ナイフ一本あればいい。   作:患者

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ドラクエやりながらゆっくり書いてました。


ナイフがあれば交渉も出来る。

━━━━人の感情とは不可思議な物だ。

人を人足らしめる存在でありながら、理屈としては最も邪魔な存在でもある。理解しているとも。疑問を持つこと自体が感情によるものだと。

悲しむことが、怒ることが、悩むことが、恋することが。人のあらゆる行動原理が感情から来るものだと。

 

私は裂けた空間の先で、男に蹂躙される女を見て思った。

私とて感情はあるだろう。思考しなければ感情など生まれまい。男から感じる感情は怒りだが、私の場合は好奇心。女から感じる感情は……さて。

 

人によって物事に対する感情は違う。

男は妻と子を殺され怒りを覚えた。人によっては悲しみもあるだろう、はたまた歓喜もあるかもしれない。今回は怒りの感情、その結果がこれだ。男は妻と子を殺したであろう女を殴り、蹴り、締め上げ。怒りのままに女を蹂躙する。

女は数分前より既にピクリとも動かない。それでも男は蹂躙を止めない。

 

人の感情の先々はこんな結末だ。常識を少しでも越えてしまった感情はその人に、周りに被害を振り撒く。

自滅と破滅。

その二つの言葉が頭をよぎる。

この後男はどう動くだろうか。女の遺体を隠して証拠隠滅か、殺した重さに耐えきれず狂乱か、はたまた自暴自棄になって自殺でもするか。疑問は尽きない。

 

動いた。焦燥を感じる表情で辺りを見渡している、人が居ないかの確認。自殺という線はなくなったか。

さてどう━━━━おや、そのまま逃げ出したか。まぁ、証拠隠滅なんてせずとも女一人の死体を見たところで人か妖怪の仕業なのかなんてわかる筈もないか。見ていた私以外は。

 

「ごきげんよう」

 

驚いてる驚いてる。

男は突然現れた私を驚愕の表情で見ている。感情豊かなら表情も豊かだ。おそらく男は先程のことがバレてないかの心配しかしていないのだろう。自分の身の心配なんて微塵もしていない。

 

「あ、あぁ。ごきげんようお嬢さん…こんな時間にどうしてこんな場所に?危ないから早く帰った方がいいよ」

 

おや意外、冷静に相手を見る余裕はあるのか、それとも人を殺しておいてまだ人としての営みを送ろうと言うのか。そういうことなら目の前に現れた方が妖怪感とサプライズ感はあったか。しかしいかんせん夜、それも人も通らない場所。サプライズするには些か暗い。妖怪感は増し増しだろうけれど。

 

「ご親切にどうも。通りすがりなので、直ぐに離れますわ」

 

そうやって背中を向ける私。男が安堵の息を吐いたことが見なくてもわかる。

人を弄ぶ、なんてことはこういう立場になってから久しくしていないが、やはり私も妖怪ということか。性根悪く楽しいと感じている。

 

「━━━━━あぁ、そうだ。その奥の死体は隠さなくて結構?」

 

男の呼吸が止まった。全く……愚かしいことこの上ない。

 

「ッ…!!」

 

そして罪を隠す為にまた殺しに走る。一度殺しをした人はこうも簡単に制御が外れる。

私へ向かってくる男を見て思う。

人を見た目で判断するなと言う。事実男は女に騙され家族を殺されたし、今現在も私の正体を知らぬまま向かってくる。

まぁ、勘違い、というやつだ。

 

「それと…後ろ、注意なさってね」

 

「なっ……が……ぁ……」

 

男の胸から刃物が飛び出る。

あとは…そうだなぁ……目を付けられた相手が悪かったか。

 

「散々私のこと痛みつけておいて、殺さずに逃げるなんて……このヘタレさん?」

 

胸から突き出たナイフはそのまま上に動いて男の上半身を真っ二つにし、男はなにかを言う前に息絶えた

女にとって相手の事情など関係ない、男が自分にどんな理由を持って襲っていたかなど知りもしない、どうでもいい。男の妻や子はそこにいたから殺し、男は襲ってきたから快楽ついでに殺した。

女にとっては殺せるか殺せないか。それだけ。

 

「……あんまり気持ちよくなかったな、やっぱり殴られるよりぶっ刺すのに限………んー?…誰あんた」

 

女は私のことは知らないだろう、知っているのは私が一方的なのだから。…いや、一部での話だがこの女のことを知らない者はいない、別に知っているのは私限定という話ではない。

女は私に話しかけながらも、ナイフは何時でも振れる位置にある。それでいて殺気を感じさせない。見るのは数回目だが、それでもこの卓越した気配を隠す技術に素直に感心する。

この女の驚異の一つだ。女と警戒もなしに相対した者は、このナイフの存在を悟らせない技術の前に気がつけばナイフを突き立てられ、死んでいる。…いや、悟らせない、というよりは他に意識を誘導している、とでもいうのか。『ミスディレクション』という技術に近いものを感じる。

 

「私の名前は八雲紫。貴女が刀子、で合っているかしら」

 

「そうよ、私は刀子、ただの刀子。紫さん?と言ったかしら、結局はなんの用で私の前に現れたわけ?」

 

そうね、ごもっともなご意見。その『普通の人が普通に思うような意見』を口ずさみながらナイフを私へ突き立てている━━━━という点を除けばだが。

 

「チッ」

 

……さてまぁ、自分の能力を使って凶刃を避けたのはいいものの。警戒していたのに本当に少しでも隙を作っていれば刺されていた、と確信出来るのが彼女の怖いところだ。この私も表情こそ変えないが、内心冷や汗が止まらないとここだけで言っておこう。

しかし、私は目的を達成する為に彼女に向き合わないといけない。彼女を、敵か、味方か、判別しなければならない。障害にさせない為に、邪魔をさせない為に。

 

「『まだ』敵対するつもりはありません。貴女の返答次第、ですが」

 

「……それ、悪趣味ね。持ち主のセンスがよくわかるわ」

 

「それはどうも。貴女のその獲物もいいセンスでしてよ?」

 

「…チッ」

 

彼女は悪態と舌打ちを隠そうとしないし、会話を遮ったことを言及すら様子もない。当たり前だ、彼女のあらゆる行動は全て相手を殺すことに繋がるのだから。

会話をするのは注意を逸らすため

挑発するのは隙を作らせるため

身ぶり手振りが大きいのは自分の印象を小物にするため

…だから、自分をジッと見つめて警戒を解かない私はとても鬱陶しいだろう。彼女だって万能ではない、彼女の強みはその技術と身体能力、それを活かせない状況ならば、彼女とて甘んじるしかない。それでも瞬き一つすら危うい状況なのは変わらないが。

 

「私は楽園を作る。その為には、貴女という存在は邪魔。言いたいことがわかって?」

 

「…へぇ、変人かと思ったら狂人だったか。急に現れて人のことを邪魔者扱い、それに理由が楽園作りぃ?頭おかしいんじゃないの?」

 

わりと結構言われた。確かに常人の発想ではないと自覚しているが、頭おかしいは貴女には言われたくはなかった。

 

「それもそうだ。でも、正直邪魔者扱いは頭にキタかも。殺されても文句ないわよね?」

 

「言ったでしょう、『まだ』敵対しないと。貴女は確かに邪魔者ですが、その分『有効活用』できると思っています。どうでしょう、大人しく私と協力関係に━━━━」

 

「死ね」

 

「おっと危ない」

 

全く、会話の最中に切りかかるのは止めて貰いたい。

なんて、自分が話してた内容を読み直せば彼女の怒りもごもっともなんだけど。

……おや、もしかして私が特に理由もなく彼女を馬鹿にしていると?

まぁ、彼女に対する憤りがないと言えばないこともないが…だけどそれをこの状況で優先させるほど私は愚かではない。これは…単に彼女を見極めているだけ。

おや?それも上から目線か。全く理由にならないな。

 

「……」

 

彼女もそれに気付いたのか、はたまた気付いていたのか。

 

「…はぁ、全く…なんの意味もない。私のことを知りたいなら問答なんて意味がない。殺しに来なさいよ、そしたら私も殺してあげるから」

 

話は支離滅裂だ。二言目には殺す。彼女はそういう存在だと理解はしているが、それでもやはりその殺意や欲求には驚愕を覚える。

そんな存在がいるのだと。私も理解するまでは信じていなかった。

 

「…いや、あんた、知ってるのね。私のことを『知っているのね』。だからこんな風に接することができるのね」

 

そこまで言って、突然彼女は横にあった木に拳を叩きつけた。

 

「腹立たしいッ!!他人にそこまで知られていることに腹が立つッ!私のことは私だけが知っていればいいのにッ!」

 

彼女は激昂していた。

先程の作られた怒りではない。正真正銘、心からの感情だった。

『怒り』、私が最初に見た彼女の純粋な感情だった。…中身までは純粋とは限らないのだが。

 

「どこで知ったのかは知らない、どうやって知ったのかも知らない。けれど、それを知ってるあんたは殺す。殺してやる

 

たとえ、何度繰り返そうとも」

 

彼女の表情は何時しか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近は、めっきり大人しくなったわね」

 

私が声を掛けた彼女は、積み立てられた妖怪の死体の山の上に居た。見慣れた光景、今となっては見慣れ過ぎてある種の芸術にも見えてきたものだ。

……そう式に言ったら、『病気ですね』と返ってきたものだが。

 

「そう見える?ケケケ…最近娘や親友に会うから忙しいのかもね」

 

「えぇほんと…あの時もそれぐらい大人しかったら私も幾分やりやすかったでしょうに」

ふと、あの時のことを口にだした。私にとっても彼女にとっても、決してよくはないと言えるあの時のことを。

 

「……あれの話は他の誰にも一切しない。したらあんたを私が殺す、それまではあなたに従う。その『約束』、忘れてないでしょうね」

 

「勿論。私以外に知る者がいたとしても、それは私が言った訳ではない。それに、私がもしもその類いの話をしたら貴女にわかるようになってる『約束』、ですものね。嘘はつけませんわ」

 

そうだ。あの『約束』は絶対だ。私にとっての枷で、彼女にとっての鎖だ。それを違えることなど出来る筈もなく、もっと言えば義務感などと言った物では断じてない。

これは私にとっての重り、文字通りの枷、本来は真っ先に邪魔になる物で、棄てるべきものだ。…それを、今もこうして律儀に守っているのは……

 

「…いいのよ、そんなに改まらなくて。私と貴女は雇い主と雇われ者だけど、その上で友人でしょう。私は貴女を信頼してるのよ紫、誰でもない、この私が」

 

「━━━━えぇ、本当に、貴女でなければ、私ももっと楽だったのだけど」

 

━━━━彼女ともっとこうしていたい。

なんて、私が想っているのはその程度のこと。だけどそれは、彼女との縁を切らない理由にはとてもとても充分なことだった。

それこそ不可思議だと自分で言っていた感情であるなんて、私が気付いてないわけなかったけれど。

 

「…そう、お互い様ね。安心したわ」

 

彼女は安堵した表情を見せた。

 

「でも、本当に忘れないでね。その時は、私は貴女の敵だから」

 

……そう。その表情を見ても私は忘れない、忘れてはならない。彼女のことを友人として想っていても、彼女のことをとても大事に想っていても。

彼女の危険性はいずれ私の首を掻くかもしれないこと。

彼女はその殺意を隠して生きていること。

彼女の存在はこの世界にとってバグであること。

 

「忘れないわ。永遠に」

 

それが、彼女と共にいる資格。結局のところ、どう行っても彼女の根本的な部分は結局のところ殺すことなのだと、自覚して、忘れないで、覚えていること。

それを誓っているから、私達は友人でいられる。

 

「ケケ…大袈裟なんだから……じゃ、そろそろ仕事の内容聞こうか?どうせあるんでしょ?」

 

友人、雇い主。

私は彼女へ仕事を与える、それが彼女を縛る条件、私が彼女を殺さない為の理由。言い訳。

……元々はそういう話だった。今は…どうだろうか。

 

「えぇ。ちょっと…外の世界へ行ってもらいたくて」

 

そんな私の内心を、彼女がどこまで理解しているかは流石の私でもわからない。ただ、嘘でも彼女が友人として居てくれるなら━━━━私もそうしよう。

 

「外の世界…ね、久々だ、あの時以来か。……それじゃ、詳しく話を聞きたいし…久しぶりに二人で飲みに行こっか」

 

なんて、きっと私だけが思ってる。

 

「勿論、喜んで。リードして下さいます?」

 

「レディファースト…って言っても、女二人じゃ優先もないか」

 

ケケケと笑って、彼女は死体の山から降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…わかっていた筈だけど」

 

私は、目の前で満身創痍で倒れる彼女を見下していた。

 

「貴女では真正面から私に勝つことも、殺すことも出来ないと」

 

彼女の体は左腕が消え、両足も折れ、外面からはわからないが内部も損傷しているだろう。それほどの状態だ。

これも全て、彼女が私へ襲い掛かってきた結果。

彼女は驚異だ、その殺意と、その殺意を実行するだけの技術も武器も持っている。しかし、それまで。多少身体能力が高いと言っても、所詮は人間より少し高い程度。下級妖怪には勝てても、私のような強力な妖怪や神には不意を突かないと勝てない。不死身の体も驚異だが、それは誤差だ。多少なり傷を負うことはあろうとも、それを理由に負けるほど私は盲目していない。

……それを、彼女はわかっていたように見えるけれど。

 

「貴女の正体を知っていることがタブーに触れていたのか。あるいは、それすら相手を殺すためのフェイクなのか。どちらにしても、貴女では私に勝てない」

 

「ぅ…っさい…わね……そんな…こと…百も…承知…なの…よ」

 

でも、殺さないといけない。それだけは、それを知っているのならば、私という存在を掛けて殺さないといけない。

彼女はそう言った。

 

「…貴女の能力があれば、傷も治せるでしょう。まずは傷を治して、それからまた話を…」

 

「これは…死なな…いと…発動…して…くれない…の…ケケ…ケ。だから…一度…死なせてよ…」

 

「そう」

 

彼女は笑っている。だけど、その殺意は消えることなく私へ突き刺さっている。

怖い。恐い。

純粋な殺意に恐怖を抱いたのはいつぶりだろう。こんな状態になりながらも人を殺そうとしている存在。恐怖だ、恐怖を感じざるを得ない。

 

「貴女が死なないのはわかってる、だから…封印という形をとらせてもらうわ」

 

私では彼女を殺せない。倒すことは出来ても、滅することは出来ない。

だから封じる、古来からの伝統…倒せない存在は封じてしまう。私もそれを行う、簡単だ。こんな手負いを封じれないほど私は弱くはない。

 

「ケケ…ケ…封じる、この私をか……」

 

彼女は動かない体を揺らしながら、私を見上げた。

その眼は、とても綺麗な赤色だった。

 

「貴女は、私を知っている……私がどんな存在か、知っている……そうだったら、そうならば…」

 

うわ言のように呟いて彼女は唯一動く右腕を私へ向けてきた。

……理解している、理解しているとも。彼女の行動は全ては殺しに直結していると、だから、この行動も警戒しなければならない。

警戒して、腕を切り落として、目を潰して、そして封印するべきだ。

……ただ、それだけなのに。

 

「何故……?」

 

出来ない。

しなくてはならないのに、出来ない。

何故、何故何故何故何故何故何故なぜ?

わからない、わからないわからないわからない。

 

ど うして 体が 動か な い

 

「……貴女が、趣味の悪いヘンナノに…私の分身を投げ入れたから…仕方なく…別のを使った…けれど…そっちは…毒が塗ってあったのよ……こんなありきたりなの、思いつかなかった…?」

 

油断……?いや、油断はしていなかった……強いて言うならミスだ、あのナイフを恐怖して、遠ざけてしまったことがミスだ。あのナイフは殺傷力はとんでもないが、急所に当たらなければ問題ない。

しかし…それでも数多の生物を殺したあのナイフには最大の警戒を持って対処した。してしまった。

 

「流石、永琳…の作った毒……あぁ、勿論、私は解毒剤を持ってるわ…私は、だけど」

 

私は思わず膝をつく。呼吸が荒い、体が熱い、能力を上手く使えない。

しくじった…ッ

そう考えて歯噛みした時に、彼女が話しかけてきた。

 

「取引、しましょう」

 

それは、先程私が言っていた内容と似ていた。

 

「協力関係、いいじゃない……互いに動けず、けれど貴女を私は助けられる。このまま硬直するのもいいけれど……そうなれば、不死の私が有利ね。なに、簡単なことよ、私が貴女の言うことを達成しましょう。殺しの仕事なら、やったげる。その代わり…」

 

今度は私が彼女を見上げた。

 

「私のこと…誰にも話さないでね」

 

赤い髪と歪んだ笑み。

まるでそれは、悪魔との取引だった。




紫の性格ってこんなんだっけ…というツッコミはご遠慮下さい。
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