千聖さんが帰ったあと、もう一度席に着いてケーキと紅茶を頼んだ。さっきの店員さんに「あれ?」っておもわれるんだろうなぁ…
「はいっ!ショートケーキと紅茶ですね!って…あれ?」
「あはは…すみません。なんか」
「い、いえ!」
というか言われた。再入店ってなんか恥ずかしいよね…
「それじゃぁどんなことを話しましょうか…」
それから花音さんと二人で最近の事を話していた。俺は叔父さんに誘われてライブハウスで働くことになったことやここ数日楽器の勉強で徹夜続きであまり寝れてないことを話した。花音さんは千聖さんや他の友人のことやドラムをやっていることを話してくれた。
「花音さん楽器やってたんですね。ちょっと意外です」
「なんでみんな同じこというのかな…」
それは仕方がないと思うんだけど。事実今日1日花音さんと過ごしてもそんなイメージ一度もわかなかったし。
「いいじゃないですか。ギャップがあって」
「そんな笑いながら言われても説得力がないよぉ…」
「いや〜花音さんの演奏聞いてみたいです」
「もぉ〜」
「あはははは、そんな拗ねないでくださいよ。花音さんのドラムを聞きたいのは本当なんですから」
「そっか…でも、もうすぐドラムやめるんだ」
「どうしてですか?」
「その、下手なんだ。ドラム」
「誰かに言われたりでもしたんです?」
「ううん。誰かに見せるなんて勇気なかったから…」
「誰に言われた訳ではないと」
「うん…」
「そうですか…。確かに下手なのにそれをやり続けるっていうのもなかなか精神的にきついですよね。僕も色々と途中で投げ出したりしましたし。ただ…」
「ただ…?」
「誰かに下手だと言われた訳でもないのに自分で諦めちゃうのは、なんだか勿体無い気がしなくもないですけどね」
「……」
「あっ…」
気にしていた事を直接言われたせいか花音さんが泣きそうだ。というか目が死んでる。
「ちょっと言い過ぎました…何様だって感じですよね!」
「そんなことないよ…私がわるいんだし……」
とりあえずこの話はもうやめなければ。
「こ、この話はやめにしましょう!…だいぶ話しましたしそろそろ帰りましょうか」
「そう、だね…もう外は真っ暗になっちゃったね」
「せっかくですから送りますよ」
「ほんと?でも、これ以上迷惑かけることになっちゃうよ…」
ただでさえ暗かった花音さんの表情がさらに暗くなる。
「気にしないで下さい。真っ暗な中女の子を一人で帰らせる訳にはいかないですから。というかむしろ送らせて下さい」
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です」
「それならお願いするね…?」
「はい。任されました」
そうして花音さんと一緒に店を出た。花音さんの家の場所は当然ながら知らないので道を教えてもらいながら家まで送ることにした。
「……」
「………」
会話がない。店の中だと他に人がいたが今は二人っきりだから当然と言えば当然だ。会話が全然弾まないどころか何を言ったら良いのかすら分からない。
「あ、そういえば花音さんは同じケーキばかり食べてましたけどそんなに美味しかったんですか?」
5分ほど経ってから沈黙に耐えきれず、話題を必死に考えて花音さんに声をかけた。
「うん。あそこのケーキはどれも美味しいんだけど新メニューのあのケーキは今までで1番美味しかったんだ♪」
思いのほか食いつきがよかった。この話題でいこう。
「そうだったんですか。店員さんが凄い喜んでましたよ?今度僕も食べてみようかな」
「私ももう一回食べたいなぁ…。あ、この角は右に曲がるんだよ」
「ま、まだ食べる気があるんですか……」
ほんとに花音さんの体はどうなっているんだろうか。ブラックホールにでもなってるんじゃ…
「いま失礼なこと考えたでしょ…?」
「そそそ、そんなことないですよ…。それにしても花音さん、僕と話すのだいぶ慣れてくれましたね」
「あ、話変えた」
「引きずりますね…」
「ふふっ。冗談だよ?」
店を出るときよりもかなり機嫌が治ってくれた様で、雰囲気がだいぶ明るくなった。
「冗談を言えるくらいまで慣れてくれたの嬉しいんですけどほどほどにして下さい…」
「えー…」
「いやいや、えーって言われましても…」
「冗談だってば」
「ほんとかなぁ…」
「ほんとだよ?」
さっきまで食べていたケーキのお陰か、今朝やさっきと比べてテンションが高い花音さんは楽しそうに笑っている。自分がしたことでこんなに喜んで貰えると自分も嬉しくなる。財布が空になるのはごめんだが。
「それにしてもほんとによく食べましたね…」
「えへへ…反省してます。あ、次の角を左に曲がればもうすぐだよ」
「意外と近いんですね。」
「うん!このまままっすぐ歩けば見えてくるよ…。ほら!」
そう言うと花音さんは今いる場所から6軒程先の家を指さした。
「おー…なんか花音さんらしい感じですね」
「え、どういうこと?」
「いや…ただ屋根の色とかが花音さんの雰囲気にぴったりだなって思っただけで別に深い意味は無いですよ?」
「そっか、なんか照れちゃうな…」
「あはは…」
まずい…話題を変えたせいで会話が続かなくなってしまった。
元々人と話すのは得意ではない上に女子(しかも凄く可愛い人)が相手となると、何を話せばいいのかわからくなってしまう。
横を見ると何を話したらいいのかわからないのは自分だけではないようで、花音さんも先程からもじもじしている。
「…」
「…」
別れの挨拶くらいは気を利かせなければ格好がつかないと思ったので、勇気を出して口を開いた。
「「えっと…」」
花音さんも同じ様なことを考えていたのか、思いっきり声が被ってしまった。
「……」
「………」
「ぷっ…」
「ふふっ」
緊張がほぐれたせいで思わず2人で笑ってしまった。
「今日はありがとね…。それと、朝からお世話になってばっかりでごめんね」
数秒笑ってから花音さんは申し訳なさそうに言った。でも、今日の事は花音さんに喜んで貰いたくてやった事なので、こんなふうに罪悪感を持たれることは望んでいない。
「そんな気にしないで下さい。自分が好きでやっただけなので…むしろ、喜んで貰えたなら嬉しいくらいですよ」
それを伝えたくて自分なりに言葉を考えたつもりだったが逆効果だったようで、花音さんの表情は更に暗くなった。
きっと、花音さんはすごく〝良い人〟なんだろう。だから感謝の気持ちを抱くのと同時に後ろめたさを感じてしまう。
「そう…なんだ……。ほんとに、ごめんね…」
でも、その事は決して悪いことではないと思う。むしろ素晴らしいことじゃないか、優しいことじゃないか…『自分なんかにこんなふうに良くしてくれてありがとう。』なんて思えるなんて。ただ、少し過剰すぎる。さっきも述べた通り、今回の件は花音さんに喜んでほしくてやったことで、罪悪感なんてもってほしくない。それに、いちいち罪悪感を感じていては心が疲れてしまう。それは、花音さんのことを大事に思っている人がが望んだこととは真逆で、何より花音さんが苦しいだけだ。
そのことをしっかり伝えたい。
「花音さん!」
花音さんの肩を掴んで目線を合わせて名前を呼んだ。
「ひゃっ、ひゃい!」
「今日、僕が何で花音さんに色々したかわかりますか?」
「えっと…」
「それは花音さんに喜んで貰いたかったからです。楽しんでほしかったからです。気にしないでほしい、というのは強がりでも何でもなくて本心です。だから、そんな暗い顔をしないでください…今日が楽しかったって感じてくれているなら、笑ってください」
言いきれた…。ちょっとカッコつけすぎた様な気がする。自分の口から出た言葉を思い出すと顔が赤くなる。
「…………」
花音さんは俯いていて、どんな表情なのかわからない。もしかしたら、怒らせてしまったのかもしれない…。いや、最悪の場合、花音さんを傷つけてしまったのかもしれない。
今、自分がしていることはただのお節介だ。花音さんに笑ってほしいという我儘だ。そのことに気づいたら急に不安になった。
「花音さん、すみませ…」
自分が取り返しのつかないことをしたんじゃないかと心配になって謝ろうとすると、花音さんは肩を震わせてすすり泣いていた。
「えっ、ちょ、花音さん!?」
やっぱりただのお節介だったのだ。とにかく花音さんを傷つけてしまった以上謝るしかない。
■■■
花音さんが泣き始めて数分、落ち着いたのを確認してから声をかける。
「花音さん、すみません。大きなお世話でしたよね…」
「ううん…ずっと気にしてた事だから、言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「そう…ですか……でも、やっぱり…すみませんでした」
「なんで謝るの?」
「本来、本人が心の底で悩んでいることに会ったばかりの人間が余計なことを言うべきじゃないからです。例えその内容が正しいことだとしても」
花音さんは黙って聞いてくれている。
「たまたま、花音さんは素直に受け止めてくれたのでなんの問題にもなってませんがそれは単純に運がよかっただけです。もしかしたら花音さんを深く傷つけていたかもしれません。だから……すみませんでした!」
「うん。そっか……君は優しいね」
「え?」
「だって、そこまで他人のことを考えてる人なんてなかなかいないよ…」
「花音さん…」
「だから、私は君がなんて言ってもちゃんと言うよ…ありがとうって!」
「……」
「…なんて。少しかっこつけすぎかな?えへへ…」
そう言うと花音さんは少し照れながらまっすぐこっちを見てくる。
「そんなことないですよ…ありがとうございます」
「うん!今日は楽しかったよ!」
「僕も楽しかったです」
「それじゃまたね!今度は私がオススメの喫茶店に連れて行くから!約束だよ?」
そう言うと花音さんは家に向かって走って行ってしまった。
連絡先を聞くの忘れてたけど、まぁ、なんとかなるか…。そう思いながら花音さんの後ろ姿を見送る。
「いたっ」
「大丈夫ですか!?」
「うん…大丈夫。ちょっと転んじやっただけだから」
「そんな涙目で言われても説得力ないですよ…ちゃんと家の前まで送りますね?」
「うん、お願い…」
このあとちゃんと連絡先を交換しました。