とらんあんぐる組曲 ~もう一度、あの歌を~   作:レトロ騎士

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第六章 「久遠」

 戦いの再開は、本当に唐突だった。

 リスティ、那美達と別れ、戦いでの作戦を練って一息ついた直後、その雷は放たれた。

 全員が飛びのいた場所に、大きな破壊跡が残される。

「まったく、術にやっと引っかかったと思ったら、ちょろちょろと……」

 弥太……夜鳴は、森の中でも一つ頭を浮き上がらせていた、高い木の上に立ちながら、もう演じる必要のない、あどけない少年の顔をやめ、渋い顔で三人と一匹を見ていた。

 久遠の体が、己の紫電に感電したかのように、震える。

「やあああああああああああああ!」

 完全に冷静さを欠いた、逆上の一撃。

 それを、夜鳴はいくつかの符を持って、印を組むと、そこから生まれた泥のような式神たちが久遠の体に取り巻き、締め上げた。

「ぐ、あああ……」

「まったく。コレだから畜生は。狐。お前は確かに力はすさまじい。さすが、禁術の完成といったところか。だが、それだけだ。人は、自分たちよりはるかに強い力のアヤカシに対抗するため、『技』を編み出した。ならば、そのアヤカシが、人間の『技』を使うのであれば、いかなるものも、それに勝てる道理はなかろう……ほう、雷で泥を焦がしきる、か。いいのかな?その泥は、帯電性を持つ。放てば――」

「あ、ああああああああああああああああ!」

 その瞬間、久遠の体が歪に光った。がくがくと震えはじける、久遠。

「自らに、電流が流れることになる」

 それは、嘲るでもない、本当に呆れる様な声だった。

 電流により、式神たちは崩れ落ちたが、久遠も、力尽きたように動かない。

 次に動くは美由希。そして恭也。

「ふん、先ほどは意表を着かれたが、冷静になれば、ただ速いだけの動きなど」

 いつの間にか張り巡らせられた、十数枚の符。それが、互いを電流で結び合い、

「ずくぁ!」

「きゃあ!」

 二人の、悲鳴。

「所詮は、地を這うもののすること。結界の一つで、その足は止まる」

 最後に動くは、耕介。

「神咲一灯……」

「馬鹿の一つ覚えのように、霊力飛ばしか。確かに、アヤカシたる私の体には有効だが……」

 楓陣刃、耕介が叫ぼうとした瞬間、溜めたはずの霊力が霧散した。

「な!?」

「霊力の溜め、流れ、使い方は、我が術の中にもある。それを知る私に、なんの策もなく正面から使うのは、愚挙というもの。人の身では無謀な、他人の霊力の乱しも、この身であれば、労なきこと」

「…ぐっが!」

 頬を、横なぎに蹴り飛ばされた。

「どうした?これで終わりか?」

「……まだだよ」

「……お前らに興味はない。久遠をよこせば、その命、奪うことはない」

「なにいってやがる。そんな余裕がないって素直に言えよ。その妖力、本来の十分の一も出てないんだろ」

「む……」

 そのとおりだ、と答えたも同然の、無言。自分の術は未完全。そして、それがゆえ、力は時間と共にどんどん失っているのも、事実。しかも、この余計な存在たちのおかげで、そのへりは湯水早になっていた。

 だからこそ、最小限の力で久遠を取り込もうと、息子、弥太を演じたり、つまらない甘言を使っていたのだというのに。

 それを見て、耕介はいかにもここは笑いどころだ、というように、

「よう、自称天才さんよ。術に溺れるようじゃ、三流だぞ?」

「き、貴様!!」

 夜鳴が、血走った目で、耕介をにらみつけた、そのとき、

「光陣刃!!」

「ぐあ!」

 放たれたのは、楓陣刃とまったく同じ音の、まったく異なる術。

 まばゆい、太陽の光。極限までに高められた、光量の瞬き。

 まともに閃光をくらい、視力を失った目を、苛立たしげにこする夜鳴。

 生まれるは、鼓動が一つなるだけの、時間。その一瞬で、剣士たちは動いた。

「神崎一灯流……」

「御神真刀流……」

 耕介と、恭也。

 二人の呼吸が一つに――ならない。それで、いい、と互いに思う。

 己の技が、決して相手に負けないという誇りと共に。

 相手の力が、決して自分にはないものだという、尊敬と共に。

 異質の二つのその渾身だ。

 合わせる必要もなく、ただ、それが揃って存在するだけで、どこの誰に負ける要素があろうことか。

「楓陣刃!!」

「薙旋!!」

 霊力の塊が。魂をこめて鍛え上げられた、業物の刀が。

 一つの目的を果たさんと、目の前の敵にむかって突き進む。

「くあ!」

 妖力の感覚だけで、それを避ける。視界が戻り始める。はずされた一刀に、二人の悔しがる姿を納めようとしたが――二人の剣士は、笑っていた。

 なぜなら、それは――囮。

 倒れていた美由希が、その一瞬に全ての力を込めて――翔る。

 御神流の、真の、正統後継者。恭也が届かない、御神流の最終領域にその身を置く者の、その極み。いまだかつて、誰にも破られることなき、文字通り『神速』の世界の、更なる上。

 『御神流、奥義の極・閃』

 風さえ、追いつけない。

 音さえ、届かない。

 光さえ、伝えられない。

 時間さえ、存在しない。

 そう錯覚するほど。それはただ、相手を『斬る』というそれだけのために、存在する。

「――――――――!!」

 夜鳴は理解する。避けられない。交わせない。防げない。なら、と。夜鳴は、全身全霊で、それを耐える。全ての力を、体の前面に集中して。

 そして、それはもっとも賢明な判断だった。

「ぐ……」

 弥太の――夜鳴の右胸からへその辺りまでが裂け、血漿が舞う。人間なら、それは間違いなく致命傷だ。人間、なら。

「がっ、……はっ」

 耐えた。その「斬る」という属性の極地に、感嘆にも似た驚きはあったが、所詮は霊力を操れない、人のものだ。

 それでもたいしたものだと、夜鳴は思う。ただの人の身で、ここまで自分に痛みを与えたことを。その考えは、すでに自分が「人ではない」という自覚がそこにあることに、もはや疑いを持たないまま。

 そして、これで終わりだ、と夜鳴は確信した。

 かなり減ったとはいえ、ここにいる人間全員を殺す程度の妖力は、まだある。

目の前では、自分を切りつけた女が、その刃を自分に残し、切りかかったときの態勢のままでいる。

 それは、本当に一瞬のことだった。だが、致命的な隙だった。

 まさに、全身全霊の攻撃だったのだろう。これで、全ての決着をつけるが為の。

 だが、それも、これで終わり。そう確信して――女が、嗤うのを見た。

「……あ、れ?」

 ザ、シュっという、耳慣れない音と共に、胸から、爪の伸びた手が生えている。

 なんだこれ、と、夜鳴は呆然と首を傾げてしまった。

 見覚えのある、美しい柔肌。優しげな白指には似つかない、痛々しく、妖艶な爪。

 久遠の……腕。心の臓を、背中越しに貫かれた。

 なぜ、と、自問したが、答えは明白。

 あの人間の女の剣を恐れ、全ての力を体の前面に集中。その結果、完全に妖力を消していた背面からの、久遠の一撃。

 女の嗤いをもう一度見る。

 それで、夜鳴は全てを理解した。つまりは、あの人間の女の放ったあの剣こそが――

「……囮、か…」

 ぐぷっ、と、どす黒い血を吐きながら、その膝を突く。

 それでも、まだ滅びない。

 心臓など、妖力が戻れば、再生できる。

「久……遠……助けて」

 夜鳴が、あの少年の声で、自分を貫く妖狐に、呼びかける。

 夜鳴はあきらめない。

まだ、だ。この程度、まだ、致命傷ではない。久遠を味方につけろ。弥太を演じろ。

「……久遠……そこにいたんだ、久遠。……なんで、そんな顔をしてるんだ久遠……」

「それ以上……」

「……久遠?」

「それ以上、弥太の体で、声で、匂いで、弥太を汚すなぁぁぁ!!」

 貫いた久遠の手が拳となり、そして、思わず目がくらむほどの紫電が、久遠の腕、夜鳴の体、そして、宵闇全体へと広がっていく。

「ぎゃぐがげががっがあががああああああ……ああ……ぁぁ……」

 最強と言わしめる、久遠のイカズチ。夜鳴の体が再生し、蘇り、だが、さらになおそれを滅ぼしつくす、天の怒り。その魂まで、紫電は駆け抜けていき――。

 『弥太の骸』が、ずるりと、久遠の腕から抜け落ちた。

 その顔は、自分が死ぬという恐怖におびえながら、なおこの世界に狂気を撒き散らさんとする、悪意の笑顔。

 そして、『弥太』の口から、最後に発せられる、その言葉。それは――

「……お前に、呪いをくれてやる」

 

         ◇

 久遠が泣く。

 物言わぬ骸となった、弥太の体にすがりつきながら。

 見守る、剣士たち。

 こうなることが、最善のことだと分かりながらも、何も、してやれない。

 ただ首をたれ、終わることない久遠の嗚咽を聞く。

 不意に――

「弥…太……?」

 久遠の嗚咽が、驚きと変わる。

 何事かと、視線を戻す三人。

 少年の体が、光る。これは、奇跡かと三人の心が躍る。

 一度でいい。

 物語でよくあるではないか。永遠の別れや、失った人との再度の別れに、最後の最後に記憶が戻ったり、意識を吹き返して、言葉を伝えることが。

 そうだ、そのくらいの奇跡が、あったっていい。

『どうか、二人に奇跡を』と、そこにいる、全ての人が願った。

「弥太…弥太ぁ…」

 久遠の呼びかけ。だが、光は、徐々に弱まる。

 人としてありえないほどに生きた、彼の体。すでに、妖怪となった、彼の体。

 それは、魂の輝きなどではない。

 尽きた妖力が体から漏れ出したことで起きた、ただの発光現象でしかなかった。

 光が、消える。そして、彼の体が黒ずんでいく。

 なんの奇跡も起きない。そんなもの、ありはしない。

当たり前のように、まるで初めからそうだったとでも言うように、少年の体が泥に変わっていく。それは、足から始まり、徐々に、徐々に上へと少年の体を蝕んでいき――最後に、風が少年の前髪を揺らして。

 ただの一言も言葉を発さず、ただの一度もその目を開かず。

その全てが、泥へと朽ち落ちた。

 

 虚脱が久遠を襲う。

 風だけが、ただ終焉のときを知っていたように静かに凪いでいる。

 また、だ。

 また、人間が、弥太を。

 ざわり、と久遠の中で、捨てたはずの感情がよみがえる。いけない、と思いつつも、それが膨らんでいく。

 耕介にも、分かる。 久遠を蝕む、あの負の塊。

「だめだ、久遠……」

 そう、呼びかけた瞬間――。

「ソノカラダ……ヨコセェェェェ!!」

 夜より、さらに深い黒。

 それは、闇というべきもの。

 それが、煙のように、久遠の体を取り巻くと、あっという間に侵食した。

「あ、あいつ、まだ!」

 耕介が激昂する。

 肉体朽ちて、なお現世にとどまろうとする、禍々しい執着……それは、悪霊と呼ばれる、腐り落ちた魂。

 考えられたことだった。なのに、あの朽ち果てる弥太の姿に、失念していた。

「耕介さん、あれは……」

恭也も、察したのだろう。耕介に呼びかける。

「夜鳴の……霊だ」

「じゃあ、耕介さんなら、何とかできるんですか?」

 首を振る耕介。

「今、ヤツは久遠の体に完全に入り込んでいる。術師の霊か……まずいな。久遠の、憎しみを利用しやがった。ああなったら、久遠の心の強さにかけるしか、ない」

 鎮痛な答え。だが、絶望はしない。

 久遠の憎悪をも、それを乗り越えた心も、知っているから。

「負けるな、久遠」

 

         ◇

「あああああああああああああああ!」

 久遠の中で、どうしようもない『ソレ』が蠢いている。

 かつて忘れていたはずの、あの、絶望と狂気が、憎悪と悲哀が、血の味と死の匂いが、甘美な誘惑となって、久遠を決して戻ることが出来ないどこかへと誘おうとする。

 もう、身を委ねてもいいのでは、と。

 目を瞑り、思い返す。

何度も、何度も裏切られた人間。弥太を貶めた人間。そんなものの、捨ててしまえばいいではないか。あのときのように、大地に人間の血を染めよう。臓腑を撒き散らし、雷の供宴をくれてやればいい、と。お前がやるのが嫌なら、『オレ』が変わってやるぞと。

 確かにソレは、素敵なことのように思えて……

 

 ――っは、と。

 

 久遠は目を見開いた。

 自分の中で暴れる黒い汚濁。汚らわしくも愛しくなる様な、闇という名の冷たい眠り。

 そんな、世界の果てで――久遠は、確かに見た。

 暖かく、優しい、一片の光を。あっという間に消えてしまいそうな、小さな小さな存在なのに、決して揺るがない強い光。

 久遠は、一つの確信を持って、その何かに、手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、それははじけていくつもの破片となり、久遠に、さまざまな色の光を照らす。

 

 一つ目の光がはじけた。光の中で――

「別れは、つらいよ」

 と、なのはが言った。

 それは、遠い昔に仮初として聞いたことなのかもしれないし、すでに二人が別れた、遠い先で彼女に問いかけることかもしれない。

 だが、それで後悔をしたかと問えば、過去だろうと、未来だろうと、少女はきっとこう答えるだろう。

「でも、くーちゃんと会えたことは、とっても幸せ。」

 

 いくつか目の、光がはじけた。光の中で――

「きっと、この子は優しい子になるから」

 と、刃を向ける神咲の面々から久遠を庇う、那美が答えた。

 それは正しかったのかもしれないし、間違っていたのかもしれない。

 今は大丈夫でも、この先ずっとそのままであると、誰も言い切れない。

「でも、何があっても、これが正しいことだと、私は信じる」

 

 また、光がはじけた。光の中で――

「また、皆で笑って過ごせる日々を」

 と、高町家、神咲家を含んだ、『さざなみ』の皆が願った。

 それは叶ったのかもしれないし、叶わなかったのかもしれない。

 でも――と、久遠は思う。

「そんなことは、どうでもいい。だって、それは、叶えるものじゃなくて、皆で、作るものだから。そう、皆が教えてくれた」

 

 自分が恋をした、そして、自分に恋をしてくれた、弥太がいた。

 親友になった、なのはがいた。

 自分を信じてくれた、那美がいた。

 大好きな、さざなみの人たちがいた。

 

だから、久遠は信じる。

 人間を。

 最も憎み、最も愛し、とても愚かで、とても聡明で、何よりもくだらなく、何よりも大切な、そんな存在。

 自分は、獣だった。

自分は、妖怪と呼ばれた。

 自分は、人に憧れた。

 今の自分は……いや、どれだっていい。

 たとえなんであれ、皆は、自分を愛してくれる。

 それを、守るために――。

 

「弥太……今、久遠は、人と、みんなと、すごしているよ……」

 そして、最後の、光がはじけた。

 

「ああああああああああああ!!」

 

 遠吠えのような、久遠の咆哮。

 それはまるで、人の持ちうる絶望と希望を知った、一匹の獣が人に贈る、哀歌のようで――。

 

 




次回で本作はラスト。誤字や本文修正は後程。
12時に最終話を投下予定

この話が終わった後は、いくつかのコメディ短編と、今度は別の世界線として
耕助×薫
恭弥×蓮
のカップリングでのシリーズを『とらいあんぐる組曲2~最後に送る、鳥の歌~』
として新規で連載を開始します
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