「ところでバーサーカー、で良いか?」
「構いませんよ、マスター」
「そうか」
「バーサーカー、先に訊いておかなくちゃならない事がある」
「? なんでしょう」
小首を傾げるバーサーカー。突然普通の女の子のような仕草をされて、やや面食らったが、話を続ける。
「実は俺、お前を喚び出す時に、触媒を使ってないんだ」
触媒、特定の英霊を喚び出す為に必要となる聖遺物。本来令呪が現れた時点で、マスター達は強力なサーヴァントを召喚する為、英雄と縁のある聖遺物を用意するのが鉄則だ。
だが、俺は阿野家に参加を悟られないよう、秘密裏にサーヴァント召喚の儀式を行った。ツテもコネも無い俺に、英雄の遺品やら文化遺産やらを用意出来る筈も無く、一か八か聖遺物無しでの召喚を行った。つまり
「俺はお前が誰なのか知らない。何処で何を成した英雄なのか、つまり、お前の真名を教えて欲しいんだ」
「………」
俺の問いに対し、バーサーカーは静かに俯いた。
「……言いにくい名前なのか? だったら別に無理には訊かないが……」
「いえ、言いにくいと言うより……」
バーサーカーは暫しの間、下を向いたまま言いよどんでいたが、すぐに顔を上げて、また強い瞳で俺を見た。
「私には、後世に残せるような大層な名も逸話もありません。マスター、貴方に名乗れるような名前は無いのです」
「は?」
何を言っているのだこいつは? 後世に残せるような逸話も無い者が、英雄になどなれる筈が無いだろうに。
「無いこた無いだろうよ。お前自身にとっちゃ何でもない事だとしても、英霊の座に招かれるって事は、それなりの事をしたんだろうさ」
はっはーん、さては謙遜してるな? 偉業を成し遂げておきながらそれを鼻にかけない。素晴らしい英雄じゃないか。こいつの何処がバーサーカーだって言うんだ。とんだジェントルじゃないか。
いや素晴らしいね。全くもって素晴らしい。でも今そう言うのはいらない。はよ言え。
「いいえ、何もありません。私自身には何も。王になった訳でもない。竜を伐ったわけでも神を殺したわけでもない。世界を救った事も、ましてや滅ぼした事もない。何者でもない、ただの女です」
バーサーカーは言う。自分は何者でも無いと。何者でも無い者が聖杯の寄るべに従い、此処に参上したと。
「おいおい、つまりなんだ? 俺は英雄でも何でもない平凡な人間と組んで戦わなくっちゃならないってそう言うことかよ」
「っ……」
「あ、いや」
俺の言葉に、バーサーカーは唇を噛み締め、酷く悔しそうな顔をした。
「すまん……今のは俺が悪かった」
「いえ……マスターは何も……」
その顔を見て、俺は納得した。今のは英雄が見せるような顔じゃない。英雄は傷付かない等と言うつもりは無いが、今の顔は、普通の、傷付いた女の子の顔だった。英雄じゃない。
改めて見ると彼女は後ろに束ねてある長い赤髪こそ眼を引くが、鎧を着ている訳でも、豪華な服を着ているわけでもない。あまりにも平凡な格好をしている。現代日本ではそう見る機会の無い服を着てはいるが、ごく普通の平民の服、と言うイメージの服を着ている。
「本当、なんだな?」
「はい。私は英雄ではありません」
納得はした。だが、改めてそう断言されると、頭に大きな衝撃が走る。まさかこんな事態に陥るとは思ってもみなかった。彼女と言うサーヴァントと共に、どう聖杯戦争を勝ち抜けば良い。
「私自身に英雄としての格はありません。私を英霊たらしめているのは──」
頭を抱えて悩んでいると、バーサーカーが突然てを前につきだした。そして彼女は眼を細め、霊体化していた剣を実体化させ、その手に掴んだ。
「この剣に他なりません。この剣がなければ、私は英霊となる事は叶わなかったでしょう」
そう言って彼女は手に持つ剣を掲げた。美しい剣だ。装飾は全て黄金によって施され、月の光を浴びて妖しく光っている。これまで見た刃物の中で最も美しい、片刃のやや太い剣だった。
「つまり、それがお前の宝具なのか?」
宝具。英霊の半身とも呼べる存在。英霊が生前使った武器であり、逸話の体現でもある。英霊によってその効果は様々だが、物によっては一振りで城を攻め落とせる代物もあるらしい。
持っているだけで英霊になれる。そんな馬鹿げた話がまかり通るとすれば、これは相当な宝具の筈だ。
「はい。この魔剣は私の先祖が代々受け継ぎ、振るっては英雄的活躍を積み重ねて来た。──そしてその誰もが呪いを受けました。私はこの剣の“最後の継承者”です」
「呪い……」
呪いの魔剣。代々受け継がれた魔剣。つまり、所有者を変え続けた。その誰もが英雄となり、そして、その誰もが呪いを受けた魔剣──。
「おいおい……まさか」
「恐らくはお察しの通りでしょうマスター。そう、この剣こそ、私が英霊として持ちうる、唯一無二の力」
馬鹿な、確かにあの剣は最終的にどうなったと言う記述は何処にも無い。その結末は誰も知らない
だが、あれ程の剣が何故彼女の手に渡ったと言うのだ。彼女の言葉を信じるのなら、彼女は英雄とは無縁の人物で──いや。
「先祖って言ったか?」
「はい」
彼女の先祖がこの剣を使っていた。それが意味することは一つだ。彼女は“ただの女”だなんてとんでもない。紛れもなく“王の末裔”だ。
「この剣を手にした時から、私の運命は決しました。この剣がある限り、凡庸な私でも他のサーヴァントに対し大きく遅れを取るような事は無いでしょう」
「この剣この剣って、別にここで位真名を明かしたって構わないんだぞ?」
あれほど有名な魔剣だ。敵前でおいそれと明かしてしまうのは問題だが、ここには俺とバーサーカーしかいない。別に名を口に出しただけで真名解放が起こる訳でもないだろうし。だが──
「──勘弁してください。マスター」
見ると、剣を握るバーサーカーの手は震え、瞳孔は開かれていた。抑えようのない感情の波が、そこにはあった。
「マスターは、聡明な方であるとお見受けします。ならば、この忌々しい魔剣を手にした事で、私がどのような目に遭ったか、どのような運命を押し付けられたか……想像位はつくでしょう……? 名前など、口にしたくもない。出来るものならこんな物、今すぐにでもへし折ってしまいたいくらいなのです」
震える声で、バーサーカーはそう言った。その呪われし魔剣の柄を、自らの骨が軋み声をあげる程強く握り締めながら。
「……申し訳ありません。感情的になりました」
「いや……」
驚いた。バーサーカーの剣幕にもだが、まさか自分の半身である宝具を、ここまで悪し様に罵るサーヴァントが存在するとは。
それほどまでに、彼女はこの剣に運命を弄ばれた。そう言うことなのだろう。
「じゃあ、お前の聖杯にかける願いは」
「この剣の破壊」
曇りなき眼で、バーサーカーは言う。
「この剣に呪われた人々と同じ様に、この剣を破滅させる。それが私の願望です」
◇
随分と長い間、口を閉ざしていた気がする。バーサーカーとの問答を終えた俺は、彼女の英霊としては極めて異質な在り方に、暫し言葉を失っていた。
「マスター。これからは何を?」
先に口を開いたのはバーサーカーの方だった。一気に現実に引き戻された俺は、今後の方針をバーサーカーに伝える。
「まずは、此処を離れよう。いつまでも此処にいてもしょうがないからな。俺の工房に行こう」
「既に工房を用意しておられましたか。流石ですマスター」
随分と期待されているようだが、ただのアパートの一室だ。俺の魔術の特性上、工房は人の眼を避ける事が出来ればそれだけで良い。
「とは言っても、こんな山奥まで来てしまったからには、帰るのにも其れなりに時間がかかりそうだ……」
ぼやきながらも、俺は踵を返して歩き始める。そしてその後ろを、バーサーカーがピッタリとついてくる。
「いや、お前は別に霊体化してま構わないんだぞ?」
むしろそんな大和撫子みたいについてこられたら調子が狂うんだが。
「いえ、マスターだけに歩かせて私が楽をする訳にはいかないので」
「ああ、そうですか……」
君が実体化してると、俺の魔力消費が増えるんだけどね? とは言えない。先程の問答でも分かる通り、彼女はやや繊細なのだ。
「……バーサーカーなのに」
「はい?」
「いや、何でもない。取り敢えず詳しい作戦は工房についてからにしよう。まぁまずは他の参加者とサーヴァントについて探ることになるとは思うが」
「あー。ほんとに召喚してたんだぁ」
「あ?」
「っ、マスター!!」
突然の第三者の声。状況の整理に一瞬の時間をかけた俺をバーサーカーは突き飛ばした。
ふっとんで尻餅をついた俺の視界に飛び込んで来たのは、巨体、獣、そして剣。それが馬と、それに跨がる男であることに気付くのに、そう時間はかからなかったが、その時にはもう、バーサーカーは馬の蹴りをまともに受け、坂を転げ落ち、闇の中に消えていった。
「バーサーカー!」
叫びながら右の太腿のホルスターから魔術礼装を引き抜く。何の変哲もない、ただのベレッタ拳銃だ。碌に狙いも定めないまま、目の前の馬に銃口を向け発砲──した時にはもう既にそこには誰も居なかった。
「ライダーか……!」
騎兵のサーヴァント、ライダー。高い機動力を持つサーヴァント。そして、そのマスターは……
「こーばーみーくんっ」
「
左に纏めたサイドテールの黒髪を揺らす、袴を短く改造した巫女服に身を纏う少女の名は
この女が聖杯戦争に参加する事は知っていたが。出来る事なら関わらないままでいたいと思っていた相手だ。
「いきなりかよクソッ!」
「ふふふっ、分家の分際で私達に歯向かう悪い子にはお仕置きしなきゃねー。ライダー、痛めつけなさい」
「応。悪いの坊主、そう言う訳じゃ」
ライダーのサーヴァントは、馬上から俺を見下ろしながら、腰に差した両刃の直刀を鞘から抜く。身に纏う毛皮の服と、後に編まれた滑らかな黒髪が、風に吹かれてふわりと揺れた。
不味い。鮮やかに、物の見事に分断された。流石に俺自身がサーヴァント相手に正面からぶつかっても勝機は無い。この場をどうにか切り抜けて、バーサーカーと合流しないと、開始早々脱落だ。
「言っておくが、サーヴァントと合流しようとしても無駄だぞ」
俺の考えを予見していたかの様に、ライダーは笑う。
「貴様のサーヴァントの相手は別の男がしてる筈じゃ。もしかしたら今頃、既に殺されてるかもしれんな」
「なっ──」
絶句する。つまり、俺とバーサーカーは今、最低でも二騎のサーヴァントに狙われていると言う事になる。恐らくは阿野家のもう一人の参加者のサーヴァント。絶望的な状況だ。
「そう言う訳だから、大人しくあたし達に殺されて? こーばーみーくんっ」
「相ッ変わらず不愉快な声と口調と仕草と存在だなてめぇ……」
穿は嗤う。ライダーは笑う。俺も精一杯口許を釣り上げ、強がりを見せるが、本心にそんな余裕は無い。俺だけではなく、バーサーカーも気掛かりだ。もし、彼女を狙うサーヴァントが、戦闘に特化した英霊だとしたら──。
「……無事でいろよ」
「他人の心配とは余裕じゃのぉ!!」
バーサーカー無事を祈りつつ、俺は迫り来るライダーに銃口を向けた。
◇
「グッ、カハッ……!」
蹴りを受けた胸を押さえつつ、バーサーカーは必死で必死で呼吸を整えていた。
「くっ、マスター……!」
完全に油断していた。召喚された直後に襲撃を受ける事は無いだろうと、たかをくくっていた。その結果がこれだ。敵陣にマスターを置き去りにしたまま分断され、自分は坂を転げ落ちて地を這いつくばっている。惨めで、無様で、情けない。
しかし、今は嘆いている時間は無い。一刻も早くマスターの元へ駆け付け、彼を守らなくてはならない。自分は、サーヴァントなのだから。
「──何処へ行く」
「ッ!?」
実体化させた剣を手に、転げ落ちた坂をかけ上がろうとするバーサーカーの行く手を、真横から放たれる鋭い突きが阻んだ。
寸でのところで回避し、すかさず距離をとる。襲撃者の正体は、槍を持った体格の良い袴姿の男性だった。
「ランサー……」
「いかにも」
槍兵のサーヴァント、ランサーは、片手で突き出したままの槍をくるりと回し、肩に担ぎ直した。
(この国の英霊ですか……)
黒髪黒目、そして袴と言う特徴的な姿を見て、バーサーカーは推測を立てる。サーヴァントの能力は知名度にも大きく影響される為、国籍は重要な情報だ。ランサーが日本の英霊であり、更に有名な英雄であった場合、この男は間違いなく、強い。
「まさか
「何を……」
「だが、主君として仕える以上、義は通さねばならん。名を隠したままになるが、許せよ」
余裕の態度でバーサーカーに接するランサー。この余裕は慢心から来るものではない。これは“慣れ”だ。数多の戦場を渡り歩いたからこそ生まれる余裕。そしてそれは、この男が戦闘に特化した英霊であることを証明していた。
「──退いてください」
だとしても、怯んでいる暇は無い。今こうしている間にも、マスターはたった一人でライダーの驚異に晒されている。
「主君を守ろうと言う決意は分かる。だがすまんな、こちらもおいそれと退いてやる事は出来ん」
一変する空気。ランサーは肩に担いでいた槍を構え直し、呼応するように剣を両手で構えるバーサーカー。
「………」
摺り足で距離を詰めるバーサーカー。不用意に飛び込めば、一突きで命を絶たれる。ランサーの隙の無い構えが、それを物語っていた。
じりじりと、ゆっくりだが確実に両者の距離が詰まる。ランサーはその場から動かない。どうやら迎え撃つつもりらしい。
──ならば此方からと、バーサーカーが大きく踏み込もうとした、その刹那だった。
「くッ──!?」
バーサーカー左目、そのすぐ横を、ランサーの神速の突きが通過する。首を曲げて回避したバーサーカーの頬に、一筋の傷が刻まれる。
(長い……!)
槍とは本来、剣よりも長く、間合のアドバンテージの大きい武器だが、ランサーの持つ槍は、常識外れとも言える長さを有している。とても常人に扱える長さではない。
にも関わらず、ランサーはその槍を、巧みに、自在に操る。
突き出した槍を引き戻さず、そのまま横に薙ぐ。
屈んで回避したバーサーカーの顔面を、石突で叩き上げる。
たたらを踏むバーサーカーに対し、更なる追撃。今度は上から振り下ろす。左肩を狙った軌道から外れる為、バーサーカーは右へ跳び──気付く。
ランサーが上方の利を得たことに。
(誘導された!?)
五秒に満たない、僅な時間の攻防。その中でランサーはバーサーカーの動きを先読みし、誘導した。それはそのまま、二人の力量差を物語っている。
「どうした? 逃げているだけでは何時まで経っても主の元へは行けんぞ」
その言葉に、バーサーカーは下唇を噛んだ。そう、バーサーカーは未だ、何も出来ていない。そもそも、驚異的なリーチと圧倒的技量を誇るランサーに、近付くことすら許されない。
「……貴方はさぞ、武勇で名を馳せた英霊なのでしょうね……」
「ああ、だがこの世は諸行無常。最期は時代に淘汰された、只の老人だ」
ランサーは手元で槍をくるくると回す。すると、周囲の木々が同時に倒れた。木の断面は恐ろしい程に美しく、まるで元からそうであったかのようだ。
斬ろうとして斬ったのでは無い。適当に槍を弄んでいて、偶然刃が幾つかの木に当たった。ただそれだけ。凄まじい切れ味の槍。恐らくは宝具。
「敬服致します」
「有り難く受け取ろう、ではさらばだ」
真名(未)開示