『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
陸奥・
八本の歩脚が刻む
蜘蛛型ゾイド、グランチュラは、遮る敵の無い平原を這い
絹糸の如く
口蓋が開かれる都度に光芒が放たれ、蜘蛛の群れを焼き払う。地震竜セイスモサウルスの超集束荷電粒子砲による、超長距離砲撃である。硝煙が一斉に立ち昇り、グランチュラは成す術もなく斃れ行く。だが、立ち込める硝煙の帳から、殲滅を免れた数匹の蜘蛛が驚異的な速度で抜け出した。
劫火の主を察知し、鋼鉄の蟲が疾風の如く地震竜に襲いかかる。満開に華開く弾幕を潜り抜け、辿り着いたセイスモサウルスの本体に躍りかかろうとした瞬間、一匹の蜘蛛は雷光にも似た長大な槍に貫かれていた。
紅玉色の翼を
「
地震竜の巨体が、隊列を成して突き進む。途中何度も襲いかかるグランチュラを、濃紅の獅子がエナジークローで打ちのめし、チャージガトリングで撃ち貫く。それでも尚且つ生き残り、グランチュラ渾身の力を振り絞り獅子に向かって放たれたマクサー砲の弾道は、濃紅の機体表面に到達する直前に緩い弧を描き、獅子の装甲を避けて受け流されて行った。
「
グングニルホーン、AZエクスブレード、エナジークロー、2連装チャージャーキャノン、チャージャーガトリングによって、グランチュラは次々と破壊されていく。
積み重なる味方の骸を前にして、土蜘蛛の群れは、遂に踵を返し撤退を開始した。
セイスモサウルスの集束荷電粒子砲の到達距離より脱しようと、峡谷になった街道に殺到した蟲を待ち構えていたのは、紫に透ける翼と、僅かに薄紫に染まった螺鈿色の身体を持つ鵺型ゾイドであった。
マグネイズスピアを一掃すると、たちどころに数匹のグランチュラが四散し舞い上がる。操縦席から蝦夷の兵が悲鳴を上げて国境の大地に投げ出される。生身の人体が虫の息でありながら、鵺型ゾイドは容赦なく踏み潰す。
血糊に染めあがった土地にそそり立つ鵺は、退却する土蜘蛛の群れを前に、関節を擦り合わせて勝鬨を上げる。チキチキチキ、という無機質な音響を放つ鵺型ゾイドの横に、濃紅の獅子が寄り添った。
「桔梗の前よ、セントゲイルでの初陣は如何であった」
「上々でございます、兄様」
胸部桔梗紋の真上の搭乗席を開き、
「
「平将門? それは何者でございますか」
透き通る程に白い頬に、掛かった解れ毛を束ね直しつつ、女は黒い瞳を見開き怪訝そうな顔で獅子の操縦席に座る武将を見つめる。武将は下総の方角を指差した。
「孰れお前に詳しく伝えることになる。それまで、よく覚えておくが良い、相馬小次郎将門の名を」
指差す彼方に、女は穢れない瞳を向ける。
「承知しました。相馬小次郎将門、その名を心に刻んでおきます」
口蓋から紫煙を漂わすセイスモサウルスを背にし、土蜘蛛掃討を終えた俵藤太藤原秀郷は、圧勝の余韻に浸ることなくエナジーチャージャーの出力を絞り込んでいた。
遊び疲れた子どもたちは、湯浴みを終えた後、すぐに静かな寝息をたて床に就いた。
「よっぽど楽しかったのでしょうね。多岐も重太丸様も、ともにすやすやとお休みです」
寝所を覗いてきた良子が、微笑みながら食膳を小次郎の前に置く。濁酒で満たされた徳利と共に、茶器をも携えている。
「上人様は、戒めがあると思いましたので」
「わざわざ拙僧の為の御心遣い、感謝致します」
座の雰囲気を察した妻は、軽く会釈をすると静かに宴の場を辞して行く。敢えて上座を設けない間には、小次郎と員経、三郎と四郎、そして藤原純友と空也が会していた。
「バイオゾイドを討ち破ったとか」
出し抜けに切り出した空也の言葉に、小次郎達が口元に運ぶ盃の手が止まる。小次郎は盃を一度膳に戻す。
「確かに我らはバイオゾイドを討ち破った。だがそれはほんの数匹に過ぎない。今でも信じられぬことが、奴らは戦いの最中に突然身体が溶け出し斃れていったのだ。
四郎、詳しい説明を頼む」
促された四郎将平が、座の中ほどに身を進める。
「私見ではありますが、あの現象は流体金属装甲の崩壊でした。しかし、細胞質が破壊される
「……見事な洞察で御座います。
さすれば、四郎殿、と仰せられましたな、貴殿はバイオゾイドについてどのようにお考えか」
「勿体ぶらずに語ってやれ。龍宮の事も、蒼の町の事も」
純友が眉を顰め空也を
「であれば、自ずとアーミラリア・ブルボーザについても触れることとなります。
宜しいか」
視線を合わせぬまま、純友は盃を一気に飲み干した。
「構わぬ。坂東に下向してまで、その程度の情報を出し惜しみなどせぬ。
其方の弟殿であれば、坊主の小難しい説教も理解できよう。将門殿、相当の覚悟をして聞かねば理解出来ぬぞ」
小次郎は苦笑いをして、軽く首を振る。
「難しい事は四郎に任せる。ただ、俺も一緒に伺おう。上人殿、頼みます」
「承知しました。では……」
空也は四郎と向き合い、早速経文の詠唱以上に難解な用語を語り出した。二人の間で遣り取りされる会話を、その場に会した他の者はただの一言も差し挟むことはなく、数知れない盃を黙々と口に運ぶだけであった。
「将門殿に伺いたい」
半時ほど宴が進んだ頃、徐に純友が顔を上げた。
未だに語り続ける空也と四郎以外の視線が、純友に注がれる。盃を目の高さに差し出し、その鋭い眼光の先の小次郎を見据える。
「貴殿に問う。龍宮とは如何なる繋がりがお在りか」
「龍宮、ですか」
空也が語りを止め、亡き者の素性を知る伊和員経は、純友と小次郎の顔を代わる代わる見つめた。小次郎もいつまでも以前同様の朴訥者ではなかった。空也に純友、そして龍宮となれば自ずと問われる事由が察せられる。脳裏に都で唯一信を寄せられる、蔵人頭藤原師氏の言葉が過った。
――桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある――。
また、心変わりの理由も語らず下向した、この乞食僧の嘗て語った言葉と共に。
――師氏殿からの御伝言がある。『藤原純友には近づくな』と――。
深く長い
「桔梗の前は……孝子は、死にました。傷つき、抗う術を失って、戦の中で無頼の輩によって……」
問いに直には答えず、その女群盗頭目の最期を淡々と語る。言葉の重みが、単純に上兵として共に戦っただけの関係ではないことを匂わせて。
だが、純友はそんな小次郎の心中を知ってか知らずか、構わず問いを続けていた。
「その桔梗の前が、龍宮の技によって、もし甦っているとすれば如何にする」
宴の座が一斉に凍り付く。控えていた伊和員経も、瞬時に色めき立つ。
「詳しく、お聞かせ願いたい」
漸く小次郎の口を告いで出た言葉であった。