『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」   作:城元太

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第八拾弐話

 篝火(かがりび)の下、華やかな宴が開かれていた。隊列を崩し、思い思いの姿勢で寛ぐゾイドの群れを掻い潜り、幼い少女が息を弾ませ駆けて来る。宴の中央で歓談する小次郎と、それに寄り添う良子に、瞳を輝かせ歌う様に告げた。

「母うえ、父うえ。バンブリアンにのりました。いっぱいのりました。たのしかったです」

 守役の五郎将文が息も絶え絶えに、少し遅れて到着する。差し出された柄杓(ひしゃく)の水で喉を潤すものの、激しく咳き込み声も出ない。活気溢れる幼子の前では、元服成り立ての若武者であっても、充分に追いつけないほど元気であったようだ。

「五郎殿もお疲れでしょう。お食事など召し上がりお休みください。

 郡司様、娘の願いをお聞き頂き本当にありがとうございます。さあ、お礼を言いましょうか」

「うん、おじいちゃん、ありがとう!」

 ゼンマイ仕掛けの玩具の如く、ぴょん、と頭を下げ、再び上げた少女の顔には満面の笑みを帯びていた。太陽の様な微笑みは、自然に酒宴を和やかな空気で包んでいく。(わだかま)りを捨てた興世王が、やおら立ち上がった。

「郡司殿、我も一献傾けたい」

「お受け致します」

 武芝の盃に白濁の酒を注がれ、穏やかに口元に運んでいく。互いに歓談を続ける最中、中央に座した小次郎の膝に、多岐がちょこりと座り込む。

「この様な酒臭き場所にいては良くない。あれだけ遊んだのだ、子供はもう床に就かねばならぬ」

「父上は皆様と大事なお話中ですよ。また後で遊んでもらいなさい。誰か、多岐を庵まで」

「やだ! 父うえのおひざがいいの!」

 むずかる多岐の頭を撫でつつ、小次郎は娘を抱き上げる。

「止むを得まい、少しだけだぞ」

「あなた様はいつもそうやって……あまり甘やかさないでください。小太郎の様子を見たら戻りますから、それまでですよ」

 並べた膳の料理を小皿に載せて、小次郎は多岐の口に運んで行く。温かい家族の幸せな姿は、小次郎自身が思い描いていた坂東の平和そのものを映すようであった。

「それにしても、ギガは未だ到着せぬのかのう。これでは基経殿の分の酒がなくなってしまうわ」

「興世王殿、何分程々に願います」

 和睦を成した新任の権守は、「わかっておる」と陽気に二度繰り返し、また盃を仰ぐように口元に運んで行った。その場に居合わせた三郎将頼や、坂上遂高、文屋好立など誰彼構わず酒を注ぎ回り、如何にも気分良く酔い痴れて行く。その様子を見守る小次郎の膝で、先程まで燥いでいた少女の瞼が半分ほど閉じて、うつらうつらと不規則に揺れ始めていた。

「こら多岐、こんな所で眠ってはいかん。誰か連れて行ってはくれぬか」

 生憎良子は未だ小太郎良門の世話のため庵に下がったままで、五郎も酒宴の場を離れている。員経は郎党衆の無用の衝突を未然に防ぐため、デッドリーコングを以て陣内を巡回している。好立にせよ遂高にせよ、サビンガやソウルタイガーの扱いに慣れていても幼子の世話には慣れていない。三郎も普段から多岐の世話を五郎に任せきりで、四郎は書面整理の為不在であり、その場に多岐の世話する適任者を欠いてしまっていた。

「おお、来てくれたか。多岐を頼む、眠ってしまったのだ」

 奥の間より、桔梗が静かに酒宴の場に現れ、無言で会釈をすると、小次郎の膝の上で転寝をする多岐を優しくかかえた。瞼を閉じた幼子は、夢の世界に居ながら姉のような乙女に抱き着き身を委ねる。再び無言で会釈をしてその場を去ろうとする桔梗に、酔った勢いでの興世王の言葉が突き刺さった。

「やはりお美しいのう。それにしてもいまだに信じられぬわ、其方があの群盗桔梗の前と同じとは」

 小次郎も、そして桔梗も身を硬くする。

 しかしそれ以上に、武芝の瞳が大きく見開かれていた。幾分逃げる様に去って行く桔梗の後ろ姿を追いながら、老郡司はその場にいた誰もが聞こえるほどの声で呟いていた。

(むらさき)……」

 独白とも、驚嘆とも聞こえる声だった。

「将門様、不躾ながらお尋ね申す。あの女人は、何処(いずこ)の方か」

 是迄一度として狼狽しなかった老郡司の口調が上ずっていた。桔梗の複雑な素性を晒すのを躊躇う小次郎は、咄嗟に言葉を詰まらす。頼りの伊和員経はこの場にいない。流石に雰囲気の重さを悟った興世王も口を噤んだ。

 和やかな酒宴に、緊張が奔る。座の雰囲気を察した武芝は、貌の皺を無理矢理歪ませ笑顔を繕う。

「お見苦しき振舞い、御容赦くだされ。遠き昔に見知った者に、あの方があまりに似ていたので取り乱しました」

 しかし、並大抵ではなく狼狽した姿を見せてしまった手前、武芝は話題を変えることができなくなっていた。視線の先に、五郎が使った柄杓が無造作に揺れている。

「若き日の酸い想い出で御座います。年寄りの昔語りに、お付き合い願えますか」

 揺れる柄杓から、桔梗の去って行った庵に視線を移し、武芝は遠き記憶を遡り語り出したのだった。

 

武蔵宿禰(むさしのすくね)(かばね)は、元は丈部直不破麻呂(はせつかさべあたいふわまろ)が氷川の社の祭祀を賜り、坂東に下向した国造(くにのみやつこ)に御座います。丈部は代々バンブリアンを操り、元はソラへと繋がる一族でありました」

「成程、それで岡崎村の駆使、丈部(はせつかさべ)子春丸もバンブリアンを操っていたわけか」

「坂東には早くから多くの分家が点在し、子春丸殿とやらも恐らくは我らの一族かと。金物加工に優れ、ゾイドの修理などに携わっていたことかと思います」

 小次郎の脳裏に、今は亡き子春丸の人懐こい笑顔が過る。

「あれは私が元服を終えたばかりの若き日、大宰府のマスドライバーは稼働中で、ソラに衛士として昇っていた時であります。未だ軌道エレベーターのケーブルは地上に届かず、静止衛星軌道を回るジオステーションより次第次第に垂らされるケーブルの先端を待ち、清涼殿付近にアースポートの建造を始めた頃で御座いました。

 後に云う菅公(=菅原道真)の雷撃に焼かれる以前の内裏清涼殿にて、私は虚しき心を慰める為、(うた)を口遊んでおりました。

 

 七つ三つ つくり据ゑたる 酒壺に

 さし渡したるひたえの(ひさご)

 南風吹けば 北に(なび)

 北風吹けば 南に靡き

 西風吹けば 東に靡き

 東風吹けば 西に靡き

 

 遠く武蔵を離れ、友も無く孤独に日々を過ごす私には、風に揺れる柄杓がそれはそれは楽しそうに見えたのです。

 その時です。内裏館奥より涼やかな声が掛かりました。『その唱を、もう一度歌ってはくれまいか』と。

 御簾を引き上げ覗いていたのは、身なりも高貴な美しき女人でした。辺りには得も言われぬ香しき香りがたち込めていた事、今でも昨日のように覚えております。

 女人は申されました。『先程の唱、楽しげにして哀しげな調べで、忽ちにして虜となりました。また此処に来て、歌ってはくれまいか』と。命じられるままに私は、務めの合間を見つけては、女人の元に通い歌ったので御座います。

 逢瀬を重ねるうちに、その方がソラの姫君であり、名を〝紫〟ということも知りました。遠き(いにしえ)に出会った乙女であったのに、顔貌、立居振舞全てが、先程の方――桔梗様――とあまりに瓜二つで、驚いてしまったので御座います」

 

〝桔梗の前は一人にして一人に非ず〟と、藤原純友より語られた真実を、小次郎は思い返した。〝別の入れ物に魂を移し替えた〟とも語った言葉が、武芝の昔語りと重なる。孝子と名乗る以前の、更には桔梗の前と名乗る以前の桔梗の姿が、漠然と浮かび上がった。

「若き私は、無垢にして眩しいほどのソラの女人を見たのは初めてで、忽ちに心惹かれました。身の程違いの想い為れど、激しき恋慕の情は抑え難く、いつしかその方に熱き恋心を寄せる様になっておりました……」

 

 すやすやと眠る多岐の傍らで添い寝する桔梗も、不可解な感覚に苛まれていた。

――あの老人を知っている。今の私とは異なる、もっと昔の私が――

 

 深々と更けて行く天空を、不気味に覆う不死山の火映現象は、武蔵の篝火に紛れ、心に留める者はない。

 

「間に合うのか」

 遊行の乞食僧の姿を視止めた者もまたいなかった。

 

 

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