『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」   作:城元太

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第七拾七話

 蒼空に浮上する巨鯨の胎内、気圧が軽く鼓膜を圧迫する感覚を受け、純友は鼻を摘まみ耳抜きをした。

(かしら)、将門との盟約が結べなかった割には、(えら)く機嫌が良いようですな」

「貴様こそ妙に陽気ではないか。坂東でいい女と(ねんご)ろにでもなったのか」

 ホエールキングの舵輪を操りつつ、紀秋茂(きのあきしげ)は軽く首を振る。

「色恋沙汰は瀬戸でも都でもできるが、坂東武者には坂東でしか逢えませぬ。猛者は平将門のみに非ず、弟御厨(みくりや)三郎将頼も、見事なまでの武士でした」

丹色(にいろ)の狼、死の猩々、白虎、そして碧き獅子。無限に原野の広がる坂東は素晴らしい場所だった。再び訪れたいものだ」

「その時は私も一緒に。今度は村雨ライガーのエヴォルトする姿が見とうございます」

 安全帯で小さな身体を固定された重太丸が瞳を輝かせながら告げている。純友は無言で肯く。

「時に父上、(ひじり)様は大丈夫でしょうか」

「あの坊主ならば殺されても死なぬ。地獄の鬼に説教を埀れて追い出されるわ」

 豪胆に笑う純友の姿に、旅路を共にした僧の無事を願う少年の無垢な瞳が安堵の光を宿す。

 紀秋茂が純友同様に耳抜きをし、巨鯨の進路を遥か彼方の瀬戸日振島へと向ける。その遥か眼下には、磁力線が巻き上げる砂鉄の砂塵を見守る、鹿角の錫杖を持った乞食僧が佇んでいた。

 

「心に所縁(しょえん)なければ、日の暮るるに随って(とどめ)り。

 身に住所(すみか)なければ、夜の暁くるに随って去る。

 忍辱(にんにく)(ころも)厚ければ、杖木瓦石(じょうもくがしゃく)をも痛しとせず。

 慈悲の(むろ)深ければ、罵詈(めり)誹謗をも聞かず。

 口称(くしょう)に任せたる三昧(ざんまい)なれば、市中もこれ道場。

 声に()っての見仏なれば、息精(いき)は即ち念珠。

 夜夜(やや)に来迎を待ち、朝朝(ちょうちょう)に最後の近づくを喜ぶ。

 三業(さんごう)を天運に任せ、四儀(しぎ)を菩薩に譲る」

 

 地上に残った僧が、巨鯨の旅路の無事を願い韻々とした(まじない)を口遊む。吟じ終えると、(ひつじさる)の方位に振り返る。

「武蔵の方角に不穏な動きを感じる。蝦夷への遊行の前に赴くとするか。

 将門殿、増長することなく己を貫けば、自ずと道は拓かれる。そして純友殿、己が信じたものに向かい突き進むが良い。それまでは双方共達者で過ごされよ。

 命あらば再び相見えん」

 地平の霞にけぶる坂東の野を、名残を惜しむかの如く、空也は錫杖を響かせ後にするのであった。

 

                   ※

 

 氷川の鳥居を望む足立の郡司館に、猛り狂う暴竜、ゴジュラスギガが侵攻していた。

 語り継がれてきた最強の竜の咆哮が、武蔵野の丘に轟く。ギガクラッシャーファングを剥き出しにした顎門(あぎと)が辺り構わず喰らい付く。ハイパープレスマニュピレーターの剛腕が矢倉門を引き倒し、ロケットブースター加速式クラッシャーテイルが屋敷の柱を跡形もなく吹き飛ばす。

 怒りを収め切れないギガが、突如前傾姿勢となり、クラッシャーテイル用脚部補助アンカーを展開し地表に突き刺した。眼光が緑から赤に変わる。次の瞬間、最も小さい背鰭の二枚が眩い閃光を放っていた。

 出力を絞って発射された二門のゾイドコア砲は、瞬時に足立郡司館の土塀と車宿を消滅させ、更に館西側に密集していた縁辺の民家数十軒を一斉に燃え上がらせる。

 足立の里に囂々(ごうごう)たる紅蓮の火柱が立ち上がり、照り返す炎に、家を焼かれ呆然と立ち尽くす市井の者達の姿が浮かび上がっていた。

 炎の壁の向こう側から、ギガとは別の重々しい足音が響いてくる。燃え盛る瓦礫の木片を、鼻先に装備されたストライクアイアンクローで器用に取り除きつつ、鋼鉄の象が現れた。

〝ちとやり過ぎではないか経基殿。これでは館の蓄財まで灰塵と化すぞ〟

「興世王殿、これではまだまだ生温い。我ら下向した官吏に盾突くのがどのような事態を招くか思い知らせねばならぬ」

 言うが早いか、源経基は再びギガのクラッシャーテイルを唸らせ、館の一画を削ぎ取り破壊する。(あるじ)の狂気に呼応するかの如く、最強の暴竜は高らかな咆哮を上げた。蹂躙され、贖う術を持たない者共は、(いたずら)に拳を握り締め、悔し涙を噛み締めるほかなかったのだった。

 事件の発端は他愛もないものであった。新たに武蔵権守(むさしのごんのかみ)として赴任してきた興世王(おきよおう)、そして武蔵介(むさしのすけ)六孫王(りくそんおう)源経基(みなもとのつねもと)が、足立郡の郡司にして在庁官人の役職である判官代(ほうがんだい)を兼任し、事実上の武蔵国の受領(ずりょう)国司を務めていた武蔵武芝(むさしのたけしば)と衝突したのだ。正任国司の赴任を前にして、少しでも便宜を図っておきたい興世王達は、普段より奉納される官物の期限を急かさせず、徴収期間を緩やかにするなど温和な統治により庶民より慕われていた郡司武芝の策と対立したのだった。

 武蔵国司の正式な赴任を待って徴収を行おうという、武芝の永年に亘って培ってきた方策の提案に酷く面子を穢されたと感じた興世王達は、有無を言わさず実力行使に移った。

 源経基は、清和帝より下賜されたと称する暴竜、ゴジュラスギガを真っ先に足立郡の武蔵武芝館に向かわせこれを襲撃、徹底破壊を行う(この際、ギガの余りの凶暴ぶりから、このゾイドが清和帝の物ではなく、粗暴な振舞いの多かった陽成帝の機体ではなかったか、との憶測もある)。更には、新たにエレファンダーを与えられた興世王も郡司館に向かったが、猛り狂うゴジュラスギガを圧し留めることが出来ず、成り行きを見つめる他なかった。

 

 武蔵国での騒擾は、直ちに坂東に知れ渡った。これは、争いを避け、比企(ひき)狭服(さふく)山に立て篭もる武蔵武芝を慕う庶民と、随伴した書生(しょしょう)の匿名による批判文書が幅広く拡散したことによるものである。そしてその内の一通が、下総石井(いわい)で営所を構える平将門の元に達したのだった。

 

「興世王殿も、厄介な揉め事に関わってしまったようだな」

 平貞盛を討ち逃した痛手も癒え、黙々と知行地を守る小次郎は、嘗て都で何度も知恩を得た人物の名を称えていた。

「思えば右も左も判らぬ坂東育ちの私に、初めて宿を貸してくれたのも興世王殿であった」

「そのような経緯(いきさつ)が御座いましたか」

 頻りに頷く伊和員経(いわのかずつね)を前に、小次郎は敢えて、その直前に都の群盗〝桔梗の前〟による対決があった事までは語らずにいた。

「出張っていかねばなるまい」

「武蔵国への調停ですか」

 小次郎が肯く。

「坂東の平和を守るならば、武蔵もまた坂東。不要な衝突を鎮め、平穏を取り戻してやらねばならぬ。

 員経、すぐに出立の準備をせよ。そして良い機会だ、此度は良子と多岐、小太郎も連れて行く。レインボージャークを含め、各ゾイドへの補給を開始せよ」

 それは、心の何処かに蟠っている貞盛討伐失敗への無念を拭うために奮起した、小次郎の未練であったのかもしれない。

 しかしこの英断が、やがて平将門の運命を大きく歪めてしまう事件になろうとは、彼自身も未だ知る由もない。

 

 

 

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