

「くっ… 俺は王国戦士長、王に忠誠を誓い、この国を愛し守る者だ…! それを汚す貴様らに、屈する訳にはいかん…!」

「…本当に国を愛し守りたいならば、お前はすぐに逃げるべきだったのだ。こんな村は見捨てて、な。生きていれば村ではなく国や世界も守れたかも知れんのだぞ?それが解らないお前は、やはりこの場で死ぬべきだ」

「俺は!この国を守るためにここまで強くなったのだ!俺を育てたこの信念を、俺は裏切ることはできん!」

「その信念に、お前はここで殺され、守ろうとした村人も死ぬことになるのだぞ」

 

悔しそうに唇を噛むガゼフに、ニグンは最後になる言葉を贈る。

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

命令を受けた天使達が、ガゼフに向かっていこうとした、その時。

 

 

次の瞬間、彼等はそこに現れた。

 

突然ガゼフと部下達は消え失せ、代わりに妙な仮面を被った魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき男と、漆黒の全身鎧を着た女性らしき戦士、そして不思議な色の髪を持つ小柄な少女が立っていた。少女は胸元に妙な飾りを付けていたが、今は魔法詠唱者に気を配らねば、と視線を戻した。

 

最大級の警戒態勢でニグンは相手の出方を待っていると、魔法詠唱者(マジックキャスター)が声を掛けてきた。

 

「はじめまして、法国の皆様。私の名前は、アインズ・ウール・ゴウン。親しみをこめてアインズさんと呼んで下さって結構です。こちらは部下のアルベド、そしてこちらが、む、娘のさとりといいます。以後、お見知り置きを」

 

意外なほど丁寧な、男の声だ。

部下の戦士は油断なく長大な得物を構えているが、娘だという少女は眠そうな目で明後日の方角を見ているだけだ。興味が無いらしい。

 

転移魔法か?マジックアイテムか?いや、目眩ましだな。そう断定し、ニグンは男に問う。

 

「…ガゼフ・ストロノーフをどうした?」

「彼なら私達と入れ替わりに、村に転移させました。私は、貴方達と話し合いに来たのです。武器を収め、私の話を聞いて下さいますか?」

 

この男、頭でも沸いているのだろうか。そんな都合の良い魔法などあるか!それに今は一方的にこちらが殺す状況なのだ。話し合いで済む段階などとうに過ぎている。

 

「奴の命ごいか。いや、村人のため人身御供になりに来たのか?どいつもこいつも愚か者だな」

 

そう言葉にすると、少女の方が少しだけこちらを向いた気がする。

まぁいい。処分する対象が少し増えただけだ。天使達に攻撃命令を…

 

「違います」

「なに?」

 

では何だと言うのだ。交渉の余地は与えない。そう考えた矢先、男はとんでもないことを告げた。

 

「私達の戦力はそちらを大きく上回っています。無駄な戦いは止め、大人しく武装解除を。そうすれば命だけは保証してあげましょう」

 

悪い話ではないのですよ?

と言わんばかりの男に、ニグンは怒りよりも笑いが込み上げてきた。

 

「ははは!やはり気狂いか、いや、その仮面は道化の類いであったか!面白い!面白いが、生かしておく理由にはならんな」

「…警告はしたぞ、私は。むしろこれでも譲歩しているんだ」

 

仮面の男の口調が変わったことに、ニグンはまだ気付けない。

 

「だから無駄だ、と言っているだろう。我らは人類の為に行動している!その為にはガゼフや辺境の村人どもの犠牲など取るに足らんものだ」

「───」

「何やら自信ありげだったが、アインズ・ウール・ゴウン、だと? フッ。聞いたことも無い名だ。どこの田舎で粋がっていた輩か分からんが、調子に乗るのもいい加減にしろ!?」

「───!」

「…それに、そこの娘。上手く隠しているが貴様、人間ではないな? その目玉から微かに異形の気配がすると天使が教えてくれたぞ。見たことの無い種だな… その娘はここに置いていって貰うぞ。本国に持ち帰り実験素材にする」

 

そう、言い切ったところで、空気が変わった。

 

困ったように眉をひそめる少女と、地面にヒビが入るほど武器をめり込ませている戦士、そして。

 

「───貴様」

「な、なんだ!?」

 

「こちらが下手に出てやれば… 好き勝手言ってくれる。私達が手ずから助けた村を蹂躙しようとすることだけでも、本来は許されざる行為だったのだが…」

 

男の怒気に合せ、空間そのものが震えている。

 

「…なにが人類の為に、だ!なにが犠牲だ!貴様らこそ、下らん理由でガゼフの信念に泥を塗るな!!糞どもが!!」

 

「ああ、それに!貴様今!俺の名を笑ったな!俺達の誇りを!鼻で笑いやがった!グッ!何より! クッ、クソッ!!クソがああああぁぁぁッ!!俺の友を!最後に残った俺の絆を!あろうことか実験素材と言ったなああぁ!!!」

 

その怒りの強さに、陽光聖典だけでなく、部下の戦士すら立ち竦んでいた。そんな中、少女だけが悲しい目でアインズを見つめていた。

 

しばらく肩を震わせていたアインズは、ひとつ息を吐く。そしてニグン達を指差し、ゆっくり告げた。

 

「抵抗しろ。泣きわめけ。死んだ方がマシな痛みを与えてやる。…殺してはやらん、死んでも生き返らせてやるぞ。お前らは全員、俺の実験材料だ。骨の一本、血の一滴まで使い捨ててやる」

 

強烈な恐怖に生存本能を刺激されたニグンは、反射的に悲鳴のような命令を出す。

 

「天使達に攻撃命令を出せ!」

 

すかさず迫った2体の天使の剣が、過たずアインズの体を貫いた。しかし、ニグンが安心する前に天使は動きをピタリと止める。

 

「なにが起きた…?」

 

天使はアインズに頭を掴まれ持ち上げられていた。剣に刺し貫かれながらアインズは天使の頭を、そのまま握り潰した。

 

「────!?」

 

隊員達はもはや呻き声すら出せない。

何故刺されても死なない!魔法詠唱者なのにその膂力はなんだ!?

天使達はすでに光の粒となり宙に消えている。

 

「弱いな。強さも見た目もユグドラシル時代と同じか?魔法も共通だし、まだまだ調べることは多そうだ」

 

アインズはよく分からないこと呟くと、思い出したかのようにこちらを向く。

 

「抵抗しろ、と言ったはずだぞ?」

 

「全員で攻撃だ!!奴に何もさせるな!」

 

命令で我に返った隊員が天使達に総攻撃を命じる。50体近い天使群が羽虫のようにアインズに殺到する。

 

「カトンボどもが。《負の爆裂(ネガティブバースト)》」

 

黒い波動がアインズから周囲に迸り、群れていた天使達は一瞬で蒸発した。

 

「そんな…この男も化け物だったか…

ならば 」

 

圧倒的すぎる実力差が、かえってニグンの頭を冷静にした。今こそ奥の手を使うときだ!

 

「最高位天使を召喚するぞ! 時間を稼げ!」

 

その言葉にアインズ達の動きが止まる。

 

「最高位の天使…? だとしたら不味いな」

「お下がりください!ここは私がお引き受け致します。その間に対策を」

 

主と部下が緊張を走らせる中、少女は一人額に手をあて俯いた後、アインズに何かしら囁いた。

それを聞いたアインズはガックリと肩を落とした後、何もせずにこちらを見つめていた。つまらなそうに。

 

何故かは分からないが、その隙にニグンは水晶を取り出して発動させる。

 

「見よ! 最高位天使の姿を!《威光の主天使》!」

 

これこそがニグンに与えられた奥の手。そこに現れるだけで周囲に清浄な空気を満ちさせる存在。最高位の天使、威光の主天使である。

 

「ほ、本当に威光の主天使だった……」

 

震え気味のアインズの声が今は心地良い。

 

「そうだ! これこそが最高位の天使だ! 驚くのは無理もない。私ですら始めて見るのだからな。ここまで私を追い詰めたことを誇りに思え。そんな貴様を殺さなくてはならないのは非常に残念だがな」

 

しかしアインズは軽く頭を数回振ると、疲れたようにに肩を回して言った。

 

「あー…わかったわかった。 はぁ。無駄に緊張して損した… なんか肩も凝った気がする」

「…何だと?」

 

あまりに投げ遣りな口調に耳を疑うが、代わりに娘達の方が話を続ける。

 

「…お父様は少しお疲れなんですよ。子供のお遊びに付き合うのも結構ですが、そこそこにして下さいね?」

「さとりお嬢様の仰る通りです。未知の相手に警戒を払うのは分かりますが、この下等生物たちにそんな価値すらありません。まして至高の御方の慈悲も理解出来ない虫ケラ以下の頭しか持っていないなど救えないにも程があります。さっさと掃除してしまいましょう」

「…そうは言うがな、私もここまでとは思わなかったのだ。勿体付けて魔封じの水晶を取り出したんだ、期待くらいするだろう?」

 

最高位天使の前で和やかな会話を始める3人に、ニグンは今度こそキレた。

 

「ふざけるな!貴様らは最高位天使をなんだと思っている! 200年前、魔神すら滅ぼした伝説の存在だぞ!? ふざけるのもいい加減にしろ!  天使よ!《善なる極撃》を放て!」

 

 《善なる極撃》は第七位階魔法であり、これもまた伝説に位置するものである。耐えられる術など今の人類には無い。それでもアインズは面倒そうに手を振って応える。

 

「早くしろ。私も飽きてきたぞ」

 

言い終える間もなく天から光輝く柱がアインズを打ち付けそのまま光の中へと消し去った。

 

 

「は、ははは… はははは!やった、やったぞ!ざまあみろ!伝説に勝てると思ったのか、この…」

 

「…こんなものか。特にどうということは無いな」

「…何言ってるんですか。ちょっと熱いかなって思ってたじゃないですか。遊んで無駄にダメージ負わないで下さい」

「…えぇ!?お怪我されたんですか!至高の御方の玉体に傷を!?き、貴様ああぁぁ!」

「…大丈夫だ、アルベド。自動回復で治る範囲だ。だから落ち着け」

「は、はい。でも念のためです、あとで私が入念に確認致しますね、入念に!」

「………」

 

本当に何も無かったのか。傷ひとつ、いや、傷ひとつしか付けられなかったという事実に陽光聖典の誰もが言葉を失った。

 

「コホン。ではそろそろ片付けに入るか。《暗黒孔(ブラックホール)》」

 

ニグンらが立ち直る時間も与えずアインズの魔法が発動。

威光の主天使の前に小さな黒点が現れた瞬間、穴は爆発的に拡がり全てを吸い込んだ。一瞬の暴風が過ぎた後には、もう何も残ってはいなかった。

 

「ひ、ひひひぃい」

 

ニグンが悲鳴をあげようとしたその時、突然空間にヒビが入り、何かが割れる音が響いた。

混乱するニグンに、なんと言うこともなくアインズが語りかける。

 

「ふむ。何者かがこちらを魔法で覗き見したようだ。お前監視されてたようだな。まあ私の妨害魔法が発動したから未遂に終わってるはずだ」

 

ニグンは愕然とした。自分を監視するなど本国の神官長辺りに違いない。自分は人類の為に戦ってきた。命令のまま殺してきた。それなのに本国は欠片も自分を信用していなかったのか…

 

もはや立ち上がる気力も失ったニグン。逃げる?どこに?本国からは今ので見捨てられただろう。

 

「さて、先程も言ったがそろそろ後片付けの時間だ」

 

パンパンと手を叩くアインズに、我に返ったニグンは這いずり縋りついた。

 

「待て、いや、待って、下さい。アインズ・ウール・ゴウン様!私達を、いや私だけでも助けて下さい!金でしたら本国に多少ならあります。誰かを殺すのでしたら喜んで行かせてください!ですから、どうか…!」

「…隊長!アンタって人はー! げぶッ!?」

 

ニグンとアインズに掴みかかろうとした隊員もいたが、立ち塞がったアルベドに横凪ぎに殴られ文字通り四散した。

 

「…申し訳ありません。実験材料のひとつを壊してしまいました。」

「良い。許すぞ。蘇生魔法のいい実験台になる。後でシモベに集めさせておけ。どこまで細かくされたら蘇生できなくなるんだ…?」

「はい。御方のお心のままに」

 

その、あまりに非人道的な会話に、漸くニグンは彼の正体に疑問を持った。

 

「あ、あなた様は一体何者なのですか…?人間では…ない?」

「ん?お前まだ居たのか。私の正体か。…いいだろう、私はな」

 

「こういう者だよ」

仮面を外すアインズ。その下から現れたのは、暗い緋が灯る骸骨の顔だった。

 

「────!?」

「あぁもう、さっきからうるさいですよ。《麻痺(パラライズ)》」

 

叫びだそうとするニグンに、少女は顔をしかめて魔法をかける。ありったけの魔法抵抗装備をしているはずなのに、少女の魔法はそんなもの紙のように貫いてきた。

 

為す術もなく麻痺し、動かせるのは視線だけになった。周りを見ると部下達も皆、影のように黒い悪魔や沢山の腕を持つ蟲人等の異形に拘束されていた。

 

「さて、私は一度村に戻りガゼフや村長に経過を報告してくる。アルベドはこいつらをナザリックに連れていけ。さとりはどうする?」

「…私もアルベドさんに付いて戻りましょう。私が尋問すればそんな時間も掛からず終わるでしょうし」

「そうか、助かるぞ。私も直ぐ戻る。アルベド、後は任せたぞ」

「はい、お帰りお待ちしております」

 

アインズは仮面を被り直すと、そろそろ暗くなってきた丘を降りて村に戻っていった。

後には、さとりとアルベド、動けない陽光聖典を《転移門》でナザリック送りにしているシモベ達が残った。

 

「…さて、私達も帰りましょうか。あ…それと、アルベドさん」

「はい。如何致しましたか、さとり様?」

「…今日は、心配かけさせてごめんなさい。皆さんに迷惑をかけてしまいました。…でも、来てくださって嬉しかったです」

 

潤んだ上目遣いでアルベドを見つめ、謝る少女さとり。

 

「く、くふー。い、いえ。お気になさらないで下さいませ。でも今後は気を付けて頂きますよう。お怪我でもされたらお父上が悲しみますよ。…では戻りましょう」

 

…やっべー墜ちかけたわーやっべー、とひとり小さく呟きながら、麻痺ったニグンを片手に引き摺り《転移門》に向かうアルベド。

 

そのニグンのすがるような視線に、クスクスと笑う少女が声をかける。

 

 

「ようこそナザリックへ。ゆっくりしていって下さいね」




生き残れたよ、やったねニグンさん!
さとりさんの正体を彼が看破できたのは監視の権天使の能力だと思って下さい。まぁそのせいで特大地雷を踏んだのですが。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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