『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
碧き獅子村雨ライガーと、濃紺の巨象エレファンダーが、篝火に
武蔵国衙に夜の
「多岐も気付いたのですね。あの方が、孝子殿と同じ心を持っているという事に」
燃え上がるセントゲイルの骸の前で、途方に暮れる桔梗に「泣かないで」と最初に声をかけたのは、他ならぬ多岐であった。孝子の死を充分に理解できなかった幼き少女は、目の前に現れた瓜二つの人物を、身を挺して母子を守った家族として戸惑う事無く受け入れたのだ。
小次郎達も知らぬ事だが、一足飛びに多感な年頃へと成長を促進された桔梗より、多岐の方が長き生を歩んでいる。多岐は姉と同時に妹として桔梗を受け入れ、桔梗も多岐の優しさを受け入れる。そしてこの時、良子は姉妹の母親となっていた。
泣きじゃくる桔梗を多岐と共に慰め、グスタフの荷台に設けられた庵に招き入れると、泣き疲れた桔梗は庵の中で身を横たえていた。傍らには桔梗を気遣う多岐が寄り添い、姉妹二人が互いの温もりに安堵し、いつしか眠りについていったのだった。
小次郎と共に酒を交わす興世王が、頻りと唸り声を上げている。
「旅装の壺装束であったがために、顔を充分に確認せなんだのは我の不徳。されど群盗桔梗の前の正体が、美しくも淑やかだった孝子殿であり、更にはあの娘が桔梗の生まれ変わりにして、孝子殿ではなく、
一通りの説明をしたところで、誰でも容易に納得できないことは予想済みである。小次郎は話題には触れず、本来の目的を果たす為の会話を切り出した。
「興世王殿。既に私がここに参った理由は御承知かと」
良子が注ぐ酒を、軽く会釈しつつ受ける興世王が肯く。
「郡司武蔵武芝との和議を成す為であったのう。無論、平将門殿が仲裁されるのだ、異論など御座らぬ。源経基殿にも我より使者を送り、和睦への手筈を整えよう」
「御配慮、感謝致します。小次郎将門の体面が立ち申す」
「お気に召さるな、知らぬ仲ではないではないか」
酒が入って上機嫌となった興世王が陽気に笑う。言葉に嘘は無い。
小次郎も坂東に戦火が拡がるのを防げる事に安堵した。民を救い、ゾイドを救うのが彼の望みであったからだ。
(今宵の星は美しい)
深々と更けて行く武蔵の夜の帳に、小次郎は無言で酒を傾けていた。
翌朝、村雨ライガーとエレファンダーが
桔梗の脳裏に、詠み人知らずの歌が降って湧く。
紫の
この歌を知っている。
『我らは其方を知っている。其方は嘗て、我らと共に戦い、そして散った孝子という女の生まれ変わりなのだ』
グスタフの庵から、流れる風景を漠然と眺めつつ、桔梗もまた気付いていた。
自分の心は、今の自分だけの物ではない、私は私の知らない記憶を持っている、と。
「孝子さま、元気になりましたか?」
背後から快活な少女の声がする。振り返れば良子と手を繋いだ多岐が、輝かんばかりの笑顔で告げていた。続けて慈母の如く良子が静かに問う。
「おかげんはいかがですか。何かあればきがねなく言ってくださいね」
返す言葉に戸惑う。敵として単身討ち入った心算が、乗機セントゲイルを失い施しを受けている自分。そして目の前の幼い少女でさえ、本人より自分の過去を知っている現実に。
(孝子とは、嘗ての私の名前。そして胸を締め付けるような想い。こじろうさま?)
ふと、巻き上げた御簾の間からグスタフ前方を進む棺桶の隻眼が覘いた。
(デッドリーコング……伊和員経……おとうさま)
記憶が次々と湧き上がる。予感は確信に変わっていく。
紛れもなく、自分はこの人々と共に過ごしていたのだ。
だが解せぬ事がまだ残っている。武蔵の国での記憶、孝子とは別の記憶も、先刻来無数に去来する。
「孝子さまはわすれちゃったんでしょ? わたしがゾイドの名前を教えてあげるから、いっしょに外へでましょう」
無邪気な少女は桔梗の手を引き、流れる景色の中の鋼鉄の獣達を指差す。
「あれが父上のむらさめライガー。ソウルタイガー、ソードウルフにデッドリーコング。あのね、わたしが大好きなゾイドはバンブリアン。ここにはいないけど、とってもかわいいの。
桔梗は多岐の姿を見ながら、土蜘蛛との血塗れの激戦を顧みていた。
無防備過ぎる。これが坂東の覇者の妻子なのか。それでいて、この母子達を討つことなどできない。この母子は、夫と夫の信じた者への絶対の信頼を抱いている。
エレファンダーが一際高く叫んだ。目標の地は近い。
なだらかに連なる武蔵野丘陵の一つ、狭服山の峰が、下総勢の進路上に広がっていた。
ゴジュラスギガのギガクラッシャーファングが小刻みに軋む。人で云う処の歯軋りにも似た仕草である。
操縦席での源経基は、武蔵武芝との仲裁に割って入って来た相馬小次郎将門という者と、その人物に追従し単独で和睦に向かった興世王とに激しい苛立ちを感じていた。
「俺を蔑ろにするつもりか」
どす黒い猜疑心が鎌首を擡げ、基経の心情を著しく苛んだ。
興世王の書状に従い、渋々後衛から部隊を引き連れて狭服山に向かっているものの、猜疑心の大きさが、興世王及び小次郎との大毅からの実際の間合いの長さとなって顕れていた。
「なぜ介である俺が、権守より後に付かねばならぬ」
事例によっては充分在り得るが、今の基経にとって、人の為す全ての行動が欺瞞の対象となっている。
「謀を巡らし、興世王も将門も武芝も、俺を討とうとしているのかもしれぬ」
ハイパープレスマニュピレーターが気忙しく爪を開閉させる。
「小癪なのは平将門だ。たかが田舎の易姓貴族に、六孫王たる俺がなぜ従わねばならぬ。聞けば興世王も遠く桓武帝を祖とする一族の末裔。将門と口裏を合わせ、俺を
猜疑心は汚泥の如く溜まって行く。いつしかギガは、格闘形態から前傾姿勢の追撃形態に変化し、緑の双眸も赤い血の色に変わっていたのを源経基自身も気づかぬままであった。
武蔵武芝は、嘗て聖武帝の時代に遡る頃に名を馳せた名手
にも関わらず、ゴジュラスギガとエレファンダーとの対決に至らなかったのは、
先行する村雨ライガーの中で、小次郎は接近する鋼鉄の獣の気配を察知していた。
「来たか。数は……3匹か」
狭服山の
〝側面にゾイド確認。右1、左2。中型です〟
村雨ライガーに並走するソウルタイガーの坂上遂高より、機影確認の報が届く。中型ゾイドは敢えて跫を響かせ竹林を疾駆する。奇襲する意志の無い事を示すと同時、諸手を挙げて歓待している訳でもないということである。
「バンブリアンだ!」
多岐が歓喜の声を上げていた。背負った無数のバンブーミサイルを
〝我らは郡司様の使いとして参った。平将門殿との会談を望みたい。村雨ライガーのみで御出で願いたいが、如何に〟
「承知した」
小次郎が躊躇うことはなかった。村雨ライガーは短く咆哮すると、先行する一匹のバンブリアンを追い、単機狭服山の竹林の奥に呑まれていく。それに追従して、残った二匹のバンブリアンも竹林に向かう。
主君の豪胆な行動を前に、伊和員経達は唯只管に無事を願うのみである。
多岐が頻りにバンブリアンに向かい手を振っている。それを良子と桔梗が、それぞれに異なる想いを抱き見つめていた。