とらんあんぐる組曲 ~もう一度、あの歌を~   作:レトロ騎士

39 / 42
これにて本シリーズのメインストーリーは完結です。


終章 「それはいつもと同じ、大切な日々」

 さざなみ寮管理人室。

 その主である大柄な青年が、机に向かってこまごまと筆を走らせている。

 卓上の明かりがその影を映す。筆が紙を滑る独特の優しい音が、安穏とした部屋で踊る。

 ふと、音もなく一人の女性が、壁をすり抜けて現れる。

 青年はそれに気付くが、驚かずに作業を続けている。

 彼女は、すっと青年の傍に添うと、静かに聞いた。

「耕介様、何をなさっているのですか?」

「んー。神咲に、この前の、久遠の禊で邪気がたまってなかった原因が分かったって、手紙を書いてるんだ。メールとか電話なら楽なのになあ……」

 面倒くさい、といいながらも、どこかうれしそうに耕介は笑う。

 どういうことですか、と十六夜が問うと、うれしいというより、もう、楽しくて仕方ないという様子で、耕介は妻を見た。

「なに、分かってしまえば、ものすごく簡単なことだったんだよ」

 盲目の彼女にも伝わるような、底抜けに明るい笑顔。

「久遠はね、憎しみや悲しみも、全部捨てたんじゃない。受け入れたんだ。とても小さくなってはいても、それは捨てていいものじゃない。だって、それは思い出そのものを、今の自分を否定することだから。それに……」

「それに?」

「久遠の、憎しみや悲しみから生まれた『祟り』が抜けた空洞になっていた部分。そこにはさ、もうとっくの昔に、そんなものとは無縁のもので、満たされていたんだからな。那美、さざなみの皆、そして、なのはちゃんの存在。久遠にとっての、大切なもの。……つまり――」

 筆を置き、できた文を満足げに見返す。その顔は、どことなく悪戯好きの、子供のそれに近い。

 文には、先ほど耕介が十六夜に語った内容が、現代ではごてごてしいほど丁寧な文体に変えて書かれている。

 ただし、最後の一文だけ、彼の次の言葉と一字一句違わないものだった。

『よーするに、他のヤツが、入り込む隙間なんて、はじめからなかったってこと』

 

         ◇

 耕介達がそんな会話をしていた、同日の昼下がり。

 

 一匹の獣が、夢を見ていた。

 遠い昔、まだ、自分が恋を知ったばかりの頃の、淡い瑠璃色の夢。

 二人が結ばれたあの場所で、久遠はただ一人の少年を待つ。

 ふと、やさしい、あの少年の声が聞こえた。振り返ると、望んだ彼の姿。

「久遠」

「弥太」

 お互いの名前を呼んでみる。

 ただそれだけのことが、とても恥ずかしくて、うれしい。

 二人で手をつなぎ、草原を走る。

 これが、夢であることは分かっていた。

 でも、それでいい。もう二度と会えなくても、つらい別れをしていても、弥太とすごした日々。それは、間違いなくあったのだから。自分の中で、弥太は生きている。それを、いつも感じている。

 今でも、弥太を思う気持ちは変わらない。それを失った悲しみも、奪われた憎しみも、なくしていない。

でも、悲しみの涙は流さない。憎しみの復讐を繰り返さない。

 それよりも、私は、大切な思い出を夢想し、弥太に笑顔を見せ続けよう。

 今は、こんなにも幸せに過ごしていると、彼に伝えるために。

 きゅ、と握った手に、少しだけ力をこめて。

 目の前の彼に、それを、誓う。

 

         ◇

 なのはが、いつものように神社に遊びに来ていた。

いつもより、少しだけ薄手の上着は、以前、久遠と一緒に選んだものだ。

季節が移り行くその節目は、服を選ぶのが難しい。だが、それが楽しくもある程度に、なのはも子供から少女へと成長していた。

久々の服を見せようと、なのはは自分の親友を捜し歩く。

 程なくして。

「くーちゃ……あ……」

 日当たりのいい縁側で、その友人を見つけた。

 そこには、幸せそうに眠る子狐が一匹。

 ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、とても気持ちよさそうに丸くなっている。

 この子は、今どんな夢を見ているのだろうか。起きたら、聞いてみよう、と、なのははその横に座ると、やさしくその毛並をなでてやる。

 あと何年、自分はこの子と一緒に過ごすことができるのだろうか。

 いつかは別れが来ることを思い、一人泣いたこともある。那美に、久遠を譲り受けたいと、申し出ようとしたこともある。

 でも、それはできない。

 久遠がペットなどではなく、自分の大切な親友だからこそ、それはしてはならないことだと、なのははなんとなく思っていた。

 いつかその時がきても、会いたくなれば、自分から会いに行けばいい。

 だから今は、ただ久遠といられる日々を、この瞬間、手に伝わってくるやさしい感触を、忘れないでいよう。

 

 久遠の体の暖かさからは、なのはに、すぐそこまで来ている春の訪れを告げていた。

 

 ~終~

 

 

 




とらいあんぐる組曲シリーズはこれで閉幕。
次回はコメディ系の短編をちょっとだけ。

そのあとは新しい世界線にて

耕介×薫
恭也×蓮

のカップリングの新シリーズを始めます。

2025/03/03 07:00 より

とらいあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~
https://syosetu.org/novel/368571/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。