私はお前達が『世界』と呼ぶ存在。
あるいは『宇宙』。
あるいは『神』。
あるいは『真理』。
あるいは『全』。
あるいは『一』。
そして、『私』は『お前』だ。
「――――参ったわね」
世界を股にかけるトップアーティスト『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』は、言葉通りの顔で空を見上げていた。
突然振ってきた雨。
幸い軒下へすぐ避難できたものの、凄まじい勢いと量は、彼女の頭と肩を一瞬でびしゃびしゃにした。
日本において、この時期の雨は珍しくないものの。
天気予報では晴れだと断言していただけに、どこか納得できない気分になる。
空模様から察するに、もう少しだけ足止めをくらいそうだ。
憂鬱な気持ちで、鉛色を見上げていると。
「あのー・・・・」
「っ、はい?」
声をかけられ振り向くと、女性がひょっこり顔を出していた。
黒を基調とした服が、彼女の雰囲気を引き締めている。
「よかったら中で雨宿りしていきませんか?そこにいると、風邪引いちゃいますよ?」
「えっと、ありがたいんですけど、いいんですか?」
マリアが問いかけると、女性はほがらかに微笑んだ。
「ええ、この天気ですから、他にお客さんもいませんし」
「お客・・・・?」
疑問に思ったマリアが、濡れない範囲で振り向けば。
すぐ後ろの大きな窓ガラスの向こうに、おしゃれな店内が見えた。
どうやらマリアが逃げ込んだ軒下は喫茶店のもので、彼女はここの店主らしい。
「・・・・ええ、それじゃあ」
少し悩んだマリアだったが。
雨に難儀していたのも事実なので、素直に世話になることにした。
「ふぅ・・・・」
――――喫茶・アメストリス。
そう紹介された店内のカウンター席に座るマリアは、粗方濡れた箇所を拭き終えて、一息。
まだ降っている雨をぼんやり見ながら、これ以上濡れなくてよかったと安堵する。
「・・・・っと」
一心地ついたところで、このままぼんやりしているのも何かと思い。
備え付けのメニュー表を見てみた。
喫茶店らしく、お茶やコーヒーといった飲み物系もそうだが。
食事メニューもまた、負けないくらいのレパートリーだ。
学生でも気軽に頼めるような金額設定で、さらに百円プラスで大盛り可。
喫茶店にしては珍しいと思ったが、マリアはふと思い出す。
今いるここは、カ=ディンギル跡地の近く。
言い換えれば、かつてリディアンだった場所に近い立地だ。
ともなれば、かつてはリディアン生で賑わっていたのだろう。
このメニューは学生向けにも設定されているのだと、一人納得した。
「ごめんなさい、注文いいですか?」
「はーい」
一通りメニューを見終えたところで声をかけると、店主が伝票を片手にやってくる。
「お招きしたのはこっちなのに、お待たせしてすみません」
「いえ、こっちも助かりました。この、トマトとささみのかき玉スープをお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店主の笑顔に微笑み返して、マリアはまた手持ち無沙汰に待ち始める。
何となく耳を澄ませると、店内に流れるピアノジャズが聞こえてきた。
内装も茶色やオレンジと言った暖色系にまとめているかと思いきや、観葉植物のような緑でアクセントを加えている。
どこにでもありそうで、だからこそほっとする。
リディアンが移転する前は、いや、移転した後も。
さぞ繁盛しているだろうと、何となく確信した。
「――――お待たせしました、トマトとささみのかき玉スープです」
「ああ、どうも」
「ふふ、ごゆっくりどうぞ」
ここで料理が運ばれてきた。
雨で冷えた体にはたまらない、温かいスープ。
具材は料理名にあるとおりの鶏肉とトマト、それにしめじが加わっていた。
それらが玉子で綴じられて、実においしそうである。
「いただきます」
日本の風習に倣い、手を合わせてから一口。
思ったとおりほどよい温もりと、鶏ガラを始めとした出汁の旨みがたまらない。
少し驚いたのが、鶏肉がぷりぷりしていること。
食感からして、片栗粉あたりをまぶしたのだろうと推測する。
プチトマトの酸味も味にアクセントを与えていて。
崩して食べるとまた違った風味を味わわせてくれた。
それなのに生になった途端、青臭さやらでろっとした感触やらで苦戦させるのだから。
トマトは実に厄介な食材だと、マリアは一人思った。
「ごちそうさまでした」
空っぽの皿を前に、手を合わせる。
まごうことなき完食、心も体も満たされた時間だった。
外を見れば雨もすっかりあがっていて、所々日差しが差し込んでいる。
切歌や調が心配しているだろうし、そろそろ戻らなければ。
「今日はありがとう、ごちそうさま」
「お粗末様でした、380円になります」
会計時に短くやり取り。
レシートを受け取ってドアに向かうと、店主が先回りして開けてくれた。
他に客がいないなりのサービスなのだろう。
「ありがとう」
気遣いに対し、微笑みながらドアをくぐると。
「よろしければまたお越しください、歌姫マリアさん」
「・・・・ッ」
少し驚いて振り向けば、変わらない営業スマイルを浮かべる店主。
・・・・どうやらマリアの正体に気付いていたらしい。
「・・・・ええ、今度は友人でも連れてくるわ」
抜け目の無い彼女が、何となく面白くなってしまって。
マリアもまた、勝気な笑みを返したのだった。
◆ ◆ ◆
「・・・・ふぅ」
夜。
店じまいの準備をしながら、一息。
今日は緊張した。
ほぼ偶然とは言え、世界のトップアーティストが来るなんて。
あの特徴的な『猫耳ヘアー』が見えたときは、まさかと思いはしたが・・・・。
とはいえ、粗相も無くもてなせてほっとした。
有名人であろうと、客を満足させられずして何が喫茶店だと。
誰もいないのをいいことに、控えめにガッツポーズ。
拳を握ったところでふと、店内を見渡した。
開店してもう五年になるこの店も、少しくたびれてきたように思う。
悪い意味ではなく、周辺に馴染んできたという前向きな意味だ。
当初は四苦八苦したことも、今では余裕を持って対処できるようになった。
道理で年月が経つものだと、感慨深くなる。
・・・・そうやって、よそ事を考えていたのが悪かった。
「あっ」
つるっとする感覚。
目を落とすと、カップが無残に割れてしまった。
やっちまったと思いながら、破片を集める。
この店では、一つ一つ違うデザインのカップを売りにしているので。
一つ割れただけでも、結構惨事なのである。
どうしたもんかと悩んで、ふと。
周囲を確認した。
店内はもちろん、表の通りにも人影は無い。
(・・・・物陰でやれば、バレないはず)
そう結論付けて、早速行動に移す。
カウンター席からナプキンペーパーを一枚拝借。
広げて床に置き、胸ポケットからボールペンを取り出して書き付ける。
そして拾い集めたカップの破片を、ナプキンペーパーの『練成陣』の上に並べる。
これで準備は完了。
最後に、ダメ押しに周囲の確認をしてから。
地面に手を置き、『力』を流し込んで。
「――――ッ」
ばちん、と、火花。
一瞬の光に、思わず目を瞑る。
すぐに目を開ければ、目の前にすっかり元通りになったカップが。
拾い上げて、出来栄えを見る。
「・・・・うん」
我ながらいい出来だと、一人頷いた。
――――遥か過去。
この世に生を受けてから、欠かさず研鑽し続けてきた技術。
自他共に認める腕前が健在であることに、誇りを感じる。
弟子を取り、教えていた時期もあったが。
今はめっきり話を聞かなくなったのだし、恐らくすでに・・・・。
物悲しいものがあるが、それはそれでいいと思える部分がある。
『秘術』たる『アレ』の練成を考えれば、尚更だった。
「さって・・・・」
直したカップを念入りに洗って磨き上げ、元の場所に戻す。
それから店をしっかり施錠して、二階の生活スペースへ。
(明日もがんばろーっと)
月が欠けるだの落ちてくるだの、はたまた世界を分解させようだの。
ある意味賑やかなこの世界は嫌いじゃない。
願わくば、『世界が終わるまで』続けたい平穏を楽しみにしながら。
彼女は眠りについた。
『店主』
女性であること、パヴァリア光明結社の局長を小僧呼ばわりできるくらいに年をとっていること以外、特に決めていないオリジナルキャラクター。
キャロルやサンジェルマン達が扱うものとはまた違う錬金術を使用する。
『真理』ではない。
というわけで、やらかしちまった短編です。
あまり突っ込まないでくれると、うれしいな・・・・!←