『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
光学迷彩で身を隠したセントゲイルの機内、桔梗は不思議な
(武蔵の地。懐かしい、初めて訪れた場所なのに)
平将門という目障りな坂東武者を退けるため、兄藤太の指示とは別に、独断で武蔵に潜入していた。ところが当初の目的とは異なり、心
(この気持は何だろう)
自分の中に自分の知らない人格が潜む感覚。まるで自分が引き裂かれているような心象である。やがてセントゲイルが潜む雑木林の脇に、二本の旗幟を掲げた隊列が差し掛かった。
〝天孫降臨〟
〝火雷天神〟
旗竿に記された文字が風に翻る。
先頭の碧い獅子の操縦席で、娘らしき少女を抱いて座る武士を目にしたときである。
(こじろうさま!)
感情が電撃のように
胸が苦しい。鼓動が激しくなる。武蔵国の事と、平将門の事と、三つの異なった感情が三つ巴の流紋を描いて鬩ぎ合うように。意識される無意識の操作で、セントゲイルの光学迷彩機能を解除しそうになっている自分に気づく。乙女の透き通る白い肌に爪を突き立て、血が滲む程に
鼓動は未だに激しく波打っている。
(先回りして、武蔵国衙に行ってみよう。行けば何か判るかもしれない)
混濁する意識を治めるため、桔梗は隊列が充分通り過ぎた後、鵺型ゾイドの翼を武蔵野丘陵の蒼穹に舞い上がらせるのであった。
旗幟の下、村雨ライガーを陣頭に下総石井のゾイドの大毅が街道を悠然と進んで行く。丹色の狼ソードウルフ。白虎ソウルタイガー。死の猩々デッドリーコング。続くグスタフの牽引車には、菫色の孔雀レインボージャークとモモンガヘッドに換装されたサビンガ、知を司るという梟ナイトワイズが搭載されている。更には樹木が林立する如く角を突き立てたランスタッグが十数機続き、後方に従類のコマンドウルフ、シャドーフォックス、スピノサパーが随伴する。
小次郎は敵意が無い事を示すため、全てのゾイドの風防を開放し進軍することを命じていた。小次郎の膝には、愛らしい瞳を輝かせる少女が座っている。
「父うえ、わたくしもむらさめライガーをあやつってみたいです」
父の顔になっている小次郎は、娘の艶やかな黒髪を撫でながら笑う。
「多岐が五郎将文と同じ歳になれば、ゾイドの操り方を教えてやろう。だがその前に、母よりたんと学ばねばならぬことがある。よいな」
「はいっ!」
愛らしく応える愛娘に、父は思わず顔を綻ばせる。進む村雨ライガーも、健気な少女の声を聞き、さも嬉しげに低く喉を鳴らした。振り向けば、レインボージャークの載る牽引車の上に設けられた簡易式の
統率の取れた堂々たる隊列は、街道周辺の人々の耳目を惹きつけ、武蔵へ向かう道中先々で、熱狂的な歓迎と感激を呼び込んだ。
風防を開き、路行く人々に時折手を振る小次郎の姿を目にした或る者は感涙を流し、また或る者は旗竿の文字を見て手を合わせる。
「将門様は、真の坂東の勇者様だ。これまで虐げられてきた、我ら坂東の解放者となられるお方だ」
「お美しい奥方様だ。そして愛らしき
不満を抱える大衆は常に無責任に、時の為政者と異なった指導者を求める。小次郎は己が知らぬ間に、神威を具えた英雄と見做されるようになっていたのだ。
デッドリーコングが村雨ライガーの傍らに追いつき、伊和員経が合図を送る。
「殿、多治経明殿と藤原玄明殿との連名での伝文です。読みます。
『留守居はつまらぬ』
以上です」
街道を吹き渡る風が、小次郎の顔を穏やかに撫でて行く。小次郎は苦笑した。
「さては玄明め、石井で暇を託っている経明と
「気の毒なことをしましたかな」
「良いのだ員経。短気な玄明を連れて来ては、武蔵で纏まる話も纏まらぬ。だからこそ、兄の玄茂殿のランスタッグ部隊に同行を願ったのだ。精々石井営所の酒蔵で酒盛りでもしてもらおう」
二人が悪態を吐きながら酒を煽る姿を思い描きつつ、小次郎は村雨ライガーの先にある武蔵国衙の方角を見つめた。
先頭に翻る旗幟は、四郎将平の師である菅原景行の筆による物である。
小次郎は意図せずに為政者として必要な策を見定められるようになっていた。
菅原道真の三男景行の書であれば、自ずと
翻る文字を見ながら、小次郎は考えていた。
――あの時マッドサンダーに乗り、無限なる力を授けて呉れたのは、やはり道真公だったに違いない――
〝汝に命じる。無限の力を以て、この世界を救え〟
魂に響いた言葉は未だに心に刻まれている。
その時多岐が不意に顔を上げた。
「あれ、孝子さま?」
娘が唐突に放った一言に、坂東で名を轟かす小次郎が震えた。眼前に横たわる武蔵野丘陵の叢林に目を凝らしても、捉える人影もゾイドもない。だが藤原純友と空也が齎した報せが、俵藤太の妹として蘇った桔梗の前の存在を告げている。身を潜め、我が身の一挙手一投足を探っているかもしれぬ。少女の無垢な感覚はその時、確かに路傍の雑木林奥に光学迷彩で潜むセントゲイルの気配を捉えていたのだ。だがそんな多岐の感覚は、幼子の戯言としか受け取られなかった。
小次郎も僅かに殺気を感じてはいたが、大毅の長として動揺を見せたくなかった。不穏な気配が杞憂であることを信じ、無邪気に
初めて目にする筈の、武蔵
〝平将門が出張って来る。無礼があっては武蔵まで侵されるぞ〟
遠雷の如く、大地が震動している。重量級ゾイドの跫に違いない。
〝
乙女の人並外れた聴覚は、極超短波のパッシブレーダー波を放つ装置の存在さえ気取った。
〝源経基様のゴジュラスギガはまだ到着せぬのか。狭服山から武芝が動く気配があるというのに〟
桔梗は、将門が石井勢のゾイドを進めた故に、武蔵国衙周辺が蜂の巣を突いたような混乱に陥っていたことを知る。
(これでは、この騒ぐ心の理由を求める事など出来はしない)
壺装束に長い髪を束ね垂らした桔梗が踵を返した時だった。
「孝子殿ではないか」
(孝子――だれ?――でも、なぜ私は自分が呼ばれていると思うの?)
反射的に振り向く。エレファンダーを急停止させ、操縦席から動転しながら煌びやかな短甲を身に付けた武官が降り立った。武官の脇に一斉に郎党が跪き、桔梗に向かって一筋の道を開いた。
「都でお会いして以来だが、相変わらずお美しい。察するところ、平小次郎将門殿の忍びの使者として御出でになられたのだな。
最初小次郎殿より仲裁の提案を受け取った時は、
ささ、孝子殿も早速国衙に参られ、小次郎殿の親書など御渡しくだされ。
なあに、便りなら任せてくれればよい。早速下総の進撃部隊に連絡を取らせまする。
黙っておらず、坂東での戦の武勇をお聞かせ願いたい。小次郎将門の名は、未だに京で轟いているのでな。
時に孝子殿、
興世王と名乗った武官は一方的に捲し立て、急き立てる様に桔梗を国衙の館に招き入れた。敵意が無い為
武蔵の国境を越え、国衙まで僅かと迫った場所で、小次郎は興世王のエレファンダーより伝文を受け取り、驚愕した。
〝御使者孝子殿、確かにお迎え申した。武蔵国衙を挙げて、平小次郎将門殿の到着をお待ちして居ります〟