『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
東山道にて落ち合う手筈であった新任の陸奥守
「御心配召さるな。信濃の
「頼む。最早私には、坂東に頼る術は絶えてしまったからのう」
ブラストルタイガーとレッドホーンが、東山道に向かう碓井関を僅かに越えた山林の中に潜んでいた。貞盛の語るのは、ほぼ事実であった。
将門ライガーの猛攻を受けアイスブレーザーを失った平良正は、完全に戦意を失い仏門に入った。依然ダークホーン部隊を温存している平良兼も、石井の営所襲撃以降急速に老いを増し、家督を嫡子平
「小次郎よ、復讐とはいえ私から全てを奪う心算なのか」
星空の下、見上げるブラストルタイガーも所詮は都の左馬允への下賜ゾイドである。今は亡き父国香より携えられたライガー零と三つの
(もはや、陸奥に下り蝦夷を討伐し、今一度任官を目差す他ない)
清浄な大気に映え、煌々と森を照らす満月までも、敗走する平貞盛にとっては恨めしい。ブラストルタイガーとレッドホーンの僅かな放熱を、上空を飛んだサビンガの赤外線スコープアイが捕えていた事を未だ知らぬのは、太郎貞盛の心情にとっては幸いであった。
藤原純友とその息子重太丸、そして空也の一行は、既に下総を迂回し常陸の地に到着していた。アクアコングを浮上させたのは陽動である。極力下総将門の軍勢を分散させ、無用な衝突を避けて会見を行う目論であった。
「もし将門殿も出陣されていたとすれば、何とします」
手練れの乞食僧は、
「あの男は、右京で戦を交えたアクアコングであれば必ず自ら出陣するだろう。守りを固めた営所の正面で碧き獅子に乗り、俺が到着するのを首を長くして待つ筈だ」
「成程なるほど」
乞食僧の高慢な物言いは、常に純友にとって耳障りであった。
「父上は、将門様とはお友だちなのですか」
純友と手を繋ぎ歩く重太丸が、曇りのない瞳で見上げ問う。
「友か。いや。
純友は歩む先を真っ直ぐに見つめる。重太丸は、父の掌が心なしか強く握ることを感じる。空也は先程の高慢な物言いとは裏腹に、慈愛とも憐憫とも取れる視線を少年に投げかけるのであった。
純友の思惑通り、小次郎は石井営所の土塁外縁に沿って村雨ライガーをゆっくりと巡回させていた。常に反対側には、多治経明と平将文の乗るディバイソンを配置してある。三郎将頼のソードウルフと坂上遂高のソウルタイガーを、アクアコングが目撃されたという信太の流海と鹿島灘の接する潮来方面に急行させ、湖畔には大江弾正重房との共同の監視網を巡らせた。同時に鹿島の藤原玄明、玄茂の元に伊和員経のデッドリーコングを派遣し、共闘を以て鹿島灘方面からの海賊衆の襲撃に備えるよう通達をする。万全を以て臨んでいる思われる坂東の布陣であったが、それでも小次郎は、神出鬼没の瀬戸内の海賊が坂東に進出してきた事実に畏れを抱いていた。
奴は何を考えている……。
アクアコングという人目に付きやすい大型ゾイドでの略奪行為は効率が悪い。況してや湖賊大江弾正のバリゲーターの大毅を敵にすれば、如何に海賊であっても無傷では済まない。
……であれば、何が目的なのだ。
目的が予測出来ないもどかしさと、アクアコング発見の報より継続してきた緊張が疲労となって小次郎の心身に積もり、その精神に僅かな綻びを生んだ。既に日常と化した村雨ライガー操縦席での揺れは、小次郎を等閑に誘っていた。
〝兄上、サビンガです〟
反射的に身体が強張る。太郎貞盛を追って東山道まで至った文屋好立が戻ったのだ。間違いなく有力な報せを得たに違いない。
小次郎は瞬時の選択を迫られた。
純友か貞盛か。
「サビンガを三郎の元に向かわせよ。Zi―ユニゾンを何時でも行えるように備えよ」
下した選択は前者であった。帰還したばかりのサビンガが、頭部センサー部分をムササビ型からモモンガ型に換装し、レッゲルを慌ただしく補給して、潮来に向かって飛び去っていく。「すまぬ」の言葉を呑み込み、小次郎は村雨ライガーの操縦桿を握り直していた。
空也もまた、葛藤を続けていた。
蔵人頭藤原
純友と将門の袂を別つ為、叡山のサンカより託されたデッドリーコングを小次郎と桔梗に与え、互いに戦いを挑ませた。純友が行動に移るのを引き延ばすため、虚ろ船に見せかけた船で日振島に向かい、龍宮の野望を開示し海賊衆を動揺させようと目論んだ。
だが日振島に起居し、藤原純友の所作を監視する内に、この海賊衆の頭目が生育させているアーミラリア・ブルボーザが、私利私欲の為ではなく、これを用いてこの惑星を守ろうとしている真実に辿り着いてしまったのだ。
師氏の願いは尊い。だが所詮目先の平安を維持するに過ぎない。
空也は知っている。再び『神々の怒り』に匹敵する末法の世が訪れること、そして純友が将門と共にその脅威を排除しようとしていることも。
「――山川の 末に流るる
「何の
思わず口遊んだ句を、純友は目敏く聴き付ける。
「呪いを唱える余裕があるならば問う。此処は常陸のどの辺りなのだ」
空也は鹿角を番えた錫杖を振ると、背後に広がる信太の流海と、遠望する筑波峰を仰いだ。
「ここは新治郡
「紀秋茂のアクアコングによる陽動にも限界がある。将門の営所への到着を急ぎたい」
「心得ております」
笑顔を湛えていた空也の表情は、正面を向き直った途端に険しさを増す。
平小次郎将門と齢を同じくする乞食僧は、純友と、貞盛と、そして俵藤太達多くの坂東武者の命運を背負ったまま、只管に石井に向け歩み続けるのであった。