あまり場面は進みません
ナザリックに戻った私は、捕虜が収容された第5階層の一角、真実の部屋に向かいました。そこはニューロニストさんという特別情報収集官が捕虜を尋問する場所、要するに拷問部屋ですかね。
案内役はフレンドリーなサディストこと、プレアデスの一人ルプスレギナ・ベータさんです。赤毛の三つ編みは誰かを思い出させますね。
「じゃご案内するっすね、さとり様。少しお休みにならなくてもいいっすか?」
「えぇ、大丈夫です。…先にやることやってしまいましょう。ルプーさんもお手伝いしてくれますか?」
「勿論っすよ!お任せ下さい!」
(むしろそれが目的っす!)
…はいはい、貴方捕虜の話聞いてからずっと参加したがってましたよね。
ルプスレギナさんとは最初に案内された時から悪い印象は無かったのですけれど、こうして話してみると中々気があったらしく、向こうは砕けた喋り方で、私はルプーさんと呼び会う仲になりました。
…実はお互いSだったと言うのが一番の理由でしょうか。
人狼でもある彼女は、私の前を歩きながら喜びで目輝かせて尻尾があったなら存分に振り回していたでしょう。
…いい
「ビクッ な、なんすか? 何か悪寒が走ったっす…。風邪っすかねー…」
チッ。勘のいい駄犬ですね。
「着いたっすよー。では中に入るっす」
「お邪魔します」
中ではすでに一部の陽光聖典隊員に尋問が始まっていました。…じっくり見るのはやめておきましょう、私の心は異形ですが、乙女でもあるんです。
「あらん。これはさとり様、いらっしゃいまし。尋問のお手伝い感謝しますわん」
…ニューロニストさんは、その、外見はとても個性的で、内面も、あの、独特と言うか、とにかく濃い方です。オネェ言葉の蛸頭溺死体とか誰得ですか、前の私なら泣いてますよ?
「お疲れ様です、ニューロニストさん。ちょっと隊長の方をお借りしますね」
「どうぞ~ん。ごゆっくり~」
私は別室を借りてそちらに移動しました。猿轡をされた隊長さんをルプスレギナさんに引き摺って貰います。頭をぶつけて声になら無い悲鳴をあげてますが。ルプーさんわざとやってますね。
「さて、貴方に幾つか聞きたいことがあります。…あぁ特に答える必要も無いのでそのままで結構ですよ。確認ですが…貴方は何者ですか?」
「…?」
「えぇと、ニグン、と言う名前なのですか。陽光聖典という特殊部隊の隊長で…」
「…!」
「えぇ、そうですよ、貴方の心を覗かせて貰ってます。怖いですか?怖いですよね。でも止めません」
「………」
「ほう、無心を通しますか。それだと何も考えないを考えてる状態なんですよ。…まぁいいですけど」
実際のところ、こんなのは無意味です。人の心というのは自分で思うほど単純ではなく、思い通りにはなりません。たとえ無心でも心の片隅には隙が出来ますし、頑なな程脆い部分が目立ってくるものです。そこを攻めればいいだけのこと。
私から逃れたいなら気絶するか心を壊すかしないと。寝てても読めないですけどね、さすがに起こしますよ。
「心の開かせ方だって幾らでもありますし… ん?安心して下さい、痛みとかじゃないですよ。魔法で忠誠心を植え付けてもいいですし、偽りの友愛や恐怖を与えても同じですね。お薦めは数分ごとに記憶を少しずつ書き換えていくものでしょうか。今の自分が数分前の自分と違うという事実に、貴方はどこまで耐えられるのかしら」
「…! ……!!」
「…そうですか。素直なのはいいことです。では質問を続けますね。まずは…」
「…こんなところですか。とても参考になりましたよ。ありがとうございました」
「……」
「ん?大丈夫ですよ、私は元々そんなに怒っていませんでしたから」
「…」
「…でも、お父様 ──アインズ様は大層お怒りでしたから… そちらはご自分でなんとかして下さいね?」
「………!!」
「では、さようなら」
はぁ… 疲れました。
「お疲れ様っす。すごいっすよ、さとり様!特に最後の上げて落とすところとか超クールっす!」
「ありがとうございます。ルプーさんもお疲れ様でした」
「とんでもないっす!新たな至高の御方候補者様のお仕事に同席できるだけで光栄の限りっすよ」
あー、私って今そういう立場なんですね… そこら辺のこともアインズさんが戻ってきたら話さないといけませんね。
「このあとどうするっすか?」
「…そうですね、アインズさんが戻るまで個室で少し休ませて貰いますか」
「りょーかいっす。至高の御方が戻られたらその時お知らせするっすよー」
「では、ごゆっくりっすー」
ふぅ。ルプスレギナさんは仕事に戻っていきました。
さすがに疲れたのでベッドに座り込んでしまいます。この身体でも体力はともかく、気力は以前と同じですね。
今日は色々ありましたね…
カルネ村襲撃、帝国のふりをした法国兵の掠奪を阻止。法国の特殊部隊「陽光聖典」と遭遇、即殲滅。そして尋問。
濃すぎでしょう。
それでも収穫はありました。
魔法やスキルの有効性。
一般常識や地理、等の知識。
この世界の大まかな戦闘Lv。
陽光聖典から得た世界の秘密ともいえる情報。
情報は量が多すぎるのでアインズさんと共用して少しずつ整理しましょう。私の頭の限界を超えてますし。
そして問題点も。
私の心の異形化と食事問題。
法国との関係悪化。あの国は色々面倒ですね。
そしてアインズさんの、あの怒気。
特に最後のは由々しき問題です。早急に対処しないと… まず地霊殿に戻って…
あぁベッドで考え事をするのはダメですね、眠くなってしまって… これは、ちょっと持たないかも…
はやくももんがさん、かえってこないかな…
…Zzz
─────────────────
「…りさん、起きて下さい。さとりさん」
…おや。
本当に寝てしまったみたいです。
時間は…何時でしょうか。
目の前にはいつもの骸骨が私を見下ろしています。あの仮面、外したんですね。
…なんで寝起きにこの人がいるんですか?
「…おはようごさいます、アインズさん。…あの、寝顔見てました?」
「…いえ。見てません」
嘘だ!涎垂らした跡までガン見してるじゃないですか!なんでルプーさんは起こしてくれなかったんですか!
あぁ、面白そうだからそのまま部屋に通しましたね、あの駄犬…
「…まぁいいです。お帰りなさい、アインズさん。何か問題ありましたか」
「ただいまです。…特には。ガゼフから王国に来ないかと誘われたのと、村長に村の援助を申し出ておいた位ですかね」
「王国に?行くんですか」
「いいえ、そのうち顔を出すとは言いましたが今のところはまだ」
…ふーむ。今みたいに理知的なら私も安心なんですが。あのときのアインズさんは怒りの感情で他の理性や人間性なんかを塗り潰してましたから。
それにしても村の援助まで提案するなんてアインズさん余程あの村気に入ったんですか。私もあの姉妹とはまたお話したいですけど。
「あー、さとりさん。これから当初の予定通りこれからの事を話し合いたいと思うのですが、大丈夫ですか。疲れているならまた今度でも」
「いえ、大丈夫ですよ。ついでに今日までに分かった情報も整理してしまいましょう」
「では、ここでは機密性が良くないですし円卓の間にでも行きましょうか」
円卓の間はギルド内会議に使われたところです。かつてギルドが全盛の頃は全ての席が埋まっていたのですが。
私の席など元々無いはずなのですが…
「私の席… まだあったんですね」
「当然です。さとりさんはメンバー同然なんですから」
律儀な骸骨ですねぇ。あ、そうだ。
「そういえばアインズさん、私は今所属はどういう扱いになってます?彼らは私の事至高の御方候補とか思ってるんですよ。アルベドさん以外は、ですけど」
「あぁ最終日にギルドのゲストメンバーに登録したままですから、彼らにとっては主人が招いた客人扱いじゃないんですかね」
「そのわりには扱いが良すぎるんですけど」
後継者だとか御息女だとか。花嫁扱いとかされないだけマシでしょうか。そんなことになったら誰かに命を狙われそうです。
「忠誠心が限界突破してますから… それでですね、この際正式にギルドに戻って来てくれませんか? 法国みたいに異形種を目の敵にしている所が他にもあるかもしれませんし、俺としても近くにいてくれた方が安心ですし…」
「いいですよ」
「守護者達にも良く言い聞かせますから…… えっ!?本当に、いいんですか?」
「…貴方が聞いてきたんじゃないですか。本当は来て欲しくないんですか」
「いやいや!簡単には承諾してくれないかな、とは思ってました…」
「私も色々思うところが在りますから。勿論置いて頂く以上お仕事はしますからご安心下さいね」
「それは助かります。正直俺一人じゃ限界が来てましたから。…では後程加入処理を。では、ここからは今後について話しましょう」
「はい。アインズさんは何か考えがおありなんですか?」
私も少し考えた事があるんですが。
「えぇ。陽光聖典から情報を引き出しましたが俺達はまだまだこの世界について知らないといけません。だから俺は自分の目で外を見てこようと思ってます」
「…まさか冒険者になって世界を回る、とか言いませんよね?」
「ぐ…」
図星ですね。大方、私に内政を任せて自分は外で羽を伸ばすつもりなんでしょう。支配者ロール、結構きついみたいですし。仕方ありませんね…
「…いいんじゃないですか。実のところ私も賛成です。必要なら守護者達には口裏合わせますよ」
「あ…ありがとうございます」
丁度いいですね。私も提案しましょう。幾つかの問題の為です。
「では私も。アインズさん、私も少し人間の世界に混じろうと思ってます」
「さとりさんも…ですか。まさか冒険者に?」
「違います。私は私で考えますよ。…理由は私だけでなくアインズさんも無関係じゃないですよ?」
「俺が?」
私は、自分に起きた心の変化と、人間の感情を食べる必要性を伝えました。
「…そんなことが。さっき捕まえた捕虜じゃダメなんですか?」
「同じ人だとその内感情が麻痺してくるんですよ。味の無いガムを食べる様なものです。それに魔法で擬似的に感情変化させても味が薄すぎて栄養が薄いみたいです。なので出来るだけ多様な人から多様な感情を得て、効率良い食事方法を探したいんです」
さっきニューロニストさんのとこで試したんですがね。もう試したくありません。逆に負の感情だけでなく嬉しさとかの感情もいけるみたいですが。ここら辺は好みですね。
「で、俺に何が関係あるんです?」
「それは… さっきアインズが目茶苦茶怒った時の事覚えてます?」
「あぁ… 思い出しても気分が悪い」
あまり掘り返さない方が良さそうですが… この先の事もあまり言いたくないんですがね。
「あの時、感情抑制が発動する毎に、貴方の人間性が削られていったのに気付きましたか?」
「───!」
普段なら抑制された感情は少しづつ元の人間性に戻るのだけど、あの時の抑制は怒りの感情ごと消滅している様でした。結果、残った人間性は虫食いの穴だらけのといった様相です。
「気付いてなかったみたいですね。でも今の貴方の人間性はボロボロですよ。それでよく村長さんに支援する気持ちになれましたね」
「えぇ… 正直、助けた義務感というのが理由の殆どで、ガゼフやエンリからの頼みも無ければ断ってました」
ふーむ。それでも引き受けたのは、ひとえにアインズさんの人柄ですか。それに見ると会話している中、少しづつ人間性が戻ってきてますね。本当に少しですが。
「それでいいと思います。アインズさんは冒険者になって色々な人と触れ合って下さい。それが何よりの治療になりそうです。勿論ナザリックの中の皆さんも気遣って下さいね。なにより一番はナザリックの利益と存続ですよ」
まぁ私の一番は貴方の存在維持なんですが。
「うーん、分かりました。でも人間性ってそんなに大事ですか?こんな姿になったし、そんな重要にも思えないんですが…」
「人間性とか曖昧に言ってますが、詰まるところ
「な…!」
ふう。だから言いたくなかったんです。
「怒らないで下さい。また感情抑制されますよ?そしたら台無しです」
「…すみません。そう考えると俺にも思い当たる節があります。これからは注意しますね」
「そうして下さい。なにか不安があれば相談に乗りますから」
話し出してから結構な時間が経ってしまいました。
「今日は一旦お開きにしましょう。」
「…えぇ。お燐達も心配してるかしら。帰ったらお夕飯何にしましょうか…」
私は自分で作りませんがね。
「夕飯… 皆でご飯… いいなぁ…」
なんかすごく悲惨な呟きが聞こえましたよ。つい振り向いてしまいました。
そこには寂しい独身骸骨が。
「あ、いえ。俺骨になっちゃったんで食事出来ないんですよ。こっちは元の世界に無い新鮮な食材とかあるんですよね。食べたかったなぁ」
「…もしかして、食事だけでなく睡眠もとっていないんですか」
「? えぇ。食事・睡眠不用はアンデッドの基本セットですから。それがなにか?」
なにか?じゃないでしょう。
こんな基本的なとこから外れてたなんて…!
…今度はこれですか。早急になにか手を打ちましょう。
「…いえ、今はいいです。では私は一度戻りますね」
「はい。明日はナザリックで大々的にさとりさんの帰還を発表する予定ですのでNPC達も連れてきて下さいね」
「…はい。分かりました」
…うわー。大々的とか勘弁して欲しいです。ひっそり回覧板でも回してくれれば充分じゃないですか…
先程までの決意はどこへやら、私は暗澹した気分で円卓の間を後にしました。
ちなみに「数分毎に記憶書き換えの刑」を実行すると、さとりさんが血を吐いて倒れます。
現在、ナザリック全校集会を真面目に全部書くか簡単に端折るか、悩み中です。
ぺりさん様、誤字報告ありがとうございます。
ご意見、ご感想お待ちしております。