※戦闘描写があります。苦手な方は飛ばして下さい。
その妹には姉がいました。
姉は欠点も無い完璧主義な人で、彼女にとって生来から体の弱かった妹なぞさぞかし目障りだったでしょう。記憶にある姉はいつも妹をつまらなそうな目で見ていました。
妹はそんな目で見られるのが嫌で、いつの間にか常に誰かの目を気にして生きるようになりました。姉もそんな妹を避ける様になり、職を持つと同時に家を出ていきました。妹も社会人として少し稼げるようになると家を出て、姉との繋がりは殆ど無くなりました。
そんな姉妹。どこにでもある話。
そんな姉がある日亡くなりました。
人工心肺の不調による呼吸不全、あの世界ではよくある死因です。
姉への親愛など既に無かった妹はそんなものか、と受入れ日常を送るはずでした。
遺品整理で姉の日記を見付けるまでは。
そこには、妹への想いがびっしりと書き込まれていました。
妹への不安、親しみ、愛情、そして諦め。そして自分への怒り。
姉は人一倍感情を表に出すことが苦手なだけでした。常に妹を気にしながら声もかけられず、態度にも出せない。だから嫌われても仕方ない。姉の十数年続いた日記からはそんな切ない感情が溢れていました。
なんて不器用な姉。
なんて鈍感な妹。
もう少し話していれば。
あるいは、心でも読めていれば。
それはすれ違ったままの姉妹のお話。
終わってしまったお話。
まだ終わっていないお話があります。
私のお話。
私は、自分の心の穴を埋めようとNPCに家族ごっこを押し付け、姉の本心を知った後は気持ちの整理がつかず、こいしを放置していました。
もしこの世界に来なければ皆消えてしまっていたのでしょうか。こちらに来た私はこいしの事を忘れひとりで鬱々としていました。
私はあの子に謝らないといけない。
私はあの子とこの世界で生きてみたい。
あの姉の様に後悔したまま消えていくのは御免です。
気持ちと覚悟は決まりました。
さぁ、往きましょう。
《転移門》で目的地手前に到着した私は、まず周囲に弱めの探知阻害魔法を展開しました。あまり早くアインズさんに追ってこられても困りますので。
その後は自分にかけられるだけ強化魔法をかけました。
ひとり森を歩きます。元の私は体が弱く外も満足に歩けなかったのですが、ここ数日で外歩きも馴れたものです。
少し歩くと目的の場所に着きました。
嘗て地霊殿だった建物は、今はみる影もなく朽ち果てていました。ユグドラシルにあった廃神殿を基礎にしたんですが、ギルドが崩壊しても元になった建物は残るんですね。
私が廃墟に近づいていくと、前の方から声がかかりました。誰も見えませんがもう驚く必要は無いですね。
「また、きたんだ」
「えぇ、貴方に会いに来ました」
「わたしのおしごとこわして、つぎはなにこわすの?」
たどたどしい言葉が紡がれます。
「あなた、わたしをしってるの?わたしはあなたなんかしらない。それに…あなた、わたしがみえるの?」
「…見えませんよ」
声はするが距離や方向は解らず。
もう少し会話して情報を増やしたいです。色々と時間は無いのですが…!
「…わかんない。いつから?だれに?どうして、あいにきてくれないの?」
本人の記憶も曖昧なのでしょうか、言ってることがチグハグです。…これって狂気に正体不明に無意識が混じって、まるで東方EXボス3人分を一気に相手するみたいです。
うふふ、コンティニューできませんけどね。
「わたしはだれ…?」
「貴方の名前は古明地こいし。私、古明地さとりの妹ですよ」
「──! しらない。そんなの、しらないよ!!なにあなた!?きにいらないわ!」
絶叫が響き渡り、濃厚な殺気が私に吹き付けてきます。
…やるしかありませんか。
相手は暗殺職Lv100で、こちらは既に消耗済み、逃亡不可の時間制限あり、と最悪の条件です。時間がくれば彼女を忘れるのでダメ、強化魔法が切れてもダメ。アインズさん達が援軍に来ても、彼女が逃げても私が死んでも、ダメ。ダメダメ尽くしですが今の私は気合が違います。
「来なさい、こいし。姉より優秀な妹などいない事を教えてあげます」
「うるさい!きえてっ!!」
私の人生初の姉妹喧嘩を、始めましょう。
恐ろしい速度で何かが迫ってくる。
シャッ
「──っ!」
頭を倒しましたが避けきれず、透明な刃が右頬を掠めます。流血は気にせず、追撃に対して魔法で迎撃。
「《
白い雷撃が腕に生じ、そこら中の地面を舐め尽くします。放電が暫く残りますが、手応えは無し。中級以下の魔法ですし、当たったとしても効果無いと思いますが。
今度は…
咄嗟に前に倒れ込み攻撃を避ける私。
「───かっ!」
やはり間に合わず薄く背中を切り裂かれました。ならば、と私は魔弾を180度全面にばら蒔き木々ごと周囲を薙ぎ払います。
「きゃっ」
…牽制にはなったようですね、追撃がありません。警戒して距離を取ったようです。
ひと息つけました。ありがたい…
じわりと、背中に広がる血が服に張り付き気持ち悪いです…
─── そう、私は今、防御スキルを発動していません。もうMPも心許ないですし、まぁ致命傷さえ避けれれば良いんです。
「なんでよけれるの」
「?」
「わたしのこと、みえてるの?」
焦れたような、苛立たしげな声に、
「まさか。見えないって言ったじゃないですか? 信じてくれないなんて姉は悲しいです」
と答えて、わざと口の片方を上げて嘲笑を形作ります。
「──!ばかにしてっ!!」
激昂するこいし。…もう少しですか、少々心が痛みますが。
更に速度が上げて襲い掛かる斬撃を、私はなんとか腕輪で受け止めますが、捌ききれなかったいくつかが両腕を掠り傷つけます。
「──ぅぐ!?」
続けて繰り出された前蹴りは防御をすり抜け、私のお腹に刺さります。堪らず吹き飛ばされる私。…少し血を吐きました。
木に叩き付けられ地に伏した私は、痛みに構うことなく横に転がる。
ズシャッ!
一瞬後さっきまでいた地面を大きな衝撃波が抉りました。…ふう、危ない。ダウン攻撃でその威力ですか、
「ほら。やっぱりみえてるんだ。あなたは、うそつきだね」
言葉とは裏腹に余裕が無さそうに感じられます。でも後半は正解ですよ。さすが私の妹。
…そろそろ終わりにしましょうか。
私も疲れましたし、彼女も限界でしょう。私はゆっくり立ち上がると、痛みを飲み込んで語りかけます。嘲笑を浮かべながら。
「…私が嘘吐き? なら貴方は? 自分の事も思い出さず、何も疑問に感じず仕事に専念? 嘘でしょう。貴方は逃げていたいだけなのですから」
空気が変わる。
「…やめて」
「やめませんよ? …
「───やめて。やめてよ!!」
「大方、自分が捨てられたんじゃないかと不安になって、怖いから考えるのを止めたのでしょう?都合良く忘れられるなら、と忘却の誘いに乗ったんでしょう?」
「…だまれ!だまれだまれ!!」
感情的に繰り出される攻撃を、今度は難なく躱す私。こうなれば避けるのも楽ですから。
私は別に《第三の瞳》でこいしの心を読んで回避していた訳ではありません。彼女の行動を予測し、誘導していただけです。
そもそも彼女は私が作成した存在、故にその行動を私が把握できて当然でしょう?
十分攻撃されてパターンも読めましたし、彼女が記憶の錯乱でスキル等も使えないのなら私でもこれくらいはやれます。
そもそも、私は『古明地さとり』
「私が憎いですか。仕事を奪い、心を掻き乱し、貴方を捨てた、私が」
「───ころして、やる!」
そうね。当然ね。
「…来なさい。こいし」
もはや答えは無く、おそらく彼女は私の予測通りくるでしょう。
ズッ…!
透明な刃は過たず私の左胸に吸い込まれてました。
「───ぎっ…!」
「──えっ?」
悲鳴を必死に押さえ込む私と、予想外の感触に戸惑うこいし。
今!私はこの瞬間を待っていた!
私は自分の胸に刺さった
そして右手を、返り血で染まり姿が見えた彼女の胸に押し当て、詠唱省略した魔法を解き放つ!
「《
発動、即魔法で偽造した心臓を握り潰します。…アインズさんは色々なスキルで強化して即死成功率を上げるのでしょうが、私のは無強化なのでほぼ成功しないはず。それに一応こいしは即死無効です。
「───うぐっ!」
異様な感覚に恐怖し動きが止まるこいし。
私が欲しかったのはこの怯み効果。
抱き合える程の近さと、血で染まって隠れられないこいし、そして一瞬の間。
条件は揃いました。
「《
私は擬体を放棄し、すぐ近くのこいしに私の
赤い触手に絡み付かれ思わず飛び退こうとするこいしですが、思うように動けないようです。
「な、なにこれ!?ちょっ… きもちわるい!」
失礼な。これも私の奥の手スキルですよ?
前のギルドじゃ結構受けてましたし。
この状態なら私が移動や回避を受け持てますから本人はじっくり詠唱できるんです。私の防御スキルで盾にもなりますから特にウルベルトさんには好評でした。
さて。この子の操作もこれで奪えました。私はこいしから
最初は呆然としていたこいしですが、暫くすると目の焦点が合ってきたようです。
「あ…、わたし、は。おねぇ…ちゃん?」
『はい。貴方のお姉ちゃんです。私の事が分かりますか?』
この状態だと常時《伝言》なんですよね。まぁ今私、口も無いですし?
「さとりお姉ちゃん! …わたし、お姉ちゃんに酷いことを!ごめんね!? ごめんね!?」
『いいのよ… 私も、ごめんなさい。貴方の心の傷を引っ掻く様な真似をして。貴方を置き去りにしてしまって、本当にごめんなさい…』
「いいの… お姉ちゃん戻ってきてくれたから… もういいの……」
泣きじゃくるこいしに私が出来た事は、一番近くに居てあげる事だけでした。
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「──終わった様だな」
こいしが落ち着いた所で、待っていたかのようにアインズさんが現れました。側にはアルベドさんやデミウルゴスさん、その配下が控えています。アインズさんは手をあげ彼等を制しています。
『…お手数お掛けしました。何とか姉妹喧嘩は、私の勝ちで終わりましたよ』
『明らかにさとりさんの負けなんですが。胸に大穴が開いてますよ?』
『いやですね。女性の胸をそんなに見ないで下さい』
『………』
はい、ごめんなさい。
『…終わりましたか』
『そうですね。その世界級アイテムはアインズさんが回収しておいて下さい』
『お見事です。と、言いたいのですが約束を破った説教は後でたっっっぷりとしますからね?』
『──はい』
こいしにも話しておきましょう。
『こいし、こちらのドス骸骨が今の私達のボスで、アインズさんと言います。挨拶しておきなさいね?』
「はーい… アインズさま、この度はご迷惑をおかけしました。わたしは、もう大丈夫です」
「そうか。記憶も戻ったようで安心したぞ。…皆、聞いた通りだ。彼女は自分を取り戻した。さとりも無事…とは言い難いが、まぁ大丈夫だろう!」
『扱い悪くないですか』
「…その調子なら大丈夫だな。さぁ、ナザリックに戻ろう。こいし、君も来なさい」
「いいのかな…。───うん!お姉ちゃんと一緒に帰る!」
『では、私もそろそろ自分の身体に戻りましょうか。こいし、貴方と一緒にいれて私は嬉しかったわ。またね』
「あっ。お姉ちゃん待って…」
名残惜しいのは分かりますが、いつまでも人の身体に寄生してるのも悪いですしね。
私はスルスルと自分の身体に戻り…
「痛───────!!」
私は、身体に残った激痛で今度こそ意識を失いました。
次回で1章終了です。
nekotoka様、誤字報告ありがとうございます。
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