『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
『三毳山を見る事、相成らぬ』
高札場に文言が掲げられていた。民は三毳の山麓を見つめることを禁じられ、僅かでも怪しい素振りを見せた途端、何処からともなく現れるメガレオンによって捕縛され拘引された。数週間程経過すると解放され自宅に戻ってきたが、その間何があったかを語る者は皆無であり、「見ちゃなんねえ」と周囲の者に震えながら語るのみだった。
唯一つ、民に知るを許されたことは、その構造物に俵藤太が関わっているという事実だけであった。
簾状の遮蔽幕に覆われた構造体の内部に、濃紅の獅子が進入して来る。エナジーライガーの操縦席へ乗降用の移動階段が横付けされると、降り立った俵藤太秀郷が簾の隙間から零れる縞模様の陽射しを見上げていた。
「暫く不在にしていた。改修計画は如何様になっている」
「ほぼ順調に進行しております。ですが父上、やはり龍宮の造兵師どもにアースロプラウネ艤装作業をさせるのは納得し兼ねます」
秀郷の次子藤原千晴は、背後の職能集団を意識しつつ声を潜め応じる。
「怪しげなバイオゾイドとやらを、常陸勢に試みに貸与してみれば、未だ流体金属装甲の調整が整わない不良品でありました。奴等は坂東を兵器実験場と考えております」
「それがどうした」
厳格な武士の棟梁としての秀郷に、鋭く睨まれた千晴は口を噤んだ。
「避来矢エナジーライガーとて龍宮が寄越したゾイド、地震竜セイスモサウルスも土蜘蛛駆除に欠かせぬものだ。よいか千晴、名よりも実を取れ。利用できるものは全て利用するのだ」
「承知……致しました」
父子の間に暫しの沈黙が流れた。
頃合いを見て、千晴が秀郷の様子を伺う様に告げる。
「時に父上、桔梗の前が独断で武蔵に入ったとの伝文を受け取りました。現在武蔵国衙には、郡司武蔵武芝と権守興世王との仲裁の為、平将門が参内するのと報せも届いております。桔梗と将門を接触させて宜しいのですか」
「良い。これも
『窮鳥懐に入れば猟師も殺さず』というが、さて将門、桔梗をどの様に処遇するか。見ものだな」
父の言葉に、千晴は再び問い直すことはない。
二人が見上げる簾の先、数十の歩脚を装備し、腹節に内部構造を剥き出しにした、鋼鉄の
武蔵国衙に到着した小次郎と、エレファンダーを背後に狼狽する
「
碧い獅子より降り立った坂東武者を見つめ、幾分俯き加減となるが、少女は気丈に言い放った。
「下野唐沢山、桔梗の前。兄俵藤太秀郷に仇為す者、平小次郎将門を討つため参った」
「桔梗の前ですと」
状況の呑み込めない興世王が、素っ頓狂な声を上げる。
「孝子殿に非ず、都で跳梁跋扈していた、あの女群盗桔梗の前なのか!」
「興世王殿、眼前の桔梗の前は以前の群盗とは異なる者です。員経、興世王殿と共に下がり説明を頼む」
「何ゆえに私をこの場から引き離そうとなさる」
意外にも、主君の言葉に従い続けてきた忠臣は、この時初めて抗った。だが小次郎も、諭す様に伊和員経に応じた。
「左様に、冷静さを失っているからだ」
再生された桔梗を目の前にして、僅かながらも養父として娘との間柄を育んだ員経が動揺している様子を機敏に感じ取っていた。今は距離を置くべきであると、小次郎は棟梁として瞬時に判断を下したのだ。
「今は退け。不測の事が起こった時に備えよ。俺を信じろ」
「……承知仕りました。権守殿、こちらへ」
デッドリーコングがエレファンダーを後衛に導きつつ引き下がり、代わってソードウルフ、ソウルタイガー、そしてグスタフに牽引されたままのレインボージャークとナイトワイズが前衛に出た。庵の中から良子と多岐が小次郎を見遣る。
「孝子殿、ではないのですね」
「違う」
小次郎は言下に否定した。
見せかけは、亡き孝子に瓜二つである。異なるのは、その容姿が明らかに若年化していた事だった。良子と同じ位であった背丈は若干低くなり、未成熟な青い果実を思わせる肢体と、垂らしたまま切り揃えられていない射干玉色の髪が幼さを一層際立たせる。少女の容貌でありながらしかし、瞳の底には冷徹な光が灯されていた。
「今度は、私が平小次郎将門に問う。お前はなぜ坂東に覇を唱え、徒に混乱を齎そうとする。それは兄秀郷が望むものではない」
「私は藤太殿を
寧ろ藤太殿は、水守の平良正叔父達にバイオゾイドを貸与し、坂東の和を乱したではないか。斯かる事に対し、何と返答されるか」
「水守にバイオゾイド……それは何?」
妹である自分が、絶対的正義と盲信していた兄秀郷が、自分に明かしていない事実があることを知り、桔梗は忽ち戸惑った。小次郎が畳み掛ける為に言い放った。
「桔梗の前。我らは其方を知っている。其方は嘗て、我らと共に戦い、そして散った孝子という者の生まれ変わりなのだ」
その直後、落雷の如き衝撃が武蔵国衙周囲に轟いた。小次郎の言葉が桔梗の心に与えた衝撃を覆い隠すかの様に。その場にいた者達が轟音の方向へ一斉に振り向く視線の先、黒煙を昇らせる大國魂の鎮守の森があった。森の中で何かが燃えている。桔梗が悲鳴を上げた。
「セントゲイルが!」
桔梗は、漸く乗り慣れて来たばかりの愛機セントゲイルが、金属製生命体独自の悲痛な叫びを上げているのを、鋭敏な聴覚で聞き取っていた。
小次郎は間髪入れず村雨ライガーに搭乗する。風防を降ろす直前、後方待機するデッドリーコングに腕を振って行動の指示を与え、黒煙の方向に走らせる。ソウルタイガー、ソードウルフが碧き獅子に続く。
「セントゲイルが、私のセントゲイルが……」
「参られよ」
振り返った桔梗の背後で、黒い猩々型ゾイドに乗る初老の武士が、頭部操縦席の装甲を開き招いていた。
小次郎達が到着した時、既にセントゲイルは紅蓮の焔に覆われていた。辛うじて、両方の翼の先端と胸部に描かれた桔梗紋しか確認できないほど、強烈な劫火であった。
〝これは大量の爆薬を一斉に点火したが如き燃え方です。動けぬゾイドの周囲に爆薬を並べ、焼き殺した様に〟
ソウルタイガーに搭乗したまま一瞥して、坂上遂高が状況を読み取り報告する。
「誰がこの様な酷い事を」
断末魔を上げて崩れ落ちるゾイドの四肢を目の前にし、小次郎は眉間に皺を寄せる。気付けば、後続のデッドリーコングの肩から小さな人影が降り立ち、炎上するゾイドに駆け寄る。そして呆然として、膝を着いた。
「セントゲイル……ごめんなさい……」
白い素肌に炎が照り返し、怒りと悔しさで紅潮する。幼子の様に号泣し、涙が止め処なく流れ落ちる姿を、言葉もなく小次郎達は見詰める。
その時、炎の奥に、輪郭が揺らめきながら浮かび上がった。陽炎ではない。やがて輪郭は形を成し、正体を現す。
屈曲した四肢と眼窩に装備された電探装置、螺旋状の尾部が特徴的な爬虫類型ゾイドである。炎の色に染め上げられ次第に鎮守の森の木々と同化していく。
桔梗が泣きながら絶叫した。
「メガレオン!」
「知っているのか」
炎に飛びこまんばかりの少女を抑え、小次郎が問う。
「兄の、下野の素破(=忍者)が操るゾイドです。でも、なぜ……」
少女は愕然として、暫し言葉を失う。光学迷彩に秀でた小型隠密ゾイドは、追撃が不可能なことを知ってか、嘲笑う様に姿を消していく。
〝探知出来ません。あのゾイドは隠密性能が高すぎます。火器を使用せぬ以上、熱源探知も不能です〟
「如何やら我らを襲う気はなさそうだが。桔梗、其方のゾイドを味方がなぜ襲撃したのか」
「わからない……何もわからない」
桔梗はその場にしゃがみ込み、無茶苦茶に泣きじゃくっていた。
「千晴よ。信じた者に裏切られ、見捨てられ、乗機を奪われ帰還する術も失い絶望の淵に叩き落された桔梗の前を、平将門は見捨てる事など出来ぬ。必ずや己の元に残す。それが己の頸に突き付けられた刃であることも知らずにな」
三毳山アースロプラウネ艤装所で、俵藤太秀郷の低く篭った声を聞いたのは、対峙していた息子千晴のみであった。