『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
(なぜこんな単純な事を)
小次郎は、純友か貞盛かのどちらを選択するか悩んだ影響が、己の的確な判断を誤らせたことに気が付いた。
瀬戸の内海の海賊衆を束ねるほどの男が、これ程見え透いた動きはしない。
村雨ライガー操縦席より身を乗り出し、矢倉門の物見兵に向かって叫ぶ。
「潮来のアクアコングは陽動だ。ソードウルフとサビンガのみを弾正の湖賊に合流させ、すぐさまデッドリーコング、ソウルタイガーを呼び戻せ。海賊衆の狙いはこの営所だ」
小次郎は土塁の外から矢継ぎ早に命令を発する。
「シンカーであれば空襲も在り得る。どれほどの兵力を備えているかわからぬ以上、館全体で海賊の襲来に備えるのだ」
周囲を子飼川や鬼怒川、そして騰波ノ江などに囲まれ、守るに堅いはずの石井の営所は、水際からの襲撃には極めて脆弱であることを改めて思い知らされたのだった。
至急館に戻れとの指示を受けた伊和員経は、自機デッドリーコングに接近するゾイドを確認した。識別コード、ランスタッグブレイク。
「玄明殿か」
特徴あるトゥインクルブレイカーを振り翳して信太の流海に連なる湿原を疾走するランスタッグブレイクは、遠目にもすぐ藤原玄明のゾイドと判った。
〝員経、海賊は見つかったか〟
「未だに。さすれば急ぎ石井に戻る途中です」
〝俺も合流する。先行するぞ〟
最高速度に優る鹿型ゾイドが、デッドリーコングを追い越さんとした時であった。
デッドリーコングの双眸が妖しく光る。ゾイドコアが鳴動し、低い読経の声色を奏で始める。
「これは金光明経の陀羅尼。デッドリーコングのコアが共鳴している。まさか、孝子の時のような暴走なのか」
咄嗟に、員経は操作盤の脇に供えられた桔梗色の衵の断片を凝視した。
〝員経、何処へ行くつもりだ〟
デッドリーコングは員経の操縦を拒み、石井の営所とは逆方向にナックルウォークを開始した。
「なぜ操作を受け付けぬ、止まれ、止まらぬか」
操縦席で苦悶する員経を他所に、猩々は信太の流海に突き出た半島部に向かって導かれていった。
常陸国石岡国衙から続く街道に、ゾイドの残骸が累々と重なる。
「こんな田舎にまで、ウィルスは蔓延していたのか」
手を曳く重太丸の掌も心なしか汗ばんでいる。少年の目には、金属とはいえ、四肢を投げ出し横たわる生命体の亡骸の群れは凄惨であった。
純友は冷静に残骸の位置座標を記録し、鹿島灘のホエールキングに送信する。帰路に、この無数のゾイドの残骸を回収するためである。それは純友にとって、重要な目的でもあったのだ。
錫杖を振るいつつ、低く陀羅尼を詠唱する空也が、ふと読経を途切る。
「純友殿は、ゾイドを束ねるアーミラリア・ブルボーザを、如何にする御積りか」
「出し抜けに何を言う。無論、都に昇り破壊の限りを尽くす為だ。坊主に殺生は禁忌であろう。詮索せぬことが身の為だ」
「殿は日振島を動かし、天からの脅威に立ち向かおうとしておられる。地上に住む我々衆生にとっても、無関係ではない」
純友が立ち止まる。
「知って、いるのだな」
空也が振り返る。
「龍宮が狙いをつけた時点で、山窩の
空也と純友が眦を見開き、互いに不遜な笑みを浮かべる。
「真意は営所に到着してより、一緒に語ってやる。それで良いな」
「有り難きことでございます」
その時、重太丸は小さな指先を低木の茂る雑木林に向ける。
「父上、コングが参ります。棺桶を背負ったみたいな」
純友が眉間に皺を寄せた。空也は懐かしい友人と再会したように目を細める。
「あれは、俺と戦った棺桶背負いの猩々。それにランスタッグまで連れている」
「先ほど申しました通り、ここの字は宍倉。元は鹿蔵とも呼ばれていた場所故、拙僧がゾイドを呼び寄せる事など造作も御座らぬ。
……久しいのお、デッドリーコング。どうやら操っているのは桔梗の前ではないようだな」
空也は純友と再び視線を交わす。
「迎えが到着しました。将門殿の元に参りましょう」
〝サビンガ、ソードウルフ、共にアクアコングと接触。戦端は開かれず、互いに出方を探っているそうです〟
多治経明のディバイソン後方警戒・対空要員席より、五郎将文が営所からの伝文を中継し小次郎に告げる。状況は既に、浮上したアクアコングと会敵した後であった。
強力なゾイドを釘付けにする策に、見事に嵌められていた。Zi―ユニゾンを遂げ、敏捷性を増したワイツタイガーイミテイトであれば水上戦にも充分対応できる。だが稼働限界を考えると、安易にユニゾンを行うこともできない。
「員経はまだ戻らぬか」
〝それが、途中デッドリーコングと合流した藤原玄明殿より入電。『猿めが操作を振り切り、あらぬ方向に走り出した』とのことです〟
「どういうことだ」
伝えた五郎も、返答に詰まる。問い詰めた後、小次郎は一度鬢の毛を掻きむしり、深く息をつく。
(無理からぬことか。乞食僧より譲り受けたあの猩々は、未だ多くの謎を秘めている。加えて海賊衆の襲撃という未曽有の事態に、五郎を含め営所の郎党も対応しきれないのだ)
「員経と玄明のことだ、心配は無かろう。我らは全力で営所の防衛を行う。多治経明にも伝えよ」
〝わかりました、兄上〟
「棟梁が狼狽えてどうする」と、小次郎は己に言い聞かせ、飯沼方向の営所の門前に村雨ライガーを身構えさせた。
「何処から来る、海賊純友」
強めの風が、村雨ライガーの風防を開けたままの小次郎の頬を撫でていった。
陀羅尼を唱える声が途絶え、漸く操縦を受け入れるようになった黒い猩々の操縦席で、伊和員経は足元に奇妙な旅の一行が見上げているのを知る。
「デッドリーコングよ、お前を導いたのは、あの鉢叩きなのか」
嘗ての主君との再会を喜ぶが如く、デッドリーコングは空也の正面ぎりぎりまで上体を屈める。アイアンハンマーナックルの剛腕の掌が返り、蓮の花の様に空也の前に開かれる頃、デッドリーコングの双眸に点っていた妖しい光は消えていた。