世界一可愛いストーカーたちに追いかけられる僕はストーカー 作:Re:クロバ
はっはっはー……そんなこと言わないで(涙目)
『え~、では視聴者の皆様!今回の生配信はこれにてしゅうりょー!連日生配信企画の初日でしたが、200人もの人たちに来場していただけました!感謝しかございません!明日もよければ足を運んでください!それでは、また明日!』
このチャンネルの生配信は終了しました。という文字がパソコンの画面に浮かび上がる。
部屋の照明を切り、パソコンの画面の光のみに照らされる部屋の様子は少し貧相だ。
この実況者は顔出しはするが、わざとヒビを入らせたサングラスをかけ、目を隠している。恐らくこのサングラスが実況者のアイデンティティなのだろう。
どうでもいいようなことから、結構大切なことまで、全てにおいて真面目に取り組むこの実況者の姿勢はかなり好印象で、小物の実況者ではあるものの、にこは好感を持たずにはいられなかった。
視聴後のアンケートが表示され、すごく良かったの評価が90%を占めている。もちろん、にこも高評価のボタンを押した。
『今日も面白かったー!』『ホンマに最っ高!』などのコメントが画面上を覆い尽くしている。にこはうっとりとしながらキーを叩く。
『Cherry大好き』と。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「んで?なんの様です?矢澤先輩」
「私に舐めたマネをしてくれたことを忘れたわけじゃないから、こうして来てあげてんのよ」
「昼休みくらい、落ち着いて昼食取らせてくださいって。てか、あの案件からもう1ヶ月は経つでしょうが。なんか知らない間に生徒会の2トップもみゅーず?に加入したらしいですし…」
「話を逸らそうとしないの。もう1度言うわよ?私は忘れてないから。許す気もないから」
「これで言われるの8回目ですから、アナタのお気持ちは理解しておりますよ?」
「いつまでたってもムカつくヤツよね……!!」
捨て台詞?を吐いた矢澤先輩は肩を怒らしながら、ズンズンと退室。小さいアンタがやっても迫力ないですよー、可愛いだけですよー。
「さて……することもないし、寝るかな」
机に顔を伏せる。余計に気だるくなる可能性もあるが、ま、いいだろう。元から気だるいし。
そう思いながら僕は一瞬で夢の世界へ堕ちた。
放課後。
夕日が差し込む廊下を嫌々ながら歩く。左脇には大量の資料を抱えてだ。
何度か角を曲がり階段を上る。そして、すぐさま辿り着く屋上への入り口。
ここで活動している部は知っている。頭をポリポリ掻いてから、いざ外へ。
ガチャリと少し重めの扉を開けると、ちょうど体幹のトレーニングをしていた9人の女子たちが目に飛び込んできた。
そして僕はそのうち2人に照準を合わせ、歩み寄る。
ゲッと声にしながら、会長とのんたんは少し後ずさる。
「2人とも……お仕事は?まさかサボりっすか??」
「いや…これは……その…」
「学校のための生徒会が聞いて呆れますよ。ほら、練習途中だかなんだろうが来てもらいますよ?アナタ方がサボりにサボった仕事はたぁくさん残ってんですから」
そこで資料をいつぞやのように嫌味ったらしくペシペシと叩く。アナタたちのお陰でこっちは最近観たいテレビも観れてねぇんだ!このツケは今日必ず払ってもらいますからね!
「いや…で、でも…」
「絵里…クラブに入るのはいいですけど、会長としての仕事はこなしてのクラブですよ?もしかして残った仕事全部僕に押し付ける気でいたんじゃあないでしょうね……?」
「い、いや、そういうわけじ……ーー」
「「「「ん?」」」」
「待って今桜くん絵里先輩のことなんて?」
「絵里」
「な、なんでなのかなぁ…?ほ、穂乃果馬鹿だからわかんないんだけど…」
「高坂さんが馬鹿かどうかは置いておいて、理由は単純。僕が絵里に直接下の名前で呼んでって頼まれたからだよ」
ま、心の中では会長って呼んでるけどね。だがそれに過剰に反応するのは流石ストーカーたちと言えるだろうか。ことほのうみの3人はもちろんのこと、僕のご主人様もキッと僕を睨みつける。だからやめてくださいって。
「じゃあことりのこともことりね」
「私も海未で。あ、それと今から貴方のことを桜と呼びますので」
「穂乃果も穂乃果ね!じゃあ私も下の名前で呼んじゃうね!」
「あぁぁぁ!!もう!!!名前をどう呼ぶかなんてどうでもいいからさっさと会長、副会長!生徒会室へ行きますよ!!?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
またもや部屋の全照明を落とし、パソコンの前へへばりつく、にこ。
あの実況者の配信を今か今かと待ち続けるのはどうやらにこだけではなく、開始5分前だというのに、もう50人ものコアなファンが集まっていた。
『楽しみー!』『あくしろよ』だのコメントの殺到。彼らと全くの同意見だったので、にこは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
少し眠気が襲ってきたので、にこはイヤホンをし、目を瞑る。そして……
『どうも、こんばんは!連続生配信企画…堂々の2日目!実況者のCherryです!もうすでに70人の方が来場してくれてるとのことで……いやー!ありがとうございます!ホントに』
バスドラムの効いたBGMと共にパソコンの画面が切り替わり、彼女が絶賛夢中の実況者が姿を表した。いつも通りのヒビの入ったサングラス。オシャレとは決して言えない微妙なファッション。そう、彼だ。
『では、今日もしょーもないことを喋っていきたいと思うのですが、えーとですね。今回は、以前からリスナーの皆様に何度もリクエストされていた…髪の毛の染色
をやってみたいと思いましてね』
『髪の毛が染まるまでの生配信としたいと思います!えーと、じゃあ準備しますので、しばらくお待ちください』
Cherryの声が聞こえた瞬間、にこの夢見気分が霧払いしたかのように消え去る。しかも、髪の毛の染色というのはにこ自身もリクエストしたことがある彼への要望だ。これに応えてくれる日が来るとは……感情表現豊かなにこは、感激に目を潤ませた。
『よっと……ちょっと皆さん!草生やさないでくださいよ!確かに頭にヘッドギアみたいなの付けてるけど!……もしかして、これを見たかったからリクエストしたんですか!?』
『そうだよ(便乗)』『当たり前だよなぁ?』というコメントの洪水。そのコメントに当のCherryも苦笑い。
『まぁ、皆さんを楽しませることができるならば、本望ですが……よし!では、話題を変えまして!』
こんなぐだくだな感じもこの実況者に好印象を与える1つの要因なのかもしれない。
『髪の毛を染めている間に今日あったことを勝手にダベっていきますね。えーと……本当にどうでもいいことなのですが…今日の朝食が……ーー』
まずはいつもの彼のその日あったことの報告。彼の体験談から、にこはこの実況者がまだ学生ということは勘づいていたが、そんなことはどうでもよかった。
Cherryが好き、この人の配信が楽しい。にこにとってはこれが重要で、他のことはどうでもいいのだ。
『いやー……今日は色々ありましたよ……例えば…そうですね。僕には1つ年上のいわゆる先輩がいるのですけど、実は僕、その人に喧嘩を売るようなことを1回だけしてしまったんですよ。そうしたら、もう1ヶ月も経過したのに今日も食ってかかってくるっていうね。これで8回目ですよ?まぁ、可愛い先輩だから全然大丈夫ですが』
にこはCherryも大変なのね、としみじみ思う。もし私がアンタの先輩なら絶対そんな面倒な絡みはしないのに!と届くわけもない思いを抱く。
他にも、仕事を押し付ける先輩がいるだとか、彼は先輩関係で苦労しているようだ。
画面は彼を慰めるコメントが綺麗に覆っている。こういうコメントをリスナーに自然とさせてしまうこの実況者の魅力には、スクールアイドルをしている者の身として脱帽する。
やがて1日の出来事の報告を終えた後、彼は今後やって欲しい事のリクエストを募り出した。彼は結構無茶なことでも面白そうなら基本的に何でもしてくれる。
にこは『最近キてるスクールアイドルがいる。μ'sっていうんだけど、そのMVの再現をして欲しい』とまだ無名である彼女のグループの名前を出す。
この時、にこは面白いリクエストをしよう、奇抜なリクエストをしようといったことを完全に忘れ、ただ心から思った要望を実況者にぶつけてしまった。
こんな私的過ぎるリクエストを彼が呑んでくれるはずがないと、思うも既にエンターキーを押してしまっている。時すでに遅し。
だが、これは奇跡と言えるのかは分からないが、大量に殺到するリクエストの中でCherryはにこの質問を読み上げたのだ。
『μ'sのMV再現?最近キてるスクールアイドルね……へ~!面白そうですね!えーと……次の動画で撮るヤツはにこにーさんリクエストのμ'sのMV再現にしてみたいってのが僕の意見なのですが、異論はございませんか?』
『μ's?何ソレ』『Cherryが良いなら、いいよー』『面白そう』『μ's…なんか気になってきた』
にこの目には信じられない光景が映っていた。自分の私的な要望を押し通しただけなのに、今パソコン上では『μ's』という1つのキーワードで持ち切りだ。
瞳を人知れず潤ませたにこは、コメントで『ありがとうCherry』と打ち返すので精一杯だった。
涙で歪む視界で、彼が金色に染めあがった髪を晒し、再びリスナーを『とうもろこしwww』と湧かせるのを最後に見届け、にこは無言でパソコンの電源を切り、ベッドに飛び込んだ。
彼女の寝顔は至福の表情に包まれていて、それはそれは天使のようで……可愛かった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「謝んなさいよ」
「ヤです」
「9回も来てあげてんのに、まだ謝んないのアンタは!?」
「だからアナタの気持ちは重々理解しておりますって。けれど僕は謝りません。なぜなら僕は反省していないからです」
「それ結局のところ私の気持ち理解していないでしょうが!!余計にタチが悪いわよ!?」
「じゃあどんなお気持ちなんですか?」
「怒りよ、怒り!!アングリー!マッド!!」
「MAD?」
「そっちのMADじゃない!」
「え、そっちって……」
待て、なんで通じた。僕がそう疑問に思う前に矢澤先輩からの鉄拳制裁が下った。回転力を活かした彼女のゲンコツは僕の脳天に穿たれ、脳内出血が起こったのかと錯覚させるには十分な痛さだった。
「っぐぬぉぉぉ………」
「これに懲りたら、これ以上先輩をからかわないことね!」
ひっでぇな……。つむじを撫でて少しでも痛みを和らげようと努めてみるも、すぐに無駄だと分かり僕は保健室で保冷剤をもらうことにした。多分、たんこぶできたぞ。
桜が保健室へ向かうために教室を出た頃、にこはこの昼休みの間にでも他のスクールアイドルの研究をしようと部室の前まで足を運んでいた。
まだ治まっていないある後輩に対しての怒りを身に宿しながら、ドアノブに手をかける。そこでにこは右手に何かが付着しているのを見た。
「ん?……パウダー?ってこれ染料用のヤツじゃない。しかもダークブラウン……これっていつついたのかしら」
今日1日を振り返るも、思い当たるのはただ1つ。
桜だ。
「アイツを殴ったら……このパウダーが付いた……まさかアイツ…染めてるの?」
そこで小悪魔っぽく笑ったにこは、桜の弱味を発見したと大いに喜んだ。
「えーと……大雑把に説明すると、メロスは友セリヌンティウスのために野をかけ、山をかけ…といった具合だが、もちろん本編はこんなにざっくりとした内容ではない。ちなみにだが、この超有名文学作品の作者名…答えられないヤツはまさかいないよな?」
国語教師の声が教室に響く。叢雲 桜が所属するクラスでは現代文の授業を行っていた。しかし、当の桜は爆睡中であった。
「むにゃ……」
「そうだな…では……っ…!おい!叢雲!!」
「ぬおっ…!?は、はい!!」
「作者を言ってみろ!!」
「え?えっと……J・K・ローリングですか?」
「エクスペクト・パトローナム!じゃなぁぁい!!ハリー・ポッターの作者だそれは!!お前はしばらく立ってなさい!!」
自業自得である。
僕は頭がまだボーッとする中、立ち上がり腰をポキポキ鳴らしながら黒板へと目を向ける。
そんな様子を見ていた桜の男友達は不思議な様子で彼を盗み見る。
ーーおっかしいな……アイツ普段は授業中寝るようなヤツじゃねぇのに……まさか、寝不足か?だとしても、なんでだ?
そんな男友達の危惧を知る由もない当の本人は呑気に欠伸を噛み殺していた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
放課後。生徒会の2人が半ば強制的に僕に押し付けた形の仕事を片付けようと、生徒会室に直行する。
今日もクラブへ行った2人に流石に呆れてきた僕は肩を怒らせながら、ずんずんと廊下を進む。
窓から差し込む夕日が僕の目の下のクマに深い陰影を落とす。
はぁ、と溜め息を吐き階段を上る。その足取りは重く、眉間を指で摘み、揉む。その姿は完全に夜勤明けのサラリーマンそのものだ。
ゆっくりと廊下を進むこと数分。無駄に広い校舎に今更苛立ちを覚え、やっと見慣れた生徒会室が見えてきたと少しだけ顔を明るくさせると、死角から飛び出してきた漆黒のツインテール。
「あっぶ……!」と咄嗟に立ち止まるものの、その反動でカバンの重みに引っ張られ、尻餅を着いた。
「いった……!ちょ、ちょっと!矢澤先輩!危ないじゃないですか!心臓飛び出るかと思いましたよ!?」
「あらそう?けど今からもっと心臓飛び出るかもね?」
卑しく笑う矢澤先輩に少し腹が立ったが、矢澤先輩が差し出した右手の甲を見て、言葉が出なくなった。
「あっるぇ……?染髪料…?しかも、ダークブラウン?これ……何かなー??」
「んなっ……ぁぁ……な、な、なんですか?そ、それは……?」
「アンタにゲンコツをお見舞いした後に付着したのよねー。こ・れ。どういうことかしら?」
「し、知りません!だから、なんなんですかそれ!」
「ふーん……あ、じゃあ確認したいから頭をこっちに向けてくれない?」
「か、確認?悪いですけどそんなことしてもらう時間はなくて……」
「問答無用!おりゃ!」
どこからともなく出された矢澤先輩の水鉄砲は、持ち主の可愛らしい掛け声と共に冷水を勢いよく射出した。当然そんなハイスピードな攻撃を避けれるわけがなく、つむじに直撃。
僕の頭からポタポタと音を立てて落ちる水滴は焦げ茶色で、つむじ付近はビターチョコレートを連想させるダークブラウンから、とうもろこしを連想させるプラチナブロンドに瞬時に変貌した。
「なっ……!」
「よっしゃぁあ!!弱味ゲットー!参ったかしら?せ・い・と・
か・いさん?」
手が怒りではなく、絶望感でわなわな震える。こんな所に誰かが通りかかったりでもしたら僕の生徒会としての立ち位置が……!!
「ひ、ひぃぃっ!!」
「そ、そんなにビビらなくてもいいじゃない!ってか、元々は染髪をするアンタが悪いんじゃない!」
「そ、それはそうですけどぉ!」
「とりあえず!これで私はアンタの弱味を握ったんだから……まずはそうね……あの時の件を謝んなさいよ」
「くっ……!」
「言っとくけど拒否権は無いわよ?当たり前じゃない。今の流れの主導権は私の手中なんだから」
謝るしかないか。いや、あの時のことを謝るのは当然だしね。いずれ本心で謝ろうと思ってたのに、まさかこんな形で謝罪をさせられるとは夢にも思わなかった。
こうなっては仕方ない。
僕は尻餅を着いたままの姿勢から、膝立ちになり、正座する。腰を曲げ、両手を床に付き、頭を垂れた。
「誠に……申し訳ありませんでした」
全身全霊の謝罪だった。僕の気持ちが届いたのかどうかは分からないが、僕の土下座姿を見た矢澤先輩はフンと言って、僕に立ち上がるよう指示。
すっかりと従順になってしまった僕はもちろん逆らうことなく、すぐに起立。彼女の瞳を真っ直ぐと見つめる。
「これで謝る謝らないの問題はおしまいね」
「そう……ですね」
「はぁ……なんだか疲れたわ。……んじゃ、私練習行ってくるから」
「え?ほ、他に何か指示したりしないんですか?」
「……アンタってまさかソッチ?」
「いやいやいや!違いますよ!ただ……僕の弱みを握っているのなら、もっと無茶なことを言うんじゃないか?って思っただけで…」
「はぁ?それどこの女王様よ。私はそんなことはしないわ。一応、このことは黙っておいてあげるから、安心しなさいよ。……けど、今度要らないことをしたら……その時は今の立っている場所から引きずり降ろされてると思いなさいよね」
怖っ。口に出かけたが、要らないことをしたら、書記の職を失うので唇を噛んでやり過ごす。
でもまぁ。無茶な要望をしてこないだけまだマシか。その辺はウチのご主人様と差があるな。……人間としての。
話を終えた矢澤先輩が廊下の向こうへ歩いていく。その小さな背中から視線を逸らし落ちていたカバンを肩に再び担ぐ。
だがそこで奇怪な音がなった。ジャラジャラ。カバンを揺らす度にそう鳴った。
嫌な予感がし、カバンを地面に置いて、探る。そして僕は粉々になっていたビデオカメラを発見し絶叫した。
「なぁぁぁぁぁあああ!!!!」
それに反応した矢澤先輩が、肩をビクっとさせてから急いで僕の元へ。
「きゅ、急に大声出さないでよ!って、それどうしたのよ!?」
「び……ビデオカメラが……!そんな…!」
「うっそ……ビデオカメラって……それいくらしたの?」
「言えませんよ、そんなの!でも標準金額のビデオカメラより少し高級なのを買ってますから……うわぁ……そんなぁ………」
「……」
「……」
「ねぇ」
「は、はい?」
「それ、そんなに大切なの?」
「はい……じ、実はこれ…生徒会の予算で買った備品でして……」
「うっわぁ……やっちゃったわね、アンタ」
「一体誰のせいだと……!」
「……まぁ、悪かったわね。あ、じゃあこんなのはどう?」
「はい、これ」
矢澤先輩から手渡されたのは、少し小型のビデオカメラだった。
「ん?これって……」
「スクールアイドル部の備品」
「そ、そんなの借りられませんよ!」
「いいのよ!新曲のMVはこの前撮影したばっかだから、しばらくは使うつもりないし。その間だけなら、アンタに貸してあげる」
「ほ、ホントに良いんですか?」
「部長の私が言ってんのよ!さっさと借りときなさいよ、意気地無し!」
結構酷いことを言われ、カメラの故障と誹謗中傷のダブルダメージを受けた僕の心はますますと沈んだが、ビデオカメラを貸してくれるという彼女の厚意には少しだけ胸が熱くなった。
「じゃあ……しばらくお借りしますね?」
「ええ……あ、そうだ。それ一応ウチの備品だから、学校から持ち出し禁止ね」
「あ~……ま、当然ですね。了解です。じゃあ帰宅する時に返しますね?」
「よろしくね。じゃあ今度こそこれで」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『今日は連日生放送企画…怒涛の3日目だー!今日は放送時間を早めて夕方に投稿させて貰っております!いやー、深夜勢の皆様には申し訳ない!まぁ、生配信した動画は一応チャンネルでも上げておきますので深夜勢の皆様はそちらをご覧ください。では、今日も元気に行ってみよー!!』
端末を媒体として急に流れ出る某実況者の声にダンスの振り付けを夕日にジリジリと照らされながら熟考していたにこは仰天し、音源の方をバッと見る。
そこには、スマホを横にして画面に食い入るようにして見つめている花陽の姿があった。
「ちょ、ちょっと!花陽!?アンタその生配信!?」
「あ、Cherryっていう実況者の生配信なの!」
「あ、アンタがなんでそんな小物実況者を知ってんの……?」
「そういうにこちゃんこそ」
「わ、私は彼の古参ファンで……」
「え、嘘ぉ!?私もなの、にこちゃん!」
「こ、こんな偶然があんのね…」
「不思議だね」
「そうね。ってか、生配信に集中しましょうよ」
「振り付けに集中してください、にこ、花陽」
2人で液晶画面を眺めるも、背後からやってきた弓道少女に首筋をつまみ上げられる。
「ぬわぁぁぁ!な、何すんのよっ!?」
「海未ちゃん離してぇぇ」
「真面目にやる気あるんですか!?2人とも!……って、何を見てたのです?」
ここで初めて海未がスマホの画面上で流れている動画に気づいた。
「これはね、Cherryさんって言って、私とにこちゃんイチオシの配信者なんですっっ」
「ぬわっ!か、顔が近いですよ花陽っ」
「なにしてんのよ……」
急に熱くなりだした花陽に今度は真姫が絡んできた。
そして、スマホの画面を見て、ふと既視感に気づく。
「ねぇ……これ……すんごい見たことある背景だと思わない?」
「「「え?」」」
3人の声が重なった。すると、「なになに~?」「どないしたん?」と他のメンバーもぞろぞろと花陽のスマートフォンの前に集結してしまった。
「いや…このCherry?ってヤツの後ろに映ってる背景……ウチの学校の生徒会室じゃないかしら?」
真姫がそう発言した瞬間、合点がいったかのように絵里と希が手打ちし「あ~、確かに」と更に画面に注目する。
更に……
「あ、ねぇねぇ!すんごい面白いもの見つけちゃったんだけど……この人の左のもみあげから…焦げ茶色の汗が出てるよ?」
猫並みの動体視力を併せ持った凛が、常人なら気付かないようなモノを発見した。
「うわっ。ホンマやん」
「ウチの生徒会室で何をしてるのかしら……」
「絵里ちゃんちょっと不満っぽいにゃー」
「そりゃあそうよ」
「でも、まだウチの生徒会室と決まったわけではありませんし……」
「じゃあさ」
ここで、茶色のサイドテールを揺らした穂乃果が手を挙げて提案。
「実際に行ってみない?生徒会室に!」
『ーー……で、今日はちょっとヤバかったですね。染髪したのが他人にバレそうになっちゃいましたよ。やっぱり急にイメチェンしたのを誰かに見られるって恥ずかしいですよね』
携帯から漏れでる音を最小に。
『あ、そうそう。午後にね?僕、『走れメロス』の作者名をド忘れしちゃいまして』
廊下を歩く足音も最小に。
『普段なら太宰治ってパッと言えるんですけど……その時僕ね?なんて言ったと思います?J・K・ローリングって言っちゃったんですよね。しかもそれ偉いさんに聞かれちゃうっていうね』
そして……生徒会室に9人の女神はとうとう辿り着いた。防音性の高い生徒会室の中からの音は残念ながら聞こえなかった。
けれど、誰かが中にいるという気配は十分に感じ取れる。
彼女らはそこでしばらく待機、花陽のスマホでCherryの生配信が終えるのを待ち続ける。
そして、遂にその時が訪れた。
『ーー……あ、1時間も話しちゃってましたね。申し訳ない。それでは、皆様。明日でこの連日生配信企画も最終日でございます。どうか明日もご来場くださいませ。そして、事前に言っておきますが、明日も生放送はこの時間にやらせてください!少し諸事情ができましてね……はい!では、この辺で終了したいと思います!それでは、また明日!さようなら!!』
スマホの画面がブラックアウトした。それを見計らって、彼女らは生徒会室の扉を、絵里が職員室から許可を貰い、持ってきたマスターキーを使用し勢いよく開けた。
『わっ!!?』
マイクで拡張された声が室内に充満した。
驚きの声を上げた声の主は穂乃果たちの丁度眼前。椅子に座り、スクールアイドル部の備品であるビデオカメラで自らを撮影している。
そこから伸びた配線は声の主の隣にあるパソコンに繋がれており、花陽のスマホと全く同じ動画を映し出していた。
そして注目するは、その声の主。
ヘッドホンを付け、凛の指摘通り左のもみあげから焦げ茶色の汗が垂れており、動画内では死角になっていた後頭部も少し焦げ茶色が残っていた。
そしてこの声の主がかけていたのは、全国のコアなファンを熱狂させてきたヒビ入りのサングラス。
服装はブレザーから、センスが良いとは言えない服装に変わっていた。
それはまさしくCherry本人だった。
憧れの人をやっと間近で見れた。そうにこが感動した次の瞬間、衝撃が襲いかかった。
夕日に照らされた彼のサングラス。ヒビが入った所は鮮明に見えなかったが、それでも黒色のレンズの奥にある見慣れた綺麗な二重まぶたの瞳をにこに認知させるには十分な程に、レンズが陽光により透けていた。
「あ、あんた……まさか……」
声を震わせるにこ。そんなにこの様子を見たCherryは、はぁと溜め息。ヒビの入ったサングラスを押し上げ、ヘッドホンを取る。
「こんにちは、にこにーさん。……Cherryです」
高層ビルの裏に消えようとしていた夕日が辛うじて室内に光を届けた。それに照らされたCherryの髪は……『にこにー』が以前からリクエストしていた染髪した髪で、しかも、『お米様』の要望にしっかりと答えたプラチナブロンドだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
帰り道。
すっかりと暗くなった歩道をどっさりと渡された反省文の用紙を片手にゆっくり歩く。
僕の前を歩くのは心の支えだった2人。
「さて、と……じゃあ僕はこっちだから……ううん。やっぱり付いて行く。夜道に女の子だけで帰らせるわけにはいかないしね」
「……あの、Cherry……えと……む、叢雲先輩」
「僕の前だけなら『Cherry』でいいよ。『お米様』」
「そ、それはやめてくださいっ!」
「だ、ダメ?じゃあ……花陽ちゃんで!」
「は、はい……あの…まさか、こんな身近に憧れの配信者さんがいるとは思わなくって」
「僕もまさかこんな近くに古参ファンの方がいたなんて思わなかったよ!偶然って凄いよね!」
「は、はい!……あ、えーと。でも……反省文…私が動画を見たせいで」
「いいよ。じきにバレるとは思ってたし。あのタイミングで9人にバレて、会長にチクられ……あれで良かったと思うよ。けどまぁ……僕はお役御免になっちゃったけどね。ははっ」
僕は急に物寂しくなった左腕をさする。挨拶運動期間の時はよく腕章をここに付けたものだ。
「オマケに1週間の停学。成績は全評価を1下げられるという処置。これで済んだだけまだマシだよ。1週間我慢すれば、今まで通り学校に通えるし」
「……本当に今まで通りに行くと思ってるの?」
僕と花陽ちゃんの会話に、矢澤先輩が割り込んできた。
その顔は怒っているのか分からない複雑な表情をしていた。
「花陽。先に帰ってくれない?悪いんだけど」
「いや……この夜道に女の子1人ってのは」
「黙って。お願いよ、花陽」
「……うん。わかった。じゃあまた明日ね」
夜の街へと変貌していく東京の街を、自分の家に向かって突き進んでいく花陽ちゃん。彼女の背中が見えなくなった時、矢澤先輩はようやく口を開いた。
「……アンタだったのね……私が熱中してた配信者」
「……アナタだったんですね……僕の最古のファンは」
「……そうよ。アンタの投稿動画全部見た。全部にコメントした。……全部拾ってくれた。他のファンの人達に……私のコメントばかり拾ってるってバレないようにさり気なく……」
「気付かれてましたか。……当然ですよ。だって、僕の中でアナタが1番の僕のファンですから」
乗用車が何台も通り過ぎる。ヘッドライトに照らされる矢澤先輩の頬はほんのりと赤かった。
「僕が……配信者になった理由……知ってますか?」
「当然。面白い動画を作りたかったからでしょ?徹底的に調べて突き止めたの」
「結構怖いことしてくれますね。……矢澤先輩の答え。半分は正解です」
「半分?」
「えぇ。残りのもう半分は……自分を見つめ直したかったたからです」
「自分を…」
「僕は元々引っ込み思案な糞ガキでした。何事においても、1歩引いた所で取り組んでました。……そんな自分に嫌気が差したんです」
僕が配信者になった年。そのとき僕は中学2年だった。思春期真っ盛りだった僕は親には当たり前のように反抗し……憧れの幼なじみへのストーカー行為に疑問を持ち始めていた。
ストーカーなんて馬鹿らしい。これじゃあ結局彼女の迷惑になるじゃないか。なんで気づかなかったんだ僕のバカ。そのとき、僕は自分を最大限の語彙力をもって、自嘲していた。
すると、どうだろう。毎日友達と学校で会うことさえつまらなくなってしまった。
快感を覚えていた友達との授業のサボりも物足りなくなった。
それは何故か。
自問した末に出てきた答えはたった1つ。
幼なじみのストーカーをやめたから……だった。
その答えに辿り着いた自分を心底情けなく思い、更に自身を蔑んだ。
けれど、そのときにやっと気づけた。
今の状況は……全部……自分の引っ込み思案なところが招いたモノだってことに。
もっと積極的であれば……親をただ無視するだけじゃなく、面と向かって不満点を言えたのに。
もっと自信があれば……幼なじみの隣に行き、告白できたのに。惨めなストーカー生活から卒業できたのに。
何度これを思って、自分を痛めつけただろうか。頬には、自分の拳打により付いたあざが痛々しく存在していた。
だから僕はわけのわからなくなった自分自身を一線引いた所で冷静に見つめ直してみようと、思い……動画をネット上に公開した。
詳細な内容はよく覚えていない。ただそのとき僕は誰が見ているかもわからない動画に……本音を語っていた。
『勇気が欲しいんだ。引っ込み思案の自分のせいで、今最悪な状況になってるんです。取り返しのつかないことをしてしまった……皆さんにはありませんか?そういうの』
我ながらにキモい投稿だったことは覚えている。確か動画の出だしはこんな感じだった。
動画を投稿しても再生数が着くはずが無かった。だって、2時間も自分の落ち度を暴露しているだけの動画だったから。
けれど、1ヶ月後。自分だけで稼いだ再生数の31が……32になっていた。
目を疑い、動画を再生。またもや、つまらない僕の僕自身を皮肉る動画が流れる。
そして終盤に差し掛かった時だった。
『ーー……と、まぁ、こんな感じです。今後どうしていったらいいのか分かりません。学校もつまらないです。今、僕にあるのはただ自分を卑下するだけの言葉。……そんな状況です。この動画を見た人に言いたいのは、僕を反面教師として富んだ思春期を送ってください。以上』
『本当にやりたいことをやれば自然と勇気は身に付くよ』
正直言って最初はその初コメントを馬鹿にした。
そんなわけあるかと。でも……もし、これが本当なら……そう思った僕はその日、父が仕事から帰ってきた瞬間、玄関で土下座し今までのことを謝罪した。
学校に久しぶりに行った。友達は笑顔で僕を心配しながら、迎えてくれた。……涙が出た。止まらなかった。それを見た友達に笑われた。嬉しかった。
そして僕は……友達に授業をサボるのをやめようと提案した。すると、思いのほか彼らはあっさりと了承してくれた。……職員室へ行き、先生に今までの無礼を謝った。胸のつかえが取れた。
最後に……幼なじみの顔を見に行った。直接会いに行った。ほんの数分のお喋りだったが……たまらなく嬉しかった。
それらをこなした僕はふと鏡で自分の顔を見た。そして、確信したんだ。
「勇ましい顔つきにやっとなれたんだな……僕」
その日を境に、アップしていたディスり動画を削除。一変して、ただただ自分がしたかった喋りを生配信した。
するとどうだろうか。視聴者が1……10……20と増えていくではないか。それを目の当たりにした僕の下は段々と饒舌になり、止まらなくなった。
最後には『最高』のコメで埋め尽くされていた。
そして、その中に『良かったね』のコメもあった。
僕はその初コメントの人に……勇気を貰ったんだ。
「ただ自分自身を見つめ直したかっただけなんですけど……勇気……貰っちゃいました」
「自分に嫌気が差していたのは事実でしたし、あの状況を本気で改善したいと思ってました。だから、引っ込み思案の僕はどんな顔でどんな声で……どんな本音を語るのか……実のところ、それを動画で確認したかっただけなんです」
「すみません。わけわからない話だったでしょ?自分でも何言ってるかわかんなくなってきてたんで。けど……僕が今も確かに信じて行っているのは……自分が1番やりたいことをするという行為です」
「これのお陰で自分に自信が持てた。……アナタのお陰なんですよ。矢澤先輩」
過去の話を話している僕の声は知らぬ間に、震えていた。目尻に涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「本当は……アナタは僕の恩人なんです。尊敬に値する人なんです。だから……本当に部室の件は……申し訳ありませんでしたっ!!」
くの字に腰を曲げ、涙を床に落としながら謝罪する。
「……謝らないでよ」
「……へ?」
「私こそ……アンタに謝らなくっちゃならないの。私も当時……アンタと似たような状況だったから」
「矢澤先輩……」
「私が気まぐれで見た動画で……気まぐれにコメントして……気まぐれで見た動画主が一変して、朗らかにネット上で人を笑顔にさせていた。……勇気を貰ったのは私のほうなのよ、Cherry」
「……なんだか……小っ恥ずかしいですね」
「ふふ…そうね…」
「……」
「……」
「「あ、あの…」」
「あ、そ、そっちからどぞ…」
「い、いや!私はいいわよ!アンタから!」
「えーと……じゃあ……『にこにー』さん」
「ふふ……なぁによ?『Cherry』様」
「今度アップするμ'sのMV再現の動画……絶対イチコメお願いします」
「もちろんよ!だって私はアンタのケツずっと追いかけてた大ファンなんだから!」
「ケツって……ははは。……それじゃ……また1週間」
「……待って」
「……?」
「私…自分もしよっかなって思うの。自分の本当にしたいことをするっていうことを」
「いいじゃないですか。矢澤先輩」
「じゃあ……今からするわね……」
そう言うと、矢澤先輩は近づいてきた。顔数センチの距離で立ち止まった矢澤先輩は段々と僕の顔に近づいてきて………ニコッと笑ってから遠ざかった。
「!?」
「まさかぁ、宇宙No.1アイドルのにこにーからキスを貰えると思ったのぉ?いやー!このハレンチ!」
「は、はぁ!?からかわないでくださいよ、矢澤先輩!!」
「黙らっしゃぁぁい!」
ネット上で知り合った彼らは月夜に舞う。
彼らの座右の銘は、『本当にやりたいことをやること』
簡単だが、これが非常に難しい。
けれど、彼らはそれを完全ではないが成し遂げた。
故に今日の彼らがいる。
女神は手を差し伸べた。自分を最高に卑下し続けた彼に。
彼らは互いに反発しあう。今まで通りに。だが、きっと彼らは磁石のようなものなのだろう。
反発しあっていても……くっつくときにはくっつく。……Cherryのデビュー動画の時のように。
そして2人はお互いの背中を追いかけあい……高みへと登っていくのだろう。
そのためにもまずは……
「さーて、と。反省文書いてから、髪を染め直しますかね」
小さなことからコツコツとこなそうじゃないか。