前を向いて歩こう   作:神崎 しきみ

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お茶会

もうそれは日常になっていた。

警報が鳴り、当番のバディが出動する。そしてクジラ型の深海棲艦を的確に仕留めて帰ってくる。クジラ型は大きさこそまちまちで小さいものは小型犬ほど。大きいものはドラックほどあるが、倒すのにそこまで時間もかからないし、経験を積んだ金剛たち六人の艦娘の前ではただの的になっていた。

超人的な力を発揮して敵を狩る。普通の女の子がやるような事ではないが、外界と隔絶された鎮守府では普通に、日常になっていた。

だから、今回もその日常の一部だった。

久々に目立った警報も無く、休日にどこかに行く予定も無く、そしてたまたまみんな揃っていたので全員でお茶会をやろうと金剛が言い出したのがきっかけだった。金剛の自室は西洋風に改造されていて、明らかに官品では買えないような猫足付きのテーブルと椅子が並んでいる。カーテンレールも島風の部屋にあるような白い樹脂製の質素なものではなく、木製の洒落たものになっている。

「さあ、席に着いてゆっくりするネ! いいお茶、用意するヨ!」

金剛が淹れるお茶は茶葉も良いが、淹れ方も良いのか口当たりがよかった。フルーツの香りが鼻腔をくすぐり、茶菓子に自然と手が伸びる。濃厚なミルクをたっぷり使ったクッキーが進んでしまう。

「いいネみんな。美味しいもの食べるときはカロリー考えちゃダメヨ!」

「な、那珂ちゃんはアイドルだから。ちゃんとカロリー管理できてるもん。できてるもん」

大丈夫、大丈夫と言い聞かせながらクリームたっぷりのマカロンを頬張って恍惚な表情を浮かべていた。

「このお菓子美味しいですね。どこのなんですか金剛さん」

「ふっふっふ。甘いネ島風。ハニーヌガーのように歯が蕩けるくらい甘いヨ。ここのお菓子は全部ワタシのお手製ネ!」

「そうなんですか!」

「金剛さんすっごーい!」

「あらあらぁ、金剛さん。そんな特技いつのまに」

「ふっふーん。もっと褒め称えてもいいのネ!」

驚愕と賛称の渦に金剛が巻き込まれる中、愕然とした表情で固まっていた加賀はゆっくりと顔を上げて両手を腰に当てて料理長のように堂々と君臨する茶会の主に声をかけた。

「金剛、今度作り方教えてちょうだい」

「藤宮くんへのプレゼントなのネ?」

「そうよ。何か問題ある?」

少し拗ねたのか、軽く睨みつけるように加賀は金剛を見上げていた。

「ふふ〜ん! 金剛先生のお料理教室は厳しいネ! 覚悟するヨ!」

ビシッと金剛が加賀を指差し、加賀はクスッと微笑んだ。

「望むところね、金剛先生」

それではプランを立てようか、と金剛が呟き。

藤宮くんは抹茶が好きなのと加賀が言い出し。

那珂は口の周りの食べかすを龍田に拭ってもらい、雪風が新しい茶菓子に手を伸ばして島風が優雅に紅茶を飲み干そうとした時だった。

いつものアラートが鳴り響く。

最初、島風が地下研究施設で聞いた時は心臓が飛び出るほどに驚いていたが、日に一回は必ずなるこのアラート音に島風は慣れてしまっていた。新入りの島風がなれているということは他の全員もその通りであり、ああ、また今日も鳴っているなと夏にセミが鳴くような、日暮れにカラスが鳴いているような感覚でいた。

「じゃあ今日の当番だからアタシが行ってくるネ。みんなはティーパーティ、楽しんでるといいヨ」

金剛が自室の出口へ向かうのを追うように、加賀も立ち上がって動き出した。

「待って、金剛。私も当番だから。行きながらお菓子のプラン立てましょう」

じゃあ行ってくるね。

とても軽い言葉で彼女達は出て行き、島風達も「気をつけてね」と風船よりも軽い言葉で流していた。

いつも通りが続いたのは、三十分間という短い時間だった。再び鳴り出したアラート音に、驚きではなく疑問符が浮かんでいた。なんで二度も鳴るのか、と。本来、別の深海棲艦が出現した場合は海上に出ている艦娘が対応することになっているため、このようなことは初めてだった。その後すぐに放送が入り、疑問が緊張に変わった。

『緊急招集。島風、雪風、龍田、那珂は今すぐ提督室へ来てくれ。繰り返す。緊急招集につき島風、雪風、龍田、那珂は今すぐ提督室へ来てくれ』

アナウンスはいつも大淀の役目なのだが、今回は柏木の声だった。張り詰めた緊張の糸がピンと弾かれて動け、と命令を脳に直接命令するように、一糸乱れず島風達は動き出して提督室へ向かった。

「早いな。ありがとう、来てくれて」

提督室には柏木のほか、技術開発部の明石に神尾まで来ていた。

「やあみんな、久しぶりだね。元気にしていたかい」

場違いなほど、緩やかな笑みを浮かべる神尾は艦娘の緊張を心からほぐすような声でのんびりとした挨拶を投げた。

「ちょっとボス。この緊急事態に久しぶり、はないんじゃない?」

神尾のことをボス、と呼んだ明石は青いつなぎの作業服を上だけ脱ぎ、腰のあたりで袖を結ぶという一番提督室には似合わない格好をしていた。

「明石くん。まずは挨拶。これが大事だよ」

神尾に諭されてハッと気づいた明石は艦娘たちのほうを向くと軽く頭を下げた。

「技術開発部の部長をやっている明石です。直接会うのは初めてね。あなた方の艤装やドローン、制服なんかは私たちで作成しているのは知っているよね?」

「明石。すまないが本題に入らせてもらう」

柏木が机に取り付けられたスイッチをいじるとカーテンが閉まり、部屋は薄暗くなった。それも束の間すぐに天井の数カ所から光源が降りて来て部屋の中央に立体映像を映し出す。鎮守府と周辺海域が簡易的に示されている。

「今回来てもらったのはいうまでもないが緊急事態だからだ。加賀と金剛は知っての通り深海棲艦の出現に伴い海上へ向かった。回って来た情報によると近海に大型旅客船があるとの事だ」

「海自から来た情報だから間違いないだろう」

神尾が緊張感のない口調で笑いながら地図の上に赤いバツ印を追加する。強襲艇を示す記号が鎮守府から出て、バツ印へ向かった。

「問題は、近海へ行ったと同時に通信が途絶したことだ。金剛、加賀、強襲艇。どれとも通信が取れない。君たちにやってもらいたいことは三つある」

スイッチを落としてカーテンを開ける。柏木は悲しい目で皆を見つめていた。

「一つは通信の回復。通信途絶の原因がはっきりしない以上、なんとも言えないがジャミングが発生している。発生源を止めることになると思う。

二つ目は金剛と加賀の救援。敵の攻撃により通信機器が破壊されていることも考えられる。敵の攻撃油断せずに行き、出来ることなら交戦せずに逃げと守りに徹するんだ。

そして最後。これが一番重要だ」

柏木は一呼吸置いた。艦娘達は固唾を飲んで最後の言葉を待っていた。

「生きて帰ってくることだ」

「まあまあそんなビビらせるようなこと言わないで。柏木くん」

柏木の背後に回りながら硬い表情の柏木の肩を揉み、神尾は柔和な笑みを浮かべていた。

「原因不明の通信途絶なんて蓋を開けてみればなんてことない事が大半さ。気楽に気軽に行ってくるといいよ」

少しは神尾の言葉で気が楽になったが、島風の心には暗雲が立ち込めていた。通信途絶という今までにない事態。島風の艦娘歴が短いからそういう事態を知らないだけだろうと思っていたが龍田も那珂も雪風も、このような事態は初めてだと言っていた。

「でも気にする程の事じゃないと思うわよ。深海棲艦って言っても所詮はあのクジラみたいな奴しかいないんだし」

龍田はのほほんとしながらいつもの三倍のミサイルポッドを装備していた。発言に合わない無自覚の行動が緊張感を高める。

強襲艇が徐々にスピードを落とし、後方ハッチが開く。

「行くわよみんな!」

「「「はい!」」」

一番年長の龍田を旗艦に、龍田と同じく軽巡級の那珂を副艦に添えて艦隊は出撃した。

出撃後、すぐに不調が現れる。通信機器にノイズが混じり何も聞こえなくなった。それと同時に遠方で黒い煙が上がっているのが見える。時折赤い炎が晴天に向かって伸びているのが不気味なほどの美しさを魅せてくれる。

「……あっちね」

不安はあったが誰も口にしなかった。まだ金剛と加賀の強襲艇が燃えていると決まったわけではない。炎に近づいて行くに連れて、燃えているものの正体があらわになる。船だ。だが強襲艇ではない。もっと大きい、旅客船か何かだと思えた。

さらに近づいて、それは絶望に変わった。

護衛艦いずも。

新造された神の住まう土地の名を与えられた準空母級の日本の護衛艦は、土手っ腹に大穴を開けて炎上していた。船体は大きく傾き、沈没まで秒読み状態になっている。艦載機の残骸も周辺に散らばっている。

「どういう事! 護衛艦が襲われているなんて聞いていないよ」

声を荒げる島風を諭すように、龍田はそっと肩に手を乗せた。

「どうもこうも、運が悪かったのね」

「でも護衛艦が大破するなんて」

 護衛艦が攻撃を受ける事はあった。護衛艦が戦わない最大の理由は、機動力のある深海棲艦相手だと弾薬の消費の割に良い成果を上げていなかったからだ。しかし、防戦について考えれば頑強な日本の護衛艦が深海棲艦ごときにやられる事はまずあり得ない。

その事を龍田は恣意的に伏せて島風を落ち着かせた。

「運が、悪かったのよ」

海上に建てられた巨大ショッピングモールのようないずもは、今にも大きな音を立てながら沈没しそうなほどボロボロになっていた。周囲には血を流して動かなくなっている自衛隊員が散らばっている。時折、バラバラになった元人間も浮かんでいるのが視界の端に入ってしまう。注視したら吐きそうになる程の光景を前に、巨大建造物が深海棲艦の力によって滅ぼされているのを目の当たりにして艦娘達は立ち尽くしていた。

消火活動を行う人は見当たらない。全員死んだか、設備が壊されているのだろうという結論に至るまで長い時間は要さなかった。乗り込んで救援活動を行わなければいけないと思うところだがそれ用の耐熱装備が与えられていなかった。

「あら。おかしいわね。目が……通信が切れいてるわ。那珂ちゃんのは使える?」

「あたしのもダメみたい。島風ちゃんと雪風ちゃんは?」

雪風と島風は無言で首を横に振った。

「……距離も距離だし、このまま進みましょう。そろそろ金剛達と連絡が途絶えた海域だから。島風ちゃん。連装砲ちゃん一匹貸してくれる?」

「いいですけど……どうするんですか?」

「原初の通信は電話でもなければメールでもなく、飛脚なのよ。知ってた?」

連装砲ちゃんの録画機能をオンにして、龍田は今の座標と状況を録音させて連装砲ちゃんを海に放った。連装砲ちゃんはまっすぐ陸へと向かってすぐに見えなくなってしまった。

「通信ができるエリアに入ったらさっきの音声データを飛ばすようにしたから、これで護衛艦は大丈夫。当初聞いていた状況と全然違うけど、金剛と加賀が気掛かりね。みんな、気をしっかり持って行くわよ」

そこから先は深海棲艦の体液で海が漆黒に染まっていた。その中央に彼女はいた。

はるか前方。ようやく視認できるようになった時、金剛は残骸の舞台で一人孤独に戦っていた。

肉弾戦という異様な戦い方で。

金剛の倍ほどある巨人が彼女の目の前に立ちはだかり、異様に成長した成人男性一人分はありそうな巨大な腕で彼女を押しつぶそうとしていた。それを全面展開した艤装と腕の力だけでいなし、躱し、時には受け止めて機会をみては反撃の砲撃を行いなんとか生き延びているという状態だ。

「みんな散開! 島風と那珂は急速接近で巨人の背後から。雪風と私は遠距離でサポート!」

見たことの無い敵に対しても龍田は的確に指示を下してそれに従って各位動き出した。先制攻撃で龍田のミサイルポッドが展開される。金剛に当たらないよう巨人の背後から放たれたそれは見事に全弾命中した。しかし、攻撃の手は緩まない。金剛を殴りつける手は休まらない。金剛は周囲の様子を気にする程のゆとりも無く、体に当たったら即死かもしれない巨人の打撃を必死になって防いでいる。

「行きますよ那珂さん!」

「誰に言ってるのよ島風ちゃん! そう! この戦場が」

島風と那珂は背後から急速接近して巨人をしっかりと捉えていた。頭部が異様に小さい。生物の弱点である脳が無いように見えた。

「最高の舞台となるの!」

ミサイルポッドの攻撃にも反応をしないほど頑丈で愚鈍な巨人を殺した経験はない。だが案はあった。人型ならば口がある。口があれば内臓がある。内臓があればそれは弱点だ。

那珂はスカートの中に仕込んでいる魚雷を三本手に取り、いつでも投げられる準備をした。

島風はぐっと足に力を入れると前方に大きく跳んだ。巨人の頭上まで跳んだ所から見えた景色は地獄だった。血だらけの金剛が必死で逃げずに守っていたのは深海棲艦やいずもに乗せられていた艦載機の瓦礫の上で倒れている加賀だ。浮力のあるものがたまたまあったから大丈夫なものの、普通なら海の藻屑になっている。

巨人は予想通り頭の上半分がなかった。元々無いような構造をしているらしい。だが、口はある。構造的に体よりも大きく、胴から直接顎や歯が生えているような生物として成立するのかすら怪しい構造をしている。

初めて見る敵を相手に、島風は空中で一回転しながら上顎めがけて踵を蹴り入れた。上顎がこれ以上開かないほど開き、顎の骨がめきめきと音を立てて無理やり開く。顎骨がへし折れた巨人は口を閉じる機能を失った。

「がああああああああああ」

声にならない愚鈍な悲鳴をあげながら、前のめりだった巨人は口を大きく開けながら少し後ろに仰け反った。そこに金剛の砲撃も合わさり、直立の姿勢からさらに後方へ体勢を崩した。

「那珂ちゃん! オン! ステエエエエエエジ!」

そして巨人の後方で待機していた魚雷を持った那珂が、巨大な口から体の奥深くに魚雷を直接突っ込んだ。顎が外れ、何が起こったか理解させる前に魚雷は破裂し、龍田のミサイルでも金剛の砲撃でもダメージが通らなかった巨人を体内から破裂させた。

爆発音の後に黒い雨が降り注ぐ。

「来てくれたの……ネ。ありがと」

満身創痍の金剛は所々服が破け、左腕は変な方向を向いている。頭から血も流れている上に髪は少し焦げている。今まで深海棲艦と戦ってきたが、このような状況は島風にとっても、一番古参の金剛にとっても初めてだった。

「金剛さん。さっきの巨人はなんですか」

「アレは、たぶん深海棲艦ネ。いつも狩ってるクジラ型を引き連れてあの巨人型とクラゲ型がやって来たネ」

那珂は金剛の肩を持つようにして立たせると急いで作戦海域から逃げようと島風に目で合図した。島風は瓦礫の山にもたれかかっている加賀を立たせようと近づいて絶句した。

「加賀も負傷しちゃったネ。一緒に連れて帰らないと……」

「金剛さん……加賀さんは」

それを見ても目から涙は流れなかった。

今まで、深海棲艦が出るのは日常だった。深海棲艦は狩の対象だと思っていた。戦闘に出て武器を構えてよく知らない生命体、深海棲艦と戦うことは普通だと思っていた。

だが、島風はその異常性に今ようやく気付く事ができた。

加賀は死んでいた。

下半身を捻り潰され、無くなっている。だらしなく腸が海中に垂れているが上半身は綺麗なまま瓦礫の上に引っかかっている状態だ。半分開いている目は光を失い、少しだけ空いてる口からは血が垂れている。

「どうしたネ島風。早く、加賀も回収して帰らないと……」

「加賀さんは、もう……」

金剛の顔を見る限り、加賀が死んだことには気づいていない。那珂も加賀が死んでいることに気が付いているようだが、苦い顔で金剛を引っ張るだけで精一杯らしい。

島風が言葉に詰まっていると遠距離で攻撃を行なっていた龍田のいた方角からミサイルポッドによる爆破音が響いてきた。

「敵?」

「クラゲ型がまだ残ってるネ! ワタシもまだ戦えるヨ! 行くネ! 那珂! 島風!」

爆発音によりどこかリミッターが外れたのか、金剛は獣のような目をして海上を一直線に走り出した。それに続いて那珂と島風も追う。

金剛の艤装はまだ生きていたが、遠距離砲撃の要である飛行ドローンが見当たらない。金剛の残弾がどれだけあるかもわからない中での戦闘続行に島風は不安を覚えたが今はそれどころではなかった。

金剛が言っていたクラゲ型が何者なのか、まだわからない。

「あなたがジャミングの持ち主ね」

焦りの色が見える龍田の声が聞こえたかと思うと雪風がひたすら方角と距離を叫んでいた。そして三度目のミサイルポッドの発射音が響き、数秒遅れて爆風が海上を震わせる。

「龍田!」

「あらぁ。その声は金剛ね。元気そうで何よりだわぁ」

龍田は様子がおかしかった。いつもならば目隠し越しにも視線が合っている気がするのだが、頭部が向いている方向が少しだけズレている。

「龍田さん、どうしたんですか」

「敵のジャミングがひどくなっちゃって、まだ目が見えないのよ。雪風ちゃんが肉眼で索敵して私が高火力で殴り続けてなんとか、ってところかなぁ」

爆煙を背にしてのんびりと戦況を語る龍田の前では時の流れも少しゆっくりに感じる事ができた。ミサイルポッドに回分あの攻撃。それだけ食らって生き残ってる可能性があるのは先ほど島風と那珂が対峙していた巨人型の深海棲艦だけだ。

「本当なら撤収したいところなんだけどねぇ〜」

「龍田後ろ!」

突然那珂は叫んで龍田から距離をとった。何も気付けなかった島風の襟首をつかんで後方へ五メートルほど下がる。龍田は煙の中へ薙刀を刺して「知ってる」と何事もないようにそれを屠った。龍田の薙刀の先には人間の頭部ほどの大きさの白い球体が刺さっていた。しっかりと人間の顔のように眼球と口が付いていて、耳の部分にはトビウオのような羽が付いていて、蜘蛛の巣に引っかかったトンボのように時々力なく羽ばたいている。

「さっきの撃ち漏らしかしらぁ。コレがさっきブンブン飛び回っていたのよ」

「龍田ちゃん。もう帰ろうよ! 生存者は回収できたし、これ以上この海域に残るのも……」

「あら。那珂ちゃん一つ忘れてないかしら。コレが私たちの任務には通信の復旧もあったはずよ。それにもう一つ、問題があるの」

「龍田さあああああああん」

龍田が不敵な笑みを浮かべて那珂に語りかけようとした時、猛スピードで海上を移動しながら雪風が帰ってきた。顔は真っ青になり、目は血走っている。

「まずいですマズイです。敵、増えてます! 深海棲艦クジラ型十五、巨人型二、クラゲ型一です!それと飛行型も!」

「あら。まだあのクラゲ型いたのね。困ったわ」

爆煙が晴れて来て、周囲の状況が鮮明に露わになる。龍田のほど近いところで頭にセメント製のクラゲのようなものを被った少女が黒い体液を撒き散らしながら沈もうとしていた。

「これが、深海棲艦?」

島風の疑問に誰も答えることはできなかった。何せ、島風よりも先輩である彼女達ですら人型は初めての会敵だったのだから。

「さあ。でも島風ちゃんの疑問はあいつらに聞けるんじゃないかな?」

那珂が引きつった顔で遠くを指差した。今沈んでいったクラゲ型と呼ばれたセメント製のクラゲを被った少女。それに先ほどまで金剛を苦しめていた巨人型が二匹。加えてよく目にするクジラ型が十数匹見えた。

「良かったですね那珂さん。ライブにファンがいっぱい来てくれましたよ」

「金を落とさない奴はファンじゃなくてはだのタカリなんだよ、知ってた島風ちゃん。タカリは殺さなきゃ」

「そういえば那珂さんいっつも『ありがとー』とか言いながらクジラ型爆殺していましたよね」

「あれは殺されにきてくれてありがとう、って事だよ」

軽い冗談を言う那珂と島風の額に冷え汗が流れる。連装砲ちゃんは全三台。弾薬も魚雷もたっぷりあるが物資の余裕と心の余裕は直結できるものではない。金剛が力なく笑っている。那珂と島風は焦りを隠すように罵り合い、雪風は小さく大丈夫、大丈夫と何度も自分に言い聞かせていた。そんな様子を聞いて、龍田は短く決断を下した。

「撤退よ」

近づいてくる敵を見て、神尾の言葉と柏木の指令と。そして柏木の教えが龍田の脳に蘇る。

「生きて帰る事が最優先よ。島風ちゃんと雪風ちゃんは金剛を連れて帰還して」

「はい!」

「了解です」

「那珂ちゃんは私と一緒に足止めよ。残念だけど私一人で足止めできるような連中じゃないわ」

「いいよいいよ。那珂ちゃんのオンステージはまだまだ終わってないからね」

ガッツポーズで笑いかけてくる那珂を見て、龍田は微笑んだ。龍田と同様、那珂もここで死ぬ気など毛頭ない。気持ちで負けていなければ、勝算はある。

「じゃあ、行くわよ那珂ちゃん」

「はいはーい! じゃあまた後でね。島風ちゃん、雪風ちゃん」

臆する事なく敵の集団へ突っ込んで行く龍田と那珂を見送りながら、島風は彼女達に背を向けた。

「帰るよ、雪風ちゃん。金剛さん。生きて帰るまでが、戦いだから」

「うん!」

「わかったネ。でも……」

虚空に手を伸ばす金剛を島風はそっと抱いた。推進装置に体重を乗せて前進する。

「大丈夫ですよ、金剛さん。だから、帰りましょう」

徐々に加速させて、その場の海域を離脱した。

 

 

人間は多くの情報を目からの、視覚情報に頼って生きている。龍田もかつてはそうだった。しかし光を失って視、覚情報を手放して見えるようになったものもある。それは音で感じたり、匂いで感じたりするものではない。人間の五感を超えた第六感にて見えるものがあった。

それは、殺意だった。

人やや生物が相手を殺したいという強い気持ち。それは光を映さない龍田の目にもはっきりと見てとれていた。純粋な怒りの輝きが、憎しみの炎が、光となってその位置を龍田に教える。頭に取り付けている輪っかがジャミングを受けて動かなくなった今、遠距離での攻撃を仕掛けることは無理だが近距離での攻撃なら十分に可能だった。迫り来るクジラ型を切り崩し、飛来する玉型を突き刺し、クラゲ型まで切り進んだ。

「那珂ちゃん。よくアニメや映画で視力の無い武道の達人がすごく強い、って設定あるじゃ無い?」

間合いを見計らい、的確に頭部を狙って薙刀で突いた。殺意はしっかり見えていたし、リーチも正しかった。

ただし、視覚情報である生物としての全景は見えていなかった。クラゲ型と呼ばれていた少女を模した深海棲艦の頭部に長い触手が複数本生えている事も、その触手で突かれる事も想定していなかった。

クラゲ型のヘルメットのような灰色の装甲を突き破り、その上で脳髄まで薙刀はしっかり貫通していた。しかし、クラゲ型の触手が龍田の胸を貫いていた。腕ほどの太さを持つコンクリート柱のように無機質で残酷なそれは、龍田の臓器に死を差し入れた。

「あれは、嘘よ」

「龍田ちゃん……今そんな話聞きたく無い!」

皮膚も肉も臓器も背骨も。全部貫き通常の人間なら即死している状態だった。しかし、バイオセルによる強化個体だとそう簡単に楽にはしてもらえなかった。触手は心臓と肺よりも下の位置を貫いていたため、龍田は生きていた。ただ生きているというだけで、神経を損傷したため、もう一人で動く事が出来なくなっていた。

那珂を心配させないためにか、崩れ落ちて海に沈みそうになりながら、龍田はにっこりと笑った。

「うわああああああああああああ!」

崩れ落ちそうになっていた龍田を抱きかかえ、那珂は虚ろな目をして絶命しているクラゲ型を蹴り飛ばした。しかし、触手は抜けない。引っ張るたびに龍田から苦痛が漏れる。

「那珂ちゃん。よく見て。もう、助からないわ。島風ちゃんは? 雪風ちゃんはもう逃げてる?」

「逃げてる。もう大丈夫だよ」

「そう、よかった」

「良くない。何も良くないよ。龍田さん、諦めないで! 絶対助けるから!」

クラゲ型を倒して通信が回復したのか、インカムから雑音が聞こえてくる。龍田の頭のセンサーも復活し、近隣のものなら見えるようになる。最初に飛び込んできたのは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった那珂の顔だった。

「まったく、ひどい顔よ。アイドルなんだから泣かないの」

精一杯の笑顔を作ってみせると、それに呼応するように那珂も龍田に笑いかけた。それもつかの間、龍田の顔が恐怖で塗り潰される。

「那珂ちゃん! 巨人型がこっちに近づいてきてる! 急いで逃げて!」

しかし、那珂は逃げる素振りを見せなかった。龍田の体を貫いた触手を引き千切ろうと必死だった。蹴っても、薙刀で突いてもこんにゃくを相手に切れない包丁で応戦しているような手応えだった。那珂の額に焦りの汗が流れる。

「私のことはいいから逃げて!」

「だからって龍田ちゃんを置いてはいけないよ!」

もう、目視できるほど巨人型は迫ってきていた。龍田はこのまま那珂が死にかけの自分を救おうとして死んでしまうのではないかという恐怖でいっぱいだった。

「アイドルになる夢があるんでしょ! 早く逃げて!」

「だったら尚更!」

もう触手を断ち切るのは無理だと判断して那珂は単装砲を構えた。

「アイドルは!」

狙いは沈みゆくクラゲ型の頭部。その付け根の首だった。

「仲間を!」

首が根元から吹っ飛び、黒い体液が海に溶ける。首が取れて龍田を動かせるようになった事を確認すると、那珂はフルスロットルで龍田を抱えて逃げ出した。

「見捨てないんだから!」

後ろをチラチラ確認すると、巨人型はまっすぐ弱っている龍田を狙うためか、那珂を追いかけてくる。インカムを起動させて鎮守府本部と連絡回線を開く。

「こちら那珂! 本部応答願います」

『こちら本部! 那珂さん無事だったんですね』

 大淀が安堵のためか、ため息を吐きながら返答してきた。

「無事じゃ無い。無事じゃ無いよ。新型深海棲艦に襲われて加賀さんが死亡、龍田ちゃんも死にそうで、早く、増援を」

『わかりました。すぐに呼びの強襲艇で救援部隊を出します!』

通信が切れると那珂はホッとした表情で龍田に語りかけた。

「これでもう大丈夫だよ。龍田ちゃんも生きて帰れる」

龍田に対しての言葉では無かった。自分自身に言い聞かせて落ち着きを取り戻すために龍田にそう告げた。

「ありがと、那珂」

生きて帰れるという希望の光が見えた。安堵感が心臓の奥底からじんわりと湧いてきて、瀕死の重傷を負っている龍田の表情が少し柔らかくなる。

その時だった。龍田の体が急に後方へ引っ張られ、引きずられるように那珂も転倒する。巨人型がクラゲ型の頭部を引っ張り、サツマイモでも引っこ抜くかのように龍田を空中に投げ上げた。その衝撃で龍田の体からは触手が抜けるが、それと同時に大量の血の雨が降り注ぐ。

唖然として落ちる龍田を拾い上げようと走る那珂だが、その手が届く前に二本の太い指が彼女のか細い首を捕らえた。箸でそうめんをつぶすように、巨人型の太い指は那珂の細首をいとも簡単に潰した。

「たづ……だ……」

声を求めた少女の最期はカナリアのような美しい声ではなく、飲んだくれの親父が発するドブのような断末魔だった。

「……そん……な」

沈みゆく龍田が最後に見たのは首を飛ばされて倒れる、アイドルになりたかった少女の姿だった。

 

 

 逃げていいよ、と言われるととても簡単に聞こえるが、その実、戦場から非戦闘地帯へと逃げ切るのは非常に難しい。殿として別の人間がいるにしても取りこぼしはある。背後からの追撃に気を配らないといけない上に、回り込まれて挟み撃ちにされたら目も当てられない。

 実際、金剛を連れて戦線を離脱した島風たちもそんな状況に追い込まれていた。

「うおらああああああああ!」

 金剛が気合を入れて艤装でクジラ型を殴りつける。艤装の外殻はべこべこに凹むほど変形しているが、それでも深海棲艦の首の骨をへし折る事くらいはできていた。

「まさかここで足止めとは……」

 連装砲ちゃんがクジラ型にかみ砕かれる。雪風の単装砲が火を噴き、島風の魚雷がクジラ型に命中し、爆裂する。

「大丈夫。大丈夫だよ、島風ちゃん。希望を持つのを忘れないで」

 金剛を引き連れた島風と雪風は回り込まれたクジラ型に足止めを食らって、強襲艇まで辿り着けずにいた。次々と襲い掛かりくる軽自動車以上の大きさのクジラ型を前に、さすがに雪風と島風も疲弊してきた。いつもなら多くても五体から六体。それが今は十体ほど蹴散らしても出てきている。体力はまだ残ってはいるが、さすがにこれ以上戦い続けるのは無理があった。突破口を開いても、こじ開けても、切り開いても、新手が現れてなかなか逃げ出すことができない。

「二人とも、あとは任せても大丈夫ネ?」

 全力の撃退とほんのちょっとの前進を繰り返していた三人だったが、突如金剛が後ろを見てそんな事を口走った。その視線の先には一直線に突っ込んでくる巨人型深海棲艦がいた。距離と速度、そして周囲のクジラ型の量からして逃げて回避することは無理な事は誰の目から見ても明らかだった。

「大丈夫ですけど、金剛さんは……」

 そして、島風の眼から見ても金剛を一人で行かせて良いとは思えるような状態ではなかった。左腕は完全につぶれて使えなくなっている。砲塔も大半がへし折れて一門かろうじて生きている程度だ。そんな中でも尚、絶望で生気が消えていた金剛の眼に殺意の炎が再び灯った。

「何。問題ないネ。あいつを迎え撃って、帰る。ただそれだけネ」

 巨人型はスピードを落とさずクジラ型に囲まれた島風たちへ突っ込んでくる。それに気付いて身の危険を感じたのか、一部のクジラ型は避けるように撤退していった。その隙を逃がさず雪風は単装砲を振るい退路を確保した。しかし、行くか残るか戸惑っている島風を見て金剛は標準を合わせながらそっとささやいた。

「これはワタシがやりたい事。目の前で、加賀を殺されて。それと同系統の敵を相手に逃げ帰るなんてできないネ」

 こういう時、どんな顔をしてなんといえばいいのか。島風は咄嗟に言葉は出てこなかった。しかし雪風が笑いながらフォローを入れた。

「わかりました。金剛さんのかっこいいところ、期待しています。行こう、島風ちゃん」

「う、うん。金剛さん……待っています」

 へし折れた左手でかろうじてサムズアップを作ると、島風たちに背を向けたまま金剛は戦闘態勢に入った。

 相手の巨人型も相当のスピードを出して一直線に突っ込んできている。あの質量と硬さと速さによる衝撃で辺り一帯を吹き飛ばす算段らしいがそれは諸刃の剣だった。照準をしっかり合わせて、残段三発しかない弾を慎重に、正確に発射する。一発目は左肩に当たるも、大した変化は見えない。装填して二発目を撃つ。今度は体のど真ん中に当たるコースだったのだが、巨大な左腕を盾にして直撃を回避された。その代わり巨人型の左腕はもう使い物にならないほど変な方向を向いている。そして二発目が命中した段階で相当減速していた。

 三発目を撃つ前に接敵していたため、金剛は右腕に艤装を全面展開し、真正面から突っ込んでくる巨腕型に艤装の拳を繰り出した。艤装は本来の機能を失って尚、鉄塊としての機能は十分に果たした。

 巨腕型が殴りつけてきた右腕と金剛の右腕がぶつかり合い、ビルから飛び降りて全身を大地に打ち付けられるような衝撃が金剛の体を駆け巡る。艤装は大破し、金剛の右腕も腕ではなくただの肉塊になり果てた。巨人型も相応のダメージを受けたはずなのに、右腕は健在だった。

『藤宮くん、抹茶とホワイトチョコレートが好きなんだって。抹茶のシフォンケーキにホワイトチョコチップ入れたら美味しいと思うの』

 消えゆく意識の中で、金剛の耳には加賀の声が届いていた。

『ええ金剛。帰ったら美味しいケーキの作り方教えてちょうだい』

 そう阿東のように、笑顔で走っていた海上の雑談が思い出される。

『金剛、頼りにしてるわよ』

 加賀の顔が、言葉が、脳裏に湧いては泡沫のように消えていく。

「加賀、ごめんネ。仇、取れなかったヨ」

腹部に大蛇のような指が回る。徐々に締め付ける力が強くなり、死が体の奥底からしみ出てくる。骨が折れて内臓が潰れる感触がはっきりと脳に伝わる。

 意識が途切れる直前、島風と雪風がはるか遠方に逃げていく姿を見て、金剛は力なく笑いながら捻りつぶされた。

 

 

「こちら島風、鎮守府応答願います!」

 雪風に退路の確保を依頼できるほど敵が減った時を見計らい、島風は鎮守府へと通信を試みた。すぐに大淀が出てきてくれて、冷静な声でそっと事実だけを告げてくる。

『こちら鎮守府です。島風さん、現在の敵戦力は?』

「クジラ型が六体。結構倒したけど、次から次って出てきているの。それから……」

 背後を見ると、金剛が相手をしていたはずの巨人型が迫ってきていた。金剛が敗れた事を、殺されたことを悟って島風は唇をかみしめる。

「未確認の巨人型が一体」

『わかりました。今救提督の乗った援艇が向かっているので、その、非常に言い辛いのですが、敵の殲滅に勤めてください』

「え?」

幸運艦の顔が凍りつく。帰投してください、じゃ無い。逃げてください、でもない。戦ってくださいという絶望がマイクの向こう側から飛んできた。

「は?」

最速の足の震えが止まる。

恐怖に絶望をトッピングした史上最悪の料理を出された島風は、吐きそうになりながらなんとか立っていた。

『神尾局長からの指示です。巨人型の撃破を最優先にしてください。繰り返します。巨人型の撃破を最優先にしてください』

大淀も死にそうな声でなんとか指示を伝えていた。しかし、そんな感情など電波に乗って島風には届かない。

「撃破って、どういうこと……」

島風の残弾は魚雷一本に連装砲ちゃん一台。その連装砲ちゃんも残弾はあまりないはずだ。雪風も単装砲の残弾は多いとは言えない。魚雷に至ってはゼロだ。

『敵新型機を生かしたままにするのは危険という判断です。繰り返します。巨人型の撃破を開始してください』

現場が瀕死の状態であることは向こうも、神尾も理解しているだろう。それなのにも関わらず、今この状況で戦えと言われた。希望をチラつかせながら絶望の悪路を歩ませる最悪の手法に島風は声を荒げた。

「ふざける……」

しかし、雪風が島風の口に手を当てて声を止めた。代わりに「わっかりましたー!」と天から降って湧いたような可愛らしい元気な声で答えた。

「島風ちゃん、ダメだよ。まだ、幸運艦が残ってる。だから、がんばろう?」

「どうやって戦うのよ! 残弾はあるの? 魚雷一本で仕留められる相手じゃないよ」

「大丈夫。奥の手はある」

「奥の手ってなによ!」

「龍田さんと同じミサイルポッド。足に付いてるの」

つまり、巨人型の外皮に当てたところで意味は無いものだ。無駄に使う必要は無いと島風は判断した。

「どうしようもない時に使おう。ミサイルは口の中にめがけて撃てないでしょ」

野生の肉食獣は草食動物を襲い、その肉を食らう。それは陸上でも海でも同じ事だ。だが、時折肉食獣同士で食い合うこともある。海の巨大生物、ダイオウイカとマッコウクジラ。ダイオウイカがマッコウクジラを食す事はないが、マッコウクジラはダイオウイカを食す。しかし、その過程でダイオウイカもタダで食われるわけではなくて必死に抵抗して足を数本犠牲にする代わりに生き延びる事もあるという。

今のこの状況はそれに似ているな、と島風は思っていた。

魚雷一本と連装砲ちゃん一台。それに加えて雪風も奥の手という武装こそあるが、今の島風たちは巨人型に食われる事を待つ捕食対象だ。それでも尚、雪風は諦めていなかった。

「島風ちゃん。楽しい事を考えよう? 辛い時でも楽しい明日を考えよう? お茶会、楽しかったよね。帰ったら今度は私たちが主催してお茶会をやろう? ケーキもクッキーもいっぱい焼いちゃおう? 今度は提督も神尾さんも明石さんも大淀さんも岡田先生も藤宮さんも、みんなみんな呼んで盛大なパーティーにしよう」

あのメンバーでもう二度と開けないお茶会を思い出しても涙すら流れない緊迫した状況で、島風は優しい笑顔を作り「そうだね」と応えた。

巨人型が視認できる距離まで近づいた。魚雷一本、連装砲ちゃん一台。普段ならば巨人型の顎を蹴り上げてそれで終わるのだが問題はそこに入れる火力だ。魚雷一本で足りる保証が無い。

「とどめは私が刺す。雪ちゃんは連装砲ちゃんと一緒に陽動して。いくよ連装砲ちゃん!」

「おっ」

「うん!」

最速艦の名を借りた島風は伊達ではない。海面を一歩踏み出し波を生み。二歩踏み出して風を切り。三歩踏み出す頃には島風は突風になった。

陽動はうまくいったらしく、巨人型は主砲を撃ってくる雪風と連装砲ちゃんに釘付けになっている。背後から迫る島風は気付かれていない。

足に力を入れて空を飛ぶ。跳ぶ、のでは無い。その時島風は確かに飛んでいた。羽もなければ希望もない。だが、殺意だけは全力だった。殺意の風を翼に乗せ、猛禽類より鋭い槍のような足で襲いかかった。

「口を開けろウスノロ!」

島風の叫び声に気付いた巨人型は頭上から降ってくる島風に、目の無い顔を、口だけしか無い顔を向けた。その口を蹴り上げて顎の関節を壊す。大きく開いた口に、闇の覗く穴に残りの一本の魚雷を突っ込む。

だが、これだけでは火力が足りないかもしれない。今使える可燃物は一個しかない。

「来て! 連装砲ちゃん!」

「おっ!」

飛んできた連装砲ちゃんの頭の連装砲をむんずと掴むとそのまま巨人型の口の中に突っ込んだ。火力不足に燃料不足。火薬も足りないのならあるものを使えばいい。

魚雷が爆発する前に飛び上がり、爆風に流されながら巨人型の様子を見守った。

「やった! やったよ島風ちゃん!」

海上で見ていた雪風ははしゃぎながら島風に手を振った。

故に、油断してしまった。

爆炎の中から伸びる手があった。黒く巨大な腕は明確な殺意を持って島風に迫る。

だが空中にいる島風には避ける手段がない。胴体を掴み潰そうとするそれを前にできた事は体をひねり、直撃を避ける事だけだった。右足が掴まれて、そのまま魚肉ソーセージを無理やり潰すように足を骨ごと潰された。

「うああああああああああああ」

まだ生きていた。

まだ死んでいなかった。

巨人型は口から黒い煙を上らせ、黒い血を吐きながらも生き延びていた。臓器も頑丈なのか、最初から複数本の魚雷で攻撃していて正解だったな、と思いながら島風は嬲り殺される覚悟をした。加賀のように、下半身が捻り潰される様子を思い描きながら。痛そうだ。とても痛そうだ。足を見るとそこには『足』は無く、スーパーで売っているような『肉』がかろうじてくっついているだけだった。島風は笑っていないつもりだったが、全てを諦めた瞬間、自分の表情が和らいだ事に、力無い笑みを浮かべている事に気付けなかった。

生きて帰る道はもう見えなくなっていた。

雪風の奥の手であるミサイルポッドも巨人型相手では相性が悪すぎる。雪風だけでも逃げてくれないかな、と島風が体の力を抜いた時だった。

「大丈夫! 雪風がまだいる!」

単装砲を投げつけて巨人型の注意を雪風が引いていた。足を潰した島風に興味を失った巨人型は、口から爆煙と血を流しながら雪風の方を向いた。

そして右手で雪風の胴を掴み取った。力が入り、雪風の顔が苦痛に歪む。しかし、彼女の右足はまっすぐ巨人型の口を狙っていた。

彼女の右足は義足だった。戦闘時には専用の義足をつけていた。ミサイルポッドだと言っていた。遠距離では意味がないと島風は判断していた。

しかし、雪風の目は勝利を確信していた。

右足が展開して小型のミサイルを発射できるようになる。

雪風は命中率が悪く、いつも至近距離からの攻撃になっていた。

そして今は外せない場面。

雪風は命中率を上げるために自ら捕まりに出ていた。

「ごめんね」

やめろと言っていた事をやった事に対する謝罪なのか。それともはたまた去る事に対する謝罪なのか。それを判断するほど島風の頭は回っておらず、言葉が出るほど肺に空気は残っていなかった。

「あなたは前を向いて歩いて」

ミサイルが炸裂し、巨人型の顔に、体に命中する。猛烈な爆風が巻き起こり、島風の体も吹き飛ばされた。

意識を失う直前、島風はそれをしっかりと網膜に焼き付けていた。体の大半を吹き飛ばされて黒い体液をまき散らす巨人型と、四肢が四散する小さき幸運艦の勇敢な最期の姿を。

 

次に目を覚ました時、視界に入った天井は非情なまでに真っ白だった。

 

 

「なんで無理やり戦わせたんだ神尾さん!」

提督室に柏木の怒号が響いた。隅っこに立っている明石は猫を前にしたネズミにように震え、逆に柏木に相対していた今にも折れそうな神尾は武者像のように堂々としていた。-

「理由か? 未確認を野放しにするのは今後の国益に関わる。ただそれだけだ」

「艦娘が全滅してもか! それに船はどうしたんだ。沈んでいたのは『いずも』じゃないか。アレが襲われているなんて聞いてない。あんた、知っていたんじゃ無いのか!」

「いかにも。隠した理由を言うのならば、知っていたなら、君は彼女達に出撃命令を出さなかっただろう」

「当然だ!」

「それは間違いだ。死んでも成果を出してもらわないと困るんだよ。鎮守府は護衛艦を破壊するほどの力を持った敵と戦い、勝てるということを世に示すためにね」

「あんた言っていたじゃないか! ようやく揃った、と。それを、あんな簡単に見捨てるのか!」

「第一陣が揃うまでには時間がかかる。金銭的なコストも要する。犠牲もある。だが、一度成功例があれば二度目は別だ」

神尾の顔がニヤリと歪むと同時に、柏木の顔が怒りに燃えた。

「あなたは人間をなんだと思っているんだ!」

「どうとも。では君は人間をなんだと思っているのだい? 神か? 仏か? 僕は人間を人間と思っているよ。それ以上でもそれ以下でもない。人間は、人間だ。捨て駒にしたつもりもない」

「あの場で戦えというのは! 捨て駒というんだ!」

「いいや違う。君は、命を賭けた治験を受けたことがあるかい?新薬を投与すれば死ぬかもしれないが生きるかもしれない。彼女たち生きている艦娘の前には初期型バイオセルに適応できなかった失敗品がある。だが彼女たちも捨て駒ではない。次に繋がり、今の艦娘を作った。今回死んだ艦娘も同じだ。捨て駒では無い。死んだ彼女たちが次に繋がる。第二世代艦娘に」

神尾は冷静な教師のような眼差しを激昂する柏木に向けた。

「これは、世代交代だ」

「あなたが政界を去ったように?」

「そうだな。だが政界でも後任は育ってる。僕がこの世を去る頃にはここでも後任は育っているだろうよ」

神尾は明石を尻目に見ながら口を歪めた。それで冷め切った視線を神尾に向けながら、柏木は一歩神尾に近づいた。

「あの子達を見捨てて何を手に入れたんだ?」

「深海棲艦の死体だ。今まで持って帰ってこいといっても沈んで回収できなかったが、今回初めて深海棲艦の死体がいくらか船の瓦礫に引っかかって残っていた。今の所巨人型が丸々一体、小型クジラ型の残骸が二体、クラゲ型と呼称されていた深海棲艦の頭部を入手できた。敵の硬度や素性を知る上で重要な情報になるだろう」

嬉々として神尾が語る言葉にゴミ程度の感情しか抱けなかった柏木は、「そうか」と小さく呟いた。

柏木が神尾を追い出そうとドアに向かった時だった。神尾の懐の携帯電話と明石のスマートフォンが唸りを上げた。二人はハッとして画面を見つめた。

「はははは。解析結果が出た。出たぞ。我々の敵が何なのか、共に観に行く気は無いかね? 柏木二佐」

「行こう。彼女達が犠牲になってまで得たものは何なのか、この目で見たい」

デパートのおもちゃコーナーに連れて行かれる子供のような無邪気な笑みをした神尾を先頭に、殺意を剥き出しにした柏木が続き、二人にどう顔を向けていいのかわからずおどおどして借りてきた猫のようになった明石が続いて研究施設へ向かった。

 

 




全滅エンドの時間ですけどまだまだお話は続きます。

感想とかくれると次回作に向けての原動力になります
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