『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
銀河系という直径約10光年の巨大渦巻きは、約2億5千万年の周期で1回転する。その巨大な渦巻きの中に、惑星Zi=ゾイド星は、我々の住む太陽系地球とバルジ(射手座
太陽系では、ペルム紀末や白亜紀末に代表される定期的な大量絶滅イベントが存在する。原因として、エリック・レイッチとゴータム・ワシシュットは銀河系の渦の外縁に突き出た〝アーム〟と呼ばれる星間物質の濃密な部分が通過する際に恒星系が刺激され、著しい気候変動や隕石の落下が増加するのではないかと発表した。
天文学的現象を、天文学的な時間経過を越えて証明するのは、地球上の観測のみでは難しい。だが、惑星Ziで確認された宇宙規模での大災害は、上記の主張の有力な証拠となった。つまり、地球同様に銀河系辺縁に位置するゾイド恒星系で発生した『惑星大異変』及び『神々の怒り』は、銀河系円盤の楯座~十字架座アームの、ゾイド恒星系通過によるオールトの雲を刺激した結果によるものと分析されたからである。
小次郎達が過ごした承平年間は、既に『神々の怒り』より数百年を経ていた。だが、星間物質の残滓は未だにゾイド恒星系内に漂い続け、時折小惑星の軌道を外し、内惑星域まで到達する。この時代の惑星Ziの人々は、宇宙から飛来する災厄の脅威に常に晒されていたのだ。そして時の為政者にとって、隕石災害は再び訪れるやもしれぬ第二、第三の『神々の怒り』と成り得るものであり、その脅威から逃れる為にも、軌道エレベーターの完成は悲願となっていた。
承平末年の惑星Ziに降り注いだ直径10m以上の隕石の数は20を越えた。
打ち続く宇宙からの天変地異に怯えた東方大陸の朝廷は、承平から天慶への改元の詔を発し、小手先の人心の安定を図る。
詔が坂東に届く頃、不吉な兆候を振り払う様に、石井の営所にて新たな命が産声を上げていた。
「嫡子の名は小太郎、元服の後には良門と名乗ることとなろう」
産着に包まれた赤子を抱き、小次郎が告げる。営所に集まった民衆の間から、割れんばかりの歓声があがった。
「おめでとうございます、小次郎様」
「遂に男子の御誕生で御座います。これで下総も、いや、坂東は盤石」
「小次郎様、万歳!」
「将門様、万歳!」
「我らが平小次郎将門様は、この惑星最強の勇者で在らせられるぞ!」
「やめてくれ」
小次郎は静かに首を振った。途端に歓声が鎮まる。集った民衆を前にして、小次郎は穏やかに語り出した。
「俺はただの、ゾイドが好きな坂東武者だ。この世界の統治を担おうなどと、大それた野望は持ち合わせておらん。無用に崇め奉られるのも性に会わぬ。
ただこれだけは約束する。無為に民を傷つけ、苦しめる奴には容赦しない。この村雨ライガーと、俺たちのゾイドで全力で追い払い、坂東の平和を守ることを」
静まり返った民衆の中に小次郎の声が朗々と響き、歓声が再び沸き上がった。村雨ライガーとソードウルフが呼応して咆哮し、デッドリーコングもドラミングを打ち鳴らす。
「ありがとうございます、将門様!」
嫡子誕生の宴は、夜を徹して催されたのだった。
翌日の早朝。仄かに地平が白んで来る頃、小次郎は愛する者達の隣に寄り添っていた。
床に就く良子は、妻としての務めをまた一つ終えた達成感を得て、艶やかさを湛えている。傍らに、すやすやと寝息を立てる小太郎と、産まれたばかりの弟に身を寄せて眠る多岐の姿がある。微笑んで見上げる妻の顔を、小次郎は静かに見つめていた。
「あなた様、何をお悩みですか」
夫の気配に気づき目覚めた良子が、小次郎を見上げ囁く。
「悩みなどない。俺は第二子を授かり、この惑星随一の果報者と思っている」
「太郎貞盛殿のことですね」
小次郎は考えを見透かされ、口を噤む。
「私とて、身代わりとなって見捨てられた孝子殿の無念に報いたい。そして、従兄であり竹馬の友であった貞盛殿を、あなた様がお許しになれないお気持ちはわかります」
気まずさを繕うように、小次郎は良子の頬にそっと触れる。
「わかっている。心配するな、皆を不安にさせるようなことはせぬ」
「はい」
産後の疲れからか、良子は瞳を閉じ、再び微睡の中に落ちていく。小次郎は足音を忍ばせ、寝所を後にした。
良子への答えとは裏腹に、小次郎の拘泥は拭い去れなかった。
奴との決着を付けねばならぬ。
小次郎は馬場に
平良正率いる大毅より、石井の営所襲撃の直後、平太郎貞盛のブラストルタイガーが密かに抜け出したということまでは突き止めていた。その後
坂東の覇者としての誇りを汚されるからか。しかし、もっと些末な感情であると、小次郎自身も気付いてはいた。友として山野を駆け巡った思い出と、川曲村での戦いにブラストルタイガーを操り出現した時の絶望感との落差。「太郎だけはわかってくれる」と信じていた事への裏切り。そして、
様々な思惑が心を駆け巡り続け、小次郎は己の卑小さが悔しく、思わず舌打ちをした。
村雨ライガーが目を覚ます。このゾイドは殊更に、
「すまぬ。起してしまったか」
村雨ライガーが再び蹲り、一番鶏が刻を告げる頃、小次郎の元に伊和員経が
鹿島灘より繋がる信太の流海の砂嘴に、巨大ゾイドが出現したという報せが届いていた。情報主は、湖賊大江弾正重房である。弾正配下のバリゲーターが伝えた状況は、浅瀬に乗り上げたホエールキングらしき巨大輸送ゾイドが、内部より黒い猩々を吐き出した後、即刻沖へと姿を消して行ったというものであった。
瞬時に信太の流海に水没したゾイドを、バリゲーターの操縦者は以下の如く伝えた。
「巨大な銛を持ち、背後の槽より管を伸ばした黒と緑のアイアンコングで御座いました」
小次郎は直感した。
「アクアコング。藤原純友が来たのだ」
畏敬と懐かしさを伴った邂逅に、小次郎は己が言い知れぬ仰望を抱くのを意識していた。