◇
次の週の日曜日。
『高町恭也・全快おめでとうパーティ』と称されたそれは――結局は、ただの花見だった。
「おい、酒たんねーぞ、酒!耕介さっさと用意しろ~」
「あー!それはあたしのちくわなのだー!舞、返すのだ!」
「あれ、だってあたしの重箱にあったのは……さては麗!」
「うみゅうみゅうみゅ……もう食べちゃったのです」
「こらこの野猿!その煮付けには、三つ葉が重要だと言うたろーがー!」
「なにいってやがるドン亀!青菜を一緒に入れたほうが風味が増すんだよ!」
「桃子~、一緒に歌おうヨ~」
「よ~し、桃子さんがんばっちゃう!」
あっちこっちで勝手な声が聞こえる。
恭也が、声の聞こえない者達を探そうとあたりを見回すと――
赤星が、さざなみ寮ちび&獣軍団と遊んで……いや、遊ばれていた。
「おーい……誰か……たすけて……」
楽しそうなので放って置くことにする。
その横では、こんなところにも携帯用テレビを持ち込んでゲームをするなのは、忍と、その付き人ノエルの姿。ノエルは忍の一族の作り上げたアンドロイドで、壊れていたところを忍が直して今に至っている。
彼女が、その電子頭脳を使ってパズルゲームをするというのは、反則のような気がしないでもないが――
「わーい、三連勝~」
なのはは、打ち負かしているようである。
「なのは様はすごいですね……」
「ほんと、ノエルの反応速度に勝てる人間がいるなんて……」
驚愕の眼差しで忍はなのはを見つめる。ノエルも、表情こそ豊かではないが、確かに驚いているようだった。
「んーとね、んーとね。ずーと集中して画面見てて、自分がピンチになると……なんだか色が薄くなって、スローモーションみたいに見えることがあるんです」
なんだか、とんでもないことを妹は口走っているようだが……怖いので気にしないことにした。
桜の木から少し離れた場所では、那美や久遠、薫、愛、知佳、霊剣御架月がトランプをしていて、その向こうでは耕介と十六夜が、妙に風流な空気で談笑をしていた。
他にも、さざなみ寮生の何人かが、思い思いに暴れている。
「よう、恭也。元気か?」
リスティが、煙草を燻らせながら現れた。恭也は、そう言えばあの一件以来会っていなかったことを思い出した。
「あん時言いそびれたんだがな……ちょっといいか?今言うことじゃないかもしれないから、またでも良いけど」
親指を、皆から離れた所に向ける。
恭也は、無表情で頷いた。
宴会の声が少し小さくなり、皆の死角になるような位置まで歩いて――
「……安心しろ。そんな警戒しなくても、心を覗いたりはしないよ。昔のボクじゃあるまいし、人のプライベートに土足で踏み込んだりはしない。……色恋沙汰は別だけどね」
にやり、とシニカルに笑う。
冗談はこれくらいにして、と彼女は前振りをすると、
「さて……話と言うのは、『彼女』の死んだときの様子についてだ」
恭也が、静寂で理解を示す。その顔はわずかに強張っていたが、聞こうとする意思は伝わった。
「あの『夏織』という女性が――自殺と断定された理由なんだがな。自殺ならわざわざ無理な体制で心臓に向けたりはしない、と論争していたときに、女性の捜査官が『私でもそうしていたかも』と言って、決着したんだとさ。ボクも、その話を聞いて納得したよ。確かに、ボクもそうするかもしれない」
「どういうことです?」
恭也は、声のトーンを変えずに言った。
「ボクも、女だからさ」
リスティがウインクした。そして続ける。
「まあ……わからんかもしれないが、女ってやつぁ最後の瞬間だって綺麗でいたいもんなのさ。だから、みすみす顔に傷を作るのを避けたんだろうよ」
そう言ったあと、リスティは恭也の反応があまりないことに、少しこほんと咳払いをして、また続けた。
「それにな……彼女の最後の顔――不思議と、笑ってるように見えるんだ。病気の痛みがすごかったはずなのに、モルヒネも使ってなかったっていうのに。ただ、すごく純粋な笑顔で目を瞑っている。そこに……傷は残したくはなかったんだろうな。推測でしかないが――彼女の最後は、安らかだったんだと思う。そして、それを誰かに伝えるためにそうしたんだろう。
恭也と彼女にどんな関わりがあったのかしらないが、そう思うことが、少しでも君を楽にすると良いんだが」
タバコをふかし、リスティは言った。
恭也は腰のベルトに括り付けられた巾着に手を伸ばし、そこに入った霊玉と、あの紙を思う。
(彼女との、関係か……)
恭也が過去に行ったという証拠は、何もない。あの全てが、良くできた夢と言えばそれまでだ。力を持つ石が自分に見せた幻想、ということすらありうる。たとえ、死んだ彼女が本当に母だったとしても、過去に自分と会っていたかどうかを知るすべはない。
しかし、気づかなかった美由希への負の感情と、改めて気づかされた彼女への思いの強さ。それが心に刻み込まれたと言う事実だけは、間違い無く存在している。
だから、信じよう。あの夢のような世界での出来事が、実在したことを。
「……大丈夫。それは悲しいことだったけど……俺には支えてくれる人がいるから、向き合えます」
ちらり、と、恭也の後方で、気配を消すことも忘れて木陰に隠れる妹の姿を見た。
「ふ……そうか。がんばれよ!応援するぞ、禁断の恋に!」
「だ、誰が禁断ですか!」
はっはっは、と、どこかの酔っ払い漫画家と同じ笑いをして、リスティは宴の席に戻っていった。
頬をかいてそのあとを追う途中で、しゃがんで隠れているつもりの美由希の前に立った。
「ほら……なにをしている」
「え……、あ、うーんと……恭ちゃん、大丈夫?」
立ちあがった後も、彼女は上目遣いで恭也の瞳を覗きこんだ。
一週間前のこともあって、不安だったのだろう。
できるだけいつも通りに、恭也は答えることにする。
「……ああ、大丈夫だ」
そのとき、恭也の声に誘われたかのように、さあぁと風が流れ、桜の花びらが舞った。
「わぁ……」
美由希はその光景に見惚れて、感嘆の息を漏らす。
恭也は、舞い散る桜よりも、その中に立つ美由希のほうが美しい、と思った。
恭也は彼女の肩を抱くと、「美由希」と名を呼んで、顔を近づけた。
「……あ……」
美由希は、吐息のような甘い声を漏らすと、目を瞑って――
二人は、唇を重ねた。
「あのー……もーしもーし……」
接吻けのさなかに声をかけられ、二人は飛びのくように離れた。
声をした方向に目を向けると、リスティがいわゆる不良の座り方でしゃがんで、あきれたように――実際あきれていたのだろう――二人を見ていた。
「あのさ……二人の世界に入るのは良いんだけど……場所、考えてる?」
リスティが指差した先には――
びっくりして固まっている高町家と、興味津々と全員が真雪になったような顔でにやついている、さざなみ寮の面々。
恭也達は、完全に皆のことを失念していたようだ。
秘密を知られてしまったことに、どうしたものかと恭也は悩んだが――どうせいつかはばらす気でいたことである。覚悟を決めた。未だにうろたえている美由希に、恭也は向き直って、
「美由希」
「え、えと、あの……どうしよう、恭ちゃん」
そんな妹に、恭也はもう一度顔を近づけて言葉を紡いだ。
「美由希、愛している」
恭也の一言に、あっけに取られたように辺りが静まり返った。
美由希も、何を言われたかわからない、というように目をぱちくりさせていたが――恭也が皆の前で言った、という意味を悟り、顔を染める。そして、しばらく周りを気にして俯いていたが、彼女は一度大きく深呼吸して――「はい」と答えた。
そして、今度は堂々と、恭也と長いキスをする。
おおお!と周りがどよめいていた。
「よっし、みんな。恭也復活パーティを変更して、恭也・美由希カップル公認パーティだ。当然、今日の酒の肴はこいつらだ!」
真雪の先導に従いさざなみ寮が、遅れて、なんだかやけになった感じの高町家が、おー、と呼応する。
今日は長い一日になりそうだ、と、恭也は思った。
◇
それは、連日降り続けた雨が上がり、葉木に溜まった水滴が虹色に輝く、ある晴れた日のこと。
一人の青年が、その無愛想な顔とは相容れない花束を持って、子供達の喧騒が聞こえる公園を闊歩していた。
そのすぐ後で、眼鏡をかけた少女が訝しそうに彼を追っている。
恋人同士のようにも兄妹のようにも思える、二人の距離。
そしてそれは、どちらもが正しい。
青年は、一つのベンチの前でその足を止める。少女も、それに習った。
「恭ちゃん、ここに、何かあるの?」
素直な疑問を口にし、美由希は恭也の顔を覗きこんだ。
「ああ……俺が、大切な人と別れた場所だ」
花束を、そのベンチに置いて目を閉じる。そして、黙祷を捧げる。
美由希には、彼の姿が、その誰かとの思い出をを懐かしんでいるように見えた。
「その人って……女の人?」
「そうだが……。なんだ?」
「……別に」
少し不機嫌そうに、美由希。朴訥な彼も、さすがにその意味はわかる。
「えーと、いや、そういうことではなくてだな」
「いいよ。私は恭ちゃんを信じてるから。言いたくなければ言わなくても」
美由希が顔を上げる。怒ってはいないが、少し寂しそうだった。
「……でも、それが恭ちゃんにとって苦しいことなら、できればでいいから教えて欲しい。半人前の私も、少しはそれを背負えると思うから」
そう言って、美由希は彼の腕に自分の腕を絡めた。
恭也は、自分の腕に頬を摺り寄せるように体重を預ける彼女を、いとおしそうに目を細めながら見て、一つの事を思う。
美由希の胸で泣いたあの日、彼女に語ることは出来なかったが――いつか、全てを彼女に話そう。そして、できるのなら、自分の子供達にも伝えようと。
「……行こうか、美由希」
その、夢のような物語を――。
涙が奏でる鎮魂曲 ~完~