『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」   作:城元太

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第七拾六話

 鎮護国家という名目で建立された国分寺の伽藍が、紅蓮の焔に煽られる。

 戦乱の劫火の前には、為政者の説く仏の功徳など無意味であった。

 火箭が追っ手である下総勢に殺到する。ライトニングサイクスのパルスレーザーライフル、メタルライモスの大型電磁砲、そしてアイアンコングイエティの対ゾイド6連装ミサイルランチャー等、国分寺を背後に置き戦端を開いた信濃勢のゾイド群は、長距離火器での一斉攻撃を開始した。

「戦の牒を送ろうともしないのか」

 身を躱したソウルタイガーの背後で、従類のコマンドウルフが貫かれた。爆発四散する鉄の狼の焔を背に、坂上遂高は先陣を切って突入した。

 遠く離れた信州の地では、平将門の威光は坂東程恐れられてはいない。そして厳しい気候に囲まれた信濃の国の兵にとっても、己のゾイドへの強い信頼があった。加えて太郎貞盛は、信濃勢に敢えて誤った情報を流していたのだ。

『平小次郎将門には追捕状が出ている』

 反逆者討伐に理由は必要ない。貞盛の謀略に乗せられてしまった信濃では、国衙を核とした精強ゾイドを率い、追撃する小次郎の軍勢との衝突に至ったのだった。

 白虎のソウルバグナウと、白銀の犀の突撃戦用超硬度ドリルが火花を散らす。中型故に低い姿勢から繰り出すメタルライモスの突進は手強い。両者の力が拮抗した瞬間を狙い、断続的な光弾が白虎に命中した。

「無粋な真似を」

 ソウルタイガーは薄紅色の集光パネルを輝かせ、撃ち込まれたパルスレーザーを吸収する。光学兵器での攻撃が無駄と判断すると、ライトニングサイクスは俊足を生かし、瞬時にソウルタイガーのレーザーネスト目掛けてストライクレーザークローを翳す。

 一陣の碧い風。白虎と黒豹の間に、白刃を煌めかせた碧い獅子が割って入った。

「遂高、遅くなった」

 ムラサメブレードが、サイクスの腹から背中のブースターパックまで突き通っていた。大刀を一振りし、どさり、と黒豹の骸を投げ落とす。

 間髪を入れず、3機の白い猩々が立ち塞がった。

「猿神か。厄介だな」

 身構える白虎と村雨ライガーを前に、信濃のイエティコングは猛々しくドラミングを行う。だがそれに呼応し、低く詠唱する読経の音色が響いてくる。

〝削奴の相手、我がお受け致す〟

 棺桶を背負った死の猩々が、巨体に似合わぬ跳躍で3機の白い猩々の前に降り立った。小次郎達の高速ゾイドに追いついたデッドリーコングが、ヘルズボックス稼動肢を一斉に開放し仁王立ちする。

〝殿は一刻も早く、貞盛を追ってくだされ〟

「員経、遂高、頼む」

 白虎と死の猩々を振り返り、小次郎は一路東山道へ抜ける間道へと向かった。今は寸暇を惜しむ。小次郎は叫んだ。

「疾風ライガー」

 顕現した炎の繭に包まれた碧き獅子は、瞬時に緋色の獅子、疾風ライガーへとエヴォルトを遂げていた。

 

 人が人の心を読むことなど出来ない。だが、極限状態に置かれたヒトは、得てして真理を吐露するものである。

 東山道脇の山林奥に集中する、殺気立ったゾイドの操縦席内で吐き捨てられる口汚い言葉を、桔梗の聴覚は適確に捉えていた。

(何が殺し合いの理由なの?)

 主君を守るため、身を挺して敵を防ごうとする武士がいる。

(なぜ人は、誰かの為に命を擲つことができるの?)

 セントゲイルは可能な限り身を縮め、気配を消しつつ戦場に接触を続ける。

(愛する者を助けて自らが命を落とすことに、どんな意味があるの?)

 鵺型ゾイドの頭部に()じ登り、山林の奥で繰り広げられる戦いを、桔梗は静観していた。

 

 疾風ライガーがブラストルタイガーを視界に捉えた時、漆黒の虎は歩みを止めて向きを変え、追い縋る敵を見据え身構えていた。全身を覆った漆黒の装甲が展開され、紅の内装と火器が無数に露出している。赤味を増していく機体は(たたら)坩堝(るつぼ)の色に似て、次第に閃光を放ち始めている。

 小次郎は、ブラストルタイガーの周囲に陽炎が揺らめいている事に気付いた。危険を察知し、街道並木の陰に愛機を滑り込ませる。次の瞬間、漆黒の虎が灼熱の炎を噴き上げ、正視できないほどの高熱の光を辺り一面に放っていた。

 大地が燃え、樹木が噴煙を上げて蒸発する。炭化した大木が折り重なって倒れ込み、進路を塞ぐ。局地的な高熱は大気の流動に干渉し、激しい旋風を巻き起こす。

 サーミックバースト。ブラストルタイガー最強にして最後の武器である。大気中の熱を漆黒の装甲から吸収し、ゾイドコアで増幅、さらに加熱させ全身の機銃から一斉に撃ち出す必殺技は、ゾイドの重装甲をも一瞬で融解させる。況や生木や岩石であれ、辺り構わず燃え上がらせ、周囲の様相を一変させる究極の武器であった。

 溶岩の如く赤く焼け爛れた地表を回避しつつ、小次郎は足場を捜して疾風ライガーを後退させる。

『窮鼠猫を噛む』。小次郎は追う立場だった己が、いつの間にか驕り高ぶっていたことを痛感した。坂東の覇者と呼ばれ、知らぬうちにその言葉に陶酔し油断していた。太郎貞盛とて無為に討たれる心算はない。

 少年時代、山野を共に駆け巡った嘗ての友であり従兄である太郎貞盛は、今全力を出さねば倒せない。脳裏を過る思い出を振り払い、小次郎は叫ぶ。

「将門ライガー!」

 しかし、表示板には「無限」の文字も「将門」の文字も示されず、霰石色の輝きに包まれることもなかった。

「俺の心に迷いがあるからか」

 気を抜くことが許されない戦場であるにも関わらず、操縦者の意志に背き、エヴォルトを成し遂げようとしない緋色の獅子に、小次郎は思わず問いかけていた。

〝無限なる力〟の源は、私欲を捨て民を救う無私の心である。今自分は私怨を晴らすことのみに執着し、太郎貞盛を討とうとしている。そんな邪念を、疾風ライガーは、そして村雨ライガーは受け入れようとはせず、最終形態である将門ライガーへのエヴォルトを拒んでいるのだ。

 しかしここで、むざむざと太郎を逃す訳にはいかない。灼熱の炎を噴き上げる大地の向こう側で、小次郎は微動だせずに竦むブラストルタイガーの姿を目視していた。

 極限兵器であるサーミックバーストの放出は、強力な破壊能力と引き換えに、短時間とはいえゾイドの活動機能を奪う両刃の剣でもあったのだ。

「太郎、覚悟」

 ムラサメナイフとムラサメディバイダーを展開し、ハヤテブースターの出力を限界まで高める。煮え(たぎ)る炎の大地を跳躍し、見る間に疾風ライガーはブラストルタイガーをストライクレーザークローの届く距離まで到達した。

〝殿、疾風の右脇に敵が出現〟

 飛行随伴してきたサビンガから、文屋好立の鋭い警告が発せられた。言葉通り、疾風ライガーとブラストルタイガーの間に、赤い動く要塞が侵入した。

「まだ伏兵がいたのか」

 横合いから侵入してきたのは、他田真樹の操るレッドホーンであった。

 通常であれば、疾風ライガーの跳躍力を以てすれば容易に跳び越すこともできた。だがレッドホーンは、緋色の獅子の機動性をも見越した上で、サーミックバーストによって根元を焼かれ、不安定となっていた近傍の巨木に的確に突進し突き倒し、完全に間道の進路を閉塞してしまったのだ。

「小賢しい真似を」

 跳躍の限界を越えた巨木の幹を切り払うには、疾風ライガーの短い刀身では心許ない。さりとて将門ライガーへのエヴォルトは叶わず、大刀ムラサメブレードを持つ村雨ライガーへのエヴォルト解除も儘ならない。太郎貞盛追撃への拘泥が、全ての戦略の歯車を乱してしまっていた事にもまた、小次郎は忸怩たる思いを募らせた。

 依然頭上を舞い続けていたサビンガを閃光が貫く。レッドホーンの地対空連装ビーム砲が、サビンガの左翼ウィングスラッシャーに命中したのだ。

「好立!」

 落下するサビンガを目にした小次郎は、迷わず標的をレッドホーンへと変えていた。

 

 レッドホーンの操縦席の中で、貞盛の上兵他田真樹は腹を括っていた。

 平将門には勝てない。それでも主君平貞盛を救うことが己の使命であると。

 雪に閉ざされる信州から温暖な常州に移り、当時の常陸大掾平国香に仕え、嫡子太郎貞盛の(もり)役に任ぜられた。若き日に、小次郎将門とも戯れる貞盛を見守ってきた。貞盛の父国香が下総を蚕食し、いつの日か小次郎将門と衝突するであろうことも見越していたが、家臣の身分である己に、頭首の行為に意見する事などできなかった。

 永年付き従い、見守ってきた嫡子貞盛は、掛け替えもなく大切な主君であり、同時にこれからの世界を築く可能性を秘めた人物であることを確信している。

「惜しまず此の命、差し出します」

 小次郎は彼自身の操る緋色の獅子を攻めるより、その配下の者を攻撃した方が激高する。幼き頃からの小次郎の性格を知る他田真樹にとって、サビンガを攻撃したのは全て狙い通りであったのだ。

 目前に、機体横に張り出した二振の刃が、怒涛の螺旋を描き迫り狂う。

「貞盛様、生きてくだされ。生き残って、必ずや武士(もののふ)の希望を叶えてくだされ」

 その言葉が主君に達することはなく、僅かに、桔梗紋の記されたセントゲイルの頭部で耳を澄ます少女のみが聞き取っただけであった。

 

 旋風の如く舞う疾風ライガーの斬撃に、赤い要塞は他愛もなく切り刻まれ爆発四散した。黒く燻る残骸の奥、未だに四肢を大地に踏み締め、漆黒の装甲を開放したままのブラストルタイガーの頭部操縦席は空洞であった。既に操縦者の姿は無い。

「貴様は部下もゾイドも見捨て、逃げたというのか」

 その後、疾風ライガーが無人の漆黒のゾイドを無茶苦茶に切断し、執拗に破壊する姿を、落下したサビンガの操縦席から這い出した文屋好立は呆然と見つめていた。

 怒りに任せた小次郎の破壊は、信濃のゾイド群を破った伊和員経、坂上遂高らが到達するまで続いていた。

 

 

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