『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」   作:城元太

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第八拾壱話

 小次郎は、村雨ライガーの機体が奇妙に揺れるのを感じた。竹林を先行するバンブリアンも、後続の2機も、そして村雨ライガーも異常を覚え立ち止まる。

不死(フジ)の噴火による空振です。時折起こることにて、お気になさらずに〟

不死山(フジやま)の空振? 駿河は武蔵より大分遠い。それに音も聞こえぬではないか」

〝音は届かず、低き揺れのみ届くのだとか。それが証しに、あちらの空を御覧なされ〟

 バンブリアンの頭が振られた先の空を見て、小次郎は息を呑んだ。夕焼けや朝焼けとは異なる赤黒い輝きの空が、遠く駿河の方角に広がっていた。

「あれも不死の仕業に因るものなのか」

〝左様です。さあ、先を急ぎましょう〟

 事も無げに進むバンブリアンの後を、小次郎は今は無言で追い続けるしかなかった。燃え上がる空に一抹の不安を抱きながら。

 

 十二機のバンブリアンが、格闘形態の二足直立状態で整列している姿は壮観であった。中央に設けられた陣屋の中、村雨ライガーを降りた小次郎が通された先に、数人の郎党と共に温和な表情の老人が立ち上がり頭を垂れている。老齢な郎党頭と思い、小次郎はそのまま前を通り過ぎようとした時、付き添ってきたバンブリアンの操縦者が間近に寄って囁いた。

「此方が武芝様です」

 慌てて立ち止まり、改めて老人の姿を見直す。自分が腰に太刀を帯び、背後の村雨ライガーを操ればたちどころに踏み潰せる場所にありながら、この武蔵足立郡の郡司は恐れず出迎えに立っていた。軽く会釈をすると、貌に刻まれた皺を緩ませ出迎えの言葉を告げた。

「坂東の覇者たる平将門様を早々に拝顔したく、急ぎお迎えに上がりました。此度はわざわざこの様な場所まで御出で頂き、御足労をかけます」

 言の端々に温厚な人柄が滲み出る。武芝を慕って狭服山に立て篭もった人々が数多いというのも納得できた。小次郎は太刀を先程のバンブリアン操縦者に手渡し、早速話を切り出す。

「知らぬとは言え、御無礼お許しください。

 手短に申し上げる。これ以上坂東の民を悩ます事見捨てておけぬ故、権守興世王殿、介源経基殿との紛議を治めたく推参仕った」

 (しわ)の中に埋もれた(まぶた)が、微かに見開かれた。

「……坂東の民を思ってとな」

 視線を小次郎越しで村雨ライガーに向け、武芝は浅く息をついた。

「その言葉、為政者の口より告げられるのを幾度となく聞いて参りました。されど真意は、己の知行を維持し、苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)に民を搾取する為の言い訳で御座いました」

 小次郎の脳内に怒りが瞬時に込み上げる。視界に残る村雨ライガーが低く慟哭する。主君の怒りを感じ取ったからだ。

『言い訳』。その様なものではない。俺は純粋に、坂東の平和を願う者だ。

「聞き捨てなりません。では武芝殿にお尋ね申す。なぜあなたは武蔵足立の郡司として、長く権力の座に就かれている。見れば勇壮なるバンブリアンの大毅を備えておられるが、これとて民より徴収したレッゲルその他多くの調庸により成すゾイドではないか。あなたはいらぬ争いにより、国衙周辺の家屋を灰燼と帰し、訊けばゴジュラスギガなる凶悪なゾイドを跋扈(ばっこ)させたという。民を守るという郡司の立場からすれば、是だけの兵を構える以上、堂々と暴竜と戦い、敵を排除すべきだったのではないか」

 武芝の瞳が細く弧を描く。

「府中でゾイドを戦わせれば大きな被害を及ぼすものと思い兵を退いた事が、反って介と権守の怒りを買ってしまったのは否めません。しかし直接戦闘を避けた事に依り、被害は最小限に収められたものと自負しております。それにこうして平将門様ともお逢いできました。お噂通りの人物と知り、恐悦至極に御座います。

 先程は将門様の真意を測るため、敢えて無礼な物言いを致しました。お気を悪くさせたこと、平に御容赦下さい」

 小次郎は咄嗟に、怒りの感情を収めなければならないと判断した。

 この老練な在郷官人は、自分の器量を推し量っている。

 単に温和な好々爺と油断していると、相手の術中に嵌ってしまう。

 今は本来の目的のみに拘るべきである。

 小次郎はもう、若き日の小次郎ではなかった。

「後衛に興世王殿が控えており、更には直に源経基殿も到着するであろう。平小次郎将門の命により、断じてエレファンダーとゴジュラスギガに勝手をさせない事を約束する。話し合いの座に着き、和睦の議を進める事を承認願いたい。如何に」

「将門様が御出で頂いた時点で決心はついております。謹んで申し出をお受け致します」

 武芝は深々と頭を垂れた。

「これより我らは布陣を解き狭服山の(ふもと)まで下山します。(うたげ)の用意をさせましょう。興世王殿、源経基殿も交える宴として」

 息を呑んで小次郎と武芝との遣り取りを見守っていた武蔵の家人達が、小次郎による和睦の手筈を受け入れたと知ったと同時、輪の中より安堵の声が湧き上がった。声を制して一際高く武芝が告げる。

「布陣を解く。皆の者、狭服山を下りるぞ」

 その声に、部隊が一斉に動き出した。坂東の覇者として名高い平将門が仲裁する以上、興世王にせよ源経基にせよ、迂闊に乱行に訴えることは出来ない。

「府中に戻れる」。人々の口々に喜びの言葉が溢れていった。バンブリアンが四足歩行形態に変形し、資材の移動を開始する。突然の喧騒に、竹林の木漏れ日の中で緊張していた村雨ライガーが、金色の(たてがみ)を不規則に輝かせる。

〝ナニガアッタノダ?〟

 頻りに頸を捻る碧き獅子の姿は、滑稽であり長閑(のどか)でもあった。

 到着して以来立ち尽くしたままだった小次郎は、一つの課題を成し遂げたことに心弛(こころほころ)び、快い身体の疲れを覚えていた。未だ成すべき事は幾つも残っている。それでも戦に明け暮れていた自分が、戦を収めることができた充実感に浸りたかった。

 適宜ゾイドの配置を解き、下山指示する武芝を眺めつつ、しかし小次郎は、心に閊えるものを抱いていた。

 武芝から投げかけられた問いに、己自身が答えられなかった疑問が含まれていた。声をかけるのも躊躇われ、ただ無言で今は老練な郡司の姿を見つめるしかない。(うずくま)って主の帰りを待つ村雨ライガーの元へ歩み出した時、山野を含めた竹林が再び揺れるのを覚えた。

 先の空振か。いや、地震の如く、尚且つ地鳴りの如き振動だ。

 だが直ぐに収まっていた。村雨ライガーが(むずか)る。

「置き去りにしたこと悪く思うな。バンブリアンに取り囲まれた事、そんなに心細かったか」

 鋼鉄の獣は大きく緩慢に尾を振る。無邪気な仕草に貌が綻ぶ。小次郎は再びバンブリアン1機を引き連れ、遠く前衛に陣を構えるデッドリーコングやソードウルフの機影に向け、村雨ライガーを走らせて行った。

 

「深部低周波地震、それにあの空は火映現象。さては不死(フジ)の奈落にて、再び死竜が蠢き出したか。将門殿、せめて四郎殿に、一刻も早く伝えねば」

 

 襤褸切れを纏った乞食僧が、錫杖を(かざ)し武蔵の空を睨み付けていた。

 日頃より舞飛ぶ鳶色のシュトルヒの姿が、今は一羽も視止められなかった。

 

 

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