『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
信太の流海の湖畔が泡立つ。
白浪を蹴立て、ディオハリコンの燐光を纏うアクアコングの巨体が湖面に浮沈する。葦原を疾駆し、丹色の狼は湖上の影を追い続けていた。
「
疾駆するソードウルフの中、三郎は歯噛みする。陸に近づくでもなく、攻撃を始めるでもなく、海賊衆はただ、湖岸を遊弋しているだけである。湖上を旋回するサビンガが続け様に打電する。
〝
「合流する気は無いのか。他に何の目的があるのか」
〝図りかねます。将頼殿、後方より弾正のバリゲーターの小毅が到着した。挟撃は如何に〟
「望む所よ。兄者ばかりに負担はかけられぬ。好立、ユニゾンを成すぞ」
〝承知〟
光に包まれた剣狼は、瞬時に丹色の翼を持った虎、ワイツタイガーイミテイトへとZi―ユニゾンを完了させていた。
「
紀秋茂はアクアコング機内の無線機に縋りつく。
勝手の違う信太の流海での行動は分が悪い。陽動とはいえ、先刻来対峙し続けていた丹色の狼は、妖しげな術によって翼を持つ虎へと
「いつまで待たせる、あの糞坊主め」
一人操縦席で毒づく最中、直上より丹色の虎が襲来した。雷光にも似たエレクトロンハイパースラッシャーの一撃が湖面を叩く。葦原を薙ぎ払い、湖水を蒸発させ、アクアコングの巨体を曝け出す。
「牽制か。舐められたものだ」
アクアコングが
「伊予の海賊衆を見縊った事、後悔させてやる。その翼を捥ぎ取ってやるわ」
激しい上下運動を繰り返すワイツタイガーイミテイトに対し、アクアコングは緩やかに照準を定める。
秋茂も悟っていた。丹色の虎は、敵の出方を窺う為に敢えてエレクトロンハイパースラッシャーを逸らして湖面に叩き込んだのだと。
海賊衆の誇りにかけて、侮辱とも取れる田舎の坂東武者の手加減は許せなかった。
ハイドロジェットを噴射させ、泥濘に覆われた湖底を葦の地下茎ごと吹き飛ばす。浮上と同時に左肩の防水装甲が開き、10連発自己誘導ロケット弾ランチャーが露出した。
秋茂の操作で、アクアコングを要とする弾幕が扇型に展開する。撃ち上げられた砲弾は、湖上のバリゲーターと葦原のワイツタイガーイミテイトに殺到した。
焼夷弾を含む誘導ロケットは、葦原に炎の帯を生む。咄嗟に潜航し、火炎を避けるバリゲーターに対し、丹色の虎のみが残される。驚異的な機動性で、飛来した弾丸の全てを回避したものの、足場を求め跳躍する僅かな隙を、魁師紀秋茂は逃さない。
「己の傲慢さを悔いよ」
水中銃の照準は、完全にワイツタイガーを捕えていた。
唐突に、アクアコングの照準画面を白い幟が遮る。
〝双方とも、矛を収めよ〟
『南無八幡大菩薩』の旗竿を立てたバリゲーターTSが、アクアコングとワイツタイガーの間に割って入る。無防備にTSユニットを曝したバリゲーターの出現に、葦の茎を纏った虎と猩々は動きを止めた。無線と拡声器同時に告げる声明が高らかに響く。
〝平小次郎将門公、及び伊予の海賊大将藤原純友様よりの伝達である。伊予の海賊衆と坂東のゾイドは通達あるまで争いに及ぶ事、罷りならぬ〟
ワイツタイガーのウィングスラッシャーが翼を閉じ、アクアコングの水中銃が銃口を下ろす。燃え上がっていた葦原の焔も程なく下火となり、信太の流海には湖面を渉る風の音が再び鳴き始めていた。
襤褸切れを纏った乞食僧と、赤銅色に焼けた肌の海賊頭。そしてその海賊の面影を帯びた少年が、デッドリーコングを背後に石井の営所門前に身構える。向かう正面に、碧き獅子を背負う武者の姿があった。互いに鋭い眼光を放ち、無言で立ち尽くす。
「久しいのう、平将門殿」
重苦しい空気を断ち切り、空也が一歩前に出る。
「上人殿。これは何の真似か」
デッドリーコングを受け取った恩ある僧であるが、一連の騒乱状況に陥った原因もまたこの僧にあった。棟梁たる小次郎にとって、所領の安堵と人心の安定は必須であり、空也の所業は嘗ての恩義を差し引いても許し難いものであった。
「此方の者を御存知か」
「無論です」
拱手し不敵な笑みを浮かべる男が、他ならぬ藤原純友とも見知っていた。あの日都で出会った頃と風貌は殆ど変っていない。違っていたのは、傍らに立つ少年の存在のみであった。
(息子か)
少年は精一杯気を張っているらしいが、心なしか純友の陰に隠れ気味である。小次郎が一瞥すると、坂東の覇者となった武者の視線に、少年は更に純友の背後へと隠れていく。
「ねえ、どんなゾイドがすき?」
幼い少女の涼やかな声が、張り詰めた空気の均衡を破った。
営所内で、多岐と同年輩の子どもとの接触は少ない。それ故に目の前に現れた恰好の遊び相手に興味を示し、母良子が僅かに目を離した刹那、少年に向かい一目散に駆け込んでいたのである。
「わたしバンブリアンがすき。あなたは?」
無垢な少女の問い掛けに、少年は緊張が緩んだのか、恐る恐るながら答えた。
「村雨ライガーだよ」
その場にいる者達の視線が、一斉に重太丸と多岐へと注がれる。多岐が無邪気に問い直す。
「どうして、むらさめライガーがすきなの?」
「父上より聞いていたんだ。坂東には大きな太刀を背負った青い獅子が駆け巡っているって。ずっとずっと見てみたかったんだ。
だから、そのゾイド、やっぱりかっこいい」
少年は、憧憬の瞳で村雨ライガーを見上げる。
「そう。わたし、むらさめもすき!」
いつの間にか多岐は、重太丸の手を握っていた。
「父うえ、この子とあそんでもいい?」
戸惑う大人達を尻目に、少年の手を引いて駆け出す。その先には小次郎の姿があった。
無垢な瞳を輝かせ、満面の笑みを湛え見上げる娘の顔に、小次郎も、純友も、その場にいた全ての者も、張り詰めた心を
全ては一瞬の出来事であった。
「子どもとはいえ、豪胆さは見事なものだ、血は争えぬのお、将門殿」
「まことに」
深く息をつくと、小次郎も一歩進み出た。
「純友殿。あの時以来、語り合うことを願っておりました。石井の営所を上げて歓迎します」
「
敵意の無い事を示す為、純友は脇に挿した剣を真横にして差し出すが、小次郎は首を振った。
「身一つで御出でになった客人の得物を取り上げるほど、坂東武者は無粋では御座らぬ。早速宴の準備を整えるとしよう。だが……」
「……ああ、そのようだな」
二人の視線の先に、碧き獅子の足元で戯れる少女と少年の姿がある。どうしていいかわからず、村雨ライガーは戸惑いがちに、喉を低く鳴らしている。
筑波の端に、夕日が傾いている。
少女と少年の歓声は、日が沈むまで営所から響いていた。