とらんあんぐる組曲 ~もう一度、あの歌を~   作:レトロ騎士

18 / 42
epilogue 『He sent “Sweet dream!” to her.』




終章  「眠るあなたに花束を」

 

         ◇

 次の週の日曜日。

 『高町恭也・全快おめでとうパーティ』と称されたそれは――結局は、ただの花見だった。

 

「おい、酒たんねーぞ、酒!耕介さっさと用意しろ~」

「あー!それはあたしのちくわなのだー!舞、返すのだ!」

「あれ、だってあたしの重箱にあったのは……さては麗!」

「うみゅうみゅうみゅ……もう食べちゃったのです」

「こらこの野猿!その煮付けには、三つ葉が重要だと言うたろーがー!」

「なにいってやがるドン亀!青菜を一緒に入れたほうが風味が増すんだよ!」

「桃子~、一緒に歌おうヨ~」

「よ~し、桃子さんがんばっちゃう!」

 

 あっちこっちで勝手な声が聞こえる。

 恭也が、声の聞こえない者達を探そうとあたりを見回すと――

 赤星が、さざなみ寮ちび&獣軍団と遊んで……いや、遊ばれていた。

 

「おーい……誰か……たすけて……」

 

 楽しそうなので放って置くことにする。

 その横では、こんなところにも携帯用テレビを持ち込んでゲームをするなのは、忍と、その付き人ノエルの姿。ノエルは忍の一族の作り上げたアンドロイドで、壊れていたところを忍が直して今に至っている。

 彼女が、その電子頭脳を使ってパズルゲームをするというのは、反則のような気がしないでもないが――

 

「わーい、三連勝~」

 

 なのはは、打ち負かしているようである。

 

「なのは様はすごいですね……」

「ほんと、ノエルの反応速度に勝てる人間がいるなんて……」

 

 驚愕の眼差しで忍はなのはを見つめる。ノエルも、表情こそ豊かではないが、確かに驚いているようだった。

 

「んーとね、んーとね。ずーと集中して画面見てて、自分がピンチになると……なんだか色が薄くなって、スローモーションみたいに見えることがあるんです」

 

 なんだか、とんでもないことを妹は口走っているようだが……怖いので気にしないことにした。

 桜の木から少し離れた場所では、那美や久遠、薫、愛、知佳、霊剣御架月がトランプをしていて、その向こうでは耕介と十六夜が、妙に風流な空気で談笑をしていた。

 他にも、さざなみ寮生の何人かが、思い思いに暴れている。

 

「よう、恭也。元気か?」

 

 リスティが、煙草を燻らせながら現れた。恭也は、そう言えばあの一件以来会っていなかったことを思い出した。

 

「あん時言いそびれたんだがな……ちょっといいか?今言うことじゃないかもしれないから、またでも良いけど」

 

 親指を、皆から離れた所に向ける。

 恭也は、無表情で頷いた。

 宴会の声が少し小さくなり、皆の死角になるような位置まで歩いて――

 

「……安心しろ。そんな警戒しなくても、心を覗いたりはしないよ。昔のボクじゃあるまいし、人のプライベートに土足で踏み込んだりはしない。……色恋沙汰は別だけどね」

 

 にやり、とシニカルに笑う。

 冗談はこれくらいにして、と彼女は前振りをすると、

「さて……話と言うのは、『彼女』の死んだときの様子についてだ」

 恭也が、静寂で理解を示す。その顔はわずかに強張っていたが、聞こうとする意思は伝わった。

 

「あの『夏織』という女性が――自殺と断定された理由なんだがな。自殺ならわざわざ無理な体制で心臓に向けたりはしない、と論争していたときに、女性の捜査官が『私でもそうしていたかも』と言って、決着したんだとさ。ボクも、その話を聞いて納得したよ。確かに、ボクもそうするかもしれない」

「どういうことです?」

 

 恭也は、声のトーンを変えずに言った。

 

「ボクも、女だからさ」

 

 リスティがウインクした。そして続ける。

 

「まあ……わからんかもしれないが、女ってやつぁ最後の瞬間だって綺麗でいたいもんなのさ。だから、みすみす顔に傷を作るのを避けたんだろうよ」

 

 そう言ったあと、リスティは恭也の反応があまりないことに、少しこほんと咳払いをして、また続けた。

 

「それにな……彼女の最後の顔――不思議と、笑ってるように見えるんだ。病気の痛みがすごかったはずなのに、モルヒネも使ってなかったっていうのに。ただ、すごく純粋な笑顔で目を瞑っている。そこに……傷は残したくはなかったんだろうな。推測でしかないが――彼女の最後は、安らかだったんだと思う。そして、それを誰かに伝えるためにそうしたんだろう。

 恭也と彼女にどんな関わりがあったのかしらないが、そう思うことが、少しでも君を楽にすると良いんだが」

 

 タバコをふかし、リスティは言った。

 恭也は腰のベルトに括り付けられた巾着に手を伸ばし、そこに入った霊玉と、あの紙を思う。

 

(彼女との、関係か……)

 

 恭也が過去に行ったという証拠は、何もない。あの全てが、良くできた夢と言えばそれまでだ。力を持つ石が自分に見せた幻想、ということすらありうる。たとえ、死んだ彼女が本当に母だったとしても、過去に自分と会っていたかどうかを知るすべはない。

 しかし、気づかなかった美由希への負の感情と、改めて気づかされた彼女への思いの強さ。それが心に刻み込まれたと言う事実だけは、間違い無く存在している。

 だから、信じよう。あの夢のような世界での出来事が、実在したことを。

 

「……大丈夫。それは悲しいことだったけど……俺には支えてくれる人がいるから、向き合えます」

 

 ちらり、と、恭也の後方で、気配を消すことも忘れて木陰に隠れる妹の姿を見た。

 

「ふ……そうか。がんばれよ!応援するぞ、禁断の恋に!」

「だ、誰が禁断ですか!」

 

 はっはっは、と、どこかの酔っ払い漫画家と同じ笑いをして、リスティは宴の席に戻っていった。

 頬をかいてそのあとを追う途中で、しゃがんで隠れているつもりの美由希の前に立った。

 

「ほら……なにをしている」

「え……、あ、うーんと……恭ちゃん、大丈夫?」

 

 立ちあがった後も、彼女は上目遣いで恭也の瞳を覗きこんだ。

 一週間前のこともあって、不安だったのだろう。

 できるだけいつも通りに、恭也は答えることにする。

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

 そのとき、恭也の声に誘われたかのように、さあぁと風が流れ、桜の花びらが舞った。

 

「わぁ……」

 

 美由希はその光景に見惚れて、感嘆の息を漏らす。

 恭也は、舞い散る桜よりも、その中に立つ美由希のほうが美しい、と思った。

 恭也は彼女の肩を抱くと、「美由希」と名を呼んで、顔を近づけた。

 

「……あ……」

 

 美由希は、吐息のような甘い声を漏らすと、目を瞑って――

 二人は、唇を重ねた。

 

 

「あのー……もーしもーし……」

 

 接吻けのさなかに声をかけられ、二人は飛びのくように離れた。

 声をした方向に目を向けると、リスティがいわゆる不良の座り方でしゃがんで、あきれたように――実際あきれていたのだろう――二人を見ていた。

 

「あのさ……二人の世界に入るのは良いんだけど……場所、考えてる?」

 

 リスティが指差した先には――

 びっくりして固まっている高町家と、興味津々と全員が真雪になったような顔でにやついている、さざなみ寮の面々。

 恭也達は、完全に皆のことを失念していたようだ。

 秘密を知られてしまったことに、どうしたものかと恭也は悩んだが――どうせいつかはばらす気でいたことである。覚悟を決めた。未だにうろたえている美由希に、恭也は向き直って、

 

「美由希」

 

「え、えと、あの……どうしよう、恭ちゃん」

 そんな妹に、恭也はもう一度顔を近づけて言葉を紡いだ。

 

「美由希、愛している」

 

 恭也の一言に、あっけに取られたように辺りが静まり返った。

 美由希も、何を言われたかわからない、というように目をぱちくりさせていたが――恭也が皆の前で言った、という意味を悟り、顔を染める。そして、しばらく周りを気にして俯いていたが、彼女は一度大きく深呼吸して――「はい」と答えた。

 そして、今度は堂々と、恭也と長いキスをする。

 おおお!と周りがどよめいていた。

「よっし、みんな。恭也復活パーティを変更して、恭也・美由希カップル公認パーティだ。当然、今日の酒の肴はこいつらだ!」

 真雪の先導に従いさざなみ寮が、遅れて、なんだかやけになった感じの高町家が、おー、と呼応する。

 今日は長い一日になりそうだ、と、恭也は思った。

 

 

 

 

         ◇

 それは、連日降り続けた雨が上がり、葉木に溜まった水滴が虹色に輝く、ある晴れた日のこと。

 一人の青年が、その無愛想な顔とは相容れない花束を持って、子供達の喧騒が聞こえる公園を闊歩していた。

 そのすぐ後で、眼鏡をかけた少女が訝しそうに彼を追っている。

 恋人同士のようにも兄妹のようにも思える、二人の距離。

 そしてそれは、どちらもが正しい。

  青年は、一つのベンチの前でその足を止める。少女も、それに習った。

 

「恭ちゃん、ここに、何かあるの?」

 

 素直な疑問を口にし、美由希は恭也の顔を覗きこんだ。

 

「ああ……俺が、大切な人と別れた場所だ」

 

 花束を、そのベンチに置いて目を閉じる。そして、黙祷を捧げる。

 美由希には、彼の姿が、その誰かとの思い出をを懐かしんでいるように見えた。

 

「その人って……女の人?」

「そうだが……。なんだ?」

「……別に」

 

 少し不機嫌そうに、美由希。朴訥な彼も、さすがにその意味はわかる。

 

「えーと、いや、そういうことではなくてだな」

「いいよ。私は恭ちゃんを信じてるから。言いたくなければ言わなくても」

 

 美由希が顔を上げる。怒ってはいないが、少し寂しそうだった。

 

「……でも、それが恭ちゃんにとって苦しいことなら、できればでいいから教えて欲しい。半人前の私も、少しはそれを背負えると思うから」

 

 そう言って、美由希は彼の腕に自分の腕を絡めた。

 恭也は、自分の腕に頬を摺り寄せるように体重を預ける彼女を、いとおしそうに目を細めながら見て、一つの事を思う。

 美由希の胸で泣いたあの日、彼女に語ることは出来なかったが――いつか、全てを彼女に話そう。そして、できるのなら、自分の子供達にも伝えようと。

 

「……行こうか、美由希」

 

 その、夢のような物語を――。

 

                         涙が奏でる鎮魂曲 ~完~

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。