戦いの再開は、本当に唐突だった。
リスティ、那美達と別れ、戦いでの作戦を練って一息ついた直後、その雷は放たれた。
全員が飛びのいた場所に、大きな破壊跡が残される。
「まったく、術にやっと引っかかったと思ったら、ちょろちょろと……」
弥太……夜鳴は、森の中でも一つ頭を浮き上がらせていた、高い木の上に立ちながら、もう演じる必要のない、あどけない少年の顔をやめ、渋い顔で三人と一匹を見ていた。
久遠の体が、己の紫電に感電したかのように、震える。
「やあああああああああああああ!」
完全に冷静さを欠いた、逆上の一撃。
それを、夜鳴はいくつかの符を持って、印を組むと、そこから生まれた泥のような式神たちが久遠の体に取り巻き、締め上げた。
「ぐ、あああ……」
「まったく。コレだから畜生は。狐。お前は確かに力はすさまじい。さすが、禁術の完成といったところか。だが、それだけだ。人は、自分たちよりはるかに強い力のアヤカシに対抗するため、『技』を編み出した。ならば、そのアヤカシが、人間の『技』を使うのであれば、いかなるものも、それに勝てる道理はなかろう……ほう、雷で泥を焦がしきる、か。いいのかな?その泥は、帯電性を持つ。放てば――」
「あ、ああああああああああああああああ!」
その瞬間、久遠の体が歪に光った。がくがくと震えはじける、久遠。
「自らに、電流が流れることになる」
それは、嘲るでもない、本当に呆れる様な声だった。
電流により、式神たちは崩れ落ちたが、久遠も、力尽きたように動かない。
次に動くは美由希。そして恭也。
「ふん、先ほどは意表を着かれたが、冷静になれば、ただ速いだけの動きなど」
いつの間にか張り巡らせられた、十数枚の符。それが、互いを電流で結び合い、
「ずくぁ!」
「きゃあ!」
二人の、悲鳴。
「所詮は、地を這うもののすること。結界の一つで、その足は止まる」
最後に動くは、耕介。
「神咲一灯……」
「馬鹿の一つ覚えのように、霊力飛ばしか。確かに、アヤカシたる私の体には有効だが……」
楓陣刃、耕介が叫ぼうとした瞬間、溜めたはずの霊力が霧散した。
「な!?」
「霊力の溜め、流れ、使い方は、我が術の中にもある。それを知る私に、なんの策もなく正面から使うのは、愚挙というもの。人の身では無謀な、他人の霊力の乱しも、この身であれば、労なきこと」
「…ぐっが!」
頬を、横なぎに蹴り飛ばされた。
「どうした?これで終わりか?」
「……まだだよ」
「……お前らに興味はない。久遠をよこせば、その命、奪うことはない」
「なにいってやがる。そんな余裕がないって素直に言えよ。その妖力、本来の十分の一も出てないんだろ」
「む……」
そのとおりだ、と答えたも同然の、無言。自分の術は未完全。そして、それがゆえ、力は時間と共にどんどん失っているのも、事実。しかも、この余計な存在たちのおかげで、そのへりは湯水早になっていた。
だからこそ、最小限の力で久遠を取り込もうと、息子、弥太を演じたり、つまらない甘言を使っていたのだというのに。
それを見て、耕介はいかにもここは笑いどころだ、というように、
「よう、自称天才さんよ。術に溺れるようじゃ、三流だぞ?」
「き、貴様!!」
夜鳴が、血走った目で、耕介をにらみつけた、そのとき、
「光陣刃!!」
「ぐあ!」
放たれたのは、楓陣刃とまったく同じ音の、まったく異なる術。
まばゆい、太陽の光。極限までに高められた、光量の瞬き。
まともに閃光をくらい、視力を失った目を、苛立たしげにこする夜鳴。
生まれるは、鼓動が一つなるだけの、時間。その一瞬で、剣士たちは動いた。
「神崎一灯流……」
「御神真刀流……」
耕介と、恭也。
二人の呼吸が一つに――ならない。それで、いい、と互いに思う。
己の技が、決して相手に負けないという誇りと共に。
相手の力が、決して自分にはないものだという、尊敬と共に。
異質の二つのその渾身だ。
合わせる必要もなく、ただ、それが揃って存在するだけで、どこの誰に負ける要素があろうことか。
「楓陣刃!!」
「薙旋!!」
霊力の塊が。魂をこめて鍛え上げられた、業物の刀が。
一つの目的を果たさんと、目の前の敵にむかって突き進む。
「くあ!」
妖力の感覚だけで、それを避ける。視界が戻り始める。はずされた一刀に、二人の悔しがる姿を納めようとしたが――二人の剣士は、笑っていた。
なぜなら、それは――囮。
倒れていた美由希が、その一瞬に全ての力を込めて――翔る。
御神流の、真の、正統後継者。恭也が届かない、御神流の最終領域にその身を置く者の、その極み。いまだかつて、誰にも破られることなき、文字通り『神速』の世界の、更なる上。
『御神流、奥義の極・閃』
風さえ、追いつけない。
音さえ、届かない。
光さえ、伝えられない。
時間さえ、存在しない。
そう錯覚するほど。それはただ、相手を『斬る』というそれだけのために、存在する。
「――――――――!!」
夜鳴は理解する。避けられない。交わせない。防げない。なら、と。夜鳴は、全身全霊で、それを耐える。全ての力を、体の前面に集中して。
そして、それはもっとも賢明な判断だった。
「ぐ……」
弥太の――夜鳴の右胸からへその辺りまでが裂け、血漿が舞う。人間なら、それは間違いなく致命傷だ。人間、なら。
「がっ、……はっ」
耐えた。その「斬る」という属性の極地に、感嘆にも似た驚きはあったが、所詮は霊力を操れない、人のものだ。
それでもたいしたものだと、夜鳴は思う。ただの人の身で、ここまで自分に痛みを与えたことを。その考えは、すでに自分が「人ではない」という自覚がそこにあることに、もはや疑いを持たないまま。
そして、これで終わりだ、と夜鳴は確信した。
かなり減ったとはいえ、ここにいる人間全員を殺す程度の妖力は、まだある。
目の前では、自分を切りつけた女が、その刃を自分に残し、切りかかったときの態勢のままでいる。
それは、本当に一瞬のことだった。だが、致命的な隙だった。
まさに、全身全霊の攻撃だったのだろう。これで、全ての決着をつけるが為の。
だが、それも、これで終わり。そう確信して――女が、嗤うのを見た。
「……あ、れ?」
ザ、シュっという、耳慣れない音と共に、胸から、爪の伸びた手が生えている。
なんだこれ、と、夜鳴は呆然と首を傾げてしまった。
見覚えのある、美しい柔肌。優しげな白指には似つかない、痛々しく、妖艶な爪。
久遠の……腕。心の臓を、背中越しに貫かれた。
なぜ、と、自問したが、答えは明白。
あの人間の女の剣を恐れ、全ての力を体の前面に集中。その結果、完全に妖力を消していた背面からの、久遠の一撃。
女の嗤いをもう一度見る。
それで、夜鳴は全てを理解した。つまりは、あの人間の女の放ったあの剣こそが――
「……囮、か…」
ぐぷっ、と、どす黒い血を吐きながら、その膝を突く。
それでも、まだ滅びない。
心臓など、妖力が戻れば、再生できる。
「久……遠……助けて」
夜鳴が、あの少年の声で、自分を貫く妖狐に、呼びかける。
夜鳴はあきらめない。
まだ、だ。この程度、まだ、致命傷ではない。久遠を味方につけろ。弥太を演じろ。
「……久遠……そこにいたんだ、久遠。……なんで、そんな顔をしてるんだ久遠……」
「それ以上……」
「……久遠?」
「それ以上、弥太の体で、声で、匂いで、弥太を汚すなぁぁぁ!!」
貫いた久遠の手が拳となり、そして、思わず目がくらむほどの紫電が、久遠の腕、夜鳴の体、そして、宵闇全体へと広がっていく。
「ぎゃぐがげががっがあががああああああ……ああ……ぁぁ……」
最強と言わしめる、久遠のイカズチ。夜鳴の体が再生し、蘇り、だが、さらになおそれを滅ぼしつくす、天の怒り。その魂まで、紫電は駆け抜けていき――。
『弥太の骸』が、ずるりと、久遠の腕から抜け落ちた。
その顔は、自分が死ぬという恐怖におびえながら、なおこの世界に狂気を撒き散らさんとする、悪意の笑顔。
そして、『弥太』の口から、最後に発せられる、その言葉。それは――
「……お前に、呪いをくれてやる」
◇
久遠が泣く。
物言わぬ骸となった、弥太の体にすがりつきながら。
見守る、剣士たち。
こうなることが、最善のことだと分かりながらも、何も、してやれない。
ただ首をたれ、終わることない久遠の嗚咽を聞く。
不意に――
「弥…太……?」
久遠の嗚咽が、驚きと変わる。
何事かと、視線を戻す三人。
少年の体が、光る。これは、奇跡かと三人の心が躍る。
一度でいい。
物語でよくあるではないか。永遠の別れや、失った人との再度の別れに、最後の最後に記憶が戻ったり、意識を吹き返して、言葉を伝えることが。
そうだ、そのくらいの奇跡が、あったっていい。
『どうか、二人に奇跡を』と、そこにいる、全ての人が願った。
「弥太…弥太ぁ…」
久遠の呼びかけ。だが、光は、徐々に弱まる。
人としてありえないほどに生きた、彼の体。すでに、妖怪となった、彼の体。
それは、魂の輝きなどではない。
尽きた妖力が体から漏れ出したことで起きた、ただの発光現象でしかなかった。
光が、消える。そして、彼の体が黒ずんでいく。
なんの奇跡も起きない。そんなもの、ありはしない。
当たり前のように、まるで初めからそうだったとでも言うように、少年の体が泥に変わっていく。それは、足から始まり、徐々に、徐々に上へと少年の体を蝕んでいき――最後に、風が少年の前髪を揺らして。
ただの一言も言葉を発さず、ただの一度もその目を開かず。
その全てが、泥へと朽ち落ちた。
虚脱が久遠を襲う。
風だけが、ただ終焉のときを知っていたように静かに凪いでいる。
また、だ。
また、人間が、弥太を。
ざわり、と久遠の中で、捨てたはずの感情がよみがえる。いけない、と思いつつも、それが膨らんでいく。
耕介にも、分かる。 久遠を蝕む、あの負の塊。
「だめだ、久遠……」
そう、呼びかけた瞬間――。
「ソノカラダ……ヨコセェェェェ!!」
夜より、さらに深い黒。
それは、闇というべきもの。
それが、煙のように、久遠の体を取り巻くと、あっという間に侵食した。
「あ、あいつ、まだ!」
耕介が激昂する。
肉体朽ちて、なお現世にとどまろうとする、禍々しい執着……それは、悪霊と呼ばれる、腐り落ちた魂。
考えられたことだった。なのに、あの朽ち果てる弥太の姿に、失念していた。
「耕介さん、あれは……」
恭也も、察したのだろう。耕介に呼びかける。
「夜鳴の……霊だ」
「じゃあ、耕介さんなら、何とかできるんですか?」
首を振る耕介。
「今、ヤツは久遠の体に完全に入り込んでいる。術師の霊か……まずいな。久遠の、憎しみを利用しやがった。ああなったら、久遠の心の強さにかけるしか、ない」
鎮痛な答え。だが、絶望はしない。
久遠の憎悪をも、それを乗り越えた心も、知っているから。
「負けるな、久遠」
◇
「あああああああああああああああ!」
久遠の中で、どうしようもない『ソレ』が蠢いている。
かつて忘れていたはずの、あの、絶望と狂気が、憎悪と悲哀が、血の味と死の匂いが、甘美な誘惑となって、久遠を決して戻ることが出来ないどこかへと誘おうとする。
もう、身を委ねてもいいのでは、と。
目を瞑り、思い返す。
何度も、何度も裏切られた人間。弥太を貶めた人間。そんなものの、捨ててしまえばいいではないか。あのときのように、大地に人間の血を染めよう。臓腑を撒き散らし、雷の供宴をくれてやればいい、と。お前がやるのが嫌なら、『オレ』が変わってやるぞと。
確かにソレは、素敵なことのように思えて……
――っは、と。
久遠は目を見開いた。
自分の中で暴れる黒い汚濁。汚らわしくも愛しくなる様な、闇という名の冷たい眠り。
そんな、世界の果てで――久遠は、確かに見た。
暖かく、優しい、一片の光を。あっという間に消えてしまいそうな、小さな小さな存在なのに、決して揺るがない強い光。
久遠は、一つの確信を持って、その何かに、手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、それははじけていくつもの破片となり、久遠に、さまざまな色の光を照らす。
一つ目の光がはじけた。光の中で――
「別れは、つらいよ」
と、なのはが言った。
それは、遠い昔に仮初として聞いたことなのかもしれないし、すでに二人が別れた、遠い先で彼女に問いかけることかもしれない。
だが、それで後悔をしたかと問えば、過去だろうと、未来だろうと、少女はきっとこう答えるだろう。
「でも、くーちゃんと会えたことは、とっても幸せ。」
いくつか目の、光がはじけた。光の中で――
「きっと、この子は優しい子になるから」
と、刃を向ける神咲の面々から久遠を庇う、那美が答えた。
それは正しかったのかもしれないし、間違っていたのかもしれない。
今は大丈夫でも、この先ずっとそのままであると、誰も言い切れない。
「でも、何があっても、これが正しいことだと、私は信じる」
また、光がはじけた。光の中で――
「また、皆で笑って過ごせる日々を」
と、高町家、神咲家を含んだ、『さざなみ』の皆が願った。
それは叶ったのかもしれないし、叶わなかったのかもしれない。
でも――と、久遠は思う。
「そんなことは、どうでもいい。だって、それは、叶えるものじゃなくて、皆で、作るものだから。そう、皆が教えてくれた」
自分が恋をした、そして、自分に恋をしてくれた、弥太がいた。
親友になった、なのはがいた。
自分を信じてくれた、那美がいた。
大好きな、さざなみの人たちがいた。
だから、久遠は信じる。
人間を。
最も憎み、最も愛し、とても愚かで、とても聡明で、何よりもくだらなく、何よりも大切な、そんな存在。
自分は、獣だった。
自分は、妖怪と呼ばれた。
自分は、人に憧れた。
今の自分は……いや、どれだっていい。
たとえなんであれ、皆は、自分を愛してくれる。
それを、守るために――。
「弥太……今、久遠は、人と、みんなと、すごしているよ……」
そして、最後の、光がはじけた。
「ああああああああああああ!!」
遠吠えのような、久遠の咆哮。
それはまるで、人の持ちうる絶望と希望を知った、一匹の獣が人に贈る、哀歌のようで――。
次回で本作はラスト。誤字や本文修正は後程。
12時に最終話を投下予定
この話が終わった後は、いくつかのコメディ短編と、今度は別の世界線として
耕助×薫
恭弥×蓮
のカップリングでのシリーズを『とらいあんぐる組曲2~最後に送る、鳥の歌~』
として新規で連載を開始します