『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第七部「アーカディア」 作:城元太
蒼空に浮上する巨鯨の胎内、気圧が軽く鼓膜を圧迫する感覚を受け、純友は鼻を摘まみ耳抜きをした。
「
「貴様こそ妙に陽気ではないか。坂東でいい女と
ホエールキングの舵輪を操りつつ、
「色恋沙汰は瀬戸でも都でもできるが、坂東武者には坂東でしか逢えませぬ。猛者は平将門のみに非ず、弟
「
「その時は私も一緒に。今度は村雨ライガーのエヴォルトする姿が見とうございます」
安全帯で小さな身体を固定された重太丸が瞳を輝かせながら告げている。純友は無言で肯く。
「時に父上、
「あの坊主ならば殺されても死なぬ。地獄の鬼に説教を埀れて追い出されるわ」
豪胆に笑う純友の姿に、旅路を共にした僧の無事を願う少年の無垢な瞳が安堵の光を宿す。
紀秋茂が純友同様に耳抜きをし、巨鯨の進路を遥か彼方の瀬戸日振島へと向ける。その遥か眼下には、磁力線が巻き上げる砂鉄の砂塵を見守る、鹿角の錫杖を持った乞食僧が佇んでいた。
「心に
身に
慈悲の
声に
地上に残った僧が、巨鯨の旅路の無事を願い韻々とした
「武蔵の方角に不穏な動きを感じる。蝦夷への遊行の前に赴くとするか。
将門殿、増長することなく己を貫けば、自ずと道は拓かれる。そして純友殿、己が信じたものに向かい突き進むが良い。それまでは双方共達者で過ごされよ。
命あらば再び相見えん」
地平の霞にけぶる坂東の野を、名残を惜しむかの如く、空也は錫杖を響かせ後にするのであった。
※
氷川の鳥居を望む足立の郡司館に、猛り狂う暴竜、ゴジュラスギガが侵攻していた。
語り継がれてきた最強の竜の咆哮が、武蔵野の丘に轟く。ギガクラッシャーファングを剥き出しにした
怒りを収め切れないギガが、突如前傾姿勢となり、クラッシャーテイル用脚部補助アンカーを展開し地表に突き刺した。眼光が緑から赤に変わる。次の瞬間、最も小さい背鰭の二枚が眩い閃光を放っていた。
出力を絞って発射された二門のゾイドコア砲は、瞬時に足立郡司館の土塀と車宿を消滅させ、更に館西側に密集していた縁辺の民家数十軒を一斉に燃え上がらせる。
足立の里に
炎の壁の向こう側から、ギガとは別の重々しい足音が響いてくる。燃え盛る瓦礫の木片を、鼻先に装備されたストライクアイアンクローで器用に取り除きつつ、鋼鉄の象が現れた。
〝ちとやり過ぎではないか経基殿。これでは館の蓄財まで灰塵と化すぞ〟
「興世王殿、これではまだまだ生温い。我ら下向した官吏に盾突くのがどのような事態を招くか思い知らせねばならぬ」
言うが早いか、源経基は再びギガのクラッシャーテイルを唸らせ、館の一画を削ぎ取り破壊する。
事件の発端は他愛もないものであった。新たに
武蔵国司の正式な赴任を待って徴収を行おうという、武芝の永年に亘って培ってきた方策の提案に酷く面子を穢されたと感じた興世王達は、有無を言わさず実力行使に移った。
源経基は、清和帝より下賜されたと称する暴竜、ゴジュラスギガを真っ先に足立郡の武蔵武芝館に向かわせこれを襲撃、徹底破壊を行う(この際、ギガの余りの凶暴ぶりから、このゾイドが清和帝の物ではなく、粗暴な振舞いの多かった陽成帝の機体ではなかったか、との憶測もある)。更には、新たにエレファンダーを与えられた興世王も郡司館に向かったが、猛り狂うゴジュラスギガを圧し留めることが出来ず、成り行きを見つめる他なかった。
武蔵国での騒擾は、直ちに坂東に知れ渡った。これは、争いを避け、
「興世王殿も、厄介な揉め事に関わってしまったようだな」
平貞盛を討ち逃した痛手も癒え、黙々と知行地を守る小次郎は、嘗て都で何度も知恩を得た人物の名を称えていた。
「思えば右も左も判らぬ坂東育ちの私に、初めて宿を貸してくれたのも興世王殿であった」
「そのような
頻りに頷く
「出張っていかねばなるまい」
「武蔵国への調停ですか」
小次郎が肯く。
「坂東の平和を守るならば、武蔵もまた坂東。不要な衝突を鎮め、平穏を取り戻してやらねばならぬ。
員経、すぐに出立の準備をせよ。そして良い機会だ、此度は良子と多岐、小太郎も連れて行く。レインボージャークを含め、各ゾイドへの補給を開始せよ」
それは、心の何処かに蟠っている貞盛討伐失敗への無念を拭うために奮起した、小次郎の未練であったのかもしれない。
しかしこの英断が、やがて平将門の運命を大きく歪めてしまう事件になろうとは、彼自身も未だ知る由もない。